第十二話 「外の世界」
俺にとっての始まりの街、レイルバットを発ってからおよそ一週間。
俺と、俺の先生であるミィ・アドミラの二人は、カイラル荒野と呼ばれる場所まで訪れていた。
俺はこの一週間、外の世界を存分に味わい尽くしている。
目にするもの、全てが新鮮味の溢れるものばかりだったのだ。
まず、この旅における目的地の話からしよう。
レイルバットの街が崩壊したあの日。
俺はミィ・アドミラの正式な生徒になった。
紙面上の契約はしていない。
ので、正確には、正式ではない。
生徒になるというのは、凱編商会という組織に所属するということだ。
ミィ・アドミラの生徒として、
勉学に励む。
支援をする。
配下として働く。
街の復興への貢献や、商会としての任務にそれぞれ励む、といったことをする必要がある。
だが、今はこれらのことはしない。
単純な口約束で生徒になっただけであり、ミィが俺を生徒として扱っていても、凱編商会からすれば、俺という存在はまだ正式な生徒として登録はされていないのだ。
それに、今は凱編商会への所属よりも、帰還が目的だ。
本部へ無事帰還し、先生は任務の報告、俺は正式な登録をしなければならない。
凱編商会の本部は、カイマンド国の首都、ラインハイにある。
レイルバットがカイマンド国の東端に位置する街とすると、ラインハイは国の中央に位置している。
この国の面積はかなり広い。
距離として考えると、ラインハイまではかなり遠い。
それに、先生は行きで使用していた魔備装甲という乗り物を、あの街の崩壊時点で一緒に破壊されてしまった。
一応、本部へ連絡を取り、お迎えに来てもらえるという便利なシステムも、あることにはある。
なんでも、この世界には連絡を取り合える携帯端末などというものがあるみたいだ。
だが、任務が失敗している点、呼びにくいらしい。
それにお金もかかる。
先生は、青ざめた顔で、「歩いていこう」そう言う。
なので、俺たちの移動手段はほぼ歩きだ。
それはもう、時間が大変掛かる。
まず、俺たちは歩きで荒野をかき分け、ラインハイへ入るために通らなければならない街、ポルーン街を目指す。
その街は、首都へ入るために絶対に足を踏み入れなければならない場所らしい。
首都へは歩きでは入れない。
首都へ繋がる、魔甲列車なるものに乗らなければならない。
ポルーン街には、首都へ繋がる列車がある。
なので、俺たちの最初の目的地はそこだ。
そんなこんなでの一週間。今いるのはカイラル荒野。
辺りには、一面の乾いた地面。
のっぺりとした、特に見栄えのない場所だ。
広々とはしているが。
レイルバットを出た直ぐの景色は悪くなかった。
自然が多くあったからだ。
生い茂る木々に、草。
生態系のありのままの姿をしていた。
そこを数日で抜けた先には、直ぐ荒野が広がった。
そう。カイラル荒野。
ここを歩き続ければいずれポルーン街に着くんだとか。
ちなみに魔物は今のところ数体しか見ていない。
結界の外へ出れば、もっとうじゃうじゃいるものだと身構えてはいたが、
聞くほど魔物の姿は見えなかった。
もちろん、少なからず遭遇することはあった。
背中から翼の生えた、妙な生き物。
体がドロドロに溶けた生命体。
人の形をした青い塊。
どれも薄気味悪い生物で、見ただけで悪寒が走った。
それに、人間を視認した瞬間、襲い掛かってくる。
奴らは魔術を扱える。
それほど卓越した魔術でなくとも、生身の人間が喰らえばタダでは済まないような攻撃だ。
もちろん、最初は俺も魔物を見た瞬間、逃げ出した。
奴らは見た目より速く、攻撃も凄まじく見えた。
怖かったのだ。
だが、俺には先生がいた。
先生は、まるで何もなかったかのように魔物を始末していった。
そう、俺の先生はかなり強いのだ。
そこらの魔物が束になっても、相手にならないだろう。
だからそのうち、俺は魔物に慣れていった。
それは、先生がいる安心感からだろう。
とりあえず、先生の背中に隠れればどうにでもなるのだ。
でも、先生はそれを許さなかった。
「よし! ナナシくんの魔備を買ってあげようー」
それは出発から五日目。
通りかかった小さな村に着いた頃の話だ。
道中、人が住んでいるであろう、村や街を目にすることは少なくなかった。
どうにも、この国は広く、人も多い。
なので定期的に、寝泊まりだけでも確保出来る村や街を通ることがよくあった。
五日目に入った村は、レイルバットよりも幾分小さな村だったと思う。
だが、レイルバットにはなかった風景が広がっていた。
廃れた様子もなく、人々も活気に溢れている。
それどころか、建物の様子も他とは違って綺麗な形で整っている。
他より先進的な、そんな場所だ。
「ここは、商会の手が及んでいる村だね」
先生がそう呟いていた。
つまりこの村は、商会の復興の力が及んだ場所のようだ。
蛇口を捻れば水が出る。紐を引っ張れば光もつく。
電気が通っていて、ガスや水道を使える。
電波も入ってくる。
テレビなるものも観れる。
俺からすれば驚きの連続だ。
まるで魔術の連続。
あり得ない機能を持った最新のシステムが、至る所にあった。
これこそが、復興が成功した形。
村や街が、経済的に発展し、何不自由のない暮らしが担保されている。
レイルバットとは、百年以上の文明の差が垣間見えた。
これこそが超格差社会。
数日歩いた程度の距離にある場所で、これほど圧倒的な暮らしの格差。
やっぱりあの街は終わっていたんだと、しみじみ感じてくる。
と、話を戻そう。
この村の凄さを感じるために、ここに来たんじゃない。
この村に来た理由は、寝泊まりだけじゃない。
先生曰く、俺の魔備を購入しに来たらしい。
「私の生徒である以上、強くないと許さないよ」
自分で、自分の身は守れ。
魔術を学べ。戦い方を習得しろ。
つまりこういうことだ。
五日目にしてようやく、俺は魔備を手に入れた。
装備箇所は四つ。
右腕、左腕、右脚、左脚。
先生と一緒だ。
これは一番軽く、動きやすい。
魔の力の消費も最低限に抑えられる。
ということで、俺も先生とお揃いの装備となった。
そこから二日。
出発から一週間。
俺たちは、カイラル荒野の一角で野宿をしていた。
今日は、寝泊まりする場所を確保出来なかった。
ので、野宿だ。
そこは荒野と呼ばれるには少しばかり違和感。
周囲には、それなりに植物が生え揃っており、居心地は悪くない。
魔物の気配もなく、周囲が暗くなっても、月当たりでなんとか視界は確保できる。
気温は普通。
夜になると、少しだけ肌寒いくらいだ。
俺自身、野宿にそこまで抵抗感はない。
何故なら、先生には凱編商会直々の、野宿専用最新技術があるからだ。
四角い箱のボタンを押せば、テントが生成される魔道具。
魔術的技術と、科学的技術が融合した、最新のアイテムだ。
展開されたテントは、意外と大きい。
人間二人くらいなら余裕で入れるほどの空間。
簡易的な結界も周囲に張られるため、魔物から襲われる心配もそれほどない。
たった一晩寝るくらいなら、ここの居心地は悪くない。
なので、俺は野宿には抵抗はない。
それに、野宿というよりもはやキャンプだ。
それに比べて、先生はあまり野宿をしたくないらしい。
野宿すること自体というより、環境があまり気に食わないらしい。
特に、体を洗う場がないこと。
村や街にいるときは、水浴びだったり、シャワーと呼ばれる最新機能で体を洗えた。
お風呂なるものもあった。
銭湯と呼ばれる場所もあった。
だから、先生は出来るだけ村や街を経由する形で行動をしていた。
だが、今日は不可能だった。
一日で歩ける距離には限界があるし、かといって無理やり村や街に泊まろうとすると距離が進まない。
先生も、出来るだけ一日で移動できる距離は稼ごうという志のため、中途半端な動きはしたくないのだ。
なので今日は仕方なくこういった形で寝ることになる。
夜も遅くになった。
そんな時、先生は、少し恥ずかしそうに話す。
「…ナナシくんは、嫌じゃない?」
簡易的な食事も済ませ、いざ寝ようというタイミング。
俺と先生は一緒のテントに入っていく。
「何がですか?」
「…その、二人で一緒のとこで寝るんだよ? 抵抗とかないのかなって…?」
どういうことだろうか。
もちろん、俺は先生には感謝している。
先生のおかげで、俺たちは安全に寝ることが出来るのだから。
それなのに、抵抗するわけがない。
「俺は先生に感謝してますよ。いつもありがとうございます」
「…そうじゃなくてさ、異性同士が同じ屋根の下でね。うん。どうなのかなぁって」
髪を指先でくるくる巻きながら、どこか恥ずかしそうな先生。
あの指の動きは、先生が何かを考えている時の動きだ。
最近学んだ。
「同じ屋根の下って、何がです?」
「…なるほど。君はやっぱりまだまだだね」
訳の分からない俺に対して、先生はなんだか不満そうだ。
何が言いたいんだろうか。
「まだまだお子ちゃまなんだね。ナナシくんは。全く。もう寝よっか」
さっきまで恥ずかしがっていた先生はどこに行ったのだろうか。
ぱたりとそんな様子を止め、毛布に包まってしまった。
何がなんやら。
「これからあと、二日ほどは歩くことになるかな。そこを抜けば、もしかしたらもっと速く目的地に着く方法を得れるかもしれないね」
毛布の中から声が聞こえた。
まだ眠ってないらしい。
「何か乗り物とかゲット出来たりするんですか?」
俺も毛布に包まりながら、問いかける。
「おお、鋭いねぇ。流石は我が生徒だねぇ」
「それほどでも」
俺もこの世界を歩いてもう一週間が経った。
それなりに推察力も増している。
この世界には歩く以外にも色々移動手段がある。
車ってものがあったり、魔備装甲ってものがあったり、列車が存在していたり。
どれも見たことはないが、興味が湧く。
「楽しみですね」
「ナナシくん、前より感情表現が出来るようになったね」
ただ独り言のように呟いたことだ。
でも、先生は反応を示した。
「人間っぽくなった気がするよ」
そう言われると、自分でも少し実感が湧く。
色々なものに触れた。
記憶は戻らないが、感情的なものは戻っている感覚がある。
なんだか懐かしい気持ちになるのだ。
空っぽだった心が満たされていく何かがある。
「ポルーン街は、君の想像よりも凄いよ。もちろん首都ラインハイもね。多分、驚きすぎて腰抜かすかも」
「そんなにですか…」
そう言われると、どんどん楽しみになっていくな。
今まで触れてきたものよりも、より先進的で最新的。
自分が想像もしないような文明が、そこにはあるのだろう。
最初の街から足を踏み出して一週間。
俺は心を高揚させつつ、眠りについた。




