第十一話 「記憶の旅」
俺と先生は足を止めた。
目の前の光景に足を止めるしかなかった。
魔術の雨だ。
眩い光と、地面を抉る音が聞こえてくる。
三十秒ほどだろうか、やがてそれは止んだ。
煙や砂埃が宙を舞っていて、機械頭を視認できない。
辺りを見渡すと、十数人の見知らぬ人物が、魔備を装備し立っていた。
「軍だ」
先生がぼそりと呟いた。
「ミィ・アドミラ様でしょうか? 我々は凱編商会様の伝えで派遣されたカイマンド防衛軍、第二十八隊でございます、私は隊長の…」
とある一人が前に出て、先生に挨拶を交わす。
すると、段々と人が俺たちの前に集まり出し、砂煙の中に魔術を放つ。
風を生成する魔術だ。
一気に視界がクリアになる。
だが、そこに奴の姿はなかった。
「逃げられましたね」
誰かがぼそりと言う。
あの魔術を喰らってどう生き残ったというのだろう。
地面は、大きく抉れていた。
「では我々は街の火を消しに行きます。あと…」
まるで何もなかったかのように、魔備を付けた人々はこの場所を後にする。
残ったのは俺と先生と、軍の隊長であろう女性だけだ。
二人は俺を置いて話を始め出す。
突然すぎる出来事だった。
急に降り注いだ魔術。急に出てきた軍の人々。
頭がいっぱいいっぱいだ。
一体何が起こったというのだろう。
わけがわからない。
まず、寝て起きたらこの有り様だ。
街は崩壊し、
よくわからない奴と戦って死にかけた。
周囲を見渡せば、昨日まであったはずの建物は軒並み崩壊している。
人もたくさん死んだんだろう。
「もう、なんのことやら…」
そういえば、さっきから焦点が定まらない。
喰らった攻撃が、今になって効き始める。
それに頭も働かない。
体へのダメージと、魔術を使った上での副作用。
俺はそのまま倒れた。
「…ナナ…く」
先生が何かを呼びかけている声を最後に、俺の視界は暗転した。
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目を覚ましたら、そこはベットの上だった。
俺の部屋だ。
俺は夢を見ていたのだろうか?
パッと上半身を起こす。
と、体中から痛みを感じた。主に背中だ。
まず、窓の外を見る。
その光景でわかる。
とりあえず、夢ではなかった。
昨日まであったはずのものが、今はない。
全てが崩壊し終わった後だ。
炎すらない。
残るのは、何かが焼け終わった後の、焦げ臭い匂いだけだ。
「おはよう、ナナシくん」
横から声が聞こえてくる。
先生だ。
先生は、椅子に座りながら、何か板みたいなものをいじっていた。
その板は、何か光を発していた。
一体なんだろうか。
「先生…それって」
「あぁ、これ? 軍の人たちが簡易的に電波を設置してくれたからね、とりあえず連絡溜まってるだろうから、返してるんだ」
そうか。
いや、そうじゃない。
そんなことはどうでもよくて、聞きたいことはたくさんある。
「先生、夢じゃ、ないですよね」
「そうだね。これは現実だよ。悲しいけどね」
体ががくっと落ちる。
力が抜けたような感覚だ。
聞きたいことがたくさんある。
先生はそのまま、俺が寝ていた間のことを教えてくれた。
俺は数時間、気を失っていた。
その間に、街は商会からの連絡で訪れた国の防衛軍により鎮火活動と救助活動が行われていた。
街はほぼ壊滅状態となっていた。
半分以上の人間は火から逃げ遅れ死亡した。
生き残った人も、様々な被害に遭っていて、軍は治療するように隣街へ依頼。
外部からの助力により、今は街全体の鎮火は完了。
街に生き延びた人々は安全な場所への移動と、治療を余儀なくされた。
この協力は、先生の、いや我らがミィ先生の『先生』の計らいによるものらしい。
街の復興への協力のため、少し前に国へ防衛軍の派遣を依頼したようだった。
「『先生』は過保護な人だからねー。心配だったから許可なしでそんなことしてたらしい。おかげで助かったんだけどね」
なんて笑っていた。
おかげで助かった。
死ぬところだったのだ。
そう、生きているのは、運が良かっただけなのだ。
俺が動いていなければ、助けが来る前にあの場で先生は死んでいた。
俺だって、先生がいなければ死んでいた。
最終的には助かったのだが、危機一髪で生き残れたのは俺たち自身のおかげだ。
それより、あの機械頭のことだ。
この街を破壊した原因。
訳の分からないことを発していたあの男。
奴は一体何者なのか。
結果から言うと、奴に関する情報は少なかった。
ここ数年の間に、数回の目撃情報があったくらいだ。
奴が何故この街を破壊しようと思った理由や、目的は分からないままだ。
だが、俺には少しだけ分かることがある。
奴の行動には計画性があった。
街の破壊に、先生の殺害。
前から計画されていたような行動だったように感じる。
俺に対する反応は、何か違和感があった。
計画の一部に含まれていないようなそんな違和感。
「ズレている」
そんなことも言っていた。
思うに、俺の行動というより、俺の存在自体に思う節があったように感じる。
とは言っても、奴に関しては謎だらけだ。
「街は完全に破壊、フランやガンジ、復興の中心だった人々の死亡。聞いたところによると、魔石を採掘する場所も破壊されてたらしいね。まるで、故意的に邪魔をしているみたいだね、街の復興を」
やっぱり、無計画で行った犯行には感じない。
先生の言葉で、そうひしひしと感じる。
「…これから...どうするんですか?」
大きな障害にぶち当たった気分だ。
悲しさや悔しさより、ただ呆然とするような感覚が大きい。
人が死んだ実感も、まだ湧かない。
「これから? とりあえず任務失敗の報告を本部にしに行かないとね。ちょっと遠いけどねー」
だが、先生は意外とケロッとしていた。
普段通りの先生って感じだ。
悲しいとか、悔しいといった感情はその声色からは分からない。
「先生は、なんとも思わないんですか?」
少し、人間味がないように感じる。
人がたくさん死んだのは事実だ。
少なくとも平気ではいられないはずだ。
「…悲しいのかな? 確かに、なにこれ?ってずっと思ってるけど、私は私のことで精いっぱいかな?」
そうか。
先生にも思うところはあるんだろう。だが、それ以上に考えることがたくさんあるのだ。
記憶が抜けた俺より、断然大人なだけだ。
でも、少し寂しそうな顔を浮かべていたのは見逃さなかった。
俺たちの街の復興計画は、失敗に終わった。
ーーーーーーーー
先生と外に出て、街を少し見渡した。
どうやら、凱編商会が出来ることはもうないらしい。
あくまで復興のお手伝いまでが仕事。後の引継ぎは国の軍が行う。
街には、国から要請された人々が次々へ入ってきていた。
医療班や、調査班、結界の修理を行う人なんかまで来ていた。
これらの行動に関しては凄く違和感だ。
国は、街が完全に潰れてから動くようだ。
今まで見向きもしてこなかったくせに、街が壊滅した途端、国は力を入れ始めている。
ひどい話だ。
先生にそう言うと、「しょうがないよ」としか言わなかった。
先生は街の至る所で祈りを捧げていた。
両手を繋ぎ合わせ、俯き、何かを祈るように。
とりあえず俺も真似した。
これがどんな意味を成すのかはよく分からなかったが、やらないよりかはマシだった。
短い付き合いだったが、死んだことに対する実感は少しづつ湧いた。
喪失感というか、ちょっと心にぽっかり穴が開いたような、そんな気分だ。
やがて、街の端まで足を運んでいたことに気が付く。
背中には大きなリュックを背負っている。
中には、昔の持ち物と、その他諸々が入っている。
先生も同様に、大きなリュックを背負っていた。
街の端からは、外の荒野が見える。
初めて、外を見た。
ただ、喜べるような景色でもなかった。
別に壮観なわけではない。
木々が生い茂る、不気味な雰囲気ではある。
「…で、君はどうする?」
先生が振り返り、俺と目を交わす。
この街ではもうすることはない。
なんなら、軍から出て行くように言われているらしい。
だったら、次の目的地に行くしかない。
先生には目的地がある。
凱編商会の本部へと向かう目的が。
俺にだって目的はある。
記憶の情報を探すのだ。
だが、一人ではどうしようもないし、結界の外に出て、生きていける自信もない。
俺は彼女に着いて行くしかない。
のだが、先生の問いには、どういう思惑があるのだろうか?
「面倒くさいから付いてこないで」って突き放すような意味があるかもしれない。
逆に、「寂しいから付いてくる?」っていう意味かもしれない。
そういえば、商会に関する勧誘も受けていたな。
つまり、今回の先生の問いには、答えがある。
「…正式に先生の生徒にしてもらえますか?」
「うん、いいよ」
先生は淡々と返事をした。
だが、ちょっと嬉しそうだったのは見逃していない。
最近先生の感情を読み取れるようになってきたな。
成長を感じる。
俺は正式に生徒になることにした。
何か深い意味があるわけじゃない。単純に、彼女と共に行動するには、そうするしかない。
それに、今の俺にはそれが最適解だろう。
「あ、でも、あの機械頭のせいで、魔備装甲が破壊されちゃったから、とりあえずは歩くしか移動手段がないんだけど大丈夫?」
「はい、歩くの好きですから」
魔備装甲ってなんだろう。
移動手段に用いるものだろうか。
そんな疑問を抱きながら、リュックを握りしめ、足を踏み出す。
最初の街とはおさらばだ。
そう。最初の街とはこれでおさらばなのだ。
結局、俺はこの街で目覚めた理由は謎のままだった。
記憶に関する情報は、殆ど得ていない。
だが、記憶を失ってから学ぶことはたくさんあった。
この世界は、どうやら結構難しい。
簡単に生きてはいけないし、どこか理不尽だ。
さよならを告げる人はほぼ全員死んでしまった。
生き残ったのはサルくらいか?
どこに行ったのかは知らんが。
とにかく、簡単に命は失うし、勝てない奴には勝てないということも分かった。
知識がなければ、何がなんなのか分からないのだ。
俺は無知な赤子同然だ。
右も左も分からない、そんな奴だ。
まるで異世界に来たような気分だ。
記憶喪失とは、まさしくそういうものなのだろう。
とりあえずは、記憶を辿る。
そのために、彼女と行動を共にする。
ここからは、俺の記憶の旅だ。
始めていこう。
俺たちは、街の外へ一歩踏み出した。




