2016.04 某日 映画館
【未来の話:映画館】
[2016年4月某日]
「…央弥、トイレ」
「いってらっしゃい」
「……」
「なに!俺も行くの!?もう予告編始まるのにさぁ」
平日の昼間なので映画館はガラガラであるが、それにしても央弥の声は大きすぎた。
「声がでかいって」
「だってぇ辰真さんが連れションに誘ったりするから」
「ちがっ…入り口で待っててくれたらいいから…」
「なんでさ」
「…怖いんだよ、こういう場所のトイレって」
適当に茶化して煙に巻くつもりだったが、こうも素直に怖がられると断りにくい。こんな時に意地を張らず、素直な言葉で伝えた方が央弥が断れない事を辰真も分かっている。
「わかったわかった」
これで貸しひとつだな、などと考えながらトイレの前でスマホを弄って待っていると辰真が出て来た。今夜何かお礼してよ、とでも言うつもりだったが、その顔を見てそんな気も一瞬で消え失せ、慌てて駆け寄る。
「辰真さんっ…大丈夫?」
「なんでもない」
青ざめてるし、足元もフラついている。もはや文句を言う気など一切無くなり、おろおろと心配そうに辰真の後ろをついて行くばかりだ。
「もう帰る?」
「いい、楽しみにしてたろ」
「でも…」
「いいから。ありがとな」
席につき、予告編を見ているうちに少しずつ落ち着いて来たのか、血の気の失せていた顔から強張りが消え、微笑みかけられて央弥はようやくホッとした。
一体何を見たのか気になったが、蒸し返すと怒られるのは分かっていたので央弥は大人しく映画に集中していた。
しかし、別にロマンチックでも何でもないシーンで手に触れられた感触がして、妙に感じつつも指を絡めて握り返してみたらその手を振り解かれて叩かれてつねられた。
「いっ!」
違うの?と思いつつそっちを見ると、辰真の顔を覗き込む男がいた。そいつは辰真の座席の後ろの通路に立っていて、背もたれに手をついて、上から覆いかぶさるような形で覗き込んでいる。
あまりにハッキリとしすぎていて、普通(行動は異常だが)の人間かと思う存在感でそれはそこに居たが、触れる辰真の手が震えていたし、斜め後ろに座っている他の客たちには一切の動揺も無い。
こういう時の辰真の教えは「何もするな」だ。気付いていないフリをして、過ぎ去るのを待つだけ。なので央弥はやれやれ、と思いつつ辰真の手を優しく握ってやった。今度は嫌がられないように、指は絡めず。
そうしていると30秒ほどでそいつは体を起こしてどこかへ去って行った。央弥は辰真の耳に口を寄せて、囁き声で尋ねる。
「…トイレで見たのも、あいつ?」
「ああ…反応しちまったから、ついて来たんだ」
耳元でずっと「見えてる」と繰り返されて叫びそうになったと大きく息を吐く。
「映画どころじゃなくなっちゃったね、もう帰る?」
本日二度目になる問いかけに辰真は力なく頷いた。
「ありがとう、もう大丈夫だから手は離せ」
「え、やだ」
真顔でそう答えた央弥だが、ジロリと睨まれて笑う。
「んじゃ帰ったらお礼してね」
こういう時の央弥の軽口は辰真の為だ。それをわかっていて、辰真も口には出さないが心底そんな央弥の存在を有り難く思う。
「晩めし好きなもん作ってやる。期待はすんな」
「え!早く行こう早く行こう」
「こら、静かにしろ」
【映画館 完】




