42. 贈らせて欲しいと言われましても
「何ですかこの量は……!?」
日中の空いた時間は蒼士郎の部屋で過ごし、取り留めのない話をすることが日課になっていたのだが、その日は戸を開けてビックリ仰天。
室内には足の踏み場がないほど、反物が山積みになっていた。
季節を感じさせる花模様や、吉兆を表す瑞雲柄に、青海波……。裾には金糸で刺繍があしらわれているものもあり、千歳を採寸しようと何故か職人達が待ち構えている。
「千歳と、ホタルを見に行こうと思って」
十もあれば当面は足りるだろうか。
いつも動きやすいのが気に入ったからと、支給された作務衣ばかり着ているだろう?
何故だか申し訳なさげに告げる蒼士郎。
前世は病弱でホタルなど見に行けた試しがないため、誘ってくれるのは嬉しいのだが、……それにしてもこの量は、いくら何でも多すぎる。
「蒼士郎様、替え用も合わせて二、三着あれば充分過ぎるほどです」
「それは駄目だ。この機に是非贈らせて欲しい」
どうしても諦める気は無いらしい。
必死の眼差しで懇願されるが、現在千歳は納屋の屋根裏住まい。
着物となると仕舞いっぱなしにする訳にもいかず、仮に着ない場合も定期的に虫干しをしなければならないのに……。
住んでる屋根裏部屋には、小さな窓が一つだけ。
さらに手狭なので、置く場所も無さそうだ。
でもそれを言ったら、嬉々として本邸に部屋を用意されそうだし……。
沈黙を肯定と受け取ったのか、「帯を合わせた時に見栄えがするように」などと蒼士郎が細かな指示まで出している。
「日奈子様だった時もそうだが、神宮司家でも屋敷の外に出る機会は、そう無かったのだろう? これからは時間を作るから、色々な場所に連れて行ってやる」
「わぁ、ありがとうございます! それは楽しみです」
「良い船があるから、一日もかからず本土にも行ける。三ツ島の空も美しいが、本土で千歳と見る空もきっと美しい」
そういえば前世で蒼士が、『いつか本土に、晴れた空を見に行きましょう』と言っていた。
必ず見せてあげますから、――と。
「他にやりたいことがあれば、遠慮なく言ってくれ」
「それでは、討伐部隊の制服も一緒にお願いできますか? 数は減りましたが、依然として瘴気溜まりは発生しています。腕が錆びつかないよう、たまに同行させていただけたらと」
「よりによって討伐部隊か……」
「屋敷に籠もっているだけじゃなく、外で何かをしたいのです」
「討伐部隊の制服なら、サイズが豊富なのですぐにでも準備できるが……」
少しの間考える素振りを見せた後、ならば仕方ないと許可してくれた。
だが討伐部隊への参加は、俺と一緒の時だけだと念押しされる。
なお、瘴気を抑えるために砕いて渡した『護り石』は、その後イヅナ達から回収し、千歳の手元に戻ってきた。
一つを蒼士郎に手渡し、残りは御守様に預けてある。
討伐部隊の霊力が足りない場合は、『護り石』を使って霊力を補完してもらって構わないとも伝えてあった。
「ホタルの時期が過ぎてしまうから、浴衣だけは仕立てを急いでもらうつもりだ」
「折角なので、蒼士郎様に選んでいただいてもよろしいですか?」
「俺が選んでもいいのか? そうだな、では……」
グルリと反物を見廻して、手に取ったのは、淡い藤色の生地。
花火を思わせる小花の模様が美しく散りばめられ、品よくまとめられている。
「うちに来てよく食べているからか、とても健康的になった。千歳によく似合う」
三ツ島に来た時が嘘のように痩せ細った手足がふっくらとし、頬も桜色に色付いた。
透き通るような白い肌の日奈子が着たら、寒々しい印象になってしまいそうな色味の反物。
千歳のことを想い、千歳のために選んでくれたものだと分かる。
「一週間後に仕立て上がるから、一緒に見に行こう」
今からとても楽しみだと、それはそれは嬉しそうに蒼士郎が笑うので、つられて千歳まで笑顔になってしまう。
季節を感じながら大好きな人と眺める景色はきっと、とても美しいに違いない。
「明朝に討伐部隊の出動予定もあるから、ちょうど朝当番もないし同行するか?」
「はい。是非お願いします!」
制服ついでに白狐の面もくださいと告げると、「アレは戦闘の際、苦しい表情を見られないよう隠すための物だから駄目だ」と突っぱねられてしまう。
千歳には必要ないと言われ、渋々その旨承知した。
***
陽が昇りきる前から討伐部隊が出陣し、三ツ島内で報告のあった瘴気だまりから順に回っていく。
「ん――……?」
流れるように移り変わる景色の中、千歳は困ったように首を傾げた。
渡された制服に腕を通し、さぁ戦おうと気合を入れて参加したのに。
何もしていないのに、目の前で瘴気が消えていく。
「千歳、次はどこだ?」
「北の大門から南に下った場所にある、川辺です。遠くに見える……ああ、あそこです。盛り土がしてあります」
「大イチョウの木がある辺りだな。御守様、お願い出来ますか?」
それも御守様まで巻き込んで……。
千歳が討伐部隊に参加すると聞くや否や、自分も行こうと名乗り出たらしいが、正直小さな瘴気ばかり。
御守様ともあろう高位のあやかしに、お願いするような場面ではないはずなのだが――。
「千歳様、次はどこでしょうか」
「ええと、数メートル先にある藁ぶき屋根の民家です。木の上にあるので気を付けてください」
「ありがとうございます!」
元気に飛び出していったのは、先日配膳の際に霊力を分け与えた討伐部隊の副隊長。
そして千歳は今、『ハレの煉獄』に来た時同様、蒼士郎の右腕にちょこんと抱えられている。
いちいち質問されるのはいいのだが……。
いやもう、みんな絶対見えてるでしょう?
「思っていたのと違う」
思わず漏れた一言に、蒼士郎が含み笑いを漏らした。
「せめて地に降ろしてもらわないと、これではただの足手まといではないですか」
「そんなことはない。とても役に立っている」
御守様にまで言われてしまうが、本当にそう思っているのかは疑わしい。
「御守様もこう仰っているんだ、間違いない」
「まったくもう蒼士郎様まで……」
健康な身体を得たのだから、皆と一緒に走り回りたかったのに。
先程からやっているのは、蒼士郎から、御守様から、……さらには討伐部隊の隊員達から瘴気の場所を聞かれた時に、気配の場所を告げて指を差すだけの簡単なお仕事である。
「助かっています!」「さすがです!!」
その上、事前に口裏合わせをしたのかと疑うほどの、賞賛ぶり。
なんだこの接待討伐は……瘴気だまりが小さいからって、いくらなんでも酷過ぎる。
「蒼士郎様、失礼致します」
とりあえず地に足を着けないことには、どうにもならない。
首元でささやき、蒼士郎が一瞬固まった隙にスルリと腕を抜け出した。
「ああッ!?」
慌てつつも何やら嬉しそうな蒼士郎。
御守様が目を細め、「何をやってるんだお前は」と蒼士郎を叱っている。
そんな二人を見なかったことにして、茂みに隠れていた瘴気を祓う。
霊力が枯渇しそうな隊員に触れて充填し、遠くの瘴気を見つけては指示を出し……。
忙しなく指揮をする先で、皆が手足のように動いてくれる。
「た、楽しい」
「……それは何よりだ」
「!?」
あっという間に蒼士郎に追いつかれ、その腕に再び抱きあげられてしまった。
「お前が活躍しすぎると、俺の仕事がなくなってしまう」
「そうですか? でもこうやって走り回り、皆と討伐に出るのは夢だったので」
屋敷の中から、護り石に霊力を送るだけの身だったから。
「――また、何時でも連れてくるから」
約束ですよと告げると、笑顔で頷く蒼士郎。
その時はまた同行しようと、並走する御守様が宣言する。
では自分達もと、千歳の流れるような指揮に身を任せていた隊員達まで賛同した。
それではまた『接待討伐』になってしまうのでは?
呆れる千歳に、「そんなことはない」と蒼士郎が破顔した。