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2017.06.27(Tue) ドアスコープ

【社会人編 03 ドアスコープ】


 [2017年6月27日(火)]




 「疲れた」という央弥からの連絡を受け、飲みながら愚痴でも聞いてやるかと部屋を訪れた辰真は央弥がシャワーを浴びている間に持参したツマミや酒を机の上に置いて、読みかけの漫画の続きを読み始めた。

 すると廊下の向こうからコンコン、と玄関の扉を叩くような音がした。辰真は不思議に思って、くつろいでいた格好のままそっちを見る。気のせいか?と思ったが、再びコンコンと音がした。さらにコンコンコン、と続く。


 ――インターホンがあるのに。気味が悪いな。


 気にしないでおこう、と手元の漫画に視線を下すが耳はつい玄関の方向へ集中してしまう。

 コンコン…コンコン…なかなかしつこい訪問者は諦めそうに無い。また就活で普段行かない場所を歩いて、たくさんの人と関わってきた央弥が何かを連れて帰ってきたか。

 最初は辰真の霊感に影響される形で辰真といる時だけ霊が視えていた央弥だったが、いつの間にか最近はひとりでも視えるようになり、憑かれて帰ってくることも増えた。

 以前ほど興味本位で首を突っ込んだりはしていないハズなのに、央弥の霊感の上昇とそれに伴う霊障は加速し続けている。

 反対に辰真は非常に強い霊感体質だったのが、叔母の霊が消え去った後から弱まったような気がして、最近ではほとんど鈍感になっている自覚があった。


 その事自体は純粋に本人にとっては大変嬉しい変化ではあったのだが、央弥が巻き込まれる危険に気付けなくなるのでは…という意味では複雑な思いがするのであった。

 理由は分からないが、"俺の霊感が央弥に移った"のでは…と考えているのも、辰真が複雑な心境の理由だ。そうすると、央弥の身に降りかかる不運や病気、事故なんかが全て自分のせいだと思えてくる。

 今や誰よりも大切で身近な友人であり、パートナーと呼ぶべき存在になった央弥にはいつでも安全な暮らしをして欲しいと思うのは当たり前の感情だった。


 まだ止まらないノックに辰真は覚悟を決めて立ち上がり、玄関扉へ向かう。

 央弥がシャワーを終えて出てくるまでに、この訪問者を追い返しておきたい。霊と接触するのは怖い……しかし、央弥に接触させる事はそれ以上に嫌だった。

 静かに移動し、気付かれないように扉の前まで行く。


 コンコン、コンコンコンコン……


 音の発信源は目線より少し下のあたりだ。辰真と同じ背丈くらいの人間が胸の前に拳を作り、軽く扉をノックしている様子が思い浮かんだ。他にも辰真の脳裏には次々と怖い妄想が広がる。


 生気のない子供が腕を伸ばしてノックしている様子……髪の長い女が恨めしげに睨みつけている様子……むしろ誰もいない、という可能性もある。


 ――怖がっていても仕方がない。


 辰真は手汗のにじむ手のひらをズボンで拭い、そっとドアスコープを覗いた。スコープのガラスで歪んではいるが、そこには見間違えようもなく、辰真自身が無表情で立っていた。

 思わず声が出そうになったが耐える。そして瞬間的にいろいろな事を考えた。


 央弥に取り入ろうとした悪霊が俺の姿を模してきた?どう対処すべきだ?強気で怒鳴りつけるか?このノックは、この部屋に入りたいという事か?どうして俺の姿を知っている?――いや、俺が連れてきたのか?


 その瞬間。


「あれ辰真さん、どうしたの?」

 背後から央弥の声がした。しまった。辰真が慌てて振り返ると、扉が激しく叩かれた。

「えっなに……」

「央弥、開けてくれ」

 ゾッとした。"それ"は声まで辰真と同じだった。動画なんかで撮って聞いたことのある、自分自身の声だ。それが扉の向こうからハッキリと聞こえてくる。

「こ、これ……俺の声だよな」

「うん、辰真さんの声」

「開けてくれ」

 ドンドンとやかましく叩かれる扉に"近所迷惑"という言葉が脳裏に浮かんだが恐怖で何も言い返せない。

「央弥、そいつは偽物だ、俺に化けてる」

 その言葉に辰真の背筋がいよいよ凍った。自分自身のアイデンティティが崩されそうになる。

 ――いや、まさか、そんな。


 その時、央弥がグッと力強く辰真の肩を掴んで胸元に引き寄せた。

「辰真さん、大丈夫だから安心して」

「央弥、騙されてるんだ、そいつは危険だ」

「アンタは辰真さんじゃないよ」

「ここを開けろ!」

 扉を叩く音に加えドアノブが激しくガチャガチャと回されて、辰真は恐怖によろめいた。

「はっ……はぁっ……お、央弥」

「央弥!ドアを開けろ!」

「辰真さん大丈夫だから。落ち着いて、こっち来て」

 変なの連れて帰っちゃったなぁ、と呑気に言って央弥はテレビを少し大きめの音量でつけると玄関へ続く廊下の扉を閉じ、酒を飲み始めた。

「あの扉はアイツには勝手に越えられないみたいだから、気が済むまで暴れさせておこう。大丈夫だよ。言葉に引っ張られちゃうから、これ以上もう聞かないで」



 央弥の言う通り、なんとか気にしないようにして2人で話しながら飲んでいるうちに、いつの間にか外は静かになっていた。

「せっかく来てくれたのに、怖い思いさせてごめん。大丈夫だと思うけど……明日どっかでお祓いしてもらっとくね」

「そんな簡単に……アテがあるのか?」

「うん、実は何回か祓ってもらってて」

 何故か霊の扱いにすっかり慣れている様子の央弥に辰真は更に心配が増したが、今は何も言わなかった。



【ドアスコープ】

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