1本目×朝のルーティン
「1本、2本、3本……17本、18本…」
朝、ベッドで目を覚ますと、すぐに枕についた抜け毛の数を確認する。
数年前から始まった、とても悲しい習慣だ。
最初は数本程度だったのに、今では20本近く抜けている。
なぜ、こんなことになったんだ…。
身体の一部だった抜け毛を拾い、優しくごみ箱に捨てて両手を合わせる。
「生まれ変わっても、また俺の頭皮に生まれてきてください。できるだけ早く!」
抜け毛の供養を済ませ、キッチンに移動する。
冷蔵庫のドアを開け、ストックしてある”ゆでたまご”を取り出す。
朝食にゆでたまごを食べるのも、数年前から始まった悲しい習慣だ。
あれは確か、枕についた抜け毛の数が10本を超えた頃だった…。
俺はネットやSNSで抜け毛を減らす方法を血眼で探していた。
そして、たまごはビタミンCと食物繊維以外の栄養成分を全て含む”完全栄養食”だと知った。
“これだ!”と俺の直感が叫んだ。
完全栄養食なら頭皮にまで栄養が行き渡って、髪の毛はどんどん健康になり、抜け毛の数も減っていくだろうと期待した。
期待に胸を躍らせた。
しかし、どうだろう?
抜け毛の数は増えていく一方だ!
このまま抜け毛の数が増え続けると、そのうち”ゆでたまごのような見た目”になってしまう。
正直、もう食べるのをやめたい…。
でも、完全栄養食のたまごを食べているので、今の抜け毛の数で済んでいる可能性もある。
食べるのをやめると、一気に抜け毛の数が倍増するなんてことも…。
そう考えると、怖くて食べるのをやめられない。
朝食を済ませたら、洗面台の前で身支度を整える。
毎朝、ここで残酷な現実を突きつけられることになる。
鏡に映る自分の姿を見なければならないのだ…。
もう、“おでこが広いだけだよ!”なんて言い訳が通用しないほどに前髪が後退している。
歯を磨き、顔を洗い、後退した前髪を七三に整え、トボトボと洗面所をあとにする。
スーツに着替える。
まだ時間に余裕があるので、電子たばこを吸いながらニュースを観る。
「ゴールデンウィークも終わり、今日から出社という方も多いと思いますが、毎年この時期は五月病が問題になります。特に新入社員の方は新しい環境でストレスも多いので注意が必要です」
そういえば、今日からうちの部署に新卒が配属される予定だ。
今年の新卒は干支一周分の12歳も年下になる。
自分も年を取ったのだと気づかされる。
前髪が後退しても当然と言えば当然なのかもしれない…。
いや、まだちょっと早いだろ!
40代になるまで待ってほしかった…。
「おはようございます!」
部署ごとにおこなわれる毎朝のミーティング。
連休明けはいつもより面倒くさい。
「今日からうちの部署に2名の新入社員が配属されます」
うちの会社は、メール配信システムの開発・運営と、Webマーケティングのコンサルティング事業の2つを軸とした、大阪・梅田にあるIT系のベンチャー企業だ。
俺はWebマーケティング部でコンサルタントとして働いている。
今年は2名の新卒がうちの部署に配属されるようだ。
「Webマーケティング部に配属になりました本田舞香です。神戸出身で、今も神戸から通っています。大学では英米語を専攻していました。何かとご迷惑をおかけするかと思いますが、ご指導のほどよろしくお願いします」
パンツスーツがよく似合う高身長でモデルのようなスタイル、毛先だけゆるくパーマのかかったセミロングの黒い髪、大人っぽい整った顔立ちに意志の強そうな目、そして透き通るような白い肌の女性が、耳を真っ赤にして上ずった声で自己紹介をしている。
膝もガクガク震えているようだ。
「では、本田さんの教育係は真中さんにお願いします」
この会社に入社して約4年。
Webマーケティングのコンサルタントとして、クライアントに対しては全力で仕事をしてきたつもりだ。
でも、社内の業務はとても面倒くさい…。
やっても給料は上がらないので、できるだけ関わりたくない。
これまでは、気配を消し、時には人に押し付け、上手く回避してきたのに…。
俺は新卒の教育係に任命された…。
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