19. 私を食べて構いません
あれから蒼士郎のもとへと呼び出され、『護り石』を返したのだが、こんなに元気になるのはいくら何でもありえない。
案の定、瘴気に侵されていた時のことを色々と聞かれたのだが――。
「ありがとうございます。コレのおかげです!」
「だがこの石に、ここまでの効果があるようにはとても見えな」
「理由は分かりませんが、このような貴重な石を貸してくださった当主様のおかげです!」
でもそれ以上は分かりません、ありがとうございます!
説明しようにも難しいため、蒼士郎の言葉に被せてこれでもかと繰り返した結果、無事に尋問から解放された。
謹んで『護り石』をお返しし、これにて晴れて一件落着。
買われた立場なので制約は多いが、病み上がりだからゆっくりしろと、三日間のお休みまでもらってしまった。
いつも白狐の面を被っているため表情が見えず、何を考えているのかサッパリ分からないのだが、金で買い上げた末端の下働きにまで配慮をしてくれる、理想の上司であるらしい。
「今回の一件で何か分かるかと期待したのだが、結局『護り石』については謎だらけだ」
「前の持ち主の記録などは、残っていないのですか?」
「あの時はかつてない程に異形が溢れ、殆どの者が命を落としたと聞いている。『護り石』どころか、何が起き、どう収束したかも詳細は不明だ」
たまに思い出したように御守様が語ってくださるので、それを書き留めたものが残っている程度だと、蒼士郎が教えてくれた。
「では何も分からないのですね……」
なお千歳は当時、生贄として早々に水底に沈んだので、何が起きたのかその後のことは一切分からない。
記録が残っていれば是非とも読みたかったのだが、学がないふりをしているからなぁ。
こんなことなら文字が読める設定にしておけばよかったと考えていると、蒼士郎もそのことを思い出したらしい。
「……千歳。お前、文字を習ってみないか?」
「文字ですか?」
「学がないと以前言っていただろう。文字が読めるようになれば記録係もできるし、計算を覚えれば帳場でも働ける」
渡りに船とはまさにこのこと。
前世の記憶を思い出した今なら習わずとも読めるとはいえ、教えてもらえるなら都合がいい。
ありがとうございますと喜ぶ千歳の後方で、同様に呼び出しをくらった本件の容疑者、豆太が、ハイハイ無邪気ぶってるけど演技なんでしょ? と目を眇めている。
「女性用の使用人宿舎に入れる予定だったが、瘴気のこともある。屋根裏が空いているから、しばらくは炊事場の隣にある納屋で生活しろ。豆太も、分かったな?」
「ええッ!?」
千歳はまだ幼いのだから、予後に不安がないか責任を持って最後まで見てやれ。
蒼士郎から指示をされ、豆太は大慌てで口を挟んだ。
「でもでも主様、納屋には僕たちが住んでます」
「お前達は二階だろう? 一階は貯蔵庫になっているし、炊事場とも近い。体調が回復したと確認できるまででいいから、文句を言うな」
本当に、蒼士郎は千歳を何歳だと思っているのだろう。
だが三ツ島に来てからゆっくりと休んだ記憶がなく、疲労困憊。
その後、豆太に渋々案内された納屋の屋根裏部屋で、千歳は泥のように眠ったのだ。
***
――翌日。
叩き起こされ、朝餉の支度に駆り出された千歳は、豆千代から山盛りのジャガイモを渡された。
「……なにこれ」
「お前の仕事だ。全部皮を剥くんだ」
「全部!?」
ザル三つ分の山盛りジャガイモ。
いくらなんでも多すぎる。
「……もう皮付きでいいのでは?」
「駄目に決まってるだろ!? 主様も召し上がるんだぞ!?」
なら当主の分だけ剥けばいいのでは。
意外と真面目な豆千代に提案は受け入れられず、結局ひたすら皮むきをする羽目になってしまった。
下働きの者達は、こんなことを毎日やっていたのか。
前世で当主だった頃は気にしたことも無かったが、一つ一つの仕事に心がこもっていたのだなと、今さらながらに思い至る。
今よりもずっと多い人数を、それこそ二、~三人で回していたのだから、それは忙しかったことだろう。
すると小さな子供が抱え込めるくらいの風呂敷包みを抱えながら、得意げな顔をした豆太が登場した。
「ねぇ千歳。コレ、なんだと思う?」
「なんだろう、難しいな」
漂うのは甘い桃の香り。
分からないふりをしないとガッカリするかな、と余計な気を回してしまう。
「当たればあげるし、外れたら僕と半分こだよ」
「えっ、俺の分は!?」
「まず僕と半分こして、残った分を兄ちゃんと千歳で半分こだよ」
随分と都合がいい半分こ……強欲発言をする豆太のせいで、豆千代の手元へは四分の一しか渡らないのだが、残念ながら兄はあまり計算が得意ではないらしい。
半分こならいいか、と騙されている。
良い匂いに我慢できず、豆狸兄弟が期待に満ちた眼差しを送ってきたその時、後ろから太い腕が伸びて、包みごとヒョイっと奪われた。
「いいもん持ってんじゃねーか」
「ああッ!?」
「俺にくれるんだろ?」
厳めしい顔をした大きな男……よく見ると頭に角が二本ついている。
「いつもそうやって、僕達の物を横取りして……駄目だ、これは主様からもらった千歳のッ」
「なら俺がもらっても問題ないだろ? なんだ、文句でもあるのか!?」
角があるから鬼なのだろうか、凄まれた二人はポンッと音を立て、おたまに変化して千歳の後ろに隠れている。
「お前が噂の人間か。ちょうどこれくらいの年頃が旨いんだよな……俺の下についた新入りは、骨ばってて不味そうで駄目だ」
鬼の後ろでは、松五郎が泣きそうな顔で薪を割っている。
そういえば蒼士郎が『雨催いの花街』で、下働きの人間を小鬼が食べたと言っていた。
小鬼にはとても見えないので、豆狸みたく姿を変えているのかもしれない。
このままにしておくと、折角連れてきた松五郎が早々に身体を壊しそうである。
ふむ、と千歳は思案を巡らせた。
「……後ろで男性が薪割りをしておりますが、貴方様は手伝わないのですか?」
「なんで俺が?」
「あ、もしかして上手に割れないとか? できないってバレたら、恥ずかしいですもんね」
おいバカ本当に食われるから挑発するなと、豆狸兄弟がおたまのまま騒いでいる。
「小娘が、ふざけるなよ!? あの程度、俺様なら一時間で終わる!!」
「それはすごいです! それなら私と賭けをしませんか? 今からここにいる皆で二時間かけて終われば、その包みは返してもらいます。もし駄目なら、私を食べて構いません」
千歳待て止めろと豆狸兄弟が騒いでいる。
勿論食べられるつもりなど、さらさらないのだが、挑発すると効果てきめん。
舌なめずりしながら「それは面白いじゃねぇか」と乗ってきた。
「やり方の指定はありますか?」
「ねぇな。そもそも二時間ぽっちでお前らができるわけがない。泣いて謝っても遅いからな!?」
「勿論です。では準備しますので少々お待ちを」
「……ん? 準備?」
訝しむ鬼をそのままに、千歳は松五郎を手招きした。