2014.06.02(Mon) 芽生えた好奇心
【大学生編 04 芽生えた好奇心】
[2014年6月2日(月)]
「やだ、私なんかここ気持ち悪い」
「は?何が」
仲間内で呑んで次の店を探して歩いていた時、隣を歩いていた友人が急にそんな事を言い出して、央弥は辺りを見回した。
「変に薄暗いよ、別に物陰でもないのに」
「そっか?」
立ち止まると服を雑に引っ張られて歩き出す。
「早く行こ!」
「おーい、店決まったって」
「おお」
もう一度振り返ってみても、何も感じられない。
夜なんだし、暗いのは当たり前じゃね?くらいにしか央弥は思えなかった。
しかし仲間たちと居酒屋に入るとガヤガヤとした独特の空気に、すぐそんな事は忘れ去って騒ぎを楽しんだ。
「二日酔いで頭が痛い」…と、頭の中で呟きながら目を覚ませばまだ窓の外は夜明け前で薄暗かった。
「…のど、かわいた」
ヒビの入ったコップを手に取る。
ついてきたって、見えないし感じないし、何にもならないってすぐわかるようで、"ソレ"らはこういった小さな悪戯をしてはいなくなった。
「あの人といる時だけ、なんか不思議なモンが見えるんだよな…」
明らかに生きていない元人間の姿をしたモノとか、人型の影とか。さっきの友人、大学のサークルで仲良くなったグループの一人、モモが気持ち悪いと言った場所にも、何かがいたりしたのだろうか。
辰真がいないと、他よりも不自然に薄暗いという事さえ少しもわからなかったが。
「……」
気になり始めると確かめたくなる。央弥はどうにかしてあの恐がりな先輩をあの場所へ連れて行けないものかと思案しながら、吐き気に襲われてすぐに思考はそっちへ奪われた。
次にふと意識が戻ったのは昼の1時過ぎで、予定通り午前の授業をすっかりサボった央弥は、しかし目が覚めたなら午後は出ておくかと講義を受けるために電車に乗っていた。
平日の真昼、ほとんど貸切状態の車両内で寝るのももったいなくてぼんやりと窓から外を見る。
ガタガタと車輪の音が少しうるさくなって、ふみきりを通り過ぎる瞬間に視界に花が見えた。普段は気にもしない事だが、なんとなく途中下車をしてしまう。
改札を出て、しばらく線路沿いを逆行するとそれはあった。せいぜい大型バイクまでしか通れない幅の小さな踏切だ。央弥は先ほどの記憶を頼りに花を探す。確かにあったはずだ。枯れた花束が、この足元に。
「近付くな」
食堂でその姿を見かけて話しかけに行こうとした央弥は珍しくあちらから話しかけられたのだが、その内容は上の通り、完全なる拒絶だった。
「なぁんで」
日替わり定食を食べていた手を止めて、辰真は強張った顔でいる。これは単純に嫌いな相手に対する反応ではない。
「あ、もしかして俺、2名様になってる?」
「どこに行ってきたんだ…いや、聞きたくないからやっぱり言わなくていい」
食欲が失せたと言わんばかりに口元を押さえて、近寄るなよ、と念押しして辰真はトレーを手に立ち上がる。
「立て続けに変な体験したから妙に気になって、つい自分から近寄っちゃった」
3メートルほどの距離を保ったまま、央弥は辰真の後をついて行く。
「何バカな事やってんだ。ついてくるな」
「そんな怖がんなくても、一体こいつに何ができるよ?」
今、その視線は明らかに、辰真が必死で目を逸らしているソレを見ている。
「…見えてんじゃねえか」
「アンタが近くにいる時だけな」
央弥の目には、ハッキリと自分の足に抱きついている小4くらいの男の子の姿が見えていた。右足の膝から下が無い。しかしそれ以外は特に目立った傷もなくキレイだ。
「お前、あそこからずっと付いてきてんのか?」
――僕の足どこ――
それは声ではなかった。
「知らねえし、お前の方が知ってるだろ」
首を傾げる少年に続ける。
「あの小さい踏切で、なんかあったんだろ」
その言葉の直後に少年の右顔面が醜く歪み、頭も上半身も全て、形が崩れていく。辰真は呆然とその様子を見てしまっていたが、吐き気に襲われて慌てて走り去った。
「あっ、ちょ!アンタがいねぇと…」
さっきまで異次元にいるかのように周りが静かに感じていたのに、食堂はたくさんの人で賑わっていて騒がしく、少年の姿もない。
「…ま。思い出したなら、成仏しかねえよな」
大丈夫だろ、と無責任に呟いて央弥は講義棟へ向かうのであった。
【芽生えた好奇心 完】