27. 楽しかったわりに仏頂面
「下手でも失敗しても、努力する者を俺は評価する」
「ふふ、ありがとうございます! こんな風に頭を撫でてもらったのも、褒められたのも初めてです」
少し乱暴に撫でられるが、温かな手のひらが心地良い。
千歳の境遇を思い出したのだろうか、蒼士郎は「そうか」と素っ気なく呟いた。
「失敗しても構わない。後で後悔するくらいなら、今やっておけ」
俺も失敗だらけだ、と困ったように眉を下げる蒼士郎。
いつも堂々としているのに……なんだか意外で少し可愛く見えてしまい、千歳はクスリと笑った。
「いつかやりたいことが出来なくなる日がきっと来る。笑って許されるのは、子どものうちだけだ」
「はい、心掛けます。そういえば……『ハレの煉獄』に来てから、一度も子どもを見ていません」
「ここはあやかしが多く、いつ異形が出るかも分からない危険な地だからな。子ができた者には暇を出し、三ツ島の一般街か、分家を通じて本土に移住をさせている」
次々と移住させた結果、『ハレの煉獄』には子供がいなくなってしまったらしい。それもそのはず、好きこのんで危険な地に子供と住まう者は少ないだろう。
安全な場所に移住をさせた結果、『ハレの煉獄』には大人とあやかしばかりが残ってしまったようだ。
「あやかしは長生きですから、ずっと働いてもらえますもんね」
「まぁ……そういう見方もあるな」
「ここで一番長く生きているのは、やはり御守様ですか?」
「いや、一番の古参は管狐のイヅナらしい。御守様が代替わりする前からなので、もう千年以上生きている」
だが御守様との約束があるらしく、代替わりした時のことは話してもらえないのだという。
イヅナが難しければ、蒼士郎はどうだろう。
霊力の質は間違いなく蒼士のもの……しかも当時、その場にいたはず。
目が覚めてこの方、随分と饒舌に話すので、もしかしたら蒼士であった時の記憶を思い出したのではないか、と疑念を抱いたのだが――。
首を傾げる様子を見るに、本当に知らないのだろう。
死に瀕し、懐かしい霊力に変質したものの、千歳のように記憶が戻った訳ではないのかもしれない。
ホッとしつつ、だが少し残念にも思いながら手習いの時間を終えると、『ハレの煉獄』の『ハレ』はどんな意味だと思う、と質問された。
「いつも曇っているから、晴れて欲しいとの願いを込めて『ハレ』、ですか?」
「それもあるな。他には?」
「え、他にもですか? ハレ……晴れ……?」
ううん何だろうと思案するが、困ったことに何も思いつかない。
ちなみに千年前、涅家の当主をしていた時は、雨催いの花街もハレの煉獄も、どちらも三ツ島には存在しなかった。
「対極の意味を持つ『ハレ』と『ケ』、という言葉がある。『霽れ』は、神事や儀礼などの特別な日。つまり非日常を表すのに対し、『褻』は、日常を表している」
蒼士郎は補足するに、古くは民俗学に由来するものらしい。
突然の授業開始に少々驚くが、色々な意味が込められていそうでとても興味深い。
天候を表す『晴れ』。
特別な日である、非日常を表す『霽れ』。
さらに清浄な状態……『祓え』という概念を含み持っているという。
「それでは反対の『褻』は、『穢れ』……瘴気のことでしょうか」
「うん、正解だ……随分と理解が早いな」
危ない、学のない子どもの設定だったなと思い出し、千歳はうっすらと汗をかく。
「三つも意味があるなんて、すごいですね! 島の名前も三ツ島だし、それっぽくなって参りましたね」
「……何だその感想は」
多少無理があるが、見た目相応の感じに誤魔化せただろうか。
上手くいったようで、千歳を見つめる蒼士郎の頬が、わずかに緩んだような気がした。
気が付くと、蒼士郎の腕に巻いてあった包帯が取れている。
巻き直そうと腕を伸ばすと、危ないから触れるなと断られてしまった。
「余暇のついでのつもりだったが、思いのほか楽しかった」
「私もです。今日はありがとうございました」
「……まだ終わっていない。昼と夜の分が残っている」
楽しかったわりに、残念な仏頂面。
だが蒼士と……蒼士郎と二人で過ごせるのは千歳もまた楽しく、そして嬉しかった。
嬉しかったの、だが――。
昼食を食べたらまたここに来いと言われ、やっぱり一日三回はいくらなんでも多すぎる。
他にやることないのかな……。
仕事ばかりの蒼士郎が少々心配になってしまい、千歳は小さく独り言ちた。