91.黄色い森に動く灯
食べ応えのある鹿の焼肉、深みのある山菜のスープ。
やっぱりロマーンの作る料理は絶品だ。力がみなぎるし、冷えた体にも効く。
焚火と星空、森の中。この自然あふれる空間も相まって美味しい。
あとはしょんぼりとしているミアを眺めながら肉を食べるというところも。
「そんなにこっち見て……もしかして肉分けてくれるんですか!」
「いや、肉が美味しいなと思っただけだ」
「グルルル……」
散々食ったくせにまだ足りないのか。
試しに骨でも投げてみるか――――ほれ!
「!」
ミアはまるで子犬のように飛びつこうとしたけど、冷静になってやめた。
そんなに飢えてるのかよ。なんか可哀そうだから一口くらいあげようかな。
「ミア、ほら」
「シ、シユウ!」
希望と期待に満ちたキラキラした瞳でミアは俺を見つめてきた。
その期待に応えるように俺はミアの口へ一切れの肉を運んでいく――――が、それはソフィの手に曲げられてミアの口を避けた。
「こういうのに甘くしない方がいいわ。全部食われるわよ」
「そうだよシユウ。ここだけの話だけど、ミアちゃんのせいで海賊船の食料のほとんど無くなってたんだよ」
「は? それ本当か?」
「……ぷい」
そっぽ向いた。どうやら本当のようだ。
ソフィの言う通り、というか怖いからあげるのやめとこ。
「ミアちゃん、よかったら僕の食べなよ」
「いいんですか! ロマーン……様!」
「様って大袈裟な。いいですよ」
「やったー!」
喜び躊躇なくガブガブと喰らっていくミアだが、ロマーンは自分の分の肉のほとんどを渡していた。ちょっとは遠慮しろよ。
遠慮しないなら俺にも少し分けてくれよ。
「あれ、シユウも足りなかった?」
「そういうわけじゃないんだけどな……ずるいと思って」
「ずるい?」
「てかそもそも、なんであんなに分けるんだよ。優しすぎるぞ」
「……ちょっと食欲無くてね」
確かに少しやつれて見える。
料理人のロマーンにとって、戦いはかなり疲れたんだろう。
「こういうときに酒でもあればな」
「酒ならあったんだけどな?」
「あんなのは酒じゃないだろ」
「これだからガキは。おい坊主、酒は出せないのか?」
「……出せないです」
この髭野郎、いくらなんでもロマーンに甘えすぎだろ。いい大人のくせに。
疲れてるから能力使いたくないってわからないのか。
「おい坊主、そんなこといわずに――――」
「ごめなさい、席外します……」
ロマーンは口を手で覆いながら林の中に行ってしまった。
「髭……さすがにモラルが無いってやつだぞ」
「誰が髭だ」
それにしてもロマーン、かなり顔色が悪かったな。
病気とかならミアに癒してもらえるのに、なんかあっち行っちゃったし。
どこか気を遣いすぎだろ。
「ガブガブガブ!」
さっきから肉片飛ばしてくるミアに気を遣う必要ないだろ。
――――食事を終え、一行はそれぞれテントに寝静まっていた。
しかしシユウは眠れず、テントの外へ出ていった。
「てか髭の鼾うるさすぎて寝れない」
テントは三つ。じゃんけんのすえに俺は髭と相部屋になり、こうして全然眠れない。
なんで鼾煩いやつのせいで俺が困らないといけないんだ。
「はぁ……」
黒くなった跡の暗さの中、丸太に腰をかけた。
真夜中だし、さすがに火が無いと寒すぎる。でも逆に静かだから眠れる気もする。寝たら永遠に起きられなくなるだろうけど。
「……魔剣か」
丸太に立てかけたままの魔剣が目に入って手に取った。うっかり忘れていた。
また盗まれたら大変だろ。馬鹿かよ。もう無くさないようにと自分に念を押した。
この剣が無いと俺はまともに戦えない。身をもって知ったばかりだろ。
「……クソ」
運だった。俺はあの狂人に運で生き残った。
もしもロビーにあの魔術師がいなかったら俺は間違いなく殺されていた。
結局俺は、何の能力もない人間は――――魔剣が無いと何もできない。
「……何もできない」
自分の弱さが悔しい。
握りしめた魔剣の先は震えていた。改めて刃にある模様が変だと、もはや歪だと気づかされる。
「!」
林のほうから風の動く音が微かに聞こえる。
バレないように忍び足をして覗き込むと、ソフィが剣の素振りをしていた。
いつ見ても軽やかに剣を振っている。なんというか言葉にできない綺麗さがあって目が離せない。
俺もソフィみたいに――――。
「それで隠れているつもりなの?」
ソフィは突然手を止め、邪魔をするなと厳しい視線を飛ばしてくる。
ものすごく戻りたいと俺の足は勝手に動こうとするが、そうはいかない。またソフィに守られるだけの日々なんて、もう嫌だ。
だったら一つしかない。
「剣を教えてくれ」
その怖すぎる眼を見てはっきりと伝えた。
本当はソフィに頼るのも最悪だけど、また守れるだけなんてそっちのほうが最悪だ。
「……」
ソフィは厳しい顔つきのまま、顔色一つ変えない。
「……この前私が教えるって言ったとき、断らなかった?」
「き、気が変わったんだよ」
「そう。残念だけど無理だわ」
ソフィはキッパリとそう言い、素振りを再開した。
このババア、威張りやがって。前は教えてくれるって言ってただろ。
「ほら、邪魔だからあっち行きなさい」
「行かない」
「わかった。じゃあ私が移動するわ」
ソフィはさらに林の奥へ歩いて行った。
もちろん俺は堂々とついていく。
「……邪魔」
「見てるだけだ」
「視線が邪魔だって言っているの」
「見るのは勝手だろ」
「……はぁ」
あからさまに嫌悪の溜息をするソフィ。呆れた顔で俺を見ている。
ただそんなのは関係ない。ここまできたら引くつもりはないからな。
「だったらそこで見てればいいわ」
ついにソフィは俺の目を気にせず、素振りを始めた。
ここから剣を教えてもらおうと俺は口を開けようとしたが、その瞬間にソフィは容赦なく殺気を放ってきた。
仕方ない。今日は諦めてソフィの鍛錬を見るか。
――――それから一時間。どんな鍛錬をするのかと僅かに躍っていた俺の心は、完全に眠たいの願望に変わっていた。
地味すぎる。素振り、ストレッチを繰り返すだけ。
あと何故か寝落ちしそうになってもいきなり目が覚めるし、一歩でも動こうとすると身体が動かなくなるし、拷問かこれは。
俺が勝手に見てるだけなはずだよな。
「ん?」
あっちの木々の奥で黄色い光が一つ、動いている。なんだあれ?
しかもだんだんこっちに向かってきてるような。
「逃げるわよ。急ぎなさい」
「え?」
剣を鞘にしまい、ソフィはテントのほうへ行ってしまった。
なんだよ。そんなに焦って。ソフィだったら山賊くらい――――あ。
「見つけました! 誘拐犯一行です!」
奥から出てきたのは聖兵だった。手を振って後方にいる隊長に叫んでいる。
嘘だろ。まだいたのかよ。
「あ、見つかっちゃったの?」
「うわっロイバかよ!」
「ほら、逃げるよ」
ロイバは手を招く。俺はペットか!ってツッコミいれたら余計に聖兵たちが騒ぐだろ、この野郎。
テントから出てきたミアとロマーンを連れて、俺たちは森の中を走っていく。
「むにゃ……」
ミアに至っては寝たままソフィに担がれていた。
あと遅れて髭がなんか文句言いながらついてきた。アイツを囮にすればいいんじゃ。
――――俺が見た明かりは一つだけだったのに、いつの間にか森は明かりまみれになっていた。かなりの数が俺たちを探しているようだ。
というか365度全部に明かりがある。黄色すぎる。
逃げ場なんてあるのかよ。
「的確に囲まれているみたいだね」
これだけ明るいとロイバの気配消しも使えないだろうし、この数を相手にするのはキツそうだ。
どこか逃げ道があればいいのだが――――やっぱりない。
「髭、太陽剣は?」
「悪いな。今、充電中だ。あと俺は一応上司だぞ」
「一応って自分で言ってますけど」
ロマーンの鋭い一言に髭はハッとした。
そんな漫才をやっている場合じゃないだろ。
「仕方ないわ。私が奴らを引きつけるからその間に――――」
「待ってください。僕に考えがあります。うまく行くかはわかりませんけど……」
「なんだよ、作戦って?」
「あっちを見てください」
ロマーンが指さしたのは同じ森の中、少し遠い崖の上にある石の門だ。とても暗くて目を凝らしてやっと見えた。
「あそこはストラーダとレイロンドの国境です。あそこを越えればさすがに聖兵も追って来れないでしょう」
「あっちまで行けばレイログ帝国の兵士がいるだろうから、敵対国の兵はさすがに入れないって寸法か。坊主、賢いな」
「はい。だから僕とブレイブさんが囮になって逆方向へ逃げます。シユウたちは国境のほうへ走ってください」
「へ?」
驚く髭は無視。
ロマーンの作戦なら確かに聖兵たちから逃げ切れそうだ。
でも一つ不安なところがある。囮役のロマーンたちは大丈夫なのか。
「……シユウ、心配はないです」
「あ、ああ」
「どれくらい引きつけられるの?」
「5分くらいです」
「わかった。それで行くわ」
ソフィはロマーンに松明用の棒を渡した。
ロマーンは深呼吸した後、棒を受け取った。
「行きますよ。ブレイブさん」
「はいはい。わかってるさ」
こんな形とはいえ、ロマーンともお別れか。
かなりこっちの事情に巻き込んでしまったし、申し訳ない。
「ロマーン、ごめ――――いや、ありがとう。また和食とか食べさせてくれよ」
「シユウ……こちらこそ、君に出会えてよかったよ」
俺のせいでこうなったっていうのに。
ロマーンはどこまでも優しいな。
「じゃあ、お元気で」
ロマーンは松明に火をつけ、ブレイブとともに黄色の森へ走っていった。ちゃんと火の赤さは目立っている。
「いつまでも見てないで、行くわよ」
俺たちはその逆、丘の上にある門と国境を目指して走り出した。
――――ロマーンのおかげで聖兵とはまったく遭遇しない。石の門もすぐそこだ。
「人はいないようね」
林から出て門のほうへ歩いていく。
丘の上から見える森には黄色い光ばかりで、もう火の光は見えない。でもきっとロマーンなら大丈夫だろう。
「シユウー、早く来なよー」
「ああ、今行――――」
「待て!」
背中に叫び声がぶつかった。
振り返ると、そこには――――全身ほとんど包帯に巻かれたエースが立っていた。
そうか。聖騎士は探知があった。
「その傷で頑張ったみたいだけど遅かったな。もうミアはあっちにいるぞ」
「だからどうした……ミアを返してもら――――っ!」
剣を抜き、こっちに走ろうとしたがエースは膝をついてしまった。
どう考えたって戦える身体じゃないだろ。そこまでしてミアを。
「エース。悪いがミアは渡せない」
一言そう告げ、俺は門を越えて行った。
「クソ……クソ!」と硬い地面に拳をぶつけるエースの姿を見ることはしなかった。その気持ちは知っているから。
ストラーダ港編、完。
複雑な物語の構成をやってみようとしたら思いのほかきつかった。もうやらない。
最後には次の章を早くやりたいという欲求のほうが強かったくらいだからね。
ということで次の章なんだけど、だいぶ文学的にするよ。
今まで軽い文を意識したけど、なんかこの物語ってそんな軽くできないかもしれないと感じた。
てか文学的な書き方をしてみたい。(ラブコメで散々軽いのやってるし)
また内容もヘビーになります。かなり。
ただそっちのほうが得意だから楽しみ。




