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第七話 「ボス戦攻略」

気づけば、俺はその大男の上に馬乗りになっていた。


拳を振りかざすたびに、鈍い音が響き渡る。

その音は止まることを知らない。

振り上げた拳は、やがて奴から赤い血を噴き出させる。

だが、まだ足りない。

拳は天に振り上げられ、下に振り落とされる。

「お、おいやめろ」

そんな声も、段々と弱弱しくなっている。



もうこれ以上は止めといたほうがいいか?


心の中でそう自分が呟いている。

奴の顔はもう血だらけだし、何より痛そうだ。


でも、まだ足りないのかもしれない。

この試合の勝利条件はどこまでなのだろうか。

どちらか一方が気絶するまでか?

だとしたらまだ足りない。


俺は拳を振り落とす。


もうこれ以上は止めといたほうがいいか?

いや、まだ足りないか。

俺は拳を振り落とす。


もうこれ以上は止めといたほうがいいか?

いや、まだ足りないか。

俺は拳を振り落とす


もう止めといたほうがいいか?

いや、まだ足りないか。もう少しか。

俺は拳を振り落とす


これ以上はさすがに止めといたほうがいいか?

いや、殺す一歩手前くらいまでなら大丈夫か?

俺は拳を振り落とす


もうそろそろ本気で止めておくか。

いや、まだか?

もうそろそろか?


奴は微動だにしていない。

もしかしたら気を失っているのかもしれない。

いや振りかもしれない。


どちらにせよ、やるなら徹底的にだ。


何故だか、自分の体はまだ拳を振り下ろすべきだと、言っている気がした。





「…ナナ…くん…ナナシくん!」


誰かが、俺の振り上げた拳に触れた。


強い力だ。

俺が振り下ろそうとした拳を、止めた。


そこでハッと自我を取り戻す。

一体何をやっていたんだ俺は。


気づいたら、俺の拳は赤黒く染まっていた。


「やりすぎだよ。流石に死んじゃうって」


震えた声が後ろから聞こえる。

振り返った先にいたのは、黒髪の少女。先生だ。


先生の表情には、困惑。そして、少しの笑みが溢れていた。


どういう感情だそれ?



下を見れば、血だらけの大男。

辛うじて息はある感じだ。

生きてはいる。

ヒューヒュー唸っているが。


俺も血だらけだ。

自分から流れた血と、こいつの返り血だ。

意識はしっかり保てている。

一瞬自我を失った気がするが。



周囲を見渡す。


周りには、俺たちを囲むようにさらに多く民衆が立ち尽くしていた。


静かだ。

どこか恐れているような、驚いているような表情がぽつぽつと見られる。


だが、徐々に、笑顔が見え始めた。



「...やるじゃん、あんた」


その声は、何処からか聞こえた。

周りに立ち尽くす人々の中の誰かが発した。


多分、フランだ。


彼女の声を皮切りに、周囲の人間も段々と声を上げ始める。

まるで、恐怖から解放されたような、喜びを上げる声だ。


一気に、周囲に火が付く。

うおおおおおおお、そんな風に叫び始める奴もいた。


そう。勝ったのだ。

これは試合終了の歓声。


たった一人の少年が、この街のボスを倒した。

暴力でねじ伏せたのだ。

その事実に、街の人々は雄叫びを上げる。


ボス戦攻略だ。





そんな歓声も、とある声に一気に鎮まる。


「…おい、おおおではぁ、まだ、ぢんでねぇぞぉ」


俺の下から発せられた声だ。

正確には、この大男から。


気を失っていたわけではなかった。

まだこいつは諦めていなかった。


「てめ…ら…ころぢてやる。ぜってえぇ」


それは弱弱しい怒声だ。


燃え尽きそうな火だ。

だが、未だ微かに燃えている。


だが、事実消えかけている。

ボスは負けたのだ。その事実は変わらない。


しかし、さっきまで声を上げていた人々はパタリと音をなくした。

急に現実に戻されたような、そんな雰囲気だ。


今までの恐怖はそう簡単に拭えない。


数十年に渡る暴力的の支配は、人々の心に恐怖を植え付けていた。


暴力による支配、それによる人々の活気の失い。

街にはまともな人間の方が少ない。


ボスの絶対的な支配は、この街を歪な形に収めていた。

だからこそ、人々は声を出せなかった。


たった一瞬の気の高揚に、まだ追いつけていなかったのだ。


だが、一人だけ違った。

まるで、今までの鬱憤を吐き捨てるかのように、叫びだす。


「ボス! もう諦めろ! アンタは終わったんだよ!」


その声は、野次馬の中から聞こえた。

どこからだろうか?

見渡すと、その中から声の主は自ら飛び出してくる。


間抜けな顔をした男だ。

覚えがある。

大きな箱を持って、不安そうな表情をした男。

確か、『サル』と呼ばれていた気がする。


「ざる…てぇめぇ…はやくたずけやがれ」


そいつを視認した瞬間、大男は声を荒げる。

だが口の中が切れているのだろうか、どこかと滑舌が悪い。


「はっ、助けるもんか。あんたは俺たちをこき使いまくった。その結果がなんだ? 街はよりクソになっちまいやがった。もう今更あんたには従えねぇ」

「てめぇぇえええええ」


サルと呼ばれた男には、あの日のような弱々しさはもうなかった。

あるのは、解放されたような清々しい表情だけ。


彼もまた、ボスに鬱憤が溜まっていたのだ。

それを解放するきっかけがなかっただけだ。


負けたボスには、もう従う必要はなかった。


「お前らも、手伝ってくれ」


サルの言葉に、何人かの男が立ち上がる。

さっきまで俺に散々暴力を振るっていた連中だ。

彼らもまた、ボスに従うしかなかったのだろう。


それにしては俺に暴力を振るう時に、清々しい表情をしていたが。


何人かの男が、俺の下にいるボスを取り囲む。

俺と目が合った数人は、何処か居心地が悪そうだった。


「今まで奪い取った分の対価を払ってもらう。いいなぁ? ボス」


俺は大男の上からどかされた。

そして、複数人の男でボスと呼ばれた大男を大きなロープで縛りだす。

あのロープ見覚えがあるな。

確か俺を縛っていたものだ。


あれは、頑丈でそう簡単に解けない。

人一人の力では解けないだろう。


対価を支払ってもらう。

そう言うと、今まで恨みを持ってただろう複数人の人々がロープを掴み、同時にボスを引きずり始めた。


「…どこへ連れて行くんだ?」

「結界の外だ。これがここのルール、だったからな」


サルは俺に少し顔を背けながらそう言った。

何か後ろめたいことでもあるんだろうか。

こいつ、俺から盗んだもの何処にやったんだろうか。


とりあえず、ボスの処罰は街の人々の総意であった。

街から追い出す。

それが彼らの総意だ。


なんだかんだロープで引きずられるまでは早かった。

ボスは抵抗をしていたが、傷が痛むし、縛られているせいか、ただされるがままに引きずられていた。


街の人々が、協力し合っているところを初めて見た。

これが本来の姿なのだろう。


ただきっかけがなかっただけで、皆がボスという存在を無くしたがっていた。

ボスに従っていた奴らも、今では掌返しだ。


結界の外へボスを連れて行く。

これが、この街のボスの結末らしい。


外には魔物という存在がうじゃうじゃいる。

生身の人間では勝てない相手だ。

実質的な死刑のようなもんだ。


なんだか残酷なようにも感じるが、天罰を喰らったようなもんだろう。

これが奴が今まで積み上げてきたものの、結果だということだろう。


いつしか、ボスを引きずっていた彼らは見えなくなっていった。







「それにしてもお疲れ様、ナナシくん。まさかこれほどまでとはね」


たくさんいた人だかりも、今はもう散らばっている。

そんな中、ぽつんと残された俺と、その後ろには先生がいる。


「先生は…俺を試したんですか? 俺には、どうしてこうなったのかさっぱりで」


結果的に俺は奴に勝利を収めた。

だが何故こうなったのか、当の本人の俺にもよく分からない。


気づけば、体が勝手に動いていた。

おそらく、前世の俺と関係している()()が起こった。


先生はこうなることを予想していたんだろうか。

そうでもないと、こんな無謀な戦いに挑ませるわけがない。


もしかしたら前世の俺の情報を知ってたりするのか? 

俺に隠しているだけで。


「正直、こうなるとは思ってなかったよ。でも記憶ってのは頭で覚えてなくても、体が覚えてるでしょ? なにかきっかけがあれば思い出すかなって!」

「…最悪死んでましたよ…」


先生は少し焦っていた。

なるほど。表情を見ればわかる。


この人は俺が負けると思った上で、こんなことをさせていたのか。

結果的には勝ったが、それは結果論だ。

最悪死んでいた。


悪魔だ。


「だ、大事に至るまでには流石に助けに入ってたよ? ただちょっと君を試したかったっていうかぁ…」

「…」

「…ごめん、ね?」

「…まぁ、結果的に勝てたんでよかったです」


手を合わせて、てへ、ぺろり。

先生は可愛く謝ってくる。


流石に見殺しにするほど先生は残酷じゃないだろうから、まぁ今回は許してやろう。


それより、結果の話だ。

戦闘中、何か忘れていたものを思い出した気がした。


具体的に記憶が蘇ったわけではない、ただ、体が思い出していた。

自分が戦うときに心掛けていたもの。

そういった精神的な話をだ。


「で、でも、今回の戦闘で君はたくさんのことを得たと思うよ」

「例えば何ですか?」

「例えば、君は、戦闘において何かしらの心得があったと思う。だから記憶の失う前の君がそういったことに長けた()()だったってことじゃない?」


確かに。

自分では無我夢中でどんな戦い方をしていたのか思い出せないが、外で見てた先生が言うんだから間違いない。

ないかしら、戦闘に関する知識があった。

なるほど。

まぁそうでもないと、偶然自分より倍近い背丈の大男を倒せるわけないか。


「例えば、街を守ってる防衛団とか、警察団とか、他の街の諜報員とか。はたまたハンターかもしれないよね。もしかしたら都の騎士団なんて説もあるよね」


それと、それととか言いながら先生は色々と候補を上げていく。


この世界にはそんなにいっぱいの戦闘職があるのか。


確かに、魔物とか存在する世界なら、そういったものが多くあるのもおかしくはない。


そう考えると、そこまで記憶に関する情報は絞れない。


でも、少しは前に進んだ。

なんだかんだ結果オーライだろう。


一歩前進だ。








ーーーーーーーーーーーーーーー








そこから街の復興の流れは劇的に変わっていった。

フランの協力を初めに、色んな人が街の復興へ携わっていった。


ガンジは魔石の山と、凱編商会側が用意した最先端の魔備開発環境に目を輝かせていた。

「これは、儂が自由に使って構わないのか?」と、無口だとは思えないくらいの高揚感だった。

彼はただ魔備開発が好きな職人なだけなのだ。


街には思ったより割と話が聞ける人がいた。

元々、そこまで大きい街じゃない。せいぜい数百人、千人いたら良い方の街だ。

今ではだいぶ人も減り、アルファリンによる被害者を抜きにすればまともな街の住民はそこまで多くない。


せいぜい、全員で集めて数百人規模だろう。

だが、それぞれがそれなりに、街の復興に対しては前向きな考えを持っていた。


どうにも、フランとは昔から街の様子については話し合ってたみたいで、復興についてもよく考えていたそうだ。

「ようやくこの時が来たか」とそんな様子だった。




まずは建物等の人間が住める環境の構築、食料の確保、資金源の調達。

他の街との正式なパイプラインの構築。魔石の発掘。

これらを中心に始めていく必要があった。


まずは、俺がかき集めた、街に散らばっていた魔石を利用し、簡易的な魔石の武器、魔備を量産。

人々はその間に、街の清掃を兼ねて、散らばった魔石をさらに回収して回った。

アルファリンの被害を抑えるのと、資源の確保とで一石二鳥だ。


そして、それらを先生が用意した商売ルートを用いて、他の街へ売却。

そうすることで、基本的にこの街が発展するための資金源を確保。

そして、どういった流れで確保されるのかを街中の人々へ理解させた。


次は、さらに多くの魔石の確保だ。

魔石は街から少し離れた場所に位置する山へ取りに行く必要があった。


魔石が発掘出来る山は、世界の中でも結構珍しい。

貴重な場所なのだ。


この街がかつて魔備開発を事業としていたのも、この山があるおかげだ。

魔石が散らばり、アルファリンが流行した原因とも取れる。


だが、近いといっても、結界の外へ足を運ぶことになる。

そこで、他の街から防衛団を護衛に雇うことになった。

発掘はフランの指示で街の人々が、割り振られたスケジュールごとに行っていく。

おかげで安全で効率よく魔石発掘へ赴くことが出来た。


ちなみに初期段階の資金源は商会から直接送られてきている。

今後の街の発展の利益何割かを頂くという条件のもとだ。

おかげで、街の建物の再構築や、食料を得るための農作業は潤った資金の元行われることとなり、特に難航することはなかった。


街の人々は決して多いわけではないし、薬物に侵された人々も考慮すれば、まともに動ける人のほうが少ない。

だが、以前より街は活気に溢れていることは確かだ。

街の隔たりはもう殆どない。

全員が協力し合うという、街本来の形が戻りつつある。


だが、そういった流れに街の住民全員が賛同するというわけではない。

良いことを悪いように思う人間は存在する。


そういった時には、元々ボスに直接使えていた、サルを中心とした人々の手が必要になる。

彼らはボスがこの街から消えた後、俺によく従うようになった。

理由は分からないが、次のボスはお前だ!みたいなことを抜かしてきた。

強いやつに俺たちは従うと、そう都合の良いことを言っていたのだ。

そうは言っても俺は何を従わせるべきか分からなかったので先生に助言を頂いた。


「うーん。なんか街で邪魔になりそうな奴をどうにかさせといて」


と言っていたので俺はそのまま伝えた。

そのおかげか、復興に対して悪く言っていた人々はいつの間にか消えていった。


まだガタガタの状態のこの街だ。

だが、初めて目が覚めたあの日よりかはマシになっていると思う。

そんなこんなで1か月。

俺がこの街で目覚めてから1か月半が経とうとしていた。

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