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2014.10.15(Wed) 無言電話

【大学生編 07 無言電話】


 [2014年10月15日(水)]




 ――まただ。

 苛立ちまぎれに舌打ちをして、ため息をつきながらスマホの画面を消す。ここが人でごった返す帰宅ラッシュ時の駅のホームでなければ、いい加減にしろと怒鳴っている所だ。

 しかしどうにも、そう出来ないのは周りに人がいるから……だけでもない。辰真は画面に表示された名前を見て、その人物に会話アプリでメッセージを送る。

『電話、何の用だった?』

 そう、電話。無言電話だ。

『電話ですか?した覚えありませんけど、もしかして勝手にかけちゃったのかな、すみません!』

 返事を打っていると連続でメッセージが送られて来た。

『絵画展、明日までですよ!』

『そっかわかった、気にしないで』

 電話に関する会話の返事を送った後、絵画展についてメッセージを打つ。

『絵画展、行ってきたよ。見た。少年の絵』

 その後もしばらくやり取りをして、適当な所で切り上げてホームに滑り込んできた電車に乗った。



 先月くらいから、時々無言電話がかかってくるようになった。非通知は拒否する設定にしてあるし、辰真は店の予約など、知らない番号から掛かってくる可能性がある時以外は登録していない番号からの電話にも応じないタイプだ。

 つまり相手は電話帳に名前のある人物ということになる。その相手は友人であったり、家族であったりと毎回違う。その度にこうしてメッセンジャーで何の用かと尋ねてみるも、全員「かけた覚えは無い」と言うのだ。

 いよいよこっちのスマホが変なのかと思ったが、そんな壊れ方など聞いたことがない。ちょっとした事だが、忘れた頃にまた無言電話が掛かってくるので辰真にとってはなかなかのストレスになっていた。



「葛西さーん」

 別に仲良くなどなりたくもないが、この恐れ知らずの後輩は辰真のどこがそんなに気に入ったのか、視界に入れば寄ってくる。

 ニコニコと名前を呼んでこんな風に寄って来られるとさすがの辰真もどうにも毒気を抜かれてしまって、最近は行動を共にすることも珍しくなくなっていた。

「お昼食べた?食堂行こ」

「今から行く所だけど、いつから俺とお前は当然のように一緒にメシを食う仲になったよ」

 そう言いつつ拒み切れもせずに結局、今日も並んで歩く。そんな時にポケットが密かに震えた。

「あ、悪い電話だ」

 って、何でこいつに断る必要がある…と思いつつもどうぞと促されてスマホを手に取る。

「はい」

 相手は同じゼミの先輩だった。

「あ、それなら、はい、その棚の3段目に…あ、そうですそうです」

 通話を切った後にデータを移動させた事を伝えておけば良かったなと辰真が思った瞬間、再び同じ先輩から着信が入ったので何も疑わずに出た。

「先輩ちょうど良かった、さっき伝え忘れた事があって…レポート関係のデータなんですけど、デスクトップの」

 そこまで話して、ふと違和感に気付いて言葉を止める。向こうからは何の返事もなかった。

「…先輩?もしもし」

 辰真の様子が変わったのを央弥はすぐに感じ取って近くに寄って来た。他に類を見ないレベルの怖いもの知らずが目の前にいるせいか、無意識下ではあるがいつもより少し気が大きくなった辰真は苛立ちを通話口に向けた。

「いい加減にしろよ!」

 そして乱暴にスマホをポケットにねじこむ。

「え、何、先輩じゃなかったの?」

「…無言電話だ。最近多いんだ」

 その様子でただのイタズラでは無いのだろうと勘付いた央弥は、ちょっと見せて、と手を差し出す。躊躇する辰真だったが、この大柄な男は困るほどに目力が強い。

「いいから見せて」

「わかったから睨むな」

「この機種触ったコトねえんだけど、えーっと」

「おい、そこは触るなよ、カメラだから」

「はいはい、見せられない画像の100や200驚かねえよ」

「そんなにあるわけねえだろ!」

 着信履歴ならこれだ。と横から手を伸ばして辰真が画面を操作する。先ほどの先輩からの着信が一番上にあり、続く名前は先輩後輩やら母、兄、未登録の番号も時々挟まっている。法則性は無く、時間帯もバラバラ。

「このうちのどれが無言だったわけ?」

「全部は覚えてないけど…」

 と言いかけた瞬間、また着信が入った。画面には"母"と出ている。

「俺が出てみていい?」

「……ああ」

「もしもし」

 返事を聞くか聞かないかくらいでもう応答してる央弥に少しだけ苦笑いする。

「もしもーし?おーい」

 これは、無言電話だ。改めて認識すると不気味さが襲って来てゾッとした。全く知らない番号ならともかく、どうして知り合いからこんな電話が掛かってくるのか。

「おいてめぇ!!なんか言えこら!!」

 わざとヤカラのように凄んでいるのだろう。周囲の人々が驚いた顔で通り過ぎるほどの迫力だが顔は冷静なまま、チラリと横目で辰真の反応を伺いながら央弥は大声を張り上げたりしている。

「…ダメだこりゃ。無反応」

「切ってくれ」

 こうして央弥のファーストコンタクトは失敗に終わった。



 とにかく食堂に来て、辰真はピラフセットを、央弥はカレーライス大盛りを食べつつ話す。結局仲良く一緒のランチタイムになってしまったわけだが、意外と抜けた所のある辰真は気付いていない。

「そういやさ、電話帳は?」

「ああ、電話番号の確認か?いや、そういえばしてないな…」

 最近のやり取りはアプリ派も増えてきてそもそも電話番号を登録しておく事自体が減ったこともあり、スマホ内の電話帳を触るコトなんかほとんど無い辰真は、そんな初歩的な確認をすっかり忘れていた。

「見せて」

 名前順で一番最初に出てきたゼミの同期、青木のプロフィールを開くと電話番号が2つ登録されていた。

「なんで2つ?どっちもケー番だし」

「ケー番て…さあ、覚えてないけど、2台持ちとか」

「あれ」

 央弥はそう言ったきり、しばらく勝手に辰真のスマホをいじり続けた。

「なんだよ」

「一緒だ」

「あ?」

 向けられた画面にはまたしても電話番号が2つ。そして片方は…。

「な、この番号、全部の電話帳に登録されてるんだけど、覚えある?」

「…ない、登録した覚えもない」

 気味の悪さに青ざめている辰真を横目に、全ての電話帳データを勝手に消す。

「あ、おい」

「いいっしょ別に。今時ほとんど会話アプリで電話も済ましちまうんだからさ。また必要な分だけ新しく登録していきなよ」

「……まあそれでいいよ」

 んで、この番号は着拒な!とそれも勝手に登録してからようやく央弥はスマホを返した。

「あんま気にすんなって!多分もう大丈夫だから!」

 今はその根拠のない大丈夫が非常にありがたく感じる辰真だった。



【無言電話 完】

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