2014.08.19(Tue) 悪夢
【大学生編 06 悪夢】
[2014年8月19日(火)]
――そういえば、「あの人」と出会う前にも、一度だけ不思議な体験をした事があったな。
それは高3の秋だった。受験直前の時期だというのに、央弥は無関係の他人のいざこざに巻き込まれたことがあった。
ーーー
脳みその容量のうち半分は聞き流しつつ、半分は数式を解きながら口だけ相槌を打っていると突然スパンと頭を叩かれた。
「ねえ、だから聞いてよ!おかしいと思わない!?」
「へーへー、んじゃ別れろよ」
「そんな簡単な話じゃないし!」
「何て言えば満足だてめーは!」
その頃、央弥は仲の良い友達だった一人の女子、リサにしょっちゅう束縛の激しめな他校の彼氏について相談をされていた。
「あたしは、慎ちゃんの事ほんとに好きだし、それもいっつも言ってるのに、これ以上どうすればいいの!?」
「そりゃ信用がねえんだろ」
「落ち込んでる人間によくそんな事を言う!」
「落ち込んでる割には元気だな」
しばらくスマホを触りながらブスくれていたかと思うと、カバンを持って立ち上がる。
「駅まで迎えに来てくれるって。ほら、優しいんだよ…」
「そうだな。んじゃ多少は束縛されても文句言うな」
アンタにはもう相談しない!とキレて帰って行ったが、どうせまたグチりに来るのは見えている。
前はもう少し相手になってやっていたのだが、央弥はここ数日、妙な悪夢に悩まされていたので眠さと睡眠不足によるストレスで返事も態度も0点クオリティだった。
夜はよく眠れず、放課後は友人のグチを聞かされるという地獄のような日がしばらく続いたが、なんとかやり過ごして冬の入り口が見え始めた頃の事…。
「はあ?別れた?なんで」
「大喧嘩した」
酷く落ち込んでいるその様子に、さすがの央弥もそれ以上は踏み込めなかったが、まあ普段の様子からして上手くはいかないだろうとは正直なところ思っていた。
「まあなんだ、どんまい」
「アンタほんとに冷たい!」
「あんだけグチられてたらなぁ。スッキリして良かったんじゃん、次の彼氏でも探せよ」
「そんなすぐ次とか思える問題じゃないから!」
そういうもんか?と央弥は首をかしげる。
「あんたは人を好きになったりしないから分かんないよ!この冷徹人間!」
「散々人のこと相談役にしといてお前の方がさっきからひでぇからな!?言っとくけど!」
あんまりな扱いに央弥は傷ついたが、傷心中のリサはそれどころではない。
――その夜、"また"変な夢を見た。その夢はいつも同じ内容だ。
リサと央弥が恋人同士になっている夢。手を繋いで、デートをして、別れ際にキスをする。
二人はたしかに仲が良いが、そういう感情はお互いに無いと言い切れる。
男女間に友情は築き得ないとよく言われるが、この二人に関しては周りの友人たちからも「お前たちは珍しい例だ」と言われるほどだった。
それなのに、こんな夢を見るのは何なのか。嫌悪感のような、罪悪感のような、スッキリしない気持ちで目覚めも最悪だ。
「んだよチクショー…」
まだ夜明け前の部屋で目覚めて、誰にともなく悪態をつきながら体を起こすと真横に誰かが立っているのに気付いた。
「あ?」
その頃の央弥は実家暮らしだったので、弟が寝ぼけて入って来たのかと思ったがどうやら様子がおかしい。
「誰だてめぇ」
暗くて顔はよく見えないが、ひょろりと背の高い痩せ型の男だ。
弟の智紀も背は高いが、サッカー部で体格がもっと良い。それに、意外と潔癖な所がある央弥が家族でさえ自分の部屋に入れたがらないのをよく知っているので、寝ぼけたとしても部屋に来るはずはなかった。
「おいこら」
とにかく電気を点けると、男は生気のない青白い肌をして無表情のまま央弥をじっと見つめている。
「…誰だまじで?」
いっそ怒る気すら削がれて、純粋な疑問で問うたが当然答えるはずもない。
――ああ、生きてる人間じゃないんだな。
なんとなくそう感じた央弥は気にしても仕方ない、俺にはどうにも出来ない。とあっさり諦めてトイレに行った。
部屋に戻って来てもまだ男は部屋に立ち尽くしたまま、首だけを動かして央弥の一挙手一投足を見つめてくる。
「なんだよ。俺、そういう趣味はねえんだけど」
央弥はそう呟いてから自分の発言がおかしくて、くつくつと笑いながら部屋の電気を消すと再び眠りについた。
だから、その時の奇妙な既視感についてすぐに思い出せなかったのはあの特殊な状況で出会ったせいもあっただろう。
「もっかい見せて」
向けられた画面に映る男は間違いなく、昨晩、部屋に立ち尽くしていたあいつと同じ顔だった。
「お前の彼氏、俺のこと知ってんの?」
「誤解されたくないから言うわけないし!」
「でも多分、どっかで聞いたか見たか、知ってるんじゃねえかな」
「どういうこと?」
「もっかいちゃんと話せ、浮気なんかしてないって」
どういうことかと再三聞かれたが、オカルトな現象を全く信じていなかった央弥は自分でもそれがどういう事なのかよく分からず、とにかく喧嘩しないで話してみろと言い聞かせてその日は帰った。
ーーー
それから、あの奇妙な悪夢に悩まされることは無かったし、あの男も二度と枕元に立つことは無かった。
辰真と出会うまで、説明のつかない現象と出くわしたのは後にも先にもあれだけだ。そして、その現象は落ち着いたかに思われたが、二人の出会いによってまた動き出すのだった。
【悪夢 完】