27本目×新しい朝
目を覚ますと、真っ白な天井の下にいた。
初めて見る、知らない天井だ。
ここは、どこだろう?
何だか右手が温かい…。
「真中さん!大丈夫ですか!?」
真っ白な天井に、突然、本田さんが現れた。
とても慌てている。
「あれ?本田さん?」
「よかった…。心配したんですよ…」
本田さんが急に泣き始めた。
「どうした?大丈夫か?」
「もう!それはこっちのセリフです!」
今度は泣きながら笑っている。
忙しいやつだ。
「そうか…、ダイブして頭から落ちたんだった…」
「そうですよ!救急車で運ばれて、大変だったんですよ!」
「何となく思い出してきた…。今、何時?」
「21時過ぎですね。全然…目を覚まさないんで…、心配したんですよ…」
本田さんが右手を握ってくれていることに気づく。
心配をかけたんだな…。
「ちょっと先生を呼んできますね!あと、バンドの方も来られているので呼んできます!」
本田さんが涙を拭き、笑顔で病室を出ていく。
右手が寂しい…。
あれ?そういえば、俺、ダイブしながら本田さんに、こ、告らなかったか?
ん~、どうだったかな…。
ライブの時はハイになっていたいし、その後は意識を失っていたので、何が現実か分からない。
告ったような…、告ってないような…。
告っていたとしても、聞こえていない可能性もある…。
よし!なかったことにしよう!
「おい!真中!大丈夫か!?」
病室のドアが乱暴に開き、松井と佐藤兄弟が駆け込んでくる。
「おう。何か、すまんな…」
ライブの途中で意識を失うなんて、かなり迷惑をかけたに違いない…。
俺らの後に演奏予定だった2組にも迷惑をかけたはずだ…。
「ビビらせやがって!まー、大丈夫よ!気にすんな!」
「またライブやりましょう(ユニゾン)」
「めちゃくちゃ盛り上がったからな!あっ、次はダイブ禁止な!」
3人とも怒っていなくてよかった…。
しかも、もう次のライブをやる気だ。
たしかに、今日のライブは、ここ10年で最もテンションが上がった。
客席が揺れる瞬間の興奮をもっと感じたい。
でも、ダイブはやめておこう…。
ダイブを禁止するライブハウスが増えている理由が分かった…。
「調子はどうですか?」
本田さんと中田さんが医師と看護師を連れて病室に入ってきた。
簡単な診察や質問を受け、特に異常はなさそうだが、念のため一晩入院することになった。
「お大事にな!次のライブ決まったら連絡する!」
「真中さん、お疲れ様です!」
ブラタイメンバーと本田さんたちが帰っていく。
そういえば、入院するのは人生で初めてだ。
夜の病室に一人でいるのは少し怖い…。
トイレに行きたくなったらどうしよう…。
“コンコンコン”
誰かが病室のドアをノックする。
えっ…、これは返事をしたら、幽霊的なものが入ってくるやつだろ…。
無視だ!無視しよう!
“ガラガラガラ”
ひえー!勝手に入ってきたー!!
た、助けてー!!
「真中さーん?もう寝たんですかー?」
布団にくるまり、ブルブル震えていると、聞き覚えのある可愛い声が聞こえた。
恐る恐る布団から顔を出すと、のぞき込んでいた本田さんと目が合った。
「うわっ!びっくりした!急に顔出さないでくださいよ!」
「いやいや、驚いたのはこっちだから!どうした?」
「え、えーと、わ、忘れ物しちゃったなーと思って」
「何を忘れた?」
本田さんは、忘れ物を取りに戻ってきたようだが、話し方は棒読みだし、何だか様子がおかしい。
「あ、えー、忘れ物と言っても、物ではなくてー」
よく分からないことを言いながら、ベッドの横に置いてあった椅子に座る。
そして、横になっている俺の顔を、じっと見つめてくる。
あれ?俺、今どんな髪型だろう…。
ダイブした時に髪の毛を引っ張られた気がする。
前髪が上にめくれて、後退した生え際が丸出しになっていたらどうしよう…。
「ま、真中さん…」
本田さんがいつになく真剣な表情をしている。
これはやっぱり後退した生え際が露呈しているのでは…。
「ら、ライブの時に言われた、へ、返事を、し、していない…ので…」
よかった!髪の毛のことではなかった!
だが…、これはもしかして、告ったことだろうか…。
「らら、ライブの、こ、こと?」
ドキドキして本田さんの顔を見れない。
「ま、真中さんが…、わ、私に、つつ、付き合って、って…」
ライブで本田さんに告ったのは、夢でも幻でもなく、現実だったようだ。
もう、伝えているのだから、今さら逃げることはできない…。
腹をくくって、もう一度、伝えよう。
ベッドで横になっていた状態から上半身を起こし、本田さんの目を真っ直ぐに見つめる。
「うん。言ったね。俺、本田さんのことが好きなんだ。だから、俺と付き合ってほしい」
一瞬、驚いたような表情をした後、本田んさんはニヤニヤし始めた。
そして、耳を真っ赤にして、手をモジモジしている。
「わ、私の方が先ですから…」
「何が…?」
「好きになったのが!私も真中さんのことが好きです!」
ニヤニヤしていた本田さんだったが、急に真顔になり、今度は大粒の涙を流し始めた。
本当にコロコロと表情が変わる。
そんな本田さんに、いつも振り回されている。
でも、それが心地良くて、愛おしい。
「そ、それって…、つ、付き合ってくれるって、こと?」
「えー、どうしようかなー、う~ん…、いいですよ!付き合ってあげても!」
本田さんは、涙を流しながら、いたずらっぽく笑っている。
色々な表情を見せる本田さんだが、やっぱり笑顔が一番可愛くて好きだ。
「上からだな!」
「私は告られた側なので!」
「おーい!朝ですよー!」
「う~ん…」
もう朝か…。まだ眠い…。
誰かに起こされているが、誰だろう?
あれ?今日は仕事か?
いや、休みだった…はず…だ…。
「真中さーん!もう10時ですよー!」
「う~ん…」
薄っすらと目を開くと、本田さんがのぞき込んでいた。
「うわぁ!何で!?」
どうして家に本田さんがいるんだ?
あれ?ここは家じゃないな…。
あっ、そうか!入院していたんだ!
で、昨日の夜は、確か本田さんと、つ、付き合うことになった…ような…。
あれは現実だろうか?
記憶が曖昧だ…。
「もー!彼女に向かって”うわぁ!”なんて失礼ですよ!」
「あぁ…、ごめん…」
今、か、彼女って言ったよな?
ということは…、あれは現実だったんだ!
ほ、本田さんが、俺のことを、すす、好きだって!
俺は本田さんと付き合っているんだ!わーい!
「昨日、一緒に買い物行く約束したじゃないですか!早く退院しましょう!」
「おう。もう帰っていいのかな?」
「体調は大丈夫ですか?」
「特に問題ない!」
「なら大丈夫ですね!看護師さん、呼んできます!」
本田さんが小走りで病室を出ていく。
病室のドアを閉める時に、笑顔で俺に手を振ってくる。
め、めちゃくちゃ可愛い。
「退院の準備するか!」
伸びをして、ベッドから起き上がる。
そして、いつもの癖で枕についた抜け毛の数を確認する。
「1本、2本、3本……、もう…、数えなくていいか…」
30歳を超えたあたりから、抜け毛が増え、前髪が後退し始めた。
毎朝毎朝、起きるたびに、抜け毛の数に落胆する。
そして、後退した前髪がコンプレックスとなり、いつも人の目を気にして、自分に自信を持てないでいた。
でも、こんな俺のことを、好きだと言ってくれる人が現れた。
しかもそれは、俺が世界で一番好きな人だ。
多分、明日も明後日も、髪は抜け続ける。
それでも、本田さんは俺のことを好きでいてくれる。
それに、さらに髪が減ってコンプレックスが大きくなったとしても、俺はもう本田さんのことを諦められない。
これから先も、俺の本田さんへの想いが減ることはない。
「もう、退院していいみたいですよ!」
病室のドアが勢いよく開き、笑顔の本田さんが小走りで入ってきた。
「早く退院して、で、デートしましょう!荷物まとめますね!」
「本田さん、ありがとう!」
コンプレックスと向き合い、乗り越えた真中の物語は、ここで完結です。
お読みいただき、ありがとうございました!




