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2014.08.16(Sat) 美術館

【大学生編 05 美術館】


 [2014年8月16日(土)]



 辰真は都立美術館の入り口で、普段は触れもしない芸術的なデザインのチケットを手に取る。

 ――絵画展、ねえ…。

 見に来てくださいよ!と念を押してきた高校時代の後輩の姿がフラッシュバックした。元々、友達の少ない辰真に懐いてくるような変わったところのある女の子だったが、まさかバレー部から絵の道に進むとは。

 ちなみにだが、二人が知り合ったキッカケは文化祭の実行委員会で、辰真はバレー部とも絵画とも何の関係もない。

「こんにちは!美術大学合同絵画展の方ですか?」

 「の方」と言われるとまるで関係者みたいで変な質問だな、と思ったが、おそらく「見に来られた方ですか」と聞きたいのだろうと黙って頷いておいた。

「あ!チケットお持ちなんですね!こっちです」

 どうやら学生たちが交代で受付をしているらしい。いつ来るか言っておけば良かったか、と思いつつも本人に会ったところで、特に話す事もないなと冷たい事を考える。

 誘ってくれてありがとう、などと大して思ってもいない感謝を上手く言えるほど辰真は出来た人間では無かったし、むしろ差し入れも何も持たずに来たな…と思い、顔を合わさずに済んで助かったとまで思うほどには非社交的な人間である。

「ではここから入り口になります!中は写真撮影は禁止なんですけど、ここだけフォトスポットにしてるので撮ってもらって大丈夫ですよ!良かったらシャッター押しましょうか」

 丁寧だが敬語なんて使う機会が滅多に無いのであろう学生のたどたどしい話し方に素人感を感じつつ、それでもこんな立派な所に作品を飾ったりしてる子たちなんだな、などと謎の目線からの感想を抱いて、ようやく慌てて返事をする。

「あっ、いや、写真は苦手で」

 ありがとう、と断って辰真は展示室に足を踏み入れた。平日の昼間という事もあって人は少なかったが、想像よりは多かった。学生仲間か、若いグループがチラホラ、教員らしきスーツの男性や書き手の祖母らしき一枚の絵の前でニコニコと立っている女性。

 今回の展示会のコンセプトなんかを書いた額縁の前にもちょっとした人だかりが出来ている。

 最初の部屋は人物画のようだ。リアルな作品もあれば、抽象的な作品もあって、どんな気持ちで見るのが正解なのだろう?とどうでも良い事にばかり気を取られて絵に集中できないでいるとつい周りを気にしてしまう。



 そんな中、ひとりで角の絵をじっと見つめて動かない少年の背中が気になった。他にも小学生か中学生くらいの子供はいたが、みんな親に連れられている。

 近所に住んでいるのか、散歩がわりに来ているといった感じの老人もチラホラいるので、この子も近所の子なのかな?と思いつつ、あんまり熱心に見つめているので辰真は絵よりもその存在感が気になって適当に次の部屋に向かった。

 次の部屋は少し雰囲気が変わって風景画のようだ。サラッと見て行く人、全てをじっくり見ている人、ネームプレートを確認して、目当ての人物の作品だけを見て行く人。

 辰真は目線だけでキョロキョロして、そのうちのどれにも分類できない、どうすればこの空間に溶け込めるか悩み続けている人だ。誰も気にしてなんかいないのに、自分で自分の居心地を悪くしている。

 ――あれ。いつのまに。

 辰真は先程追い抜かしたと思っていた少年が少し先の絵の前に立っているのを見てそう思った。とはいえ順路があるわけでもない展示室で、その時はそれほど不思議ではなかった。ただ、あんなに熱心に見ていたからまだまだあそこにいるのだろうと勝手に思っていたのだ。



 しかし次の部屋には何を飾られていたのか、もう思い出せない。辰真は絵を見ている余裕など無くなってしまった。あの少年が入ってすぐの絵の前に立っていたからだ。

 絶対に追い抜かされていない。少年の後ろを通り過ぎた直後の事だったのだから。こうなってしまったらもうダメだ。今すぐここから逃げ出したい。しかし出口は全ての部屋の後だ。気が気でないが進むしかない。"彼"が振り返らないことを祈りながら。

 その後のどの部屋にも、やはり辰真より先にその少年はいた。相変わらずどれか一つの作品の前でじっと立ち尽くしている。不自然にならない程度の早足でとにかく出口を目指した。

 その時、ふと視界に見覚えのある名前が見えた。チケットをくれた後輩の名前だ。さすがにコレくらいは見て行かないと。気付いてよかった。


 そう思いながら視線を上げた辰真は固まった。そこに描かれていたのは振り向いた少年の絵。真っ白な背景に成長期前と見られる細腕や首が絵全体の繊細さを引き立てている。

 そして…彼の顔には何も描かれていなかった。

「あ、気になりました?この絵、あっちの部屋に飾られてた絵画を見つめる少年像と対になってる作品なんですよ」

「…え」

 絵画を見つめる少年像?

「あれ、後ろ姿しか見えなくて気になるように作られてるんですよ、そしてここにその顔が!…と思ったら、まさかののっぺらぼうで、真実の顔は貴方が想像していた顔ですよ、彼の顔は彼を見た人全員分だけ存在するんです…っていう作品です!」

 よく喋る人だ。芸術って、言葉で説明すべきものなのか?辰真は頭の隅でそんな事を考えつつ、大変に長いため息をついた。

「あっ、すみません私また喋りすぎました…実は、この絵を描いた子との合作で、あの少年像は私の作品なんです」

 気にしてくれる人がいるとつい説明しちゃって、と反省している様子だが、説明してもらえて良かった。知らなければ気を失いかねない所だった。と情けない事を考える。

「いや、ご説明ありがとうございます…良い作品ですね、大変だったでしょう、あんなにたくさん作って」

「はい…?まあでも、好きでやってる事ですから!」

 辰真はすっかり落ち着いて、アンケートもちゃんと書いてから美術館を後にした。なんだ。それならもっとちゃんと見れば良かった、と思いながら。

「ああ、やっぱりたくさんって言ってたんだ、聞き間違いかと思った」

「なに?」

「今日の昼間にあの少年像の絵を見てくれてる人がいて、ちょっと喋ったんだけど、たくさん作って大変ですねって言われてさ」

「あんたまた余計な説明したんでしょ」

「ごめんって、それよりほらこれ」

「髪の毛の質感まで、まるで作り物とは思えないほどリアルでした…それを何体も作るのは凄い…これって、少年像の事?」

「他に何体なんて数えるような立体作品、今回はないし」

「変なの。だってアレ、フォトスポットに一体あるだけでしょ?しかも髪の毛って…全部木彫りなのにさ」



【美術館 完】

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