6本目×深呼吸
「緊張してきました…緊張してきました…緊張してきました…」
本田さんが呪文のように緊張を伝えてくる。
怖すぎて本田さんを直視できないが、福井さんが来るまでに何とかしなければ…。
「本田さん!深呼吸しよう!呼吸が全てだから!」
「緊張してきました…緊張してきました…緊張してきました…」
「はい!吸ってー」
「すぅー」
「はい!吐いてー」
「はぁー」
「いいですねー!もう1回、吸ってー」
「すぅー」
「吐いてー」
「はぁー」
「はい、もっともっと吐いてー」
「はぁー」
何度か深呼吸を繰り返すと、本田さんの顔に少しずつ血色が戻ってきた。
まぶたの痙攣や瞳の揺れも収まり、いつもの美しい目でこちらを見ている。
「大丈夫?」
「き、緊張が収まってきました!」
「な?深呼吸って凄いだろ?」
「す、凄い…、全身に力がみなぎってくる…」
「それが深呼吸の効果だ!」
適当に深呼吸をさせただけだが、意外と効果があったようでよかった。
本田さんが単純な作りをしているだけだと思うが、俺も何かあったら試しに深呼吸をしてみよう。
「真中さん、お世話になってます!」
入り口にあるドアが開き、福井さんが迎えに来てくれた。
軽く挨拶をしながら、隣にいる本田さんの様子を確認する。
本田さんは少し戸惑いながらもニコニコしている。
が、よく見ると目が全く笑っていない。
鞄を持つ手もプルプルと震えている。
どうやらまだ緊張しているようだが、さっきと比べると何の問題もない。
よかった。何とかなった。
「今日は新卒を連れてきました!」
「そんな時期なんですね。うちは新卒採用をしていないので」
「後ほど名刺交換をお願いできますか?」
「大丈夫ですよ。あ、名刺…、取ってきますね。先にご案内します」
2つの長机が向き合う形で並べられた、少し狭めの会議室に案内される。
「あちらに座ってお待ちください。名刺を取ってきますね。伊原も間もなく参りますので」
奥の長机に鞄を置き、椅子に腰を下ろす。
「本田さん、名刺を用意しといて」
「分かりました!」
「大丈夫?緊張してる?」
「してまずが、なんとか大丈夫です!」
「もう1回、深呼吸しとこうか」
隣に座る本田さんが深呼吸を繰り返していると、”コンコンコン”とドアがノックされた。
返事をして立ち上がる俺につられて、本田さんも勢い良く立ち上がる。
「お待たせしました」
「真中さん、お世話になっております」
福井さんと伊原さんが、挨拶をしながら入ってくる。
「お世話になっております!今日は新卒を連れてきてまして、先に名刺交換をお願いできますでしょうか?」
「名刺、持ってきましたよ」
「ありがとうございます。では、本田さん、ご挨拶して」
名刺ケースを持った本田さんが、長机を避け、福井さんと伊原さんの前に移動する。
「新しくオメールに入社しました、本田舞香と申します!よろしくお願いいたします!」
美人でモデルのような容姿に加え、新卒らしい爽やかな笑顔と挨拶は、見惚れてしまうほどに輝いていた。
福井さんも伊原さんも、一瞬にして心をつかまれた様子だ。
完璧な挨拶だと感心していたが、名刺を差し出す本田さんの手がプルプルと震えていて、名刺が複数枚に分身しているように見える。
やっぱりまだ緊張しているようだ…。
「福井と申します。おやおや、緊張していますか?」
「い、いえ!大丈夫です!」
分身した名刺を見て、福井さんが優しく笑っている。
続けて満面の笑みの伊原さんとも名刺を交換する。
「すっごく綺麗ね!女優さんみたい!」
「そ、そんなことないです。えへへ」
伊原さんに褒められた本田さんは、少し恥ずかしそうにニヤニヤしている。
「今のご時世、容姿のことを言うとセクハラになっちゃうから言えないけど、こんな綺麗な子が入ってきて良かったですね!真中さん!」
「そ、そんなことないです。えへへ」
福井さんに急に話を振られ、驚きと戸惑いから変な反応をしてしまう。
「では、レポート報告を始めさせてい頂きます!」
恥ずかしさを隠すために、強引にレポート報告を開始する。
「本田さん、議事録お願いね!」
「はい!任せてください!」
本田さんは褒められたことで、完全に緊張がなくなったようだ。
顔が生き生きとしている。
もし、また本田さんが緊張しても、深呼吸をさせて、褒めまくれば解決しそうだ。
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