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ノエル・ファンタジー  作者: 霜惣吹翠
【三章】エンテレケイア(前編)
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92.毎日同じ絵画を買う村人

ゆったりと回る白い羽、遠く透き通る青、そして一面に映える金色。

向こうには、緑色になってしまった森がある。

ここはレイロンド大陸の南、山岳地帯にある小さな村。心地よく吹く風と暖かい日差しにまた眠くなってきた。

「ぐぅ……」

「ちょっとは手伝ってくれよ」

シユウは丸いだけの薪に斧を振り下ろしながら私に言った。

別に私は悪いことをしているわけじゃない。だから景色を楽しもう。

「あと何十本も薪割りしないといけないんだぞ」

「あと43本です。全部シユウの分ですよ」

「か、数えてたのかよ」

私たち二人は100本の薪を割らないといけない。

こんなことをする羽目になったのは、東の山で雪崩が起きたせいで一週間ほどこの村に留まらなくてはならなくなり、宿屋に止まるお金も無くなったからである。

今割っている薪を宿屋の店主に届ければ、泊めてくれるという話である。

「別にテント張って寝てもいいんだ……」

「シユウ一人だけテントですか。それもいいと思いますよ」

「なんか嫌味に聞こえるな……」

私は20本だけでよかったところを、50本割ってる。なのにまだ手伝えって、ちょっと情けないようにも感じる。

ゆっくりしてんなよって視線も感じるし、こういうときは離れよう。今日も天気がよくて散歩日和だしね。


麦藁畑では農作業する村人が、そのむこうの丘では牧草をむしゃむしゃと食べる羊たち、山脈には鳥たちが優雅に飛んでいる。

涼しい木陰の芝。ここに座り私はいつものように、この最強の景色を眺めている。

「ふぅ……」

あっちで放牧している人が小さい白い点で、あまり動いていないように見える。

自然の中だと時間がゆっくり流れているみたいだし、人間ってちっぽけなんだなと思ってしまう。

「だんだん眠くなってくるし――――?」

麦藁畑の道を歩く村人、またあの絵画を抱えている。きっと今日も向こうにある家まで運んでいくのだろう。

村に来てから五日。毎日同じ時間ここで私は景色を眺めている。だいたい毎日変わらない平和な風景なんだけど、一つだけ明らかに変だと思ってしまう。それが絵画を運ぶ村人だ。

始めてみたときは絵画の好きな人なんだろうと気にならなかった。でもだんだんと違和感があって――――髪の長い女が微笑んで座っている絵――――やっぱりそうだ。昨日と同じだ。

「……気持ち悪い」

自然の変化はとてもゆっくりだから風景がそこまで変わらないことはわかる。伴って村人のする仕事だって大きくは変わらないはず――――だからって人の趣向まで毎日同じなんてありえるのか。

変わらない長閑な風景に落ち着くものはあって、時間が止まっているなと感じる。だけどあの人が毎日同じ絵画を買っている、そこまで同じだと異物感があって、本当に時間が止まっているのかと気持ち悪い気分になる。

「……そ、そんなわけないよね」

これがもう何日も同じことを感じている。最後にはそんなわけがないと気分を立て直して、あの人が家に入ってくまで見届ける。

家のドアを開けた瞬間の嬉しそうな、新しいものを買ったときの期待に満ちた顔をまた確認している。

「……」

冒険者ラピッドの日記にはこの村のことは載ってなかった。

だから知らない土地にときめいてたけど、今はそれが恐ろしさに変わっている。

あの村人はどうして毎日同じ絵画を買っているのだろうか。それもあんな楽しんで。

もう五日。この恐ろしさを抱えたままでいることが苦しくなってきた。それだけではなく、少しの好奇心が芽生えている。

もう抑えるのも限界だ――――私はあの家へ近づくことにした。


家は一階建ての年季ある感じで、石煉瓦の壁と薄赤の屋根にそれぞれ蔦がくっ付いている。庭には長くなった雑草と芝ばっかり。広さはそこそこ。

ちょっと近づき難い雰囲気と草の臭いが強いけど、この散らかり様のおかげで入ってもバレと思えば我慢できそうだ。

「でもやっぱ広すぎ」

視界と足場が悪い中、虫が肌を噛みついてきたり、どうしても臭かったり、一度入ったら戻りにくいところもあって、頑張って私は家の窓まで着いた。

窓も大概汚くて、蜘蛛の巣まみれだし変な白いのもついている。あまり中は見えない。

「し、仕方ない……!」

私はハンカチを犠牲にした。すごい汚れた、見たくないくらいに。

でも悔いはない。この犠牲と釣り合うほど、この事件は歪だから。

それでもどこかガッカリしてしまいながら私は窓から家の中を覗いた。

「え?」

何も変わりない。散らかった部屋に目立つのは、机に置かれている――――たった一つの絵画だけ。そう長髪の女が微笑む絵画。

その他は散らかった部屋という感じで、強いて他にあるのなら、たくさんの白紙や絵具や筆、額縁が床などにばら撒かれているくらい。画家なのかな。

「そんなことよりも何で一つだけしかない?」

私が疑問に思っていると村人が視界に入ってきた。そうだ、ここから見えないだけでどこかに昨日までの絵画をしまっているのかもしれない。

だとすれば他の角度から見たくなるが――――なんかもういいや。

冷静なればただの物好きだという事でしかない。わかりきっている。

これ以上人の家の中を覗くのも気分が悪いし、もうやめよう。

私はそうして振り返ると、その視界は再び雑草の臭緑に支配され、気圧された。考えるまでもなく反射的に、また窓のほうへ向いてしまった。

「はぁ……」

私は何をやっているんだろう。ここまで踏ん張って歩いてきたのに、冷静になればそんな価値はなかった。ハンカチをただ汚しただけ。虚しい。

戻るのも億劫になってしまっているし。

「ダメだ、ダメだ。早く森の外へ出よう」

私は新たなる決意を込め、大いなる森のほうへ振り向こうとした。その瞬間――――私は部屋で全裸なっている村人の姿を見てしまった。

「意味が分からない。なんで裸?」

村人は全裸のまま変なポーズを取っている。しかもなんか歌ってる?

急に怖くなってきた。蒸した森の中、冷たい汗が際立つ。私の震えに雑草が触ってくる。

「ゴクリ……」

見てはいけない。見てはいけない。心に訴えかける声がある。

でもなんでだろう。目が離せなくなっている。

全裸で気味の悪いポーズを取りながら、いや踊って歌う村人に。

何かの風習? 儀式? 

恐怖と好奇心が入り混じり、私の足を震わせ止まらせている。

聞いたことのない言語、メロディ、踊り。

これは見てはいけないものだ。わかっている。わかっていても村人に引きつけられて離れられない。

バレたらどうなる? そんな恐怖もある。けど、ダメだ。考えたくない。

「止まった」

村人の踊りは止んだ。そして笑顔だ。引き裂けそうなほどの笑顔をしている。不気味だ。

その目はどこか虚ろで人間らしくない、だからといって他の動物でもない。

村人はじっと止まっている。全裸のまま、やや前屈みになって――――絵画をじっと見つめている。

絵画の中で微笑む女性に笑って返しているのか。それとも卑下なのか、他の何なのか。とにかく村人は絵画を不気味に笑って見つめている。

―――――それから長く感じた時間が経った。村人はまったく動かず、瞬きすらもしていないで、絵画を眺めていた。

「そろそろ帰ろう」

もういい。ようやく震えも止まってきた。

あれはただの変人。それだけ。何かの儀式でもないし、何も起こってない。

それ以上は考えないようにして早くここを去らないと。

私は息を潜め、その場を後にしようとした――――ビリビリ。そんな音が後ろに鳴っていった。

「……ああ、そうか」

私は振り返り、納得した。むしろ落ち着いた――――村人は絵画を笑って暴れながら破っていた。ビリビリビリビリと何度も細かく細かく。

そうか。時間はちゃんと動いていたんだ。

私は胸を撫でおろした。矛盾が解けて、ホッとした。

だからもう振り返らない。

私は歩き出した――――。


「はぁ…はぁ…」


気が付くと私は宿屋の自分の部屋にいた。外は夕暮れだ。全身汗だく。

どうやら今のは全て夢らしい。気持ちの悪い……夢だった。

「はぁ……」

風が欲しくて窓を開けた。涼しい。

やっぱり景色がいいな。

「あれ?」

「クソ…はぁ…」

シユウがまだ薪割りしている。もう夕暮れなのに時間かかりすぎ。

ほとんど薪も増えてないし、サボってたのかな。

しょうがない。手伝おう――――そうじゃないと時間は止まったままのようだ。


怪談風のお話。ギャグにも見えるか。

なんだかんだ考えて、こんな風になったよ。


ただこれは現実によく起こっている話を表現したものだったりして、結果的にそれがホラーじみてしまうのは不思議だね。


同じ絵画を買っては破いて、買っては破く。

絵画は、いや作品は、いつから消耗品になってしまったのか。まるで酒やタバコのように。


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