2016.02 某日 階段
【未来の話:階段】
[2016年2月某日]
目が合った。
少し古い歩道橋の階段の、段と段の間にある隙間から誰かの目がこっちを覗いていたのだ。しかし気にすることもなく上り続けた。
…だというのに、後ろをついてきていた同行者は興味深げに立ち止まりやがる。
「おい、央弥。気にするな」
「いやいや気になるっしょ」
「おいって」
危ないから。そう言っても、怖いもの知らずのこの生意気な後輩は屈みこんでその正体を追おうとする。こんなのは気にしててもキリがない。見えなかったふりをして通り過ぎるしかないんだ……。
央弥は気付いていないのか、その足を掴んで階段から引きずり落とそうとする白い手が見えて、俺は咄嗟にその肩を掴んだ。
「ん?なに」
「危ないから…本当に」
――もしそれがこいつじゃなくたって、目の前で人が落ちる所なんか見たくない。
「お…気付いてなかった。ありがと辰真さん」
そう言って立ち上がった央弥の視線が俺の顔よりも背後に伸びていて、いつかのデジャヴにスーッと背筋が冷たくなるのを感じた。反応するよりも先にドンと何者かに背中を強く押されて前のめりになる。
しかし央弥はしっかりと片手で手すりを握りしめて危なげなく俺を抱きとめた。
「ほいキャッチ」
「…悪い。大丈夫だから、もう離せ」
足元を確認してからしっかりと立つ。膝が笑っていたが咳払いで誤魔化した。先に背後の気配に気付いていた央弥が手を広げて待っていてくれたとはいえ、階段から落ちかければ動揺もする。
「はは、たしかにここは危ないね、さっさと渡ろ!」
「だから言ってんだろ…」
「どっか怪我してない?足首捻ったり」
「してないから」
ありがとな、と言えば珍しいと驚かれる。
「な、早く帰ろっ」
「お前ん家じゃねえだろ」
「はーやーく!」
【階段 完】