2018.01 某日 落とし物
【小話:落とし物】
[2018年1月某日]
それは黒い財布だった。
……いや、拾い上げてみるとどうやらパスケースのようだった。
「央弥、どう思う?」
「どう…って、パスケースだね」
辰真は拾い上げたそれを央弥に見せる。
2人は珍しく休日が被ったので、たまには外で一緒に昼ごはんでも食べようかと駅前に向かう途中だった。
「定期とか入ってたらさすがに届けてあげたいね」
「いや……どうやら名刺だけみたいだ」
パスケースの中にはいくつかの名刺と、レストランやカフェのカードも入っていた。
本人のものらしき名刺は無さそうだ。
「これじゃパスケースというより、名刺入れだな」
「名刺は全部バラバラだね」
「ああ、本人の名刺はなさそうだ」
あまり人の名刺を勝手にジロジロと見る気にもなれず、サッと確認を済ますと2人はそれを閉じ、道中に交番はあったかな、と呟きながら歩き出した。
央弥はスッと手を伸ばして当然のようにそのパスケースを預かろうとしたが、辰真はそれに気付かず平然と自分の胸ポケットへ差し込んだ。
「ん?」
「いや、俺が持っとこうか?と思って」
「なんでだよ」
子供扱いか?と笑う辰真に対して、央弥は一瞬何か言いかけたがやめた。
途中で見つけた交番は巡回中の看板が机に置かれていて無人だった。正式に拾得物を届けると、書類を書いたり拾った場所や時間を詳しく聞かれたりして面倒だ。
悪人では無いが真面目でも無いふたりはコレ幸いと無人の交番の前にパスケースを置き、そのまま素知らぬ顔で目的地へ向かった。
「辰真さん、ちょっと寄っていこうよ」
「は?寺だぞここ」
「いいからいいから」
なんか景色良さそうじゃん。と本心かどうかわからない事を言いながら央弥は門を潜って寺の敷地内へ入った。
よくわからないと思いつつも、辰真はこういった場所の神聖さのある空気が好きで、気分よく深呼吸をした。
「いいメシ屋が見つかりますようにって!」
「神頼みかよ」
「ここは寺だから仏頼み!」
ほら!と言いながら央弥はポンと辰真の背中を叩いた。
その瞬間、辰真はなんとなく体が軽くなったような感覚を覚えて驚き央弥を見るが、首を傾げられた。
「どしたの?」
「いや…なんでもない」
たまたまか。そう思って何か尋ねる事は止めた。
【落とし物 完】




