第八話 「街の復興」
街は段々と復興に近づいて行っている。
俺自身、この街が元々どんな形だったのかは知らない。
この街以外の記憶もないため、これが普通の街だと断言することも出来ない。
だが、これが本来の形であるべき街の形なんだろうとは、思う。
少し歩けば街の人々は動いている。
薬でよれて、道端で座り込んでいるような人間もいない。
皆がしっかり自分のすべきことをしているのだ。
人間らしく、生きている。
これが普通なんだよな多分。
前が異常すぎたんだろう。
まだまだ発展途中ではある、だが街に本来必要であったものがしっかりそこにある。
まずは住む場所だ。
誰もが、帰る場所がある。
簡易的ではあるが、家があるのだ。
おかげで外で生活する必要がない。道端で大文字に寝ることもない。
薬にやられた人たちも、正式な治療が施されている。
まず、薬流行の元であった魔石を全て回収した。
街中に広がった魔石の全回収にはそれなりに時間がかかった。
薬の名前は『アルファリン』。
かつて、魔石を扱い出した時に見つかった、魔の力を外部から摂取出来る魔石から削り出した粉。
昔、魔備を始めて創造し、その技術が世界中に渡った。
魔備の開発には魔石を利用する必要性があった。
その際に人々は、魔石を削り出したら出てくる、ある成分を危険視した。
魔の力は基本的に、外部から得ることが出来ない。
生物に備わった、神秘的なエネルギーであるため、その謎は未だ解明されていない。
だが、魔石には魔の力を摂取できるなんらかの成分が含まれており、それがアルファリンだ。
かつて危険視扱いされた薬は、今もなおレイルバットに残り続けていたのだ。
街中に広がる人脈を使い、魔石をひとつ残らず回収していく。
薬に侵された人々は、簡易的に作られた治療施設に送られた。
外部から派遣した、魔術を用いた療法だ。
だがあまりにも、人数が多すぎるため、人々の回復には時間が掛かるだろう。
それでも、街は徐々に、回復へ向かっていっている。
あとすべきことと言えば、街の治安維持のための行政の改革。
これには、主にフランが担当をする。
彼女がこの街の新しい長。自治会長。この街で言うボスみたいなもんだ。
この決定には、街としての正式な発表が必要だと先生は言う。
フランをこの街のボスとして確立させ、暴力やルールの支配とは違った視点で街を統括させていく。
今日はその発表式だ。
街中が、これまでにない祝杯ムードに包まれていた。
発表式、という名目上の「一ヶ月頑張ったお疲れ」パーティーみたいなもんだ。
フランを中心としたメンバーの元、それは執り行われていた。
小さい街だ。大体的にやるわけではない。
それに、小さい分準備も少なくて済む。
街の中心街は今まで以上に彩られていた。
「で、俺から盗んだ持ち物はどうなった?」
俺はというと、賑やかな街の中心とは少し外れた場所で、間抜けな顔をした男を問い詰めていた。
「えーと…なんていいますかぁ…そのぉ…」
「いいから早く出してくんない?」
そろそろ落ち着いてきた頃合いだし、流石にもう返してもらってもいいだろう。
そう。俺がこの街で目覚めた際にあった持ち物だ。
今日はついに返してもらう。
あれ以降、サルは俺を少し恐れていたようだった。
後ろめたいことがあるんだ。
俺を見つけたら、少し喋ってすぐどこかへ行ってしまう。
堪忍袋の緒が切れた俺は遂に奴を問い詰めた。
「そのぉ…怒んないですよね?」
別に怒らないよ。なんて簡単に口には出来ない。
ただ返してくれれば良いものを、先延ばしにしようとするから苛立つ。
素直になってくれれば十分なのだ。
「はやく出してよ。その箱の中に入ってるんだろ?」
俺はサルの背中の後ろに置いてある大きな箱を指す。
サルは大事なものは箱に入れているらしい。常に持ち歩いているようで、よく目に入った。
サルはなぜか汗を物凄くかいていた。
「じ、じつは…もうないんですよ…」
「なにが?」
「ぼ、ボスの所持品…」
何言ってるんだか。
「な、なんで?」
「売っちゃいましたぁ…」
こいつ、金に目がくらみやがった。
俺から詰められるかもしれないという恐怖心よりも、自分の欲望に従いやがった。
やっぱこいつ屑だと思う。
「誰に売った?」
「あの、商会の女にです...」
商会の女?
もしかして、先生のことか。
そういえば先生が前に言っていたな。
珍しそうものは良い値で買い取ってあげると。
凱編商会は、個人的な売買も生業にしているんだとか。
じゃあ、どうして先生は俺に教えてくれないのだろうか。
前に先生に言ったはずだ。元々持っていたものは奴らに取られたと。
先生も、それらが俺の持ち物だってことは理解しているはずだ。
まさか、俺の持ち物を返してくれないとか、返して欲しければ金を払えとか言ってこないだろうな。
ーーーーーーーーーー
「先生起きてますかぁ?」
「…うーん起きてるよぉ」
扉越しに、先生の眠そうな声が聞こえてくる。
もう夕方だというのにまだ寝ていたんだろう。
外からは賑やかな声が聞こえてきている。
先生と俺は、中心街の家に住まわせてもらうこととなった。
復興へ貢献してもらったということで、vip待遇を受けさせてもらえている。
別に一生住むわけでもないが、ここまで待遇が良いと、少し迷っちゃうな。
俺もしっかりした一人部屋を与えて貰った。
何か特別なことがあるわけではないが、一人でしっかりした環境で寝るのはやっぱり嬉しい。
ボロ家にいた時は、魔石に囲まれながら寝ていた。
あまり寝心地はよろしくなかったのだ。
なんて考えつつ、俺は先生の部屋の扉を開ける。
先生はまだベットの上にいた。
ラフな格好だ。
「…ナナシくん、乙女の部屋に入るときはノックくらいしなきゃね」
「あ、すいませんでした」
「まぁいいよいいよ、それで何か用?」
彼女は目を擦りながら、大きく口を開き欠伸をする。
全く呑気なもんだな。
「先生が俺の持ってたもの買い取ったって聞いたんですけど」
「あぁ...確かに買い取ったかも。欲しい?」
案外あっさり、そんなことを言う。
「そりゃ返してもらいたいですよ」
「そっか」
先生は起き上がり、部屋の大きなクローゼットを開ける。
中には色んな物が入っていた。
彼女はその中から、幾つかを取り出した。
まず一つ。
機械の様な防具の様な、黒光りしている胸当てだ。
魔備だ。
どこか壊れかけで、そこら中に傷が入っていた。
二つ目、それも同じく足に取り付ける魔備だ。
傷が至る所に入っている。
三つ目、ペンダントだ。
特徴的な模様が入っているわけでも、前世に関する情報があるわけでもない。
だが、金色に輝くそれは、どこか目が奪われる。
四つ目、先が折れた剣だ。
精巧な作りではあると思う。魔石で作られている。
身長の半分にも満たない長さではあるが、圧倒される何かを感じる。
使い込まれた、そんな印象だ。
「これで全部だね。はい」
先生はすんなりとそれらを俺に渡してきた。
そうすんなりとだ。
なんだか拍子抜けだった。
とりあえず、渡された剣を握る。
思った以上に軽い。
握ったところで、特に何かを思い出すわけでもない。
「何か、対価を支払えとか言ってくるのかと思ってました」
握った剣を眺める。
近くでみると、より精巧に作られているのがよく分かる。
おそらく高価なものに違いない。
先生がなんの引き換えもなしにこれを渡してくるとは思えなかった。
「言わないよぉ。これは報酬だよ。君はここまでよく頑張ったからね」
報酬。先生の口からそんな言葉が出てくるとは。
「元々君のものだしね。お金を介したほうがあっとも納得するかなって思って、買い取ったんだよ」
え、先生が優しい。
俺のためにわざわざ?
「ありがとうございます」
「はーい」
俺の畏まったようなお礼に、先生は少し気怠い表情を浮かべた。
そのままベットに寝転び出す。
「その魔備、製造元は分からなかったよ。どうやら特注っぽいね。しかも壊れてる」
「わざわざ調べてくれたんですか?」
「調べるも何も、魔備を見て、何かしらのロゴがあるかどうかチェックしただけだよ。自己主張激しい開発者は、自分が作った魔備にそれっぽいデザインを加えるらしいしね」
俺の持っている魔備は、何も書かれていない。
記憶に関する決定的なヒントはなかった。
それに、この魔備は先生の言う通り壊れているみたいだった。
使い古され、何らかの衝撃でバキバキになっている。
記憶の失う前の俺は、何かと戦っていたのだろうか。
だが、見たところでこれといって分かることが少ない。
せいぜい、何らかの戦いをしていた、ということだけだ。
壊れていては、使い道もない。
売ったりしたほうがもしかしたらいいのかもしれない。
お金に換えた方が使い道も増える。
でも唯一の前世の持ち物だし、少し気が引ける。
「売ったりはしないほうがいいと思うよ。それは君が誰だったのかを示せる最後の持ち物だからね」
「あ、そうですよね...」
考えていたことをぴしゃりと当てられた気分だ。
流石は先生。
「ところでナナシくん。そろそろ君は役目を終えるところだと思うんだけど、これからどうするの?」
「え?」
先生から受け取った持ち物を、自分の部屋へ片付けようとした最中だ。
突然の言葉に、つい驚きが声から漏れる。
役目を終えるということは遂に、
解雇通告ですか先生。
いや妥当な話か。
俺は一ヶ月間以上、彼女に従順にしてきた。
そこには、契約等の繋がりはない。
俺自身、前世のことについて調べるため、彼女に付いていた側面もある。
だがここ一ヶ月、ほぼ進展はなかった。
この街で得られる情報はもうない、ということなのだろう。
先生はもう少しこの街に居座り、復興について尽力するつもりだ。
それが彼女の仕事だ。
俺がそこに一緒に付いていく必要はない。
俺の役目はあくまでもパシリだった。重要な立ち位置でもなかったのだ。
とはいってもだ。
「これからどうやって記憶について探っていくのか、まだ自分でもどうすればいいのか...」
「ふーん。だったらさ…」
先生は「待ってました」と言わんばかりの表情で、ベットから起き上がる。
俺の正面に向き、
「正式に、私の生徒にならない?」
「生徒にですか?」
「そう、凱編商会では、五鳥以上の立場から生徒を取れる。私もかつては生徒だったからねー。先生になったからには生徒も欲しいんだよ」
凱編商会にはそういったルールがあるのか。
だから彼女は俺に先生と呼ばせていたのか。
突然の話だが、悪くはない。
正直、今の俺には知識がない。
世界について知らない俺は、外に出ても何も分からない赤子と変わらないのだ。
記憶に関する情報を得る。それが俺の当分の目的だが、一人ではやれることも少ない。
先生について行けば、とりあえずは生きていける。
だが、どうしたものかな。
そうやって簡単に判断して良いものだろうか?
前世の俺に申し訳ないような気もする。
生徒になるというのはつまり、商会へ正式に加入することになるのだ。
就職。つまり俺は職を得るのだ。
悪くはないのだが。
「迷ってる? まぁ、保留ってことでいいよー。この街もまだ安定してないしね」
迷った俺を先生は察していた。
先生は窓の外を見つめる。
外では、たった今フランが演説を行っていた。
この街の皆で協力していこうとか、頑張ろうみたいなことを言いながら。
そうだ。まだこの街は始まったばっかりだ。
それは俺も同じだ。俺はまだ目覚めて間もない。
これからゆっくり考えていけばよいのだ。
「とりあえず、考えておいていいですか?」
「うん、ちなみに、生徒になるってことは、凱編商会そのものに所属するってことになるだよ。それは分かってる?」
「あぁ、そうですよね。それも考慮した上で考えます」
凱編商会、どうやら給料は良いらしい。
うーん、悩みどころ。
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そんなこんなで、夜までパーティーは行われていた。
俺も、外へ出向いたり、先生と談笑したりして、時間を潰していた。
今いるには、先生の部屋のベランダだ。
月の光と、街中に散りばめられた蝋燭の光が辺りを照らしている。
そこでふと、先生に気になっていたことを話す。
「先生この前、軍事的に利用がどうたらこうたらって言ってましたよね。あれってなんですか?」
「あぁーあれねー」
先生は少し表情が沈んだ。
聞いてはいけないことだっただろうか?
「そのままの意味だよ。ここはやがて軍事的に利用されると思う。国にね」
「国にですか?」
商会に利用されるわけでもなく、国に利用される?
「この街の魔備の開発効率は段々と良くなる。魔石を採れる山があるからね。街全体に魔備装甲や、魔備機械をはみ巡らせるくらいには、発展する」
魔備装甲?魔備機械?なんだそりゃあ。
だが聞く限り、物騒なものには違いない。
それも、戦闘で利用できるくらいには。
「近いうちに、この国を巻き込んだ大きな戦争が起きる」
突然の彼女のその言葉に、目を丸くする。
「え? 戦争ですか? ここで?」
「うん。カイマンド国を初めとした、色んな国でね」
戦争、その言葉に体が無意識に身震いした。
勿論、今の俺は戦争など経験したこともない。
せいぜい殴り合ったくらいだ。
「大量の魔石の生成と、魔備の開発。ここはいずれ軍が手を付けるだろうね。そしてやがて戦争が起きる。この街が生んだ利益は商会も貰える。ってことは戦争が起きたほうが商会としては有益なんだね」
物騒な話だが、要は金だ。
商会は世界に名を馳せている大企業みたいなもんだ。
近いうちに戦争が起きるとなれば、それに伴って利益をどう上げるのかを考えるのは普通か。
だから先生は、この街を軍事的に利用したいと考えているのか。
軍にまで力が及ぶほど街が発展すれば、それだけ商会への利益もプラスされる。
先生も凱編商会の人間なのだ。
「でも、なんで戦争が近いうち起きるって思うんですか?」
俺は世界の情勢も、経済のことも何も知らない。
記憶事、それらの情報は消えている。
何か、きっかけがあるのだろうか。
先生は、少し考えた表情で、口を開く。
「王都が、陥落した。少し前にね。ここよりもっと遠い、違う国の中心でね」
王都。
その言葉に胸が締め付けられた。
何故なのかは分からない。
「その影響が世界的に出ている。歪なほどにね。だからかな?」
なんだか抽象的な話だ。
あまり実感も湧かない。
だが、それほど王都と呼ばれた場所が影響力を持ったところだったのだろう。
俺は王都について何も知らない。
「君が思う以上に、この世界はクソなんだよ」
そう呟いた先生の横顔は、何処か寂しそうだった。
そんな話をしていたら、やがて辺りは静かになり始めていた。
もう夜も遅い、一日の盛り上がりも、ようやく鎮まってきたのだろう。
窓の外を眺めると、そこには酔っぱらいながら、ふらふらしながら帰路につく人々がたくさんいた。
もうフランの姿もない。
彼女は今日の主役だった。疲れて颯爽と家へ帰っていったのだろう。
子供たちが待つ家へ。
外にいる人もそうだ。
皆帰る家がある。
戦争なんて実感が湧かないくらいに、平和な一日だった。
「そろそろ、寝る時間かな。おやすみナナシくん」
「おやすみなさい先生」
俺たちの談笑もこれにて終了だ。
先生は夕方まで寝ていたくせに、まだ眠そうな様子だった。
疲れているんだろうな。
俺は自分の部屋へ戻る。
彼女の隣の部屋だ。数分もかからない。
部屋の隅にある、ベッドに腰掛け、そのまま転がる。
長い一日だった。
記憶に関する進捗はないが、この世界について少し知れた一日だった。
俺はそのまま眠りについた。
ーーーーーーーーーーーーーー
- その夜、街は崩壊した。