2014.10.20(Mon) レンズ越しに視る
【大学生編 08 レンズ越しに視る】
[2014年10月20日(月)]
節約のために自炊している辰真は1週間分の食材を買いだめておくのが毎週末の日課だ。
そして今日も、少し遅めの時間になってしまったが無事に買い出しを済ませて夕方の住宅街をのんびりと歩いていると近くに公園でもあるのか、子供たちがだるまさんがころんだをして遊ぶ声が聞こえてきた。
――そういえばアレはまるで、だるまさんがころんだではないか。
辰真は自分のスマホを手に取って苦い顔をした。普段から写真を撮る事は少ない。しかし今は撮りたいと思うものがあったとしてもカメラは起動しなくなっていた。
件の遊びをしているかの如く、知らない男が、そのカメラを起動する度に画面内で近づいて来ているからだ。
ーーー
はじめにその存在に気付いたのは先々月の半ば頃だったか。構内を歩いていると夕陽が綺麗だったので、珍しく撮ってみようという気になりカメラを起動した。
すると画面内の道の先に小さく何者かが見えたが、肉眼で見てみるとそこには誰もおらず、どうもマズイものを見た気がして、慌ててカメラを閉じたのだ。
それから、何かの拍子にカメラを起動する度にその人物は少しずつ近くに来ていて、最後は痩せ型の同い年くらいの男である事がわかるほど近くにまでやって来ていた。
前述の通り、今は操作ミスで誤って起動でもしてしまわない限りはカメラを使わなくなっていたので、どこまで奴が近付いているかはわからない。わかりたくもない。
近くまで来られたらどうなる?なんて、考えたくもなかった。しかしこれは、カメラを起動さえしなければいい事…と問題を先送りにしていた、そんな矢先の出来事だった。
家に着いて買ってきた食材を袋から取り出している最中に着信を知らせるバイブがなり、スマホを手に取ると"東丸 央弥"の文字が。
無言電話事件の際にちゃっかり辰真のスマホに自身の番号を登録した上で自身も辰真の番号を控えていた央弥は、あれから度々くだらない内容で辰真に電話をしてくるのだ。
大体は酔った時にかけてきているので、応答するまでしつこく何度も何度も、何コールでも永遠にかけてくる。そろそろ本気で着信拒否に登録しようかと悩みつつも、さすがにそこまでは…と思うほどには辰真は心を許し始めていた。
元々友人も少なく、ましてや世間話を電話でするような類の人間が周りにいない辰真は画面に出ている見慣れないアイコンの意味すらよくわからずに応答ボタンを押してしまった。それはビデオ通話モードを知らせるアイコンだったのだ。
「もしもし?また飲んでんのか」
『そーお!だぁって日曜だもんよ!』
「今日は何の用だ」
『てか真っ暗なんだけど、スマホ耳にくっつけてない?葛西さぁんビデオ通話モードだよこれ』
「はあ?」
反射的にスマホの画面を見てしまった。ビデオ通話の為にインカメラが起動していて、自分の顔が写る。
その後ろ、辰真の左肩の向こうに顔が見えた。あの男の顔だ。今にも触れそうな位置にいた。
「うわ、あっ!!」
思わずスマホを取り落として振り返るが誰もいない。しかし辰真はパニックになって蹲った。
『葛西さん!?』
「すぐ、すぐそこに居る!!」
『今どこ!』
「い、家!」
『俺、アンタの家知らないし!何駅!?』
辰真は床の上で丸くなったまま住所を三回くらい叫んだ。何かされた訳でもないというのに、自分の家でその住所を三度も叫ぶような事が普通あるだろうか。それほどに辰真はパニックになっていた。
『とりあえず行くから落ち着けって!いるだけだろ!?何もされてないんだよな!?おい、葛西さん!』
それ以上は央弥が何を言っても何の返事も無かった。
ドンドンと乱暴に扉が叩かれて、扉が開けられる音がして、誰かが駆け寄ってきて、肩を掴まれた。
「おいって!てか、鍵開けっぱだし…」
ハッとして顔を上げると汗を額に浮かべた央弥がいて、辰真は思わずその腰元に抱きついてしまった。
「はっ、はぁっ、はぁっ……!」
「大丈夫だって、何もいねーみたいだから」
落ち着かせるように背中をさすられてようやくまともな思考ができるようになってきた。どうやらアレからもう1時間近く経っていたらしい。
「……ごめん」
央弥から唐突に謝罪を口にされて理解が追い付かず、辰真は間抜けな声を出す。
「は、あ…?」
「さっき映ったヤツ、きっと俺の事を探してんだ。だからってなんでアンタのとこに現れんのか…いや、俺が視えないからかも」
とにかく、迷惑かけてごめん。と央弥は再び謝った。
「ユーレイとかじゃないと思うし、ちゃんと話つけてくるから、もう怖がらなくていいよ」
後でまた一悶着あり、それから辰真のカメラに見知らぬ誰かが映り込むことは確かに無くなったが、未だに不意にカメラを起動してしまうと見たく無いものが写り込んでいないかと無意識にドキリとしてしまう。
この時は"奴"が央弥とどんな因縁がある何者なのか、何一つわからないし知りたくもなかったが、後日になって辰真もその問題にひと噛みする羽目になるのであった。
【レンズ越しに見る 完】




