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2. 気が付けば三ツ島


「ガボガボッ!?」


 駄目だ、浮き上がれない……ッ!!


 必死にもがき岩礁に叩きつけられる寸前、肩に突然鋭い痛みが走った。

 何かが噛みついているのだろうか、引き剥がそうと力を振りしぼるが、執拗に離れようとしない。


 もしかして、あやかし……!?

 どうしよう海の中で襲われたら、ひとたまりもないのに。


「この子とっても美味しい!! 食べていい?」

「……ああ、()()は駄目なやつだ。お返しせねば」


 焦る千歳の耳に、子どものような高い声が飛び込んでくる。

 続けて、お返しせねば、お返しせねばと何人いるかも分からない声が、轟音で聞こえるはずのない千歳の鼓膜を埋め尽くす。


 足元に何かが絡みつき、全身が引きちぎられそうなほどに強かった流れが嘘のように穏やかになると、無抵抗になった千歳の身体がふわりと水中を漂った。


 今度はゆっくり、――上へ上へと押し上げられる。


 何が起きているかも分からない。

 ままならない呼吸に限界が近付き、意識が奥底へと沈んでいく。


 次の瞬間、走馬灯のように……だが今世では見たことのない大量の映像が、ざぁっと砂嵐のように頭に流れ込んできた。


 あまりの情報量に脳内の処理が追い付かず、苦しさにあふれた涙が空気を含み、シャボン玉のように昇っていく。


 ああもう駄目だと、力無く目をつぶる頃。


 渦潮から少し離れたところ……なだらかな水面がポコリと膨らみ、千歳の顔だけが夜空を彩る星々にお目見えした。


「……お返しせねば」


 またひとつ、聞こえた声に押されるように、沢山の『何か』は影だけを水面に映し、千歳をどこかへ運んでいった――。



 ***



「……ふむ?」


 砂まみれの海藻が髪に絡みつき、海風に煽られてパタパタと音を立てている。

 ざばーんと波音が響く砂浜に打ち上げられ、千歳は全身ずぶ濡れのまま仁王立ちで海を眺めていた。


 すべてを、思い出してしまった……。


 幸いにも季節は初夏。

 身に着けていたのは一枚仕立ての単衣(ひとえ)なので、海水で重くなっても高々(たかだか)知れている。


 濡れて少々透けてはいるが、すぐに乾くし大丈夫!

 見られて困るほどのモノでもないし、まあいいでしょう。


「三ツ島に、着いた……?」


 罪人の島流し先にもされる、神避諸島(かむさりしょとう)

 流れ着いたこの島は、奇しくも千歳の目的地『三ツ島(みつじま)』であるらしい。


 島の中央にそびえ立つのは、岩場の稜線が特徴的な煉宝山。

 その山の麓には、美しい湖があったと記憶している。


 そう、何を隠そう前世は、ここ三ツ島を統べる涅家の当主。

 千年も前なので、あの頃とどれだけ一緒かは分からないが、手段はともかく無事に到着できたのは喜ばしい。


 これからどうしようかと一人思案に暮れていると、お昼を知らせるように、お腹がキュルルと可愛い音を立てた。


「お腹が減ったなぁ」


 ……コレ、そのまま食べられるのかな?


 頭についた海藻を握りしめ、本日最初の食事にしようかと眺めていたところで、猛スピードで駆けてくる不審な男に気が付いた。


「ようこそ『三ツ島(みつじま)』へ! お前、何をして島流しにされたんだ?」

「……特に何もしてない」

「冤罪か? そりゃ運が悪かったな!」


 どうせ行くあてもないんだろ?

 いい働き口があるから、やってみないか!?


 見るからに怪しいこの男は、千歳に向かって続けざまにまくし立ててくる。


「食事も出るし、綿がつまった布団で昼寝もできるぜ」

「食事と昼寝付き……!!」

「な、最高だろ!? しかも住み込みだ」


 年の頃は二十代前半、といったところか。

 見ず知らずの千歳に突然仕事を紹介するなんて怪しすぎると思いつつも、食事と昼寝付きは魅力的。


 ちょっといいな……。


 興味を惹かれた千歳に目ざとく気付き、男はニヤリと口端を歪めた。

 千歳が羽織っている単衣は使用人のおさがりで質も悪く、渦潮に呑まれた際にあちこち引っ掛けて破けている。


 身にまとうボロ布と、水仕事でかさついた手が、貧しさを思わせてしまったようだ。


「年頃も丁度いい。薄汚れているが、よく見れば顔もなかなか……綺麗にすれば見違えるぜ?」

「見違える? 何のために……待て、触るなこの下郎」

「下郎!? 何だその言い草は!? わぷっ、おいヤメろ」


 うっかり前世の癖で、偉そうな言葉が口を衝いて出てしまう。


 放っておくとしつこそうなこの男。

 大事な食材だったが、背に腹は代えられない。


 なれなれしくも肩を組まれそうになり、千歳は握りしめていた海藻を、男に向かってペチッっと投げつけた。


「……なんで海藻!?」

「今日のお昼御飯です」

「こ、これが昼飯ッ!?」


 食事と昼寝付きには惹かれるが、無事に記憶も思い出した上、生贄が必要になるほどの差し迫った状況下。


 もし三ツ島から異形が溢れたら最後、霊力を殆ど持たない本土の人間に抗う術はなさそうだ。

 早急に涅家へ行き、対策を考えないと……遊んでいる暇はないのだ。


「もしかしてお前、腹が減ってるのか?」

「それはまぁ……」


 その身ひとつで船から放り出されたため雨をしのぐ場所すらなく、勿論お腹は空いている。


 投げた海藻を名残惜しそうに見る千歳。

 その物欲しげな眼差しから、はらぺこ具合を推察したようだが――。


 とはいえ、いくらなんでも怪しすぎる。

 ――結論は、『逃げる』の一択。


 身を翻して逃走を図るが、次の瞬間、強い力で腕を掴まれてしまった。


 残念ながら、この男……千歳を逃がす気はないようだ。






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