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第一話 「記憶喪失」


一体どれほど気を失っていたのだろうか。

体中に怠さを感じる。


なんだか話声がする。

遠くない。すぐ近くで声がする。


重い瞼を開いた。






「しっかし…コイツ変な格好ですね? この辺じゃみねー顔だし...大丈夫っすかね?」


目の前には二人の男が立っていた。

一人は間抜けな顔をした男。少々不安そうに狼狽えている。

もう一人は不安がる男に顔をしかめ、不機嫌な様子を示した。


「おい『サル』今になって芋引いてんじゃねぇ。道端に落ちてるもんは俺たちのもん、だろ? つまりこいつの持ち物も俺のもんってことになるよな? あぁ?」

「そ、そうっすよね『ボス』。こいつは道端に落ちてた。ただそれだけっすよね。はははは...」


苦笑いで首を縦に振る男。

何の話をしているのだろうか。


頭が痛い。

それに意識もぼーっとする。

それも声が出せないくらいに。


長時間寝て、やっと起きた後の気持ち悪さだ。

何かに酔ったような。そんな感覚。

一体何が起こったのか分からない。


「え、これ、やばくないっすか!? こいつなんでこんなもん持ってるんすかね。この剣も...だいぶいいやつじゃないすか? 」


さっきまで不安そうだった男の態度が、一気に豹変する。

陽気な様子で、拾い上げた剣を大きな箱にしまい出す。

箱にはぐちゃぐちゃの文字が書かれている。

視界がぼやけてよく見えない、なんて読むのだろうか?


そんなことより、今の状況だ。

男たちは何かを手に取って喜んでいる。

「これは珍しい」「これはなんだ?」とか口ずさみながら。


悪い顔をしている。

拾いものをしているというわけでもない。

何かから奪い取っている様子だ。


そう。()()()だ。

意識が朦朧として、地面に横たわっている()()()から次から次へと何かを盗んでいる。


こいつ、というのは自分自身のことなんだが。

頭が痛くて()()()()()()()()()()()()()()

極めて不思議な感覚だ。


今の状況を説明するなら、いわゆる、追い剥ぎを食らっている状況だ。

しかも体が動かない。

物理的に動かないのだ。

見ると、上半身に無造作にロープが巻き付けられている。


目の前の男たちは、自分をモノのようにしか見ていない。

ロープで縛られた上半身を、大きな足で踏みつけている。

余計に身動きが取れない。


踏みつけていたのは、大きい体をした男。

頬には傷があり、睨まれただけで体が強張るくらいに、眼光が鋭かった。

その男はもう一人から『ボス』と呼ばれていた。


抵抗の余地すらなかった。

気づけば持ち物は引っ張り上げられ、残されたのは上下の服と靴だけだ。


なにより、頭が痛くて、抵抗するどころではないのだが。


「とりあえずこんなもんですよボス。こいつは、どうしやす?」


間抜けな男は、自分から奪った荷物を箱にしまい終わったようだ。

声と同時に、大男の眼光が俺に向く。


とりあえず、ロープを解いて何か飲み物を分けてほしい。

喉がカラカラだ。

頭も痛いし、純粋に体調不良。

持ち物を返せとは言わない。

今までの愚行は水に流すから、とりあえず助けてほしい。

切実な願いだ。

頼む。


このままじゃ死んでしまいそうなくらい、気分が悪い。



だが、そんな願いとは裏腹に、ボスといわれた大男は、足を自分の頭上に持ち上げる。


「まぁ、もう少しおねんねさせといてやろう」


嘘だろ?

男の足が目の前に降りかかった瞬間、視界が暗転した。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「お前は誰だ?」


近くにあった水溜りを見つめて問う。

反応はない。

もちろん水溜りに質問したわけではない。

そこにうっすらと映る赤髪の少年にだ。

年齢は十五、十六といったところか?いやそれ以上の可能性もある。


とりあえずこの少年に覚えはない。

自分自身なのだが。


上半身をロープに縛られたまま、辺りを見渡す。


「ここはどこだ?」


暗い路地裏、所々光が差し込んでいるが、決して良い雰囲気の場所ではない。

壁はボロボロで塗装も捲れ上がっており、地面もガタガタだ。

ゴミの様なものがそこら中に散乱している。

ポタポタと、どこからか水が垂れている音も聞こえ出す。


この場所には覚えがない。

見渡す限り未知の景色だ。



目を覚ましたらそこには二人の男がいた。

二人は、身動きを取れないように体にロープを巻き付け、所持品を盗んだ。

最後に顔面を踏み落とされた衝撃で、気を失った。


今自分が思い出せる記憶はそれだけだ。

それ以前の記憶が、思い出せない。

思い出そうとしても、あるのは空白だけだ。


自分が誰なのかを思い出せない。

今居る場所がどこなのかも分からない。

どうして気を失っていたのかも思い出せない。

体中が痛む理由も分からない。

分からないことだらけだ。


ただ唯一分かることはある。

分からないし、思い出せない。

そんな状況に見合う言葉は思い出せる。


『記憶喪失』。そんな言葉に覚えがある。


多分自分がそれに当てはまる。

この頭の痛みは、そこから起因している。







とりあえず場所を移動しよう。


やっと自分の体が動かせるまで意識がはっきりし始めた。

場所を変えないことには、状況は変わらない。


上半身がロープで無造作に固く縛られているため、腕は動かせない。

だが脚は動かせる。


よろついた体をなんとか持ち上げる。


この薄気味悪い路地裏の先に、一縷の光が差し込んでいる。

まずはそこを目指そう。


ロープに縛られたまま、裏路地の先に見える明るい場所へ歩みを進める。


体中の痛みのせいだろうか。

その足取りはどこかおぼつかない。


お腹も空いている。

喉も乾いている。


一体どれだけ、長い時間あの場所で気を失っていたのだろうか。


気を失うだけならまだ良い。

おまけに記憶喪失でもある。

だからこの状況に、まだ理解が追い付いていない。

どうしてこうなったのかが分からない。


とりあえず状況を整理したい。

何か思い出せるかもしれない




自分の記憶についての確認だ。

まず、物の名前と常識等の概念は理解している。


例えば、自分の身を縛っているものが、『ロープ』と名のする物だということは分かる。

物体自体の名前がなんなのかは理解出来ている。


さっきいた奴らが『窃盗』、いわゆる犯罪行為をしていたということも理解できる。

この世界における『していいこと』『いけないこと』の境界線を理解している、ということだ。


だが、ここがどういう場所なのか分からないし、どこの国なのか、どんな街なのか、そもそもそういった名のある場所なのか、というのは一切分からない。

考える力もある。思考することも出来る。

だが思い出せるのはそれくらいだ。


自分が誰なのかも分からない。


部分的な記憶喪失、ということなのだろうか。




もはや一人称がどうだったのかも思い出せない。

俺?、僕?、私?、吾輩?、我?

『俺』が一番しっくりくる気もする。




今整理出来ることはこれくらいだ。




そんなことを考えながら進んでいると、遂に視界が開ける。

気づけば路地の先まで出ていた。


「おお!……おお?」


広がる美しい街並みに思わず声が漏れた。

というわけではない。


想像していた景色よりも酷かったから声が出てしまったのだ。


開けた視界の先にはボロボロの建物、舗装されていない道、散乱したゴミ。

廃れた様子の街。といったところだろうか。

人は少なからずいるが、活気に溢れているような様子はない。


この景色を見てどこか懐かしい気持ちになったり、何かを思い出したりすることはない。

記憶に関する情報は、目の前の視界の中には存在しなかった。


太陽が雲に隠れる。

余計、街全体がどんよりした雰囲気に包まれた。


とりあえずこの場所について考える前に、すべきことをしよう。


まずは死なないようにすることが最優先だ。

一体どれだけの時間気を失っていたのかが分からない。

腹も空けば喉も乾く。ついでに体中が痛い。

このロープを解かないことには、自由に身動きも取れない。


今は辛うじて体が動いているが、いつ力尽きてもおかしくない状況だ。


ついでに自分自身に関する情報を探さなければならない。

自分が誰なのかを理解する必要性がある。


そう。

人の助けが必須だ。


一人では何も解決出来ない。

今の俺には記憶も所持品もないのだから。


今の俺は無力だ。人に助けてもらおう。


うん。とりあえずそうしよう。


こんな状況なのに案外冷静に、物事を考えることが出来ている気がする。






ーーーーーーーーーーーーー






「…『対価』がないなら何も出来ないよ…ほらあっち行って」


話しかけて、やっとまともに反応してもらった人からの返事がこれだ。


かれこれ一時間程度、俺は無力な状況から脱せていない。


この街には人を助けるという文化が存在しない。


この街の人々は見返りを求めてくる。

人々は総じてそれを『対価』と呼ぶ。

金でも物でも、見返りが貰えるならなんでも良いらしい。

もちろん俺には何も渡せるものはない。


なんなら、話しかけて返事をしてくれる人のほうが少ない。

というのも、皆、狂ったような人間ばかりなのだ。

まともな奴のほうが少ない。


一体何があったというのだろうか。


最悪の街だ。怖い。

これが今の俺の感想。


街を歩いて見渡す人々は、痩せ細ってぐったりしていたり、あからさまに態度が悪かったりと、

街自体に活気がないというか、もはや街として機能していないようにも感じる。



そんなわけでまだロープを解けていない。

ついでに飲み物、食べ物にもありつけていない。

なんなら、飲食店すらも見当たらない。

あったとしても今の俺に払える金なんて存在しないが。


『前世』の俺の所持品はあの二人の男に全部盗まれてしまったからだ。


ちなみに『前世』というのは、記憶を失う前の自分のことを意味している。

適当に前世と呼ぶことにした。



「ああ…どうしたものか…」


とりあえずこれからのことをもっと腰を据えて考える必要性が出てきた。


近くにあったボロボロのベンチに腰掛ける。

腰を下ろすとギシっと鈍い音が聞こえた。


かれこれ一時間程度俺は歩きっぱなしだった。

おかげでまた意識が朦朧としてきた気がする。


体の状況的に、俺はかなり元気がないらしい。

衰弱している。

まるでこの街の住民のようだ。


なんとなく、この街の人々が対価を求める理由が分かった。

今の俺の状況と一緒なのだ。


生きるためには何かを売らないといけない。

それがこの街で生きていくためのルールなんだろう。


今の俺には何も売れない。

売るものがない。

後はこの身一つくらいだろうか。


だが、こんなところで死ぬわけにもいかない。


生きるためには何かをする必要がある。


人に頼るのを止めよう。

この街には何か食料があるかもしれない。

水だってあるかもしれない。


探すんだ。自分の力で。


こんなところで死んだら前世の俺に顔向けできない。


とりあえずまずは自力でこのロープを解こう。

腕が動かせないなら嚙みちぎればいい。

内側から力を入れれば解けるかもしれない。


まだやれることはあるのだ。



俺は息を吸い込んで力を込める。

ロープを無理やり解くのだ。











「ねぇ君、もしかして困ってる?」


その声にハッとした。

あれから時間は経っていないだろう、一瞬気が飛んでいた。

衰弱した体で力を無理やり込めたからだろうか。



後ろから声がする。

それで目を覚ました。

振り返るとそこには、見覚えのない、ある人物が立っていた。



ダボっとした黒い上着を羽織り、髪も黒で、肩ほどまである。腰から短剣を下げ、黒いショートパンツを履いており、その綺麗な生足が露わになっている。

薄い紅に染まった目をした少女、この廃れた街では一際目立つような綺麗な容姿をしたその美少女は、顔を覗かせるように俺のすぐ横に立っていた。


「困ってる?」

「えーと...はい...え?」


急に話しかけられてびっくりした。

誰なのかも分からない。見知らぬ人間に話しかけられて動揺した。

だが、そんな動揺はすぐ収まる。

それ以上に俺は彼女に言わなければならないことがある。



「た、助けてください…」


咄嗟に出た言葉がこれだ。

自分でも驚いている。


情けないと言われるかもしれない。

だがそれくらい死ぬかもしれない状況下にいる。

今の衰弱した俺に出来るのは必死に助けを乞うことだけだ。


結局人に頼るしかないのだ。


そんな返事を聞いた少女は、少し笑みを浮かべた。

クスリと笑ったような気がする。

馬鹿にされただろうか。

情けないと思っただろうか。


そのキリリとした目つきが少しニヤつく。

なにか企んでいるような、いないような。

そんな目つきだった。


「なるほどねぇー…」


彼女は考え込むような仕草をしている。

何を考えているのかは分からない。


見返りをくれと言うのなら、俺はどうしようもない。


だが彼女はそんなことは言わなかった。

それどこらか、何故だかこんなことを聞く。


「君の…名前はなにかな?」


名前。

それは人にとって何よりも大事な要素。

自分を表すための象徴。


だが俺は記憶喪失だ。


「分から…ない」


こう返事するしかなかった。

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