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第五話 「この街のボス」

- し...死ぬ...。


バシバシと鈍い音が道端に響き渡る。

何かを叩いている鈍い音だ。


肉を叩いている音か。

壁を蹴っている音だろうか。

地面を踏みつけている音か。


いや、人を殴っている音だ。

それも()()殴っている音だ。


次から次に繰り出される攻撃に、俺はうずくまる事しかできなかった。

気づけば周囲には何人かの人だかりが出来ていて、俺はその中心にいる。

まるで見世物だ。


「ったく、ルールは守らねぇとなぁ あぁ?」


この声には聞き覚えがある。

この街で最初に目覚めた時に聞いた声と同じだ。

目覚めの悪い声ったらありゃしない。


これはいわゆるリンチ。

集団暴力に合っている。


なんでかって?

それは俺が聞きたいところだ。

先生の使いでとある人に接触している最中の出来事だ。


なんでも、この街の『ボス』といわれた男は言う。

ルール違反をしたと。





ーーーーーーーーーーーーーー





街の西側にいるフランという女性は、意外とあっさり見つかった。


記載されていた情報とほぼ一致していたからだ。


ブロンドの髪をした、女性、年は30後半から40代くらいだろうか?

街の西側のエリアに入ったすぐのタイミングだ。

道端で物乞いをしている薬物依存者に食料を渡しているところを見た。


この街では珍しいまとも側の人間だ。

口調こそ強かったが、心配そうな目でパンを渡している。

「これで元気になんだよ」みたいなことを話しながら。


彼女には人望がある。

それは、色んな人に優しくすることが出来るからだろう。

街の復興のために、最初に確保する人材としては最適だ。

彼女を引き入れることができたら、復興のための人員確保の伝手が確保できるのだ。

彼女は街の復興に必要な存在だ。


彼女の左肩からは、大きなカゴの様なものがぶら下がっている。

そのカゴの中にはいくつかの食料が入っていた。

パン、生野菜、米、なにかの肉。

どれも品質は良くなさそうだが、この街においては貴重な食料だ。

おそらく食料を買いに行った帰りだと思われる。

一応この街にも、未だ食事するところもあるみたいだし、食料を買ったり調達したりする場所も存在するんだろう。

もしかしたら外で、獲物を狩ったなんて可能性もあるだろうが、彼女にはそれをするための武器はない。

可能性としては低いだろう。



今回の仕事は、彼女の勧誘だ。

街の復興には彼女の力が要る。

俺はフランという女性に接触する必要性がある。


だが一つ問題点がある。

俺自身におけるコミュニケーション能力不足だ。


先生が言うに、記憶の抜けた俺は話していてなんだか感情がないようだと。


それなりに会話は出来るし、最低限の礼儀だって覚えている。

だが、表立った感情表現が出来ていないらしい。


正直、俺自身そんなこと意識していなかった。

言葉にしていないだけで、内側では色々考えているつもりだ。


あまり理解できないが、記憶と共に、色々抜け落ちているらしい。

まさしく空っぽな人間。

感情を失っているわけではないが、他の人から見たらそう見える。



いや、空っぽというより、俺ってただ単に面白くない人間なんじゃないか?

先生も、もしかしたら俺のつまらなさに呆れているかもしれない。

だがしょうがない。


人を喜ばせるにはどうしたら良いのかがよく分からないのだから。



とりあえず、今はフランという女性に話しかける必要がある。

先生からは、行く前に当たり障りない会話をすればよいと教えてもらった。

機嫌を損ねないようにしろと。


俺の会話能力が試される。



「えと、こんにちは」

「なんだいあんた?」


とりあえず話しかけよう。そう思って行動したが、なんだが緊張する。

身構えてしまっている。

なるべく粗相のないようにしなければ。


「ナナシって言います。今日は少しお話をしたくてですね」


手をすりすり、腰を低く。

人に失礼のないような態度で話をする。

これが正解なのかは知らないが。


「そう、じゃあ、とりあえずこっちきな」


おお、身構えていた割には、意外とすんなり話が出来るではないか。


「この街の人間じゃないならでていきな!」みたいな感じで突っぱねたり。

「話聞いてあげるから対価は?」なんて、何か要求されるんじゃないかと思ったが、そんなことなかった。


ていうか、人と話すだけでいちいち警戒しなければならないのが基本みたいになっている。

それだけこの街が歪な状況に置かれているということか。


俺は彼女の後ろに言われるまま付いていく。


すると道中、道端で座り込んでいる人たちが彼女の足元でなんだか唸っている。

アルファリンに侵された人々だ。


彼女はその人たちに少しだけ食料を分けたりしてた。

「ありがとう」の言葉は返ってこず、うーうーとだけ唸っている人もいた。

まるで動物に餌を与えているように感じる。


それを見て思う。

なんでこんなに優しくするのだろうか?


「今の人たちって薬の影響でああなったんですよね。どうして気にかけるんですか?」


少し突き放すような言い方だったかもしれない。

でも、感謝の言葉さえ返ってこない人たちに、何かをしてあげるっていうのはどうにも引っかかる。

彼女の行いが無駄になっているように感じるからだ。


「あたし以外にやる人はもういないからね。このままだったらいずれこの街は終わる」


前を歩く彼女はどこか寂しそうな背中をしている。


「でも、まるで人間じゃないみたいでしたよ? 動物みたいな。そんな人たち一人一人を気にかけても、どうにもならないんじゃないですか?」

「…まぁ、そうかもしれないけどね。誰もやる人がいないより、誰か一人でもいた方がいいんじゃないかな」

「一人いたところでどうにもならないんじゃないですか?」

「… これは気持ちの問題だよ。分からないかい?」


彼女はどこか不信感を抱いたような言い方だった。

少し、不味いことを言ってしまったのだろうか。


俺はあくまでこの街を見た上での結果を言ったまでなのだが。

一人の力ではどうしようもないのだから。


「あんたは、少し人を思いやる気持ちに欠けているのかもね。優しさや、思いやりを持つ心は大切だよ」


気持ちに欠けている。

先生が俺に感情が無いようだと言っていたのも、どこか共通点があるのかもしれない。


こういうのも記憶と共に抜け落ちているのだろうか。


「それに、今居た人たちだって昔は普通だったわけさ。それを放っておくってのもねぇ」

「知り合いだったんですか?」

「そうだねぇ、この街の大体の人は知り合いなんじゃないかな?」


確かに、知り合いがああなっていたら、見て見ぬふりってのも出来ないか。

彼女に掛かる負担が大きいようにも感じるが。



「あ、でもあんたのことは知らないね」



少し歩いた先、ボロボロの建物が立ち並ぶ辺りで、彼女はそう呟き、止まって振り返る。

ここが付いてきてと言われた目的地だろうか。


とその時。

「あっ、フランさん!」

「帰ってきたよ!」


立ち並ぶ建物の中の一軒から、とある男の子二人が出てくる。

一人は10歳前後、もう一人はまだ5歳くらいだろうか。小さい。

どちらも細身、というかガリガリだ。

そういえばこの街で目覚めて、初めて()()という存在を見た気がする。


「おお、ジエルにラン、元気にしてた? これ、家の中にしまってきてくれ」


彼女は子供たちのほうに振り返り、二人にカゴを渡す。

カゴを受け取った二人は、中身に目を輝かせ、一目散に家に走っていった。

このフランという女性の子供だろうか?


「お子さんですか?」

「まぁ...。血のつながりはないけどね。数年前に放浪しているところを拾っただけさ」


なんというか、複雑だ。

放浪。つまり、邪魔になったから追い出された、家なき子ということなんだろう。


この街で子供をあまり見なかったわけは結構単純で。

潤っていないこの街で生き残るのには、子供には少しばかり残酷なのだ。


「ここ数日間は食糧確保のために隣街に稼ぎにいってたのさ。あんたちょうど良かったね。帰ってくるタイミングとばっちりだ」

「隣街に稼ぎにいってたんですか?」


隣の街、先生から聞くに、そう遠くない位置にあると言っていたが、行くまでには結界の外の荒野を横断する必要がある。

危険と隣り合わせだ。


「魔物とかは大丈夫なんですか?」

「大丈夫とは言い切れないね。途中で死んだやつなんてたくさんいるよ、でもそうやらないとこの街では生活できないからね」


彼女の外見を見るに、魔物と戦うための道具だって持っていない。

武器を所有していないのだ。

無謀どころの話ではない。


「で、話ってなにさ?」


何事もなかったかのように、彼女は呟く。

もしかしたら死ぬかもしれなかった彼女は、平気そうに食料を色んな人に渡していた。


この街の歪さを再確認させられた。

やっぱり変だ。

だからこそ、この話は彼女も刺さってくれるだろう。

これはこの街を変えるための第一歩だ。



俺は先生との計画について少しづつ話し出した。


時に少し誇張しながら、「わかった」と了承を得られるように。


彼女はその間、黙って俺の話を聞いてくれていた。

なにか相槌を打つわけでもなく、ただただ静かに。


遠くで物珍しそうに子供たちが建物の脇から覗き見てるのが見えた。

柱の隅からぽこぽこっと二、三、四人くらいの子供がいた。

どうやらさっきの子供以外にもいるみたいだ。






「…ということです。なので、とりあえず付いてもらえませんか? 都合が悪ければ後日でも大丈夫です」


全てを話し終わった。

要は街の復興に協力しろ。

そんな内容だ。


「なるほどね。いいじゃないか。あたしは是非とも協力したいところだね」

「本当ですか?」


おお。

どうやら成功みたいだ。

話している最中、なんの反応も示さないから少し心配だったが、真面目に聞いてくれていただけってことか。

これでとりあえず一人目は一件落着といったところか。


「と言いたいところなのは山々なのさ。でも今のままだったら了承できないね」


と喜んでいるのも束の間。

まさかの急なNoサイン。


今の流れで。


ていうか協力したいって言ったじゃないか。

そんな持ち上げて落とすような真似しないでいただきたい。


「どうしてだが聞いていいですか?」


心の中ではめちゃくちゃ騒いでいるが、とりあえず落ち着かせて冷静に理由を問う。

ここで騒ぎ立てるわけにもいかないしな。


「『ボス』が許さなそうだからね。あいつらをどうにかしない限り、この街は変わらないよ」


彼女は少し悔しそうな顔をしながら言う。

怒りがこもっているようにも感じた。


「街を良くしようとしてるんですよ?」

「あいつらはそれを望んでないよ」


「『ボス』といわれている大男、あいつは自己中心的な奴でね。気に食わないことがあったら暴力で支配してくるような野郎だ」


彼女は『ボス』という男について詳しく説明し始めた。



ボスは街の中心を取り仕切るリーダーのような存在で、名の通り街のボスだ。

対価を払うことを半強制的に行い、街の人から必要なものを奪っていく。

気に食わないことがあれば暴力で支配する。

そうやって街で生活しているらしい。


おかげでボスに歯向かうような人はこの街には存在しない。

新しいことをし始める人もいなければ、街をより良くしようとする人もいない。

全てにボスの目があって、自由に行動することが出来ないのだ。


彼女もボスの被害に遭われたことがあるという。

稼いだお金で購入した食材を無理やり奪われたらしい。

その時の言い分は、俺が住む街で守られながら生活をしているのだから、相応の対価を支払う必要があるとのことだ。

あまりにも子供じみた言い訳だ。

だがそれがまかり通ってしまうのがボスの力なのだろう。


「今はボスに媚びを売りへつらう人も少なくない。集団で何かされたらそれこそ終わりだ。うちには子供もいるからね。これ以上リスクは負えないよ。すまないね」


死の隣り合わせのリスクと同等、それ以上に子供が危険に晒されるのを加味しているのだろう。

確かに彼女は負担を背負いすぎているのだ。

俺たちの話には乗れない。


まさかの話だ。



「そうですか…」

「すまないね。どうにかしたいのは山々なんだけどね」


ため息を吐き出していた。

そんな彼女の顔を見ると、どこか悔しそうで不安げで、疲れ切ったような表情をしていた。


街で何かをするには、ボスをどうにかしなきゃいけない。


まさかの難題だ。





そんなこんなで、いつの間にか夕方だ。

夕陽が沈み始めている。

赤く染められている街並みは、ボロボロだが何処か壮観だ。


夜に差し掛かる。

夜までには先生の元へ帰還しなければならない。それは先生の指示だ。


今日は収穫を得れなかった。

ということになってしまう。


目の前にいる彼女も、疲れ切っている様子だし、今日のところは諦めよう。


「とりあえず、今日のところは帰りな、そろそろ暗く…」


そう言いかけたところで彼女は話を止める。


俺の後ろのほうをやたら気にし始める。


なんだというのだ。


彼女はやがて建物のほうを向き、「家に入ってなさい」

そう子供たちに叫んでいた。


「ナナシだったか…? あんたはやくここから去りなさい」

「ど、どうしてですか?」


急に場の雰囲気が変わったように感じる。

どっと暗く沈み始める雰囲気だ。


そう。

後ろから何かがくる。

そんな気がした。


彼女も額に汗を流している。

俺は後ろを、恐る恐る振り返った。


そこには、ある大男がいた。

眼光が鋭い、顔に傷がある柄が悪い大男。


その背後には、複数人の男もいる。




ボスだ。




「おうフラン、元気してたらしいじゃねぇか?」


野太い声がすぐ近くまで聞こえる。

噂のボスという男が口を開いていた。


ちなみに、俺は逃げる機会を失っていた。


「...さぁね。どうなんだろうね」


フランは先ほどよりも少し弱弱しく、それでも声は張り上げてそう言った。


「なんのようだい?」

「あぁ? 別に用がなきゃきちゃいけねぇこともないだろ?」

「食料ならもうないよ。他当たんな」


あのボスという男相手に流石のフラン。

弱気にはまだなっていない。


「とりあえず食料と水、酒なんかも買ってこい。今すぐだ」


こいつ、フランの話を聞いていなかったのだろうか?


傲慢な態度だ。


「だから…」


フランは何かを返そうとして、そして黙り込んだ。

建物のほうを少しチラ見していた。


近くには子供もたくさんいる。

これ以上反論しても逆に危険だと悟ったのだ。


と、その時だ。


「で、お前だれ?」


俺に矛先が向く。

ここでだ。


あまりにも急すぎた。


ボスの顔が俺のすぐ横まで来る。

妙な冷汗が体を駆け巡る。

目と目が合う。

そこでまた気づいた。


この顔の傷跡、この体格、最初の街で目覚めた時にいた奴だ。

俺から全部奪ってたあの。


数日ぶりの再会だった。


「赤髪の不審者か」


ボソッと声が聞こえた。ボスの口からだ。

次の瞬間、みぞおちにボディブローを喰らった。







ーーーーーーーーーーーー







そして最初に戻る。

俺は、ボス、そしてそいつが率いてきた集団にタコ殴りにされていた。


「俺の街でなんか好き勝手行動してたって?? あぁ? ルール違反じゃねぇのかぁ?」


ボスの大きな足が俺の腕にクリーンヒットする。

骨がジーンと痛む気がした。


折れたかもしれない。


というか加減を知らないのかこいつら。


「おい、ちょ、話を...」


声を出しても聞く耳を持っていない。

間髪入れず暴力が降りかかる。


蹴りに殴り、俺はうずくまって頭を守るしかなかった。

情けないと思われるかもしれない。

だが、今の俺には何も出来なかった。


- し...死ぬ...


冗談なしで心がそう叫んでいる。



とりあえずこの状況をどう脱すればいいのか。


事情を説明するか。 いやさせてもらえないししても意味ないだろう。


助けを呼ぶか。いや誰が?フラン? あいつは子供たちまで危険に晒したくないって言ってた。

わざわざ俺のためにリスクを冒してまで何かするとは思えない。


というか誰に助けを求めると言うのだろうか。



死ぬしかない。

加減を知らないしこいつらに、何を言っても聞く耳を持つわけがない。



気づけば、人だかりが出来ていた。

暴力を行使している集団を囲むように、まるで見世物のように周りを野次馬が囲い出す。


だが、誰も何も言わない。

こいつらに逆らったら何をされるのか分かっているのだ。


というかボスもそれをわかって、わざと人の目が集まるようにしている。

暴力を見せることによって、人々を支配しているのだ。



俺は集団の中心でうずくまるしか出来なかった。


体中が痛い。

本気で死ぬ気がしてきた。

何も出来ないまま、なす術なく死亡。


いやいやそんなこと、あるのかこの状況。









「私の生徒になにしてるのかなー?」


死ぬ、と本気で思った瞬間、突然、声が聞こえてきた。

この集団の少し先からだ。


男たちの脚の隙間の先から何かが見える。


それは目覚めてから数日間、一番見てきた人物だ。


だが、いつもとは格好が違った。


黒いショートパンツに、黒いダボダボの服を着た、黒髪の少女。

だがあの輝かしい生足と腕には、銀色の機械の様な、鎧の様なものが付けられており、そこから体全体にコードの様なものも張り巡らされていた。

右手には短剣が握られている。


「ナナシくん、どうして私がこの街で恐れられていたか知ってる?」


彼女はそう言いながら俺の元へと足を進めていく。

それはゆっくりと、着実に。




「何故ならね、この街でも私が一番強いから」


ミィ・アドミラは不気味な笑みを浮かべながら、魔術を展開した。


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