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2016.10.14(Fri) 自覚 3/3

【社会人編 01 自覚 3】


[同日]




 央弥に手を引かれて寝室へ向かう。

 仕事で失敗して、ピリピリして、情けなくて、悔しくて。央弥が精一杯に気遣ってくれてるのも分かっているのに、うまく笑えもしない。

 気楽な大学生は良いよな…なんて、つい数ヶ月前までは俺だって"気楽な大学生"だったくせに、急に社会の大変さが分かったような口を利きたくもない。

 今はそんな思ってもない事が口から出てしまうから、何も話したくない。それもこれも、きっと疲れてるからだ。ネガティブになって、イライラして。


 ベッドに横になると、央弥のでかい右手が優しく髪を撫でて、肩に置かれていた左手がスルッと下された。暖かい感触が心地良くて目を閉じると、そのまま腰に腕が回されて引き寄せられる。

 これ以上の失態を晒す前に帰ってもらって方がいいと思う反面、無性に央弥に触れたかった。だからハグするかと尋ねられてつい頷いたものの…こんなにも人と密着した経験なんか一度もなくて、気恥ずかしさに落ち着かなくなる。

「緊張してる?」

「いや……緊張というか…」

「すぐ慣れるよ」

 いつもよく喋る央弥がそれっきり黙ってしまって、部屋が沈黙に包まれた。恥ずかしさや気まずさでなかなか落ち着かなかったが、ゆっくりと頭や背中をさすられて、次第に肩の力が抜けていく。

 ホッと息を吐いて央弥の体温を感じていると途端に眠たくなってきて、その後の記憶はすっかり無い。




 ーーー




 それからというもの辰真さんは疲れた時、こうして素直に甘えてくれるようになった。今日も眠そうに目を瞑って凭れかかってきた辰真さんのその無防備さに思わずキスしたくなる。

 焦らないと決めたばかりなのに、こんな油断した姿を見せられたら仕方ないだろ。つい抱きしめる腕に力を込めると、ハッとしたように見上げられて目が合った。それだけで俺が何を考えているのか分かったみたいで、辰真さんはすぐに目を伏せてしまう。

「ごめん、つい……」

「いや、別に謝る事じゃないだろ」

 離れられるかと思った予想に反して、背中にスルリと腕が回されてドキッとした。

「何回も言ってるけど、俺、お前のこと嫌じゃないから」

「えっ」

 どういうつもりの発言なのか、都合よく受け取って良いのか、真意が掴めず反射的に聞き返すと背中に回された辰真さんの手が俺の服を掴むのが分かった。

 これ以上、何か聞くのは流石に野暮だろとか、いや、本当に良いのだろうかとか…頭の中にはまだ迷いがあったけど、気付けば引き寄せられるように辰真さんの頬に手を添え、上を向かせていた。

「央弥……っん」

 辰真さんは何か言おうとしていたけど、離れた後にスルリと鼻先をくっつけてみたら、大人しくなった。

「…ん、ちょっ…と」

 触れるだけの軽いキスを何度か繰り返すとさすがに身じろいで抵抗されて、無理に押さえる事もなく解放する。しつこかったかなと苦笑すると、恥ずかしいからと辰真さんも笑う。笑ってくれてよかった。

「はは、調子乗った」

「少しずつ慣らしてくれ」

「なんかそれエロい」

 パコッと頭を叩かれて笑いつつ立ち上がる。

「やな事忘れた?」

「ああ、衝撃的な出来事のおかげでな」

「もしかして俺が初めてなの?」

「聞くなよ」

 そりゃそうか。人を好きになった事ないって言ってたくらいだもんな。最後にギュッとハグすると、大分慣れたのか辰真さんもし返してくれた。

「んじゃそろそろ帰るから、あんま無理なさらず」

「ありがとな」

 玄関まで見送りに来てくれた辰真さんにもう一度キスしていいか聞いたけど肩パンされて諦めた。



【自覚 完】

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