2017.08.11(Fri) 物件探し
【社会人編 05 物件探し】
[2017年8月11日(金祝)]
この辺りだと新宿はちょっと遠いけど、まあなにより、京浜東北線だったら某テーマパークにも行きやすいしな…。
辰真さんってああいうとこ行くのかな?シルバーウィークとか誘ってみようかな。あ、でも人が多いのは嫌がるかな。
車で辰真さんちに向かう道すがら、信号待ちの度に路線図を見ながらいろいろ考える。
まだ内々定だけど就職先が決まったので、俺は今これから辰真さんと一緒に暮らすのに丁度いいエリアを探している所だった。
ふたりとも物件探しも引越しも経験してるから話はサクサク進みそうだ。
「大体この辺りで絞ろうか」と辰真さんが俺の通勤に都合のいい駅を指差したから俺は「それじゃ辰真さんが絶対に2回は乗り換えなきゃいけないじゃん」と反抗したけど押し切られてしまった。
仕事に慣れるまでは通勤が楽なエリアにしておけ、3年目に入る頃に契約更新の話が出るだろうから、その時にまた引っ越したら良いし。
……という辰真さんの言葉に、3年後も当たり前に一緒にいる事を前提に考えてくれている事が嬉しくて。甘える事にしたんだ。
同性同士の入居にフレンドリーな不動産もある事は知っていたけど、俺たちはルームシェアの名目でふたりで部屋を借りる事にした。
この関係を積極的に周囲にバラすつもりは今のところお互いに無い。話す必要の無い所では話さない。
それが暗黙の了解であった。
軽く鼻唄を歌いながらぼんやりしていたその時、着信が入ったのでハッとして応答する。
『もしもし、今どこだ』
「いまセブンのとこ、なんか買って行こうか?」
『いや、いい。すぐ出るから前でそのまま待っててくれ』
「おっけー、焦らなくていいよ。約束よりずっと早いし」
言われた通りに辰真さんちの前に停車して待ってるとすぐに駆け寄ってくる姿が見えたので窓を開ける。
「走らなくていーよ!」
「間に合うか?」
「余裕!」
今日は内見に行く事になっている。辰真さんも早めに出てきてくれたし、俺もワクワクして早めに着いてしまったから、どこかで時間を潰さなきゃいけないくらいかもしれない。
いくつか事前に気になる物件は伝えてあるが、不動産屋の方からも提案してもらえるように頼んである。
どこまで参考になるかはわからないけど、俺たちは事故物件のまとめサイトを見て該当物件はもちろん、その隣近所も避けるように物件探しをしていた。
「……ではこのような感じで、回ってみましょうか」
「はい、お願いします」
「乗ってきた車そのまま置いててもいいですかね」
「もちろんです、少々お待ちください」
社用車を回して参ります。と言い残して立ち去った担当さんを見送る。
「本当によかったの?このエリアで」
「今更」
「最終確認!」
「いいってば、気にすんな」
「疲れた時は肩揉んであげるからね」
「こっちのセリフ」
「社会人の先輩ぶんなよな、たった2年で」
「はは」
そんな事を話していると担当さんが店に入ってきた。
「では行きましょうか」
見せてもらった候補の中から絞った結果、4つの部屋を回ってみる事になっていた。
でも……。
ーーー
「待って、辰真さん」
「ん?」
「ここで待ってて。車の中にいて」
2件目の前に着いた時、央弥は辰真に小さな声でそう言った。ふざけている様子はない。
辰真は央弥の様子にすぐそのマンションからさっと目を逸らして、スマホを取り出した。
「あれ、葛西さまは来られないんですか?」
「ちょっと仕事先から急ぎの連絡が入ったみたいで…ここは元々あんまりだと思ってたみたいなので、俺だけ見せてもらっていいですか?」
「いいですけど、エンジン切っちゃいますよ」
「さっと見て戻ります」
辰真は立ち去ったふたりを横目に見ながら事故物件情報サイトを開いた。ここには何のマークもないし、辰真自身も何も感じない。
気のせいじゃないのか……?
そうは思ったものの、央弥の様子が真剣だったのを思い出して首を振る。
――ここはナシだな。
本当に央弥はさっさと帰ってきた。
軽く中を確認しただけで、あっさり「やっぱり微妙でした、せっかく連れてきてもらったのにすいません」と断って来たのだった。
「ただいま」
「ああ、どうだった」
「思った通りだったよ」
「駅からも少し遠いですしね、次に行きましょう」
思った通りだった……つまり、何かが"いた"ということだろう。辰真は早くここから立ち去りたいと思ったが冷静なフリをした。
その後は特に何事もなく、ふたりは意見が完全に一致したので3つ目に見に行った物件で契約する事を決めて帰ってきた。
辰真の家へ向かう途中、ふたりはコンビニで少し休憩していた。
「送り迎えありがとな、結構遠いのに…」
「いいよ、結構運転すんの楽しいんだ」
「これからは卒論か?」
「うーんそうだね、でもおかげさまで早めに取り掛れそうだから、さっさと終わらせて残り全部遊ぶ!」
酒はほどほどにしとけよ。と辰真が言うと央弥は呑気に笑って「はーい」と答えた。
絵に描いたような陽キャではあるが央弥は本当に越えてはいけない一線をちゃんと持っている。
辰真もそれは分かっているので口で言っているだけだ。
「さっきの」
「うん?」
「何か見えたか?」
「なんとなくだけど、予感がしてさ」
やっぱ車の中で待っててもらって良かったよ。そう言って央弥は飲み終えたコーヒーの缶をゴミ箱へ投げ入れる。
嘘だった。
マンションの前に着いた時から"ソレ"はいた。
それも、複数。
こちらには興味がなさそうだったので、辰真を置いていくことも心配ではあったが、どうも気付いていないようだし、近くを歩かせるくらいなら…と車内で待っていてもらったのだった。
――辰真さんは、このまま何も見えなくなればいい。
人混みに何かを見るかもしれないとか、暗い路地は不安だとか、そんな事を考えることさえ忘れるほど、何も起きないことが当たり前の日常を生きて欲しい。
央弥は「よし」と気持ちを切り替えて、運転へ戻るのであった。
【物件探し 完】




