24本目×リズム隊
「真中さん!土曜に中田と映画に行きます!」
隣の席に座る本田さんが、仕事に飽きて話しかけてきた。
本田さんは、話しかける前に、チラッとこちらを確認する癖がある。
そして、何の脈略もなく、急に自分の話を始める。
最初は戸惑ったが、今はもう慣れた。
「何、観るの?」
「サンドーランドーです!」
「おっ!いいな!絶対、面白いよな!」
俺も観たかった映画なので、ついテンションが上がる。
だが、俺には一緒に映画に行く人がいない…。
友達は数人いるのだが、同性で歳の近い友達ばかりだ。
35歳前後のおじさんが、35歳前後のおじさんを映画に誘う…。
おかしくはないが、何となく気が引ける…。
それなら1人で行けばいいのだが、俺は1人で店に入るのが苦手だ。
そもそも人から誘われないと家から出ない。
もう、八方塞がりだ…。
上がったテンションが、急速に下がっていく。
「真中さんも観に行くんですか?」
「行かない…。一緒に行く人がいないから…」
「え…、えーと、土曜日、一緒に行きますか?中田も大丈夫だと思います!」
「いや、いいよ…。2人に悪いし…」
本田さんに同情され、さらにテンションが下がる。
早退しようかな…。
「だ、大丈夫ですよ!い、行きましょう!」
こんな面倒くさい俺を、根気強く誘ってくれる。
何て良い子なんだろう!
やっぱり本田さんを好きになって良かった!
あっ!でも、土曜日か…。
土曜日はスタジオでバンドの顔合わせだったな…。
「ごめん!よく考えたら土曜は予定あったわ!」
「えっ!早く言ってくださいよ!中田にライーン送っちゃいましたよ!」
「すまん!乗り気じゃない予定だから忘れてた!」
「もぉー!何の予定なんですか?」
「え、えーと…」
もう一度、バンドを始めたのは、本田さんにカッコいいと思われたいからだ。
“バンドやる→カッコいい→好き→付き合う”という流れになれば最高だ。
そうなるためには、本田さんにバンドのことを話さないといけない。
でも、言うのをためらってしまう…。
もう、10年以上も人前で歌っていないので、今さら歌えるのか不安がある。
スタジオで練習して、ライブも1回やって、歌えることを確認してから話したい。
「昔の友達と会う約束してて…」
「それならしょうがないですね!じゃー月曜に映画の内容を報告しますね!」
「ネタバレするな!」
土曜日のお昼過ぎ。
音楽スタジオが入る雑居ビルの前で、松井と待ち合わせをしている。
雑居ビルは梅田の太融寺近くにあるのだが、この辺りは道が入り組んでいて場所が分かりづらい。
「おーい!真中!こっち!」
20メートルほど先にあるビルの前で、松井が大きく手を振っている。
どうやらあのビルのようだ。
「よう!ちょっと迷った」
「分かりにくいよな。でも、知り合いがやってるスタジオだから安く借りれるのよ!」
松井の後ろを見ると、2人のおじさんが立っている。
2人とも細身で、眼鏡をかけ、無表情でこちらを見ている
スタジオの関係者、もしくはビルの管理人だろうか。
それにしても2人ともよく似ている。
「真中に紹介するわ!こちらドラムの佐藤さんとベースの佐藤さん!」
「えっ?あ、は、初めまして、真中です」
まさか、バンドのメンバーだったとは…。
俺も人のことは言えないが、2人ともバンドをやるようには見えない。
「初めまして。ドラムの佐藤です」
「初めまして。ベースの佐藤です」
2人は無表情なままで、声も小さく聞き取りにくい。
しかも、2人とも”佐藤”と名乗ったような…。
「真中、佐藤さんは双子だぜ!リズム隊の相性は完璧よ!ちなみに全員同い年な!」
「あ、ああ…。そうなんだ…。2人ともよく似てますね」
「そんなに似てないです(ユニゾン)」
松井はどうやってこの2人を見つけたのだろう。
無表情で感情が分からないし、声が小さくて聞き取りにくいし、もうすでに上手くやっていける気がしないのだが…。
「とりあえずスタジオに入ろうぜ!ここの3階だ!楽しもーぜ!」
松井だけはやたらテンションが高い。
もう、全てを松井に任せよう…。
エレベーターで3階まで上がる。
スタジオに入ると、ドラムセット、ギターやベースのアンプ、キーボードが置かれていて、壁の一面は鏡張りになっている。
懐かしい!
音楽スタジオに入るのは十数年ぶりだ。
「よし!今日からザ・ブラックタイガー、略して”ブラタイ”の復活だ!まずは、昔やっていたオリジナル曲を、2曲演奏できるようになるぞ!」
“ドン ドン ドドンドンドン ドン ドン ドドンドンドン”
“ベンベンベンベベン ベンベンベンベベン ベンベンベンベベン”
突然、ドラム佐藤さんと、ベース佐藤さんが演奏を始めた。
演奏している2人は、表情が生き生きし、大きな声で”ウォー”や”フォー”と叫んでいる。
2人とも演奏すると、性格が変わるタイプのようだ。
しかもこの2人、う、上手い…。
「真中には言ってなかったけど、来週の土曜にライブやるから!佐藤兄弟は、もう完璧だな!」
「おい!急すぎるだろ!来週って…」
「大丈夫!知り合いのバンドの前座で、2曲やるだけだから!オープニングアクトってやつだな!」
松井に全てを任せようと思った俺がバカだった。
こいつのペースでやらせると、こうなることは分かっていたはずだ。
来週、ライブに出るだと…。
まだ歌えるかも分からないし、全く心の準備ができていない。
「よし!真中も練習しようぜ!まずは、”Eearly rising”をやるぞ!覚えてるか?俺が初めて作曲して、お前が詞を書いた曲だ!」
“ジャーン”
テンションの高い松井が、ギターのコードをかき鳴らし、俺に”歌え!”と目で合図してくる。
しょうがない!歌うか!
久しぶりにスタジオに入り、生の楽器の音を聴き、俺もテンションが上がっているようだ!
[Wake up before the sunrise
朝日より早く起きる
Wait for the sun to rise
朝日が昇るのを待つ
Today is my victory too
I'm looking down at the sunrise
この時のために準備してきた
誘惑に負けずに準備してきたんだ
早起き 今日も早起き
そのために早く寝た
早起き 今日も早起き
さあ始まりの時だ
明日もEearly rising]
この曲は、ブラタイ初のオリジナル曲で、何十回、何百回とライブで歌ってきた。
10年以上経っても、身体が覚えている!
「真中、ブラボー!全然、歌えるな!」
「思ってたより歌えるわ!しかし、覚えてるもんだな!」
「もういけるんじゃない?全員で合わせてみよう!」
”Eearly rising”は、激しく疾走感のある曲で、ライブの1曲目に演奏することが多かった。
ドラムの音に集中してリズムを合わせ、ノイジーなギターの音に負けないようにシャウトする。
「よし!完璧だな!もう、今からライブでもいけるだろ!」
スタジオに入ってから約3時間、ずっと4人で音を合わせていた。
そして、”Eearly rising”と”Summer sea”という2曲の演奏を仕上げた。
「真中さん、いい声してますね」
「ドラム佐藤さん…、ベース佐藤さん?」
佐藤さんに声をかけられたが、どっちの佐藤さんか見分けがつかない。
「ドラムの佐藤先攻です。兄です」
先攻さんが右手の中指で、眼鏡をクイッと押し上げる。
見分けがついていないことに、怒っているのだろうか。
感情がよく分からない。
「ベースの佐藤後攻です。弟です」
後攻さんが左手の中指で、眼鏡をクイッと押し上げながら、話に参加してきた。
ドラムの先攻さんが右手、ベースの後攻さんが左手で、眼鏡をクイッとすると覚えておこう。
「真中さんと僕ら兄弟、良い音楽ができそうですね(ユニゾン)」
佐藤兄弟が握手を求めてくる。
どうやら認めてもらえたようだ。
感情はよく分からないが、演奏の腕は確かだし、悪い人たちではなさそうなのでよかった。
何とかやっていけそうだ。
「よーし!真中!佐藤兄弟!来週のブラタイ復活ライブ、全力で行くぞー!!」
「お、おー!」
「………(ユニゾン)」
テンションの高い松井に合わせるのは大変だ。
この歳になると、恥ずかしさが勝る。
佐藤兄弟なんて返事すらしない。
でも、せっかくバンドを結成してライブをやるんだから楽しもう!
「あれ?真中さんじゃないですか!お疲れ様です!」
「お疲れっす!」
バンドの練習を終え、スタジオが入るビルを出た瞬間、たまたま通りかかった本田さんと中田さんに遭遇した。
「え、あっ…、お、おつ、お疲れ」
「偶然ですねー!映画終わってカフェに行こうとしたんですけど、道に迷ってグルグル歩き回ってたんですよ!」
「あ、そ、それは、た、大変だ、ね…」
まさか、こんなところで会うとは思いもしなかったので、動揺して上手く言葉が出てこない…。
どうしよう…、まだバンドの話をするタイミングではない…。
「もしかして…、新卒の子?」
「は、はい!は、初めまして!本田と申します!真中さんにはいつも、おせ、お世話になっちょります!」
「アハハ!真中から話は聞いて…」
「あーあー、カフェの場所どこ?一緒に探そうか?」
本田さんは初対面の松井に緊張して挨拶を噛むし、松井は絶対に余計なことを言うだろうし、早くこの場をなんとかしなければ…。
「2人は来週の土曜日、何してるの?よかったら俺らのライブに来ない?」
「えっ!?ライブって何ですか!?」
「俺らバンドやってるのよ!今日もここのスタジオで練習してて」
終わった…。
俺も本田さんをライブに呼ぼうと思っていた。
ライブでカッコいいところを見せて、”真中さん素敵!付き合って!”という展開を期待していた。
でも…、今じゃない!
10年以上のブランクがあるので、まず1回ライブをやってみて、歌えることを確認し、自信をつけてから呼びたかった。
描いていた計画が、全て台無しだ…。
あぁ…、そうだった…。
俺の人生なんて、何一つ思い通りにはいかないんだ。
「えっー!?真中さん、バンドやってるんですか!?」
「あれ?真中、言ってなかったの?」
「何で言ってくれないんですか?」
「あの…、その…、それは…、ゴニョゴニョ」
この場をどうすればいいのか分からず、マンガのように”ゴニョゴニョ”と言ってしまう…。
「真中さんは何のパートですか?」
「ぼ、ボーカルを少々…」
「真中さん、歌上手いんですか!?凄いですね!憧れます!」
「え、えへへ」
予定外の展開だが、本田さんに褒められた!
嬉しい!これを期待していたんだ!
「来週の土曜日いける?」
「私は大丈夫!舞香は?」
「私も大丈夫!」
「おっ、2人とも来れそうだね!これチケット!18時からね!」
「ありがとうございます!」
松井が2人にライブのチケットを手渡す。
計画とは全然違うが、もう腹をくくって、カッコいいところを見せてやる!
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