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40. 何でもいいから傍にいたい


「食堂の破損が、思っていた以上に激しかったですね」

「……しばらくは使えないな」


 いつも使う食堂は至る場所に戦いの爪痕が残っており、壁の一部が崩れ落ちていた。

 窓ガラスも散乱していたため、しばらく使用人達は屋外に集まって食事をすることになりそうだ。


 目を覚ました御守様とともに、蒼士郎の私室で食べる少し遅めの朝ごはん。


 ふっくらと艶めいた白米を口に運ぶと、新米の甘い香りが口に広がる。

 無言で食事を終え温かいお茶に口をつけると、全員の朝食を配り終えてヘトヘトになった身体がホッと暖まった。


「あにう……御守様、それで婚姻の件ですが」


 何と読んだらよいか迷う蒼士郎の視線の先で、九尾の狐がぴったりと千歳に寄り添っている。


「此度の件、すべて上手くいった暁には謝礼金を持たせ実家に帰らせる予定でしたが、既に神宮司家はありません」

「……では、どうする?」

「すべてのしがらみから解き放ち、自由にしてあげたい気持ちはあります。ですがもしお許しいただけるならば、婚姻を継続したいです」

「許すも何も、千歳次第だ」

「勿論、千歳が拒否するならその時は潔く諦めます」


 自由になってもいいし、涅家に残ってもいい。

 残った場合は、この婚姻をどうするのか千歳自身が選べるのだ。


「前世とは切り分け、千歳として生きたいと願ったそうだが、……千歳はどうしたい?」

「涅家にこのまま置いて頂けるなら、とてもありがたいです」


 神宮司家を再興したければ支援は惜しまないとも言ってくれるが、そこまで甘える訳にはいかない。


「このまま使用人として働きたいと思っています」

「婚姻についてはどうする? 蒼士郎は継続したいと言っている」

「……どうしましょう。とても迷っています」


 蒼士郎が想っているのは、日奈子であって千歳ではない。

 それは千歳も同じなのだが、その存在を感じるたびに、傍にいたい気持ちが溢れてしまうのだ。


「であれば千歳、しばらくこのままで過ごしてみたらどうだ? 嫌になったら離縁すればいい」


 その際は不便のないよう取り図ろう、と御守様が……浅葱が言ってくれる。


「御守様の言う通りだ。いつでも離縁してくれて構わない」

「蒼士郎もこう言っている。とはいえ、いざ離縁となった際、素直に引き下がるかは分からないが……」


 前世の蒼士を思い出したのだろうか、御守様が含み笑いを漏らした。


「言えた立場ではないが前世の蒼士同様、蒼士郎も中々良い男だぞ?」

「ふふ、存じています」


 当主だった日奈子と、彼女を支える二人の兄弟。

 また三人でこうして集まれたことが嬉しいのは皆同じ……ほんわかした空気の中、嬉しそうに目を細めた御守様が九本の尻尾を広げた。


「……もし蒼士郎が不満だったら、俺もいる」


 ポフンと音を立て、茶目っ気たっぷりに千歳の顔を覗きこむ。

 そこには千年前、最後に見た時と同様に変わらない浅葱の姿があった。


「浅葱……ッ!!」


 前世で浅葱に抱きついたことなど、一度も無かったのに。

 懐かしさと嬉しさで思わず手が延び、ギュッと抱きついてしまう。


 御守様は驚いたように一瞬目を見開いて、それからクシャリと相好を崩し、ゆっくりと千歳を抱き締めた。


「使役契約もしていることだし、ずっとお傍におりますよ」


 前世の浅葱そのままに、愛おしさに溢れた眼差しを向けられると、景色がぼやけ滲んでいく。


 そのまま、どれくらい時間が経っただろうか。

 浅葱がプッと小さく吹き出す音が聞こえ視線を横向けると、千歳の目にギリギリと歯噛みする蒼士郎の姿が映った。


「俺も、あやかし混じりだ」


 ボソリと呟いて、浅葱の姿に変化した御守様から千歳をべりッと剥がし、抱き上げる。


「もし夫として不満だった時は、使役契約もできる」

「何を言って……当主としての仕事はどうされるのですか。蒼士郎様と使役契約なんてできません」

「……できる。その際は千歳に当主の座を譲ってもいい」


 霊力の強い者が当主になるのであれば、間違いなく千歳だと蒼士郎が主張する。


 そんな馬鹿な……。

 飽きれる千歳を軽々と抱き、蒼士郎は手を離すまいとする子どものように……不安と切望が混ざり合った瞳で見上げてくる。


「だからしばらくこのまま……妻でいて欲しい」


 声に籠もるかすかな震えを感じ取り、思わず胸が締めつけられた。


「それが駄目なら、使役契約でも何でもいいから傍にいたい」


 いつも自信に満ち溢れているはずの蒼士郎が、縋るように千歳を見つめる。

 その眼差しがどうしたって前世と重なってしまい、喉がつまって言葉が出ない。


 違う者になったのだから切り分けなくてはと頭では思うのに、どうしたって愛おしいのだ。


「それでは妻として蒼士郎様をお手伝いする傍ら、使用人としての仕事を続けてもいいですか?」

「勿論だ! 当たり前じゃないか」

「豆千代達と納屋に住んでいるのですが、しばらくはそのままでもよろしいですか?」

「…………構わない」


 だが日中空いた時間は、俺の部屋で過ごしてほしい。

 乞うような眼差しを向けられ、勿論ですと千歳は頷く。


 笑いを堪えているのだろうか。

 御守様の長い尾がふわりと重なり合いながら震えた。






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