『世界の覇者』になれと、神に呪われた僕らはーーって、タンマ!異世界征服してるだけなのに仲間がクセTUEEEEすぎて世界の方がギブアップしてるんですケド!? のシリィイイイズううう!!!!
『世界の覇者』になれと、神に呪われた僕らはーーって、タンマ!異世界征服してるだけなのに仲間がクセTUEEEEすぎて世界の方がギブアップしてるんですケド!? ~しがなき覇者が、旅に出るまでの話~【前編】
ご覧いただきありがとうございます!
SIDEショーン=ほぼ3人称なんでよろしくです!!
ちょ、みっつに分けました。。
すみません!!よろしくお願いします!!
――世界を統べるもの、君でいう世界の覇者というものには何が必要だと思う?
低い、でも、暖かいような懐かしいような男の声が頭に響く。
頭ははっきりしているのに、目の前はぼやけていた。
柔らかな地面の感触と青々とした草のにおい――草原の中にいるのだろうか。
あたりが光と草で緑色にきらきらしていて、男の顔もよく見えない。
しかし、真っ青な水のようにしみこむ、そのすべてが。
声もぼやけた視界さえも、それでいいのだといわんばかりに。
――地位、名誉、財力、美貌、カリスマ性、武力、いいや、そのどれでもない。それは……
言葉が続くよりも先に手を伸ばした。
識りたい、そのあとの言葉を。
手をのばしてのばしてのばして伸ばし続けて、やっと、手が男をかすめた。
――けれど、届かない。
ふと違和感を感じ、下をむく。
すると、
手が、真っ赤に染まっていた。
驚いて、顔を上げた瞬間――
世界が変わった。
まるで劇の幕があがったように、視界が開ける。
だが、そこに広がるのは、希望でも光に満ち溢れた世界でもなかった。
ただ、真っ赤に染まってしまった世界。
光は血に沈み、空は赤く染まり、地は悲鳴を上げていた。
そして、その絶望感を体現するかのように、真っ赤な世界は徐々に体を蝕む。
ねっとりと、身体を取り込むように。
でも、そんなときでも、手を伸ばすことはやめられなかった。
そこで物語は途切れた。
それはベールがかけられたような、墨塗りされたような遠い遠い記憶。
――少女に宿る、呪いの欠片。
****
青々と木々が繁茂している森に少女がひとり。
少女――エミレは森の中でひっそりと暮らしていた。というのも。
土煙とともにバーンと音が鳴り響く。
音の発信源は当然、エミレ。
彼女の目の前には三匹の哀れな生き物たちが並べられていた。
「ひゃっほーい、今日も大魚大魚!!
といっても、ペガサス!!イノシシ!!
そしてなんといっても目玉は…そう、まずそうな老いたドラゴン!!
うん、ぜーんぶお肉!!だから、大魚じゃなくて、多獣?」
紅い目を輝かせて、エミレは自慢げに仁王立ちをする。
ペガサス、イノシシはご想像にお任せしよう。普通のだ、そう普通の。
問題は、ドラゴン。
まずそうな老おいたドラゴン――略して、まいゴ。
その名の通り、わくわく老後のお散歩中にうっかり別の森に迷い込み、空腹のストレスで、ついうっかり暴れてしまった……。
そんなところを通りすがりのエミレによって、ちょうど狩られてしまった可哀想な子羊なのだ。
だが、問題は狩れてしまったところ。
通常、ドラゴンは熟練の冒険者20人パーティでも狩るのが難しい、暴れている個体はなおさら。
そんなドラゴンを、エミレはたった今息継ぎをするように仕留めた。
そう――少女は強い。
それはまぁ、強い、残念ながら。
というのも彼女はそのせいで町から、見張りという名目で左遷を食らっているのだ。
「そろそろ、さつまいもも尽きてきたし、まいゴでも売って、買い出しに行くかぁ」
右おくれ毛だけが桃色に染まった特徴的なツインテールを風と遊ばせながら、つまらなげに呟く。
風に導かれ、彼女はまいゴを横目にみると――
まいゴの腹がボコボコと動いていた。
まるで、中から何かが押し出てこようとしているかのように。
「まさか、ドラゴンは卵で生まれるはずだし……え、新種?」
エミレは動揺を隠しきれず、でもどこか好奇心が抑えられないという様子でまいゴに近づく。
「新種のドラゴンかもしれない!!
そうしたら私、新聞とかで載るのでは世紀の博士的なやつで!!
早速切ろう、そうしよう!!」
エミレはまいゴの腹に飛びつき、そのまま、まいゴを仕留めたナイフで彫刻を彫るように腹を裂き、解体する。
まだ見ぬ、世紀の博士という夢をめがけて。
だんだんと腹の中が見えてくる。
まいゴの腹の中に入っていたそれは思ったよりも小さく、細く、ぼろぼろで傷だらけの
「人間?しかも、男の子……ショタ!?!?」
だったのである。
この時のエミレの顔はまるで神がこの世に降り立ったといわんばかりの幸福と興奮に溶けた顔であった。
新種のドラゴンを発見した世紀の博士という名誉は消え失せてしまったが。
ショタ――といってもエミレと背丈は変わらない――もとい少年は、体の節々が傷だらけであり、状態があまりにもひどい。
鉄と泥水を混ぜたような鼻につくにおいが、あたりを漂う。
顔は伸びきった黒髪で隠れていたが、一目みただけでも首からは膿んだ切り傷、擦り傷、打撲、骨折と破壊のオンパレード状態である。
その上、おまけに何日間はまいゴの胃の中に入れられていたのだ。
いきているのも不思議なくらいである。
エミレは、面倒だといわんばかりに「しかたないねぇ、ショタに免じてだよ」と言いながらもせっせと小屋へ運ぶ。
少年の患部――特に膿のある部分を水で濡らした布で拭く。
さらさらと拭いていくと、だんだん少年の患部がよりはっきりと見えてくる。明らかに人がつけたような傷もあった。
か弱そうな少年が日常生活で受けていい傷のレベルではない、あまりの酷さに苛立ちのようなものがエミレを支配する。
(この子は何者?まあ、いい。それよりのこの子の傷が先だ。
……一応『専門家』が作った高級傷薬買っておいてよかった。
これなら傷跡も残らずに済むだろうし。)
思考の中ではあれこれ話しながらも、黙々とエミレは現れ出た傷口に傷薬を塗り、包帯を巻く。
(よし、身体はオッケー。んで最後に顔ね)
エミレは少年の顔にかかった髪を払おうと手を彼の顔に近づける。
と同時に、少年はスイッチが入ったように目を覚まし――
「見るな!!」
と叫んだ。
まるで大事なものを守るように。
このことに、少年自身も驚いていたのか、固まっている。
「見てほしくないなら見ないけど……傷の手当てもしちゃったし、既に、じゃないかい少年?」
そんな彼の様子に、すこし驚きつつ、エミレは淡々と返事をする。内心は別として。
(おおおう、きました!!!
反抗期のショタですカネ!?!?
おいしいぞ、これはケガの手当てをした甲斐が報われるってものよぉ)
……せっかくのすました発言が灰に還るようである。
少年はすかさず、「少年って背丈かわんないだろ」と突っ込みながらも、エミレの指摘には「まぁ確かに」と納得する。
だが、「でも、できれば顔はあんまり見てほしくない」と引き下がらない。
すると、エミレは色付きサングラスを取り出し、さっと少年に掛ける。
悪魔の羽が生えた禍々しい装飾なのに、『HAPPY』と書かれた文字が無遠慮に光るそのサングラスは、なんともダサかった。
「これでどうだい?この『専門家』お手製の色付きサングラスなら君の見てほしいところしか見えないぞ!!
今目の前に私がいないように見えるだろう!!」
自慢げに胸を張ったエミレに、思わず少年は沈黙する。
実はこのサングラス、ただのガラクタではない。
『かけると相手が、見てほしい、と願うものだけが見えるようになる』という便利かどうかわからない効果のついた代物であった。
エミレはこのデザインに一目惚れし、衝動買いしたのだが、その性能ゆえになかなか出番がなかった。
故に、エミレは内心、やっと役に立ったとほくほくであった。
少年は、色付きのダサいサングラスを即座に出せる変人に驚きつつも――ふと気づく。
目の前にいるはずのエミレが見えない。
「……ダサいのに、すごい。」
少年は、仕方なく、ダサいと評したそのサングラスの株をあげる。
そして、すぐにサングラスをエミレへ返し、彼女にサングラスをかけるよう促す。
エミレが、サングラスをかけたのを確認すると、少年はさっと無造作に髪を上げた。
その瞬間――エミレははっと息をのむ。
久しぶりにここまで驚いた気がする。
少年の顔立ちは、彫刻のように整っていて神秘的であった。
あどけなさの残るその面持ちは、凛々しいというよりも美しいという言葉が似合っていた。
だが、それ以上に気になったのは――その瞳。
正確には、見えない。
きっと少年が、見られるのを拒んでいるのだろう。
だからこそ、エミレは悟った。
……彼の事情を。
「……名前は?」
自らの頬を叩くような声でエミレがぽつりとつぶやく。
「シルア。」
「いい名前だ。シルア――君にぴったりだね」
エミレは見透かしたように笑う。
シルアは戸惑いながらも、信じられないものを見るようにただ見つめひとこと。
「……もう色付きサングラスつけなくてだいじょぶだから……えっと」
「エミレ。私の名前はエミレ、しがなき隠居中の覇者だよ。」
そういって、エミレはシルアの頭をなでる。
いたずらっ子のように、イシシとほほ笑みながら。
****
エミレがまいゴの腹から出てきた少年、シルアを拾ってから、3日経った。
あのあと、シルアは、それまでの疲れもあってか、すぐに寝てしまい、その後何日間も同じ状態が続いていた。
その一方でエミレはというと……
バーンという音が鳴り響くとともに小屋の窓から煙がたつ。
うっ、この景色、既視感が。
「うわーん、うまくいかなーい。なんでなのよぉ」
半べそをかいた状態の彼女の目の前にはなべと、その中に入った、こげた「物体」――おかゆだったものがあった。
エミレは、そう、ショタ……シルアが起きた時のためにおかゆを作りに勤しんでいた。
……が、見ての通り失敗続きなのである。
その数、なんと10回。
小屋の隅には、『炭になった元おかゆ』が9つ、山積みになっていた。
当然、小屋の中は、地獄のように焦げ臭い。
いつもはにおいなどにはつゆほども気にしない、エミレであったが、さすがにシルアに気を遣って、
「……火を使うのはやめよう。んー、じゃあ、リンゴ?とかがいいかな。切るのは得意だし!!」
いつもはにおいなどにはつゆほども気にしない、エミレだが、
さすがに気を遣って、作る?食べ物を変更する。
「ッゲホッゲホッ」
そうこうしているうちに、シルアがベッドの上で目を覚ます。
……もちろん、あまりの臭さによって。
「あー、シルア少年!!3日ぶりのおっはよ!
ごめん、起こしちゃった?一応リンゴ今切るから、水飲みながら待ってて!!」
タタタとエミレはシルアに駆け寄ると、水の入ったコップを渡しながら、そう言った。
「あ、ありがとう、エミレ……その、それで、この匂いは?」
シルアは、そろそろとコップを右手で受け取り、掠れた声で尋ねた。
「おかゆ作ろうと思ってたんだけどさぁ、うまくいかなくて……なかなかに趣のあるにおいでしょ?」
「趣っていうか……くさっ。ゲホッゲホッ。」
りんごを切りながら、得意げなエミレをシルアは一刀両断する。
「まぁまぁ、そういわずに。はい、これ」
エミレは、ウサギ型に切られたリンゴをシルアに渡そうとするが、
「といっても、この状態じゃ、食べられないよね」
とシルアの姿を見て苦笑する。
(そういえば、この子、傷もひどいけど、心の傷――うなされてたけど、大丈夫なのかな。)
シルアは命の危機を脱した……といっても、傷はまだ完治していない。
左腕と右足骨折、お腹にやけど、その他全身に打撲、擦り傷、切り傷という満身創痍の状態だったので、エミレはシルアの全身をぐるぐる包帯で巻いている。
それゆえにシルアは、はたから見るとミイラの仮装をしたショタなのである。
ぐるぐる巻きにされた少年を見ながら、エミレは「……ふふっ」とにやける。
(かわいい――仮装をしているショタとか最高!!!)
彼女は、内心暴れながらも口では冷静を装う。
「あーんして、ほらほら」
片腕を骨折した少年にりんごを食べさせてあげるのもまた言うまでもない。
シルアは最初のころは真っ赤になって、抵抗していたが、今はしぶしぶという顔をしながらも、素直にりんごを放り込まれている。
ときどき自分の口にもりんごを放り込みながら、エミレは、
「あ、ほうほう!
そろそろね、あたひ町に行かないとなのよね。
ごくん。ほら、まいゴ――ドラゴンの肉腐りそうだから、その前に売りさばきたくて。」
と、少し申し訳なさそうにする。
「わかった、じゃあ、僕は留守番しとけばいい?」
要領のいいシルアは、エミレの言わんとしていることを察する。
「ありがと。それでさ、私あんなんだから
……何か食べたいものとかあれば買ってくるんだけど、どう?」
それを聞いたシルアはすこし顔を曇らせながら、不安げな顔をする。
「それについてなんだけどさ、僕は……記憶がない。
好きな食べ物……どころか、自分の名前も思い出せないんだ。
思い出そうとすると、頭にもやがかかって。
……怖いんだ。」
心なしか、シルアが怯えているように見える。
それはそうである。彼はおそらく、人にも危害を加えられていた。
ショックで記憶が断片的に抜けているのだ。
「そっか……」
エミレは、一瞬だけ沈黙して、それから声の調子をほんの少し柔らかくする。
「そっか、んじゃあ、おすすめ買ってくるからさ、好きなのあったらおしえてよ!!」
口調はいつも通り。けれど、その奥には子供をいつくしむ母のようなやさしさと温かみに溢れていた。
今、すがれるものは自分しかいない。
だからこそ――自然と、そうしていた。
すると、ふわっと温めたつぼみから花が開くようにシルアは微笑み、うんと答えた。
おだやかな風が、二人の間をはらりと舞った。
****
あのあと、りんごを食べ終えたシルアに、
エミレは、先日狩ったペガサスとイノシシの肉を串焼きにしたものを差し出した所……
「シルア、これ食べていいよ!
覇者特製の――」
「いや、ごめん。
それ……怪我人に食べさせるものじゃないと思う。」
瞬間、エミレは串をもったまま、石化した。
しばらく固まっていたが、やがて肩を落とし、しゅんとした顔でとぼとぼと町へと歩き出す。
――心の石化、解除まであと少し。
****
町に入ると、エミレをじろじろと見る町人たちの視線が突き刺さる。
「……やっべ、またなんかやらかしたっけ。」
一歩進むたびに、視線が鋭くなる。
何かを察したエミレはまいゴの入った袋を地面に置く。
そう、ここは、エミレに左遷を命じた町。
これは、明らかに『歓迎』ではない。
そう思った矢先に、じりじりと距離を詰めてきた彼らは一斉に――
「うわぉ、すげぇじゃねえかエミレ!!
わははは、こりゃまずそうだが、装備にはもってこいだぞ!!」
「エミレぇ、よくきたじゃねぇか。お前さんまた、美人になってるのお」
「エミレねぇね、だっこだっこ」
「こらこら、おかえりぃ、エミレちゃん。うちの子さびしがっててね。抱っこしてやってくれんかい?」
一転して、きらきらとした目でエミレを見てくる町人たち。
ここ、エピネスの町人はいつだってフレンドリーだ。
特にいつも町の安全と恵みをもたらすエミレの存在は、――今や立派な覇者となりつつもある。
ちなみに、最初の無言タイムは、町独自の『エミレ判定タイム』。
万が一、なりすましだった場合、鋭い視線に耐えられず、逃げ出すからという理由らしい。(町人談)
エミレは駆け寄る子供たちをだっこをしたり、町人たちと話をしたりしながらも目的地である、武器屋へと向かっていた。
町人たちとの触れ合いに追われながらも、足取りは軽やかであった。
****
武器屋はレンガ造りの風情ある建物になっており、いかにも歴史を感じさせる。
そこに住まう店主もまた――風情と渋みを混ぜた女性で、エミレの恩人でもある。
扉を開けると、からん、と鈴の音色が響き渡る。
音色に気づいた店主は、エミレの姿を見るや否や、眉をひそめる。
「ああ、お前さんか。今度は何かね?
……まーた、面倒なものでも持ってきたんじゃないだろうね?」
ぶっきらぼうな口調ながらも、その奥にはエミレに対する親しみがにじんでいた。
「お、おばさんさっすが!!勘が鋭い……ご名答でございます。ほらこれ」
「まずそうだったから」とエミレはカウンターに解体したまいゴを置く。
店主はため息をつきながら、眼鏡をくいとあげて、面倒くさそうに鑑定をはじめる。
しかし次第に、彼女の視線は、真剣にまいゴに引き寄せられ――
「骨の硬さ、皮膚の頑丈さ――ふん、上出来じゃないか」
コーヒープリンのような声で、放つ。
気に入ってもらえたことを察したエミレは、ぱっと顔をほころばせる。
「これ、何ピグくらいになるかな?」
店主は、ふむと頷きながら、かちゃかちゃとそろばんを弾く。
「……これくらいはどうかね、200ピグが相場だが色を付けておくよ。
250ピグだ。」
「ありがとうね!!おばさん」
「ほら、とっとと金受け取ったら、でていきな。
こいつは孫の誕生日プレゼントにちょうどいいと思ってね。
なに、あんたがきてイライラした気分が、普通にもどっただけだよ」
普段は無口な店主がぽろぽろと自分のことを話しだすあたり、よほどいい気分なのだろう。
エミレも嬉しくなって、お金を受け取りながら、ニマニマする。
その時ふと、シルアのことが頭をよぎった。
(なにか、この町のおいしい物でも買っていけば、あの子の気もまぎれるかな……)
気がつけば、エミレは尋ねてしまっていた。
「ねぇ、町のおいしいお店とか知らない?」
予想外の質問に、店主は目を丸くしながらも、
「あんたが、んなこと聞いてくるなんてめずらしいね……竜狩りの記念とかかい?」
と平然を装う。
しかし、その顔にはしっかりと、『明日には世界が滅びるんじゃないか』と書かれていた。
「なっ、めずらしいって私をなんだと思ってるのよ!!
まぁ、なんとなくよ、色付けてもらったから、気分がいいだけだし」
そういいながら、エミレはふくれっ面をして、ふてくされる。
その様子に、思わず店主は吹き出す。
――口では反発しつつも、その実は心を見透かしたような少女のしたたかさ。
そんなところが、店主の心をくすぐる。
「まぁ、お前さんが、食事になんて興味持つなんて珍しいからね。
そうだな、パパン堂はどうだい。角を曲がって、まっすぐ行ったらある。
あそこのチョコパンは絶品だよ。」
「へぇ、そうなんだ。
ありがと、早速行ってみる!」
エミレは、うれしそうに礼を言い、勢いよく踵を返す。
足どりは心なしか、いつもよりリズムよく刻まれていた。
――背後から、じとりと見つめてくる影に気づかずに。
****
家に帰ると、エミレは、おかえりという声を贈られる。
もちろん、声の主はシルア。
エミレの顔をみて、ほっとしたような顔をしている。
「ただいま、シルア少年」
そうやって、贈りかえした者の顔もまた同様に。
「君の好物探しできるかな?」
エミレは町で買った食べ物をずらりと机に並べる。
シルアのベッドの前の机には、チョコパン、グラタン、ハンバーグ、パスタにコーンスープとさつまいもが。
無論、当の本人――シルアはげんなりとあきれた顔でそれらを見る。
「……チョイス、重すぎない?」
「だいじょーぶ、私も食べるからさっ!!
ほら、残りは、保存室にいれておけばいいし」
「……何から食べよう」
「お、シルア少年!やる気だね!!
どれからいく!?」
(ショタが好きそうなのを……って、選んだけど、シルア少年はどうかな)
そんなふうにエミレが呆けている間、シルアはおもむろにチョコパンに右手を伸ばす。
(ところどころに甘いにおいが漂う黒い大きな粒があって、上はこんがりと焼けていて硬い……これがチョコパン。)
シルアの紅い瞳がチョコパンを映す。
そうして、ゆっくりと口に近づけ、口に含む。
「――はふっ」
瞬間、シルアは目を輝かせる。ひとくち、ふたくちとどんどん口に詰め込む。
どうやら、甘く溶けるチョコがハマったみたいだ。
「おいしい?」
頬杖をつきながら、エミレは嬉しそうに聞く。
「うんっ!!」
「気に入ったようでなにより。遠慮せず全部食べてもいいからね。」
少女は、水を汲みにいこうと席を立つ――が、
くいと、遠慮がちに、でも確実にエミレは服を引っぱられる。
わずかな抵抗をした小さな勇者が、最後の一個になったパンの片割れを差し出す。
「……エミレ、にも、たべて、ほしい、おいしい、から」
顔を真っ赤にしながら、シルアはひとことひとこと、伝説の剣を抜くように言葉をつむぐ。
刹那――ぽたと雫が床におちる。
雨雲は、エミレであった。
でも、それはどこか遠くで降っているようで。
「え、えみれ?」
シルアが呼び戻す。
「え、あ、なんでだろ……ごめ、シルア。
うれしいよ、ありがたくもらうね。」
呼び戻された少女は、ほほに落ちた雫をふき、もぐとチョコパンをほおばる。
チョコパンは、すこし、あまくて、しょっぱくて……なにより、苦かった。
同時に、エミレは思い出したのか、記憶に書き足されたのか、わからない言葉をかみしめる。
(――これを君にあげるよ。一緒に食べたほうがおいしいし、なにより君に食べてほしいんだ、エミレ)
****
SIDEシルア
エミレは、突然涙を流してから、少し様子がおかしい。
もともと彼女は、変人で不器用だけれど、
時折ふと大人びて、すべてを見透かすような眼をする――そんな、つかみどころのない人だった。
けれど、今の彼女は何事も上の空というか。
話しかけてくることも減ったし、暇さえあれば小屋の中でずっと空だけを見ている。
そんな状態がもう、一週間近く続いていた。
あのときのエミレはどこか遠くで、でも近くて、
そしてなにより、そんな自分と彼女の距離の間で、なにかがこすれてしまっているような気がした。
でも、そう感じてしまった自分の感情が一番嫌で、思わず彼女の名前を呼んでいた。
……それがいけなかったのだろうか。
わからない、エミレ以外の人間とかかわった記憶がないからどうすればいいのかわからない。
その一方で、僕のけがは治ってきていた。
まだベッドからは解放されていないが、骨折した場所も、だいぶ動かせるようになってきている。
エミレが、『専門家』の作った傷薬を塗ってくれたからおかげだと思う。
……といっても、その『専門家』がなんなのかということも、この世界のことについても何も教えてもらってはいない。
たぶん、それは、僕のトラウマがフラッシュバックしないようにという彼女なりの配慮なのだろう。
エミレに拾われてから、外の世界について知りたいと思わなかったわけじゃない。
でも、それ以上に彼女と過ごす時間のあたたかさや、彼女の自由奔放さの方に目が行ってしまって、外のことなどどうでもよくなっていた。
……けれど、今は違う。
むしろ、この世界のことを知りたい。
なんとなく、そのことが、彼女の様子の不可解さにつながる気がした。
僕は、秘密の扉を開けるように、すこし心を震わせながら、エミレに声をかける。
「ねぇ、」
1歩、また1歩と。
「エミ――」
そのときだった。
ドンドンドン!!
扉が激しく叩かれる。
「エミレ、いるのかい?!
出てきておくれ……町が、町が大変なことになっているんだ!」
老婆の声が聞こえてくる。
その掠れた声色からただ事でないことが伝わる。
エミレは、すかさず戸を開ける。
「武器屋のおばさん、どういうこと?
町で大変なことって……」
「ドラゴンだ、ドラゴンが来ているんだ。
しかも、町へ直接。3体も。
……もう町を襲っているかもしれない」
「3体って……まぁ、とにかく事情は分かった。
すぐに行くから、ちょっと待ってて。」
エミレは、慌ただしく剣と爆弾、薬をバッグに詰め込む。
彼女はいつになく、焦っていた。
ドラゴン――1体倒すだけでも、冒険者20人は必要だとエミレが言っていた生物。
今回はそれが3体も町へ向かってきているなんて……エミレが焦るのも当然だ。
準備を終えると、エミレは、ごめん、行ってくるとだけ言い残して、武器屋のおばさんと呼ばれた老婆と足早に出て行ってしまった。
僕はひとり、小屋に残されてしまった。
ため息がこぼれる。
ようやくこの世界について知ろうとする勇気が出たのに、そのタイミングで、ドラゴンに邪魔されるなんて……。
僕は、ドラゴンの腹から出てきたみたいだし、何かとドラゴンとは因縁がある……気がする。
「……エミレ。」
エミレは大丈夫なのだろうか。
ドラゴンを3体も相手にして……死なないのだろうか。
そんな風に物思いに浸っていたからだと思う。
――僕は小屋の窓から近づく人影に気づくことができなかった。
****
SIDE ショーン
エミレは、武器屋のおばさんよりも先に町への道へを急ぎながら、物思いにふけっていた。
(シルア少年には、申し訳ないことをしてるなぁ。
さっきも何か言いかけてたし……それより、私が謎に泣いたときから気まずくなってるし。
でも、あの時の感覚は……そうだ。あの夢に似ていた。
まぁ、今はそれを置いといて、目の前のことに集中しないと。)
目の前に町の輪郭が見えてきた時だった。
ふいに、なにかが彼女の横を横切る。
と同時に、
――巫女様。
とささやく声。
エミレは、はっと目を見開き、すぐに後ろを向く。
だが、そこには何もいなかった。
「……面倒な日になりそうだ。
はぁ、これも覇者ゆえかねぇ」
ぶっきらぼうにそうこぼすと、とりあえずは町へ急ぐのだった。
町へ近づくにつれ、ギャオラオオオオというけたたましい咆哮が、耳をつんざく。
どうやら、もうすでにドラゴンは町に入っているようだ。
(なるべく能力は使いたくないけど……しょうがないな。
バレないようにすればいいか。
あとは演出……ちっ、かっこよく町の危機とか救いたかったんだけど。
スピード重視だな。とほほん)
町につくと、案の定――3体のドラゴンがいた。
緑の鱗に、金の目という一般的なドラゴンの姿。
彼らは、建物を踏みつけたり、腕を振りまわしたりと破壊の限りを尽くしていた。
幸い、炎や氷を吐くような面倒くさい種類ではなさそうだ。
「目標1分……いや、10秒」
エミレはドラゴンの前に立つと、こっちこっちと手を振って、挑発する。
すると、3体のドラゴンは、ぎょろりとエミレを睨みつける。
血走った目に、狂気の気配。
彼らは、エミレをめがけて一斉に走ってくる。
だが、エミレは怯まない。
すかさず、エミレは向かい討つ体制をとる。
といっても、エミレが、剣を大きく振った瞬間、
「はい、完璧っと。」
ドラゴン3匹衆の首と胴体はきっぱりと離れてしまう。
勝負時間はおよそ、5秒。目標よりも早い。
俗にいう、「首ちょんぱ」――いや、正確には首を取り除いただが……ここら辺はのちのエミレに任せよう。
こほん。
――ドオオン!!
ドラゴンの巨体が、大地を叩きつけるかのように崩れ落ちる。
その衝撃は、町に静けさを呼び込んだ。
まるで、つい先ほどの喧騒が嘘だったかのよう。
世界が一瞬、呼吸を止めたかのように、町を静寂が包み込む。
だが、その空気を破るのは、やはり覇者だった。
「じゃ、あとはエピネスのみんなでシクヨロ!」
エミレは、ドラゴンが息絶えたのを確認するや否や、走り出す。
何事もなかったかのように、軽やかに――けれど、迷いなく。
その背に向かって浴びせられる称賛や驚きの声にも、エミレは振り向かない。
ただ一心に思うは――
「シルア少年、生きててくれよ」
そう呟いたエミレの表情は、どこか寂寥感に溢れていた。
****
SIDEシルア
エミレが無事に帰ってくるのを心配するのもつかの間
――バリンと窓ガラスが割れる音がした。
嘘だろう、と思うの暇もなく。
黒ずくめのローブを纏った人間が、ぬるりと小屋に入ってくる。
背丈はかなり高い、大人の男性ほどある。
……だが、顔はフードで顔を見ることができなかった。
この見た目、そして、侵入方法からかなりヤバいやつだと直感した。
「お前がシルアだな」
声は中性的で、冷たく、無機質だった――生きているのかを疑うほどに。
「そうだけど、なに?」
刺激をしないように、精一杯考えた末の言葉だった。
「要件はただひとつ、死ね」
その瞬間、黒ずくめのローブをかぶった人間――通称クローブとでも呼ぼう、は短剣を取り出す。
……あ、これは刺激してもしなくても殺す気だったんだ。
一旦、情報を整理しよう。
▼敵
クローブ→なんかよくわかんないけど殺気マシマシ。いつでも殺してきそう。
▼味方
エミレ→いない(ドラゴン3匹ってたぶん倒すのむずそうだから長時間いないかも)
シルア(僕)→ケガ治りかけ(しかも重症から。あと片目包帯してるから見えづらいし)
▼もちもの
武器→エミレが全部持って行った(あるのはさつまいもとその他食材もろもろ)
……うん、これは詰みかも。
思考を巡らせているうちに、クローブが走ってくる。
僕は、反射的にベッドから飛び起き、台所へと逃げる。
とっさに取ったのは、さつまいもと……トマト。
とにかく、投げる。
すると、さつまいもは見事に交わされたものの、トマトは見事にローブに命中。
「おい、ふざけるなクソガキ。
……ただでさえも、巫女様に気に入られて……あろうことか、慈悲まで受けやがって!!」
震えた声で怒鳴りながら、クローブは歯を食いしばる。
その音声は、怒りというより、癇癪に近い。
まるで、お気に入りのおもちゃを取られたかのような幼稚な苛立ち。
「巫女様って誰のこと?」
「とぼけるな、ガキが。
名を申し上げるのも、恐れ多い……巫女様とはエミレ様のことだ。」
――やっぱりか。認めたくなかった。
エミレが可愛いのは認める。
が、病人にペガサスとイノシシの焼き串を平然と差し出すようなど変人だ。
……なのに、熱狂的なファン?ストーカー?がいるんだ。
世界って、広いな。
だが、そんなことを思うのも束の間。
クローブは、またもや怒鳴りながら探検を振りかざしてくる。
明らかに狂気を増して。
まずい、このままじゃ――殺される。逃げよう。
逃げるしかない。
けど、クローブをエミレに会わせちゃいけない。
絶対、ろくなことにならない。
だから、森の奥深くへ……そうすれば、木々に紛れて、なんとか逃れられるかもしれない。
そう判断して、ドアへ向かい、体当たりでぶち破る。
が、外から出た瞬間――足が止まった。
動かない。
……なんで?
いや、違う。わかってる。
僕は重傷を負って、ベッドに寝ていたんだ。
――むしろ、今までよく動けていた方だった。
その事実に気づいた途端、恐怖が這い上がってきた。
まるで海の波のようにとめどなく、何度も何度も。
嫌だ。怖い。死にたくない。
クローブが僕の前で笑っていた。
「可哀想になぁ?
さっきまでのイキりはどこ行ったんだ、んっ?」
近づいてくるたびに、僕の身体は震える。
クローブの手が、僕の胸倉を掴んだ。
身長差のせいで、僕の足は宙に浮く。
もがいても、意味がない。
けれど、僕は足を動かし続ける。
まるで、ぬかるみの中でもがく子犬のように。
無様に。
命乞いをするように。
――それが、悔しかった。
「そんな抵抗をしても、誰も見てないし、誰も助けない。
――ただお前は死ぬ。それだけなんだよ。」
そして、クローブの乾いたような嘲りが、陶酔した狂気へと変わる。
「……お前の死体を見た時、巫女様はどんな顔をするんだろうな?
想像しただけで、ゾクゾクするなぁ」
――こいつは、エミレのことなぞ微塵も大切だと思っていないのだ。
その瞬間、僕の中で、何かが弾けた。
「……ふざっ、けるな。」
最初は、震える声で、雫のように。
けれど、次の時には、滝のように。
「――お前の都合で、お前のエゴで、エミレは傷つけられていい存在なんかじゃない!」
堰き止めても抑えきれない感情の渦が、僕をうねらせる。
……僕は、シルアは!
鼻の奥がツンとして、喉が、魂が震えるのを感じた。
この後の言葉が、うまくつむげない。
でも、あふれる。
暖かくて、くすぐったくて、何よりも大切にしているような不思議な気持ちが、じんわりと。
そんな僕の感情に呼応するかのように、涙がぽろぽろと激しく、けれども、優しく、目からあふれる。
左目に巻かれた包帯が涙で、だんだんと肌に張り付いて、重みを帯びる。
そして、結び目が、緩む。
しゅるり――
ひと巻き、またひと巻き。
始めは、ゆっくりと、扉をノックするように、
でも、だんだんと鼓動と共に扉さえも飛び越えて速く翔るように、包帯がほどける。
そのたびに、僕の中から眠っていたものがあふれる。
様々な感情を、理性を、――そして記憶を孕んだ何か。
懐かしくて、どこか新鮮さを感じさせるそれは、丸ごと僕の中に溶け込む。
そして、僕自身もそれを受け入れる。
――はじめまして。
――そして、おかえり。シルア。
最期のひと巻きが、トンと落ちる。
まるで役目を終えたといわんばかりに。
左目を拓く。
「おい、まさか、お前……その眼はっ」
クローブの手から力が抜け、僕は地面に落ちる。
だが、そんなこと、心底どうでもよかった。
僕の目に映る――空も、森も、そして世界も。
そのなにもかもが綺麗で、暖かくて……空っぽだった。
――これが、エミレの見ている景色なのかな。
しばらくは、心地よく世界を観ていた。
けれど――思い出してしまう。
戦わないと、いけない。
クローブを止めないと。
どうやって、こいつを倒すか――そんなことを考える暇もなかった。
僕の両手が、勝手に胸を突き刺す。
容赦なく。
まるでクローブが僕にとどめを刺すように。
しかし、そこから血は出ない。
その代わりに……僕の手は『それ』掴む。
触れた瞬間、確信する。
――これは、僕のものだ。
そしてこの感触は、間違いない。剣だ。
そう思った途端、剣はまるで意思を持つかのように、僕の胸から解き放たれる。
それは、太刀に入っていた。
見るからに『普通の剣』。
この極限状況に似つかわしくない、異質な存在。
だからこそ、わかった。
確かめているのだろう、この剣は。
――己の意志で最期まで太刀を振るい続ける覚悟はあるのか?と。
僕は、ああと答えて、剣を静かに引き抜く。
瞬間、至ってシンプルだった剣が、激しく白と黒の光を纏う。
だんだんと、光と影が溶け合い、混ざる。
まるでこの世の理を体現するかのように。
完全に2つの光が完全に一体になった時、その剣は圧倒的な威圧を放つ。
その重圧に耐えきれず、思わず目を閉じた。
恐る恐る目を開けると、剣はもはや、別物になっていた。
それは左右非対称の意匠に彩られるひと太刀。
右のガードには、純白の羽根。
その羽根はまるで、天から舞い落ちた祝福を体現するかのように美しく儚い。
下部のグリップとポンメルは、その羽根をより際立たせるかのように深紅に煌めき、細やかな金の装飾が施されていた。
金の装飾は、僕の中に流れる血のように、剣の芯を巡り、力強く輝き、影を落としている。
対して、左のガード部分には漆黒の羽根。
その羽根は、鋭く裂けて尖っており、まるでこの世の全ての闇を体現するかのように悍ましく、禍々しかった。
続く、左のグリップとポンメルは、異形の羽根をより地に堕さんと言わんばかりに深い蒼に染まり、同じく金の装飾が巡っていた。
まるで、堕ちた翼の悲哀を語るように。
そして、肝心の刃は――透き通っていた。
まるで氷で造られたかのように冷たく、美しく、触れれば溶けてしまうかのように繊細であった。
しかし、その繊細さと相反するように刃はところどころ欠け、この剣が歴戦の猛者であることがうかがえる。
刃の脊椎には、赫焉と蒼劫とでも呼ぶべき2つの紅蓮と青藍の光が通っていた。
だが、目を凝らすとその刃は完全には透き通っていなかった。
――その間を縫うように黒い光が蠢いていたのだ。
しかし、その墨染には、漆黒の羽根に込められた禍々しさとは似ても似つかないものを感じた。
それはきっと、名もなき祈り、名もなき嘆きといった感情に込められた人の魂。
そのような相反する力が、この光を、この剣を紡いでいるのだろう。
僕はこの剣を強く握る。
そして、この剣の名前を口にした。
「――黯光残星。往くぞ。」
剣越しに見た自分の左眼は透き通るように碧かった。
そして、中心には赫黒い八芒星が刻まれていた。
僕の声を聞くや否や、クローブは震えながらも、短剣を握る。
その眼には、まだエミレに抱く並々ならぬ狂気が宿っていた。
僕はその様子を淡々と見ながらも、この剣の扱い方を考えていた。
なにせ、剣を使った初めての戦い。
まずは、ものは試しよう、ともいうし、軽く振ってみるか。
剣を構え、形だけの素振りをする。
すると、剣はスッと上から下へきれいな弧を描く。
荘厳な剣の面持ちに対して、剣は空気のように軽い。
思ったよりも、この剣は扱いやすそうだ。
反面、剣からは僕の素振りに見合わないようなすさまじい風切り音を奏でられる。
その風圧に耐え切れず、クローブは吹き飛ばされる。
……もしかして、この剣、扱いやすそうって言葉に怒って、クローブにやつ当たりをした??
剣はそれに応えるように、「カキン」と金属音を鳴らす。
どうやら、主張が強めな……んんっん。
立派な大剣であらせられるようだ!!
この剣、本気出したら、強そうだな。
でも、これではっきりとわかった。
――間違いなくこの瞬間、剣と僕は繋がっている。
いわば、この僕の意志がそのまま剣に反映されるといっても過言でないだろう。
ということは――
僕は目を閉じ、身体の力を抜く。
そして、剣に任せたぞと念じる。
刹那、足と地面の間に空間が生じる。
――浮いている……?
と認識するよりも先に、僕の身体は上へ上へと引っ張られる。
僕を天へと導かんとするのは、黯光残星。
その速度は音をも置いていくほどだった。
もちろん、頭や背中にかかってくる風圧も重力も尋常のものではない。
「おいおいおいおい」
叫びつつも、目を閉じる。
目だけはせめて、すべての圧に屈しよう。
僕の身体自体は状況に追いつけたとしても、僕の心は追いつかないのだ。
だが、剣の行動の意図を把握するまでにそう時間はかからなかった。
剣は対象を見つけると、即座に上昇をやめる。
その反動で僕の身体は軽く浮くものの、ピタリと上空で止まる。
ゆっくりと目を開けると、目線の遥か先には――エミレがいた。
彼女は焦燥感に満ち溢れた顔で、森の中を駆けていた。
時には視界を邪魔する木々を激しく両断する姿も見受けられる。
彼女の体に傷はないし、見る限り軽々とドラゴンを倒せたようだ。
その姿を見ると僕自然に頬が緩んでいた。
僕のこと心配してくれているのかな……。
そう思うと、先ほどのセンチメンタルな気持ちと打って変わって、安心感が胸を覆った。
すると、剣は僕の気持ちを察したかのように優しく金属音をゴンと奏でる。
それがとてもこそばゆくて、僕は思わず声を出して笑ってしまった。
剣は最初、僕の反応に怒るような素振りを見せていたが、しばらくすると悟ったように静かになる。
よし、エミレの無事も確認できたし、あとやることと言えば……クローブの退治。
あいつはどこだろうと思っていると、剣があっちだと剣先をクローブのいる方向に向ける。
彼はこちらが上空から見下ろしているのに気づくと、逃げ出す素振りを見せた。
その様子からは、明らかに戦意がないことがうかがえる。
が、彼がしたことは消えない。
――誰も僕らの邪魔はさせない。
小さな願いが風に溶ける。
瞬時、空間が一閃に裂けるような錯覚が走った。
目の前には、クローブ。
シルアの左眼が彼を捉える。
「……美しい」
言葉があふれ出した後――
それはもう二度と動くことはなかった。
ただ、ひと突き。
雪のような一撃の後に残っているのは――静かに佇むシルアの背中だけであった。
「やった……のか?」
僕は掠れるように言葉を紡ぐ。
刹那、雪崩のように身体には疲労がのしかかった。このままでは、重力に逆らえなくなる。
――これからのこと、この世界のこと、エミレから訊かないと。
僕のそんな想いに応えるように聞きなれた声が、ひとつ。
「おつかれさま、シルア」
その声はどこまでも優しく、暖かく、でもちょっぴり呆れを帯びていた。
ふわりと身体が浮き上がる。
その確かな感触が身体に響き渡るころには、僕の意識は遠のいていた。
「まったく……無茶をして。といっても、私のせいか。」
エミレはそれで、とあたりを見渡す。
といっても、そこに残るのは窓やドアが盛大に破壊された小屋と、すこし荒れた地面と木々だけ。
クローブの姿はきれいさっぱり消えてしまっていたのだ。
「分身か」
エミレはクローブがいたであろう位置を睨みながら、冷たく放つ。
だが、すぐにまぁいっかとエミレは呟き、シルアを眺める。
彼の手はところどころ傷つき、マメのようなものができていた。
そしてその手の中には――大切そうに握られた剣が一振。
(――町を優先したせいで、さぞかし怖い思いをさせただろうな。
でも、これが、必要だったのも事実。
それでも……)
「次からは君を最優先で守るよ。」
そう誓ったエミレの表情は赤子を抱く母のようにやわらかかった。
****
SIDEショーン
シルアとクローブの戦いから、2日。
エミレの小屋は一時的な応急処置を施し、なんとか小屋としての形を保っていた。
そんなおんぼろな小屋から、突如大きな声が響き渡る。
「おい、ふざけるな!!
君の名前は、キラッッぴこーんZなんだ!!
おい、しがなき覇者である私がつけたんだぞ!!
光栄に思いたまえ。って、みぞおちめがけて体当たりしてくるな!!
剣の身分をわきまえろ!!」
もちろん、声の発信源はエミレ。今日も五月蠅い。
対するは、そこはかとない怒りをギャリイと身の毛のよだつ金属音で表す剣――黯光残星。
「じゃあ、しょうがないな。キッッぴーはどうだ。」
「ギョイン」
「なに、まだわがままを言うのかい……まったく。あ、そうかZが気に入っていたのか?」
「ギョエエエン」
「あ、そうなのか。うんうん。ごめんよ、理解してあげれなくて……」
「カキェン?」(キラリ)
「悟ったぞ……君の名前は」
「コンコン」(ピカリ)
しばし、期待と緊張を帯びた空気が流れる。
そこには、言葉では表せない、ひとりの少女と、一振の剣の間に確かな通ずるものがあるように感じられた。
目を閉じて、ゴクリとエミレは唾を飲み込む。
瞬間、時が満ちたとでも言わんように、開眼し、高らかに宣言する。
「やはり、キラッッぴこーんZが良かったのだな♪」
瞬間、一振の剣は裏切られたとでもいわんばかりにからりと床に落ちる。
反対に、エミレは決まったぜとでも言わんばかりに、くるりと後ろを向き、宣い始める。
「いやぁ、うれしいよ。
なかなか、私の芸術性を理解してくれる人はいなくてね。
すばらしいよ、キラッッぴ――」
瞬間、剣は立ち上がり、エミレの鳩尾を容赦なく殴る。
その動きからはこれ以上その汚名前をいわせないという確かな意志を感じた。
「グッ」
恨めしそうにエミレは剣を見つめる。
すると剣は勝ちを確信したかのように「ガギョギイイイン」とけたたましい咆哮をあげる。
よくやったな!!
さすが、黯光残星!!いいや、兄貴!!
「ん……」
未だ熱気の冷めぬ、格闘場と化した小屋に似つかわしくないふんわりとした声がこだまする。
すると、先ほどまで唸り声をあげていた少女と雄たけびを上げていた剣は静かに顔を見合わせる。
そして、ふたりはテクテクと、ベッドに歩みを進める。
「おはよ、今回も永い眠りでしたね……英雄さん」
「カカクルル」
その声の先に居るのは、まだ夢から解き放たれて間もない少年。
「うん、おはよう。エミレと……」
そろりそろりとその視線が、見慣れた者から見慣れないモノへと移ってゆく。
そして――
「剣!?」
と叫ぶと同時にシルアは思い出す。
(そうだ、僕はあの剣で、えっと、クローブを倒して……それで、僕は――!)
まるで、自分の使命を思い出したかのように、そのままの勢いで、「エミレ!!」と呼びかける。
エミレは、誇らしげに胸を張ると、エスコートをするかのように、水の入ったコップを指さす。
「まぁまずはそこにおいてある水を飲んでから」
その口調は、とても穏やかで、優しげである。
それに対して、シルアはそわそわしながらも、ごくりと水を飲む。
そして、彼は、緊張した面持ちで、今度はエミレに尋ねたいことをはっきりと告げる。
「それで、この世界について教えてほしいんだ。エミレ。」
「うん、ちょうどいい頃合いだもんね。
まぁ、うーん、どこから話せばいいのかな……長くなりそうだしな。
じゃあ、まずは簡潔に結論から。」
エミレはしばらく沈黙する。
その静けさは、まるで辺獄に咲く一輪の花のように、これから地獄へ行くのか、はたまた天国にいくのか彷徨うようであった。
「簡潔に言おうか。君は……いいや。僕たちは神に呪われている。」
少女の声はどこまでも残酷に、そして可憐に、冥界へといざなうように咲いた。
こんにちは!読んでくださり、ご覧下さりありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
作者のルアンです٩(๑˃ ᵕ ˂ )و ヨロシクネ!!
プロローグを除く、冒頭10話、短編でババっとまとめさせてもらいました。の前編。
いっや、まじで申し訳ございません。。想定以上に長くてね、3つに分けました。。
気になった方は、本編の方にものぞいてくださると嬉しいです(人>ω•*)
シリーズのところを押してもらうか下部のリンクから飛んでくださいナ!
https://ncode.syosetu.com/n0952kh/
感想(読んだよって一言がこれまた嬉しい!ログインしてなくてもおっけーにしてるよ!)、ブクマ、お星様ぽちぽちしてくださると感動のあまりエミレたちと腹踊りパーティするので、どうぞよろしくお願いします!
(もしありましたら、改善点、誤字脱字、作者&キャラへのご質問もぜひお気軽に!くださるとありがたい!!)
ではでは、本当に読んでくださりありがとうございました!またねっ( *´꒳`*)੭⁾⁾