第三話 「先生のパシリ」
- あの赤髪の少年また走ってるよ。
- 見たことねぇ顔だな。
- ゴミ拾いしてるんだってさ。この前なんてうちに...。
最近この辺りで変な噂を聞く。
見たことのない不審者がいるとかなんとか。
珍しい話ではない。
この廃れた街には不審者なんてごまんといる。
そのたびに変な噂は流れる。
食い物がなくて道端で嘆いている男。
腕にナイフを突き立て、キャハハと笑う女。
唐突に叫び出している奴。
まともな人間の方が少ない。
原因は分かっている。
国に余裕がない。
街間格差の広がり。
アルファリンという薬の流行。
数え出したらキリがないだろう。
この街を少し見渡せば、すぐに分かる話だ。
数十年前に止まった魔備開発。
街中に残されたその残骸。
道に転がる数々の魔石が、人を殺している。
だが街の人々は何もしない。
何も出来ない。
絶対的な暴力に人々は成す術がない。
間抜けな顔をした男は大きな箱に肘を付きながら、そう思いふけっていた。
ここはレイルバットの中心街。
とはいっても、まともな商店などはほどんどない。
せいぜい、人通りが少しばかり多いくらいだ。
中心街というのは名だけだ。
わざわざ人目に付く場所にいるのには理由がある。
「…おい、あんた…」
すると、顔の横からぼそぼそと声がする。
顔は動かさず、横目で確認する。
そこには顔がしわくちゃのババアがいた。
目障りだといわんばかりの表情で、気づいたらすぐ横に立っていた。
- 邪魔だねえ。
- 働きなさいよ。
なんてぼそぼそと口走りながら。
なんだこいつ?
知ったことではない。
「うっせえババア、ほっとけ」
「ほっとけだあ? アンタねぇ、若いんだからもっと…」
うるせえババアだ。
多分、薬の影響でおかしな奴か、それともただ単に説教臭い年寄りか?
年寄りに価値はない。
街と街の間だけじゃなく、街の中にも格差は存在する。
薬でよれた奴は最下層。
労働力にもならない年寄りも同じだ。
もちろん横のババアは最下層だ。
「わあああ…」
すると、何を視認したのかババアは急に呻き声を上げて、パタパタとどこかへ行ってしまった。
気づけば、後ろから大きな足音が近づいてくる。
「おい『サル』商会の女は見つけたか?」
後ろから聞き覚えのある声がする。
その声に、間抜けな顔をした『サル』と呼ばれた男は、背筋をピンと伸ばす。
「い、いえ『ボス』まだっすよ! まだ! あともう少しなんすけどね!! もう少し」
「あぁ? おせーだろ。何やってんだよ」
顔に傷のある大柄な男、威厳のあるその風格は周囲の通行人を怖がらせた。
彼こそこの街の最上位層に位置する人間。
この街の人間をまとめ上げる、いわばリーダーのような存在だ。
『ボス』、皆彼をそう呼ぶ。
多分自然とそうなっていったと思う。
「金にならねぇ行動はするんじゃねぇ、早く商会の女を探し当てて、全部売ってこい」
「そうしたいのは山々なんですが、どうにもあの女最近姿を現していなくてですね…」
「あぁ?」
言い訳はいらない。
そういったような表情で睨み付けてくる。
俺だって頑張っているんだよと、声を大にして言いたいところだが、言ったらどうなるかはもう身に染みて分かっている。
「なんでもないっす。見つけてきやす...」
こう答えるのが無難だ。
何か当てがあるわけではないが、とりあえずここから離れたほうがいい。
八つ当たりされるのはもう勘弁だ。
この男は対価を求めて人に暴力を振るう。
そうやってこの街の歪な形は形成されてきた。
それこそこの街が一向に変わらない原因だ。
『ボス』という存在がいるから人々は何も出来ない。
自分もそのうちの一人である。
そそくさと歩みを進める。
ちなみに『サル』と呼ばれるのは顔が猿に似ているからだそうだ。
「はやくこれ売って金にしねーと...ボスがぶちぎれる...噴火されたらたまったもんじゃねぇ」
キレたら収拾がつかない。
殴られるのはいつだって自分だ。
はやくこれらを売らないと..。
あの路地裏で寝てた馬鹿から回収した品を。
これらを売って金にしてボスの機嫌を良くする。
ついでにおこぼれ貰えたら儲けもんだ。
そういや...路地裏で寝てた馬鹿も赤髪だったような...。
最近噂の不審者と関係あるのだろうか。
そう考えながら間抜けな男は、とある女を探すべくまた街へ繰り出していった。
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「ふーん、今日も早かったんだね。ナナシくん」
街のはずれにある小さなボロボロの家、かつて誰かが住んでいたんだろうと見て取れるそこに、とある少女と少年がいた。
黒い髪の少女は、ボロボロのソファに腰掛け、脚を組んでいる。
ふーん、ふーんと鼻歌を口ずさみながら、赤髪の少年が拾ってきた小さな鉄くずを嬉しそうに手に取った。
「ミィ先生。今日の成果は如何なものかと」
少年は少し息を切らしながら床に正座をしている。
待て、と指示された犬のように、そのまま動かない。
主人の反応を待っているのだ。
「うん。今日のゴミ拾いはこれで良しとしよっか。じゃあ次、これやってきてー」
少女は、手に取った小さな鉄くずを、大きな箱に丁寧にしまった。
そうして、少年に何かが書かれた紙を渡すと、「頑張りたまえ」と少年の肩をポンポンと叩いた。
かれこれこんなお使い、いわばパシリを、五日は続けている。
もちろん俺に払える対価は、あの場で存在しなかった。
結論から言うと、彼女は女神などではなく、ただの小悪魔だったのだ。
彼女が与えたもの、すなわち、ロープを解いたり、ご飯を恵んでくれたり、この世界のことを教えてくれたり…その他諸々は一括りに「親切料」だと彼女は言った。
それには、それ相応の価値があるとも彼女は言っていた。
「今の君は、何が払えるのかなー」
あの時彼女はケラケラ笑っていた。
どうやら、俺は最初から嵌められていたようだ。
俺が何も払えるものがないからと、その弱みに漬け込んできた。
彼女の行為は単なる偽善で、女神様でもなんでもなかったのだ。
俺は、もちろん何かお返しすることは、不可能だと言った。
払えるような大層なものは、全て盗まれている。
「してもらったことに、何か対価を支払うのがこの街のルールだよ」
ルールは守らないと!みたいな表情で彼女は言った。
なんだか突き放された気分だ。
彼女はこの街の人間ではない。
だがこの街に足を踏み入れている以上、そこのルールに則るのが彼女なりのマナーだとか。
「破るとどうなるんですか?」
「見ぐるみ剥がされて、すっぽんぽんのまま、魔物のいる荒野へと放り出されちゃうらしいよ?」
物騒なことを言うもんだ。
この廃れた街でも一応ルールは存在する。
廃れているからといって、無法地帯というわけではない。
とある男を筆頭に、統率の取れている連中がいるんだとか。
一部の人間が束になり、街を半強制的に管轄した。
そして半強制的にルールを取り決めた。
与えられた恩にはそれに相対した対価を。
それは金でも良い。薬でも。食べ物でも。本人が認める奉仕があればなんでも良いらしい。
とはいっても、そこの対価のやりとりに正式的な契約は存在しない。
だが絶対的な力というのが存在する。
それが、この街で唯一統率の取れた集団による弾圧だ。
口上の約束であっても、破ればその噂は誰かが聞きつける。
その誰かが集団に言えば、力の行使が執行するのだとか。
それこそ、ただ単に暴力を振るうものもいれば、街から離れた荒野に放り出されることもあるようだ。
この街では一応、国から提供された魔術的な結界が張り巡らされている。微力だが。
結界から一歩でも外に出れば魔物が存在する。
生身の人間は魔物に敵わない。
ルールを破れば死も同然だということだ。
この街の人々はそれをよく知っている。
だから対価という言葉を、見返りという行動を大事にしている。
対価を払わなければ死に、払えば生きる。
そうやって廃れた街は歪な均衡を保っているのだろうか。
彼女、ミィ先生は、この街の人間ではないが、街にいる以上ルールは守るべきだという。
先生は俺に親切に色々してくれた。
そして、それらの行動にはそれなりの対価を払うべきだと言う。
その対価が払えなかった俺は、半強制的に彼女に従うしか道がなかった。
ちなみに、先生というのは、上下関係を分かりやすく表すためにそう呼ばされている。
俺は彼女の配下になった。その事実を客観的に見ても分かりやすくしたかったのだろう。
対等な関係値は崩壊し、上下の関係が確立された。
まさしく学校の教室における絶対的な権力者。
静かにしなさいと言われたら静かにしなきゃいけないし、宿題やりなさいと言われたらやらなきゃいけない。やってこなかったら怒られる。
俺が生徒で彼女が先生だ。
そういえば前世の俺は学校に通ったことあるのだろうか?
少なくともこの街に教育機関はなさそうに見える。
学校というものの具体的な記憶はないが、どういった場所なのかは理解している。
これは最近少しずつ分かったことなのだが、記憶の中で『覚えている境界線』というのが曖昧だ。
学校、という存在は覚えている。
話が逸れた。
とにかく、他にもなにか色々先生は言っていたが、要は俺をパシリに使いたかったのだ。
街の復興のためのパシリにだ。
言うことを聞いてれば今回のことは許してあげると。
従わなければどうなることやら。
面倒ごとはなるべく避けるべきだと、前世の俺なら言っている気がする。
なので俺は従順に彼女の命令をこなしている。
「で、その拾ってきたゴミには何か意味があるんですか?」
渡された紙を懐にしまいながら、ソファに座る先生に話しかける。
先生は呑気に欠伸をしながら、拾ってきたゴミの入った箱に手を伸ばす。
「君にはこれがただのゴミに見えるんだー?」
先生の左手には銀色の細長いゴミが握られている。
ゴミというより、それはただの鉄くずだ。
それは、この街の至る所に散らばっているほんの一かけらに過ぎない。
俺は五日間、街の片っ端からそういったゴミを拾い続けていた。
先生からは、「鉄っぽいやつだったら全部拾ってきていいよ」と言われた。
その結果、今いるボロ家の端から端までそういったゴミの箱が散乱している。
まぁ商会の人間でもあるお方が、意味もなくゴミ拾いを命令してくるわけがない。
ほんの少しだけ、街は綺麗になったかもしれないが。
とはいっても一体このゴミにはどんな希少価値があるのだろうか。
「まぁちょっと近くで見てみなよ」
先生が伸ばしてきた左手に握られている鉄くずを凝視する。
いやこの五日間ずっと見てきたものなんだが。
その上で特に珍しいものにも見えない。
「よく見てて」
先生の左手に少しだけ力が入ったように感じた。
その瞬間だ。
鉄くずがパラパラと砕け始めるではないか!
キラキラと銀に光る粉となって、床へ落ちていく。
あら不思議。
いやいや、なんだこれは?
「えぇ…何が起こったんですか?」
先生の握力はそんなに強大なものだったのかと、一瞬錯覚した。
だが、先生は鉄くずの根元しか握っていないし、鉄くずは先っぽから崩れていったようにも見えた。
物理的には不可能だ。
「これはただのゴミなんかじゃない」
先生は、そこらにある箱からまた鉄くずを取り出す。
先ほどのものよりも少しだけ形が丸い鉄くずだ。
「これは『魔石』。『魔備』とかその他の『魔道具』に使われる最も基本的な素材...」
そう言った瞬間、取り出した鉄くずが、また泡のように崩れていった。
どうやらこれが『魔術』というものらしい。
『魔の力』、それは全生物が元々持っている生体的機能だと先生は言っていた。
それを物理的パワーへ変換したのが『魔術』。
人間が魔術を自由に使えるようにした、装置のようなものを『魔備』という。
『魔石』というのは『魔備』を作るための素材となるものらしい。
魔石に魔術的加工を施し、形を整え…
と、まぁ色んな工程を経て、人間が自由に魔術を使用可能にする装置、装備を作り出す。
そうしてそれを戦闘に用いて、人間は魔物と渡り合い、文明を発展させたのだ。
今では『魔備』だけでなく、様々な便利なものへ加工が施されている。
魔道具、魔備装甲、結界装置、様々な施設、一般的な建物にまで使われているのだとか。
それらの中心にあるのがこれら鉄くず、魔石というものらしい。
もっとも、これら魔石は、今の状態だと文字通りゴミと変わらず、少し魔術を通しただけで崩壊してしまうのだが。
だが使い道が無限大なのは確かだ。
魔石にはそれ相応の価値がある。
売れば金になるし、集めて加工すれば魔備が創造出来る。
街を復興するのに必要な宝の山が、道端に転がっていたのだ。
だが、これは逆に考えると、この街にどうして魔石が大量に転がっているのか?
先生は話した。
それは過去の産物にすぎないと。
レイルバットは昔、魔備開発に勤しんでいたらしい。
街の近くにも大量に魔石が採れる場所が存在する。
その中でアルファリンというものが流行した。
魔石とアルファリンには直結した関係がある。
街に大量に転がり、正気な人間が少ないのは、魔石がアルファリンを生成しているからだ。
魔石を削り出し、その際に発生したとある粉。
それがアルファリンだ。
それは、魔の力を外部から摂取することが可能となっている。
魔の力の大量摂取、人間はそれに自我を保てなくなる。
本来持てる、魔の力の量を遥かに上回るのだ。
街の人間がおかしくなったのは明白だった。
おかしくさせる原因があちこちに転がっている。
誰でも手が出せる道端にだ。
魔石は専門的な知識がないと取り扱えない。
街に散らばっている今の状況は、紛れもなく異常だ。
だがその原因を、今まで誰も取り除こうとしてこなかった。
まともじゃないほうが良い。そんな考えの連中がいるせいだろうか。
「じゃあ先生はこの魔石を使ってどうするつもりなんですか?」
魔石を回収することで、少しは街が改善されるだろう。
だが、一人で集めれる量なんてたかが知れている。
街を清掃するだけが目的じゃない。
魔石を集めることに意味があるのだ。
「資金を作らなきゃね。最初に必要な資金を。商会から事前に渡されてる量じゃ、復興は無理だからね」
先生は本気で街の復興について考えているようだ。
正直、最初の二、三日は、ただパシリをさせられていて、少し不信感を抱いていたが、しっかり仕事はこなすタイプらしい。
なんだか少し安堵した。
「まぁ、最初はそれでいいけどね。いずれ…」
不敵な笑みを浮かべる先生。
この五日間で気づいたのだが、先生がたまに浮かべる笑顔は不気味だ。
完全に悪者の顔。
小悪魔と言ったほうが可愛らしいか。
「ただ復興の手伝いするだけじゃちょっと物足りないかな…」
「と、いいますと?」
「うーん、さっきから質問が多いなぁ。ナナシくん」
と、ここで突然むくれる先生。
しまった。この五日間で学んだのだが、先生は結構面倒くさがり屋だ。
分かっていた。
上下関係を作り、パシリを使うくらい面倒くさがり屋なのだ。
説明は毎回なんとなく適当だし、会話すらも面倒臭いと感じてしまうタイプらしい。
質問ばっかりしてたらまた先生の機嫌が悪くなる。
先生は突然機嫌悪くなるのだ。
先生は機嫌が悪くなると、「へーそうなんだー」「そっか、そっか」としか言わなくなる。
これでは会話が成り立たなくなるではないか。
「私の情報料は高くつくっていったよねー? 君はそれを払えるのかなー?」
「い、いえ払えません...」
「それとも…君は商会に興味が湧いたのかな?」
「そんなこともないです。はい…」
商会に興味が湧いたのか? 最近良くされる質問だ。
これは勧誘だ。
先生はこの五日間、よく商会の勧誘をしてくる。
どうやら凱編商会は常時社員募集中のようだ。
働き先を見つけれてラッキー!というわけではない。
聞く限り、どうやら労働環境は最悪なようだ。
結果が出るまで俺のようなパシリのような日々が続くらしい。
いや、今の俺より労働環境が悪いという。
一度契約すると解除までに十年はかかるとか。
もし勧誘に縦に頷いてしまったら、前世の俺に非常に悪い。
丁重に断らせてもらおう。
まぁともかく、先生はああ見えてこの街の復興についてちゃんと考えているようだった。
なんだかんだ凱編商会の人間ということか。
今は俺は先生の命令に従うしかない。
先生も「面倒臭いよぉ」モードが発動してしまったことだし、とりあえず黙ってパシリを続けよう。
そう考えながら、ボロ家から出て、懐にしまった紙を取り出す。
さて、次のお使いはなにかな?
紙には街全体のなんとなくの位置関係と、回収して欲しいものが記載されていた。
俺のゴミ拾いはまだまだ続くようだ。