16本目×アンチエイジング
大阪行きの電車の中。
昨日は、午前2時頃まで浦野と飲んで、その後は予約していたホテルに泊まった。
11時にチェックアウトして、地元から大阪に帰るところだ。
窓際の席で景色を見ながら、昨日のことを考えている。
“俺は…、本田さんが好き…”
何か…、は、恥ずかしい…。
いやいや、乙女じゃないんだから!
落ち着いて、冷静に考えよう!
“俺は…、本田さんが好き…”
きゃー!恥ずかしいー!どうしよー!!
いやいやいや、俺は電車で何をやっているんだ…。
“一人で恥ずかしがっているおじさんがいる”と通報されたら困る。
冷静に考えよう…。
好きだと気づいたからといって、明日からどうすればいいんだ?
教育係と新卒という仕事上の関係に、”好き”という感情を持ち込んでいいのだろうか?
本田さんに迷惑をかけるだけではないか?
冷静になって考えれば考えるほど、好きになったのは間違いだったと思う。
俺はこの気持ちをどうすればいいのだろう…。
“ドンッ”
本田さんのことを考えながら、窓の外をぼんやりと眺めていると、電車がトンネルに入り、急に窓が真っ暗になった。
そのせいで窓に自分の姿が映り、不意に見たくない現実を突きつけられた。
前髪が…、後退している…。
こんな俺を好きになってくれる人なんている訳がない…。
誰かを好きになっても、惨めな思いをするだけだ…。
でも…、本当にそうだろうか…?
何もせずに、”無理だ”と決めつけて、諦める方が惨めじゃないか?
もう、自分の気持ちに気づいてしまった…。
諦めたくない…。
今の自分に自信が持てないのなら、努力して自分を変えればいい!
よし!帰りに新しい育毛剤を買いに行こう!
今、使っている育毛剤には可能性を感じない!
自分を変えるには、まず育毛剤からだ!
大阪駅前百貨店のメンズ化粧品売り場。
日曜日の百貨店は人が多い。
人を避けながら、ヘアケアのコーナーを探す。
目的は、もちろん新しい育毛剤だ!
これまでも多くの育毛剤を試したが、残念ながら髪が育つ気配は皆無だった…。
でもそれは、”本当に効果があるのか?”と、育毛剤のことを信じ切れていなかったからかもしれない。
もう、疑わない!信じよう!
今の俺は、新しい育毛剤に期待し、”変わるんだ!”とワクワクしている。
人を好きになると、こんなにもポジティブになれるのかと、自分自身でも驚いている。
本田さんを好きになってよかった!
俺は絶対に変わってや…る…、えっ!?
俺の目の前を、本田さんが通り過ぎる。
本田さんは、男性と腕を組み、楽しそうに笑っている。
目に見えるもの全てがスローになり、次第に世界が色を失っていく。
”早くここから逃げろ!”と、俺の中で本能が叫んでいる。
本田さんを見つけてから、ここまで僅か0.3秒。
本田さんから視線を外そうとしたその時、本田さんの視線がこちらに向き、お互いの視線が衝突した。
“しまった!見つかった!”と焦る俺とは対照的に、本田さんは驚いたように目を見開いた後、満面の笑みでこちらに近づいてくる。
俺は、本田さんの笑顔が好きだ。
顔が整っているせいか、普段は大人っぽくクールに見えるが、笑うと途端に人懐っこくなる。
本田さんの笑顔を見ると嬉しくなり、笑顔を見るたびに惹かれていく。
でも、今だけは違う…。
男性と腕を組みながら向けられる笑顔は、俺には何の可能性もないことを物語っている。
本田さんの笑顔が辛い…、辛すぎる…。
「真中さん!お疲れ様です!」
「お、おぉ…」
「休みの日にこんなとこで会うなんて奇遇ですね!お買い物ですか?」
「ま、まぁ…、そんなとこ…」
「舞香、こちらの方は?」
俺の前でも本田さんと男性は腕を組んだままだ。
男性は、178cmの俺が見上げるほどなので、190cm近くありそうだ。
堀が深く端正な顔立ち、高身長に鍛えられた体、ポロシャツとデニムというシンプルな服装なのにとてもおしゃれに見える。
年齢は、俺と同い年くらいの、35歳前後だろうか。
昨日、浦野に”年齢差を気にしすぎ”と言われたが、本当にその通りだった。
でも、年齢差とか、それ以前の問題だった…。
本田さんと男性を見て、悔しいがお似合いだと思う。
俺とこの男性、どちらを選ぶと聞かれたら、俺でもこの男性を選ぶだろう。
「私の教育係の真中さん!」
「あー!あの!舞香がいつもお世話になっております」
「あ、いえ…、こ、こちらこそ…」
本田さんはこの男性に俺のことを話していたようだ。
でも、何を話していたとしても、もうそんなことはどうでもいい。
1秒でも早くこの場から離れたい…。
「真中さん、こちら私のパパ…じゃなくて父です!」
「あー、お父さん…、えっ!?お、お父さん!?」
「舞香の父です。舞香からお話はよく伺っております」
「えっ、あっ、そ、そうでしたか…」
「真中さん、何か今日、変じゃないですか?」
「そ、そんなことないよ!てか、ちょっとこっちきて!」
本田さんの腕を掴み、通路の隅に連れていく。
「ど、どうしたんですか?」
「いや、お父さんって嘘でしょ?彼氏じゃないの?」
「えっ!?違いますよ!パパです!」
「じゃー、パパ活…的なこと?」
「パパ活…、って違いますよ!本当に変ですよ!どうしたんですか?」
「いやいや、若すぎない?俺と同い年くらいでしょう?あっ…、ごめん!お母さんの再婚相手とかそういうのか…」
「違いますって!!血の繋がった本当の父親です!!それにパパ48歳ですよ?」
「えー!?48歳!?35歳くらいに見えるけど…」
「あー、パパ、アンチエイジングに命懸けてるので…。若く見えるって言うと喜びますよ!」
本田さんは笑いながら、本田パパのところに戻っていく。
「パパ!真中さんがパパのこと若く見えるって!」
「おお!本当ですか!真中さん、何歳くらいに見えますか?」
本田パパが、鼻息を荒くして、顔を近づけてくる。
背が高く、顔が濃いので圧が凄い…。
「え、えーと、35歳前後かと…」
「35歳!?いやー、そうですか!!参りましたなー!!ワハハハ!ワハハハハ!!」
めちゃくちゃ喜んでいる…。
笑い声がアメリカのヒーロー並みに大きい…。
「もしかして…、彼氏と勘違いして、動揺してたんですか?」
本田さんが耳元でそっと尋ねてくる。
「そ、そんな訳ねーし!」
彼氏じゃなかったのか…。
マズい…。ニヤニヤしてしまう…。
“彼氏じゃなくてよかったー”と大声で叫びたい!
が、待てよ…。
まだ、本田さんに彼氏がいないと決まった訳ではない…。
「私…、か、彼氏いないです…」
本田さんがまた耳元でささやいてくる。
「そそ、そーなんだ!ふ、ふーん…」
彼氏、いないのか…。
もう、ニヤニヤが止まらない。
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