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2015.01.20(Tue) ドッペルゲンガー

【大学生編 11 ドッペルゲンガー】


 [2015年1月20日(火)]




 仲間たちと馬鹿騒ぎした翌日は午前の講義には出ない事にしている。決して寝坊して出られないのではない。これは自分で決めたスケジュールだからセーフだ。だって、人生には息抜きって必要だから。

 …というわけで"予定通り"午後から大学にやって来た央弥は廊下の先に辰真の背中を見つけ、後を追いかけた。

 この頃は話しかけても邪険に扱われる事は減り、それに対していつもどこかからかうような接し方だった央弥の態度も後輩らしいそれへと変化し、お互いに無自覚なまま、ふたりはいつの間にか単なる仲の良い先輩後輩の様相となっていた。

「葛西さん」

 呼びかけてみるが聞こえなかったのか、辰真は立ち止まる事なく角を曲がって行ってしまったので央弥も追いかけて曲がる。

「おーい、葛西さんってば」

 しかしその先には辰真の姿はなく、思わず首をひねった。

「あれ?」

 隠れるような場所も無い、長く続く廊下だ。

「…俺、夢でも見た?」



 しかしそういった事は一度や二度ではなく、それから数日間ほぼ毎日、どこかでその背中を見ては見失う日々が続いた。

「気味の悪い事を言うな」

 今度こそようやく捕まえたその本人にその出来事を話すと苦々しい顔をされる。

「だから見たんだもんよ、さっきだって」

「2時間くらい前?講義中だし、俺はそっちの廊下には用なんて無い」

 じゃあな、と立ち去りかける背中を慌てて呼び止めた。

「ちょい待ち!」

「なんだ」

「なんか気のせいって思えねぇんだよ、実際アンタ顔色悪いし…なぁ、大丈夫?」

「はぁ…大丈夫って何がだ」

「わ、わかんないけどさ…」

 わざとらしくため息をついたりして、不機嫌そうな辰真にそれ以上は追及できず、央弥はしょんぼりと肩を落とす。

 本当に純粋に心配しただけなのに、怖がらせるつもりでからかっていると勘違いされ怒った顔で睨まれるとさすがの央弥も寂しくもなる。

「でかい体してそんな顔すんな、課題が大変なんだ…。別にお前が何かしたとかじゃないけど、今はこんな態度しか取る余裕ないから。絡まないでくれ」

「…うん。わかった」

 その様子にさすがに罪悪感を感じた辰真はそうフォローを入れたが、央弥は傷ついたように落ち込んで踵を返す。

「お、おい」

 その様子に今度は慌てて辰真が呼び止めようとしたが、央弥は止まる事なく立ち去ってしまった。

「…ちっ」

 こんなのは八つ当たりだ。年上なのに、かっこ悪い。辰真はそう自己嫌悪して歩き出した。



 ーーー



 そんな気まずい出来事のすぐ後に、また別の場所でその背中を見かけた時は央弥は「またか」ぐらいにしか思わなかった。

「…葛西さん」

 それでも、話しかけてしまう。もしかしたら本物かもしれないから。

 本物だったらなんだというのか。央弥自身もそれはわからなかったが、辰真を見かけると声をかけずにはいられないのだ。絡むなと言われたばかりだというのに。

 しかし、本物の辰真はそう言いつつも本気で無視をしたりはしない事を知っている。

「かさ…、っ!?」

 どうせ振り返らない。そう思っていた央弥は思わず息を飲んだ。

 振り返った辰真の顔面が半分抉れていたからだ。



「葛西さん!!!」

 講義が終わり、ゾロゾロと部屋を出ていく人波をかき分けるようにして室内に飛び込んできたガタイの良い後輩が誤魔化しようもない大声で自分の名前を呼んだりするので、呼ばれた張本人は慌てて立ち上がった。

「おい、静かにしろ」

「葛西さんアンタ本当に大丈夫なのかよ!!」

「こんな所で大声を出すな、行くぞ」

 何をそんなに慌てているのか、普通でない様子にとにかく落ち着けと言い聞かせて広場に出て来た。



「で?いったい何だ今度は」

 ついさっき俺たちは喧嘩したんだと思ってたけど?と呆れたように言いながら前を歩く辰真の肩を央弥が乱暴に掴む。

「おっ…」

 勢いよく振り向かされて転びそうになったが、何か言うより先に今度は両手で顔を掴まれて無理やり上を向かされた。

「な、何…」

 央弥は何も答えずにただじっと見つめてくる。

「…コレ、どうしたの」

 そしてその指が辰真の右目の下に触れた。そこにはうっすらと切れた傷痕がある。

「は…?」

 それは本人でさえすっかり忘れていたレベルの傷で、言われてしばらく考えて、ようやく何のことか理解した。

「あ、ああ…小さい頃に、交通事故で」

 ――そうだ。どうして忘れていたんだ。この事故がキッカケで俺は…。

「気をつけて、ホントに」

「は?」

「何かあったら連絡ちょーだい!てかマジでメッセンジャー交換しよ!!」

 いつもの強引さに3割増しくらいで押されて、辰真は意味がわからんと思いながらも連絡先を交換してしまったのだった。



【ドッペルゲンガー 完】

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