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不思議なほどの大歓迎

 城に迎え入れられるとそこは玄関ホールで、正面の階段を背にして数十人の使用人たちが並んでいた。


「ここは小さな城だからね。僕にとっては彼らが家族みたいなものだったんだ。皆、僕の奥さんのブランカだ。宜しく頼む」


 アーサーの言葉に彼らは一斉に礼を取る。ゆっくり顔を上げると、背が高く姿勢の良い眼鏡をかけた壮年の男性が言った。


「使用人一同、奥様を歓迎いたします。誠心誠意お遣いさせて頂きます」

「執事長のウィリアムだ」

 

 年配の優しそうな女性と、親子のようによく似た見た目の、私と歳の近そうな少女がにこにことした笑顔で前に出てくる。薄茶の髪に、ほんの少しのそばかすが健康そうだ。


「メイド長のライザと、メイドのベラ。ベラには君を担当してもらう。二人は親子なんだ。生活のことは彼女たちに任せているから何かあったら言って欲しい」

「素敵な奥様を迎え入れられて皆とても喜んでおります」

「どんなことでも申し付けてくださいね」


 戸惑いながらも「皆様宜しくお願いします」と笑顔を向けると、一様に使用人たちの表情も笑顔に変わる。


 何かしら。本当に歓迎されているような気がするわ。……私は間違いで来たわけじゃなさそう、なのかしら。


「ここは田舎の城だからね。侍女のような存在はずっと居なかったんだ。僕にはよく分からないから、君に相談してから手配しようと思っていたんだが」

「まぁ……お気遣いありがとうございます。大丈夫です。必要ありませんわ」

「そうなのかい?足りないものがあったらなんでも言って欲しい。男の僕では気が回らない部分があるだろうからね」


 その日はもう遅い時間だったから、すぐに用意された晩餐を頂いた。食べたこともない味付けや料理も並んでいた。どう見ても豪華なものだったし、美味しかった。歓迎する気持ちがどこからも感じられた。


 この城の中は不思議だ。

 ランプの灯り以外にも、魔光が随所に配置されている。橙色の燃える火から広がる色と、冷ややかな夜空の星が広がるような青が所々で混じり合い、不思議な色を生み出している。


(絵画だわ。人が作り出しているものじゃないみたい)


 そんなことをぼんやりと考えていたら、彼が言った。


「今日は疲れているだろう。ゆっくり休むと良い。結婚式は三日後を予定しているから、ブランカは体調を整えていて。無理をする必要はなにもないから」


 彼を見つめると、気遣うようににっこりと笑顔を返してくれる。

 使用人たちに慕われる、お城の美しい領主様。……旦那様になる人なのよね。実感がまるで湧かない。


「ありがとうございます」


 今の私には、そう返事をするだけで精一杯。







 用意されていたのは、歴代の奥方様用の立派な部屋だった。湯浴みの後も寝付けない。深夜、窓の外を見つめた。暗闇を点々と照らすのはいくつもの蛍のような光。


(綺麗だわ……)


 ずっと気持ちが沈んでいたから、素直にこんな風に感じるのはこの領地に来るまでなかったことだ。

 世界に帳が降りるような気持ちになったあの日から。暮れ行く宵闇の美しい余韻も、星の瞬く荘厳な夜の美しさも、どんなものにも心を動かさなかったのに。

 

 ここは何もかもが美しく見えるのね。

 目に映るものも。暮らす人々も。寒い土地なのに、だからこそじんわりと心を温めていくように、染みるような美しさを感じられる気がする。








 翌朝はメイドのベラたちが丁寧に敬意を持って身支度を整えてくれた。


「こんなお綺麗な方を見たことがありませんよ!」

「本当にお美しい」

「艶やかな御髪が輝くようです」


 北の色素の薄い民と違い、黒髪黒目、くっきりとした目鼻立ちをしている私はここでは少し目立つようだ。けれどそれにしても、王都では埋もれるような容姿、そこまで言われるほどじゃない。


「あ、ありがとう……」


 お世辞なのかしら?気を遣っているのかしら?優しい気遣いなのだとしても、ただただ恐縮してしまう。そもそも大人になってから、こんなにも至れり尽くせりで身支度を手伝ってもらったこともないのだ。


 身ひとつで嫁いでもらっても構わない。そう言われていたと聞いていたけれど、この部屋にはすでに私の衣装が用意されていた。


 この地方独特のものだという、白色の生地に青い刺繡を施した美しいドレスを着させてもらった。


「まぁお美しいです」

「白に奥様の黒髪はこんなにも映えるんですね!」

「奥様の目鼻立ちの美しさが際立ちますわ」


 こういうのは普通なのかしら。なんだかずっとべた褒めされている気がするのは気のせいなのかしら。


 北の透けるような色合いの女性たちの方が私よりもずっと美しい方々だとは思うのだけど、けれど気遣いなのだとしても、美しいこの土地で優しいやり取りをしていると、自分も美しい情景のひとつなれているのかしら、と不思議と嬉しく感じてしまう。






 食堂に着くと、先に着いていたアーサーが席から立ち上がった。

 朝日の中にも輝く彼の銀糸のような髪。けれど彼は髪以上に、輝くような笑みを浮かべた。


「ブランカ!おはよう。今日もあなたは美しい」


 そう言うと、そっと私の手を持ち上げて指先にキスを落とす。

 うわっ……と驚いてしまう。きっと顔が赤くなっている。


 情熱的に私を見つめる彼の青い瞳は昨日と変わらない。嬉しそうに頬を朱に染めている。


「よく眠れたかい?疲れは取れた?今日も良く休んでいていいからね」


 ああ、夢じゃなかったのね。本当に旦那様になる人なのだわ。


「おかげさまで良く休めました。あの……アーサー様も休めましたか?」

「もちろん!ああでも、嬉しくて早起きしてしまったけどね」


 にこにこと、満面の笑みで彼は言う。


「さぁ。座って。食欲はあるかい?そうだ、食べたいものとか、食べられないものとか、なんでも言って欲しい。ベラにでもウィリアムでもいいから」

「ありがとうございます。好き嫌いはありません。皆様がいつも召し上がっているものを私も頂きたいわ」

「そうか。じゃあ、一緒に食べよう」


 朝食の席で、ぽつぽつと色々な話をした。

 今日は私の衣装合わせがあるとか、旦那様は仕事があるけれど、昼と夜の食事は一緒に出来るとか。


「あの……私たちお会いしたことがあるんですよね?」


 ずっと気になっていたことを聞いてみた。

 人違いではないのなら、もしかしたら、私が覚えていないだけでなにか劇的な出会いを果たしていて、見初められるだけの理由があったのではないかと疑問だったのだ。


 アーサーは少し照れたように笑みを浮かべた。


「気恥ずかしいな……きっと君は覚えていないよ。四年前のデビュタントの時だ。何十にも重ねたようなレースの装飾を重ねたドレスを着ていたね。真珠の髪飾りが良く似合っていた。あの時僕は珍しく王都にいた。城の廊下で少しぶつかってしまってね。その時、君が優しい言葉をかけてくれた。それが忘れられなかったんだ」


 その衣装は確かに私だ。

 実は従妹と間違えている可能性も考えていたのだけど、従妹は全く違うドレスだったから可能性は消えた。

 だけど……こんなに詳細に覚えているものなのね……驚いたわ。

 廊下でぶつかる?

 考えてみたけれど、記憶には何も残っていない。四年前。十五の私と、十八のこのお方。

 輝くように美しいこのご尊顔を見ていたならば、初めてのお城ではしゃいでいた私はきっと「王子様に出逢った!」とでも忘れられない思い出になっているはずなのに。


 それを覚えていない、なんてことあるのかしら?本当に一瞬の出来事だった?


「ごめんなさい。覚えていなくて」

「いいんだよ」


 少しだけ落胆してしまう。ぶつかったときに言うことなんて、謝罪の言葉くらいだろうに。

 そんな社交辞令の言葉のようなものが、旦那様の心に残っていたのかしら。思っていたよりもずっと、運命的な出会いなどからは程遠かったみたい。


「私に出来ることはありますか?」

「大丈夫だよ。まずはゆっくり休んで欲しいんだ。少しずつここの暮らしに慣れてから……そのあとはそうだね、みんなで冬ごもりの準備をしよう。吹雪の酷い時期は外に出られなくなるんだ。僕は毎日君と居られるようになるから、今から待ち遠しいのだけどね」


 満面の笑みでそんなことを言われてしまう。

 こそばゆい……。

 ドキドキしてしまうけれど、それ以上に、ただただ不思議だ。

 これではまるで、疑いようのない純粋な好意を向けられているような、そんな錯覚をしてしまう。出逢ったばかりでそんなことはありえないのに。人生で恋人も婚約者もいなかったから異性からこんなにも好意をぶつけられたことがなくて良く分からない……。


 視線が合うと、ん?とでもいうように彼はもう一度微笑む。


「でも……何もすることもないですし」

「気負わなくていいんだ。君が来てくれただけで、皆、本当に喜んでいる。こんな遠い場所まで来てくれた、僕が心から望んだお嫁さんなのだから。君は大切な人なんだよ」


(大切な人……)


 この人なら、私でなくてもどんな人でも望めるはずなのに――私はまたそんなことを思ってしまう。

 困ってしまった私を見つめていたアーサー様は、思いついたように言った。


「これから、少し城の中を案内しよう。そのあとは衣装合わせの時間を取ってもらうけど、昼食の後は訓練があるんだ。元気そうだったら、良かったら、おいで。ブランカをみんなに紹介しよう」

「はい」


 ほっとした私に彼は微笑んだ。






 アーサー様に連れられて城の廊下を歩き進む。廊下には所々に魔光の灯りが埋め込まれていて幻想的な輝きを見せている。


「古い城で驚いただろう?ホワイトヒルの最初の領主が建てた城だと言われている。歴代の領主が守りを固めるために様々な魔法を施していると言われているが……信じるかい?」

「まぁ、魔法ですか?」


 魔法を使える人は少ない。王宮魔法使いはいるけれど、適性のある人を子供の頃から国が引き取って育てているらしい。


「こんなに素敵な場所なら、魔法が掛けられていると言われても信じてしまいますわ」

「素敵だと思ってくれるのかい?」

「ええ!幻想的で……夢の中にいるみたいです。とても美しくて……私は好きです」


 私の返事にアーサー様は嬉しそうに微笑んだ。


「何もない土地だけど僕はここが大好きなんだ。君が気に言ってくれるなら、本当に嬉しい。だけど王都と比べたら物足りないかと思うんだ。店も少ない。なんでも言って欲しい。可能な限り用意するから」

「まぁ、ありがとうございます。けれど私は王都の華やかさは苦手でしたので……この美しい場所の方が落ち着く気がします」


 本心からの言葉を口にした。アーサー様は少し意外だったようだ。


「王都で生まれ育ったんだろう?」

「ええ……。だけどあまり出歩くこともなくて。両親を亡くしてからですけど、近くの教会に入り浸ってしまいましたわ。ステンドグラスがとても美しくて。祖父の領地の教会にとても良く似ていて……」


 神の教えの解釈の一つとして、神が光に宿るというものがある。

 色によって違う意味を持つ、神の力が込められているのだと。そのため教会はステンドグラスで彩られることが多い。


「それなら城の隣にある教会も気に入るかもしれない。式を挙げる教会だ」

「楽しみにしていますね」

「ああ。僕も楽しみにしている」


 そうして広い城のいくつかの場所を案内してくれた。

 廊下を進んだ先の中庭、歴代領主の肖像画のある部屋、アーサー様の執務室、使用人たちの居住区域の場所……。


 にこにこと、感じの良い青年として、アーサー様は付き合ってくれた。

 どうやら私は、非の打ちどころのない青年の元に嫁いだようだと、実感してきていた。






 午後、城の訓練場に集まるホワイトヒルの騎士たちは、都会では見たことがないような鍛えられた体をしていた。まさに屈強な戦士。あっという間に、わっと私は取り囲まれた。


「団長奥方様ですか!」

「おめでとうございます団長!」

「お綺麗な方ですね。素晴らしい方ですね!!」

「やっとですね。お幸せに団長!」

「奥様我らもお守りします!!」


 騎士たちにも歓迎され、また私は少し困ってしまう。挨拶もそこそこに、どうしてここの人たちは何もしてないよそ者の嫁を受け入れてくれるのだろう。


「見学していくかい?」

「はい」


 肌寒いため、日の当たる場所に椅子を置いてもらい、そこで見学をした。

 晴れた空の紅葉を背にした彼らの戦闘訓練。

 真剣な眼差しを見ていると本格的な訓練に思えた。やはりこの地の彼らは争いに慣れているのだろうか。


「退屈ではないですか?」

「え……いいえ」


 訓練を見学していると、副団長であるリチャードさんが話しかけてくれた。茶色の短髪に、精悍な顔立ちの若者だ。にこにこと友好的な笑顔を向けてくれる。


「これは魔物討伐を想定した訓練なんです」

「魔物……」

「北の山に生息しているのです。けれど心配しないでください!団長……アーサー様はとてもお強いのです。決して魔物をここに近付かせることはありませんよ」


 噂に聞いていた魔物は、本当にこの地を脅かす存在らしい。

 途端に心配になる。騎士たちはみな体に傷跡を残している。魔物とは相当強い存在なのではないだろうか。


「本当に……アーサー様は、他の騎士たちと比べようもなく、お強いんです!だからこそ、一人でこの地を背負われて戦われるお姿を、皆心配してました。だから俺たち、本当に嬉しいんです。ブランカ様が、アーサー様の帰る場所になってくださることが」

「……」


 リチャードさんの熱意に圧倒される。帰る場所……?あの王子様のような人の……?

 私にはまだまだ現実感がない。魔物。討伐。戦う領主。旦那様の帰る場所に、私はなれるのかしら。


「私に出来ることならば……」


 帰る場所になること。

 これが私の、ここでの役に立てること?


 木の葉の舞う中、間もなくやってくる冬の訪れを感じていた。

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