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ノエル・ファンタジー  作者: 霜惣吹翠
【三章】エンテレケイア(前編)
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95.【植物園2】植物園

ロマンあふれる景色に思わず見惚れてしまいそうになる。そのせいで動物を探すのに集中できないけど、怯えることなくいられる。

そんなんじゃ獣に襲われると微かに昔の記憶が脅かしてくる。とはいえまったく物音がなく、視線も感じない。

怖がらないでいられるのは近くに獲物がいないせいなのかもしれないと思うと少し嫌だ。

「それに腹減ってきた……」

結構歩いたはずなのにあんまり進んだ気がしない。巨大樹もあまり変わらない。

歩いても歩いても草と木ばかり。ああ、ロマンあふれるとか言ったけど、こんなのただ綺麗なだけじゃねえか。

「食ってやろうかな」

山菜もいい、ただ無毒だったなら。

薬草に化けた毒草かもしれないし、手が付けられない。

綺麗なものほど触れにくいのか、はたまた毒だからか。俺には見分けがつかなくなってきた。

「……帰るか?」

夜空はずいぶんと前から俺を覗いている。

いやダメだ。ここまできて何も持たずに帰るなんて。

もう少しだ。もう少し森を歩けば獲物が見つかるかもしれない。


そうして森を歩いて何十分。まったく動物は見つからなかった。

あるのは植物、植物、植物、植物。鳴きもしない。

こんなに草があるのなら動物が絶対いるだろ。現に羊の群れはこの森に入っていったじゃないか。

「どうなってんだよ!」

もういい。帰ろう。

馬鹿馬鹿しい。ここまで探してもいないのならもういい。

というか疲れすぎてキツイ。

取れないクレーンゲーム、いや何も入っていないクレーンゲームをずっとやっているようなものだ。

回れ右をし、俺は巨大樹に背を向けた。この森に入った時の決意よりも、今帰ると決めた覚悟のほうが強固になっているらしい。迷わず俺は歩き出せた。

なにが七色の森だよ。ただ光ってるだけだろ。こんなチープな景色に没入する奴なんて、クリスマスにイルミネーション見てるアバズレくらいだ。

「あっ!?」

俺は派手に転んだ。木の根がつま先に引っかかったんだ。

上を見上げれば綺麗かもしれないが、地面には厄介な根っこばかり。これだから森は。

「ったく」

最初この森に入った時に頭の中にあったのは、獲物を見せつけられて悔しそうな顔をしたソフィになんと言ってやるかということだけだった。

今はその逆、なんと言い訳するかだ。それとこの森を燃やしたいという恨み。

「っああ?」

まただ。また根っこが引っかかった。

ものすごく歩きにくい。つま先をつつく根っこが多すぎる。

動物もいないし草ばっか生い茂って、出ようとしたら転ばせる。これだから森は。

「……んん?」

俺は一度振り返った。やっぱり巨大樹は後ろにある。

方角は合っているはず。来た道を真っすぐ戻っている。

なのに何故だ。さっきよりも足を置く場所がない。というか森が深くなっている気がする。奥が暗い。

「いや、気のせいか?」

そもそも俺は真っ暗な森から来たし、景色ばっか見てたから下は見てなかった。たまたま足が引っかかって――――いや、そんなわけないよな。むしろぼーっと歩いてたから引っかかるだろ。

「……いやいや」

じゃあ真っすぐ歩いてなかったってことか。

どっかでいつのまにか曲がっていて、別の道を俺は歩いている。だから木や草が多い。

きっとそうだろう。でもなければ――――木が一瞬で生えたってことになってしまう。それも何十本も。

「きっとそうだろ。はは……?」

なんか鼻あたりに虫が止まっていた。黄緑のが鼻の先でぼやけている。

手で払い、何度も払うが、一向に離れない。

それどころか頬も痒くなってきた。虫がうざい。これだから森は。

「痒!」

顔だけじゃなく体中も痒くなってきた。なんだよ、急に虫が湧きやがって。やっぱり変な道に入ったみたいだ。

「すぐにここから離れ――――は?」

なんか右腕がだんだんと緑色に染まっていっている。それにものすごく痒い。

左腕も、足もだ。肌が緑色になってチクチクする。

ヤバい虫に噛まれたか。とにかく森を出ないと危険だ。

俺は体中を蝕む痒みから逃げたい一心で荒い森の中を一気に走り出した。


痒い。痒い。なんか肺が焼ける感覚も。

早くでないと。早く出てミアに治療してもらわないと――――闇雲に真っすぐ、とにかく真っすぐ俺は走る。

何度も躓きそうになりながらもとにかく走った。

だが身体は耐えられなかった。足元はふらつき、力が抜け、呼吸もわからなくなっていく。

「っぐ……」

大きく転んだ。また木の根だろう。定まらない足のせいで立ち上がれない。

血が冷たい。力も入らず、意識も霞んでいっている。

「ヤバい。とにかくこの森から出ないと――――え?」

腕に植物が生えている。曲がりくねった蔦のようなものが。

なんだこれは、きっと幻覚だろ。

急がないと。近くの木に寄りかかりながら弱い足を立たせ、一歩一歩足を出していく――――が、また転んだ。

「また木の根かよ」

足の裏から滑って仕方がない。

転んで草と土の臭いが鼻に纏わりつくばかり、またなんとか力を込めていく――――立たない。

「なんで」

俺は弱った足に活を入れようと、こんな場合じゃないと、叩こうとした。

その時に気づいた――――下半身がすでに蔦まみれになっていたことを。転んでいたのは木の根ではなく、歪な形になったつま先自身だったと。

「……っ!」

思い返せばやはり、森はクソだった。やっぱりかよ。

なんだよこれ、新種の病か? クソ、足が重すぎる。

だんだん身体が固まって関節が曲がらないし。

「これだから森は!!!」

どうにもできない気持ちを体に残った力全てで叫んだ。

抗おうとしても抗えない。植物になっていくことに。死へ。

「ああ、そういうことか」

今更理解した。なんでこの森に動物がいなかったのか。こうやって植物になってしまったんだな。

今になってわかっても意味はないが。

「クソ……」

視界を隠すうねりに目が見えなくなってきた。

もう痒さも冷たさも感じない。身体は完全に固まった。

呼吸も途切れてきて、肌がすうすうしてきた。

「そうか。俺はこのまま」

霞んでいく視界の中、微かな光が見えた。でもこれは何かの幻想だろう。

俺は目を閉ざした。


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