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ノエル・ファンタジー  作者: 霜惣吹翠
【第二章】救う意味
93/130

90.終焉を喰らう娘

ほんのりと暖かい。

そんな夢を見ていた気もする。

暗い瞼の裏、静けさの中でほのかにパチパチと立つ音と肌に伝わる優しい熱が心地よく、まだ自分が眠っているのかと錯覚させた。

ものすごくこのまま目を閉じていたい――――もう少しだけ騙されていたい。

「……ん?」

おでこに何か生温かい液があたって耳元のほうへだんだんとなぞっていく。そんな感じがする――――これはなんだ?

「ぐぅ……」

ちょうどおでこの上のほうから変な音?がある。

そういえば枕もなんか変な感じするし、顔の向きを変えようとすると鼻がなんか柔らかいものにあたる。

「もしかして……」

恐る恐る俺は目を開けると、すぐに閉じらされた。

反射的に閉じた瞼にはまたヌメッとした液体が、というか涎がぶつかった。

再び目を開け、やはり。夜空の前で涎を垂らしウトウトとしているミアの顔がそこにある。

「ぐぐぅ……」

「寝すぎだろ」

落ちてくる涎を仕方なく手で受け止める。すでにその手もベトベトだったけど。

それで嫌なことが浮かんでもう片方の手で顔を触った――――ああ。顔も涎まみれだ。

「ようやく起きたのね」

「え――――!?」

ソフィが焚火の向こう、丸太に座って膝に頬杖をしながらこっちを眺めていた。

その退屈そうな顔が温かく照らされて、とっさに俺はミアの涎枕から飛び上がる。

少し眠気があったが、ソフィのせいで一気に消え失せ、それどころか温まっていたのも冷えてきた。

「まだそんな風に動かない方がいいわ。ミアが治療したって言っても、完全に癒えてはないはずだから」

「あ、ああ……?」

「なにその顔は。寝ぼけてるならもうちょっと寝た方がいいわ――――そこに寝心地のいい膝枕があるわけだし」

「全然寝心地良くないぞ!」

ソフィはちょっと面白がっているようだ。俺のベッドベドの顔面に。

ずっと眺めてたのかよ。趣味が悪い。

「ほら、これ使いなさい」

ソフィが丸く白いまだら模様の何かをこっちに投げつけてきた。

キャッチし、それがちょっと大きなハンカチだとわかった。

斑模様はただの汚れだったのか。

だがそんなのはあまり気にならない。思い切り顔面を擦りまくる。

「ふぅ。スッキリした」

涎が無くなって視界がはっきりとした。

荒い茶色の木肌と濃いお茶よりも緑の細い葉らの針葉樹、わずかにドロッとして滑る芝、深い青の中に彩る点々の星空。

たまに吹く小さな風が冷たいけど、とても清々しい空間だ。空気がおいしい。

「……よく頑張ったわね」

ソフィは焚火を見たまま、ギリギリ聞こえるくらいに優しく呟いた。

いつもの気迫が抜けたその姿はどこかに儚さとハッキリとした驚きがある。

それでようやっと実感できた。俺は生きていると。

ミアもまた寝てはいるが元気そうだし、ソフィも気抜けして座っている。ロイバは――――いないのか。

「惜しいやつを無くしたな」

「え? だれのこと?」

「……だれだっけ?」

「――――僕だよ! ロイバだよ! それに生きてるって!」

「あれ?」

「あれじゃないよ!」

大きく叫ぶ男は木の枝の山を抱え、頭からプンプンとしたエフェクトを出していた。

それにしても見覚えのある顔だな。

「だから僕だよ! ほんとに忘れたの!?」

「冗談だって。そんなに怒るなよ」

「怒ってないで早く薪をくべなさい」

「辛辣すぎない!?」

プンプンのエフェクトが赤い怒りマークに変わった。

次は何に変わるのかな?

「まったく。シユウ、それが命の恩人への態度かい?」

「命の恩人?」

「僕がシユウとミアちゃんを崩落寸前の屋敷から助けたんだよ。今シユウたちが生きているのは僕のおかげだよ(えっへん!)」

「……嘘つくなよ。俺は見てないぞ」

「ほんとだよ!」

「ほら、さっさとくべて」

「姉貴には何も言い返せないよ!」

もはやロイバのデカくなった怒りマークがあれば、その熱さで焚火の代わりになりそうだが、ロイバはその赤いのを浮かべたまま枝を焚火へ差し込んでいった。

そうか。俺とミアを助けてくれたのはロイバだったのか。てっきりソフィだと思ってた。

「ぐぅ~!?」

「あ、ミアちゃん起きた」

「自分の腹の音でな」

ミアはハッと目覚めるとその顔は真っ赤に変わった。

かなりデカい空腹音だったな。洞窟の空洞音かと思った。

「そういえば食料は?」

「そ、それは……」

ソフィの眼光から目を逸らすロイバ。顔が青い。

どうやら薪だけでなく、食料も頼まれていたらしい。怒ってるけど人の寝顔なんて見てないで自分が取りに行けばよかったくせに――――俺も目を逸らした。

「食料ならあるぜ? 鹿一頭ってところだけどな」

「シユウ、もう傷は大丈夫なんですか?」

奥のほうから鹿を担ぐ無精髭と山菜の束を手に握るロマーンが現れた。

なんかすでに鹿の一部が焦げてる。

「お腹すきました! 何を作るんですか! 焼肉ですか!」

「そ、そうだね。鹿の焼肉も作るよ」

「ふふん――!」

ミアはロマーンを困らせた後にドヤ顔をし、同時に大きく腹を鳴らした。

ドヤ顔のまま真っ赤になって動かない。

その一方でロマーンがミアを気遣って慌ただしく鹿を捌いていた。

「てかロマーン、鹿なんか狩らなくてもよかっただろ?」

「……きっと新鮮な食材のほうが美味しいから」

均等に切られなかった肉に、どこかぎこちなく答えたロマーンと違和感が重なる。

さすがに鹿一等を丸々捌くなんてことをしないからだろうか。

前見た時よりも手際は悪い。


――――夜も寒くなってきて焚火へさらに薪をくべていく。ロマーンの調理中、ミアを除いた全員は焚火のあたりに座っていた。


どこで手に入れたんだ。ブレイブはその喉仏が絶え間なく走らせ、豪快に酒瓶を飲んでいる。

美味しそうだな。この地域、ストラーダのモノだろうか。

しかも地面にあと三つ置いてある。ほんとにいつに入れたんだ。

「なんだ? お前はまだ未成年だろうが」

「それはあっちの話だろ」

「まだお前には早いんだよ。それよりも姉ちゃん、一緒に飲まねえか!」

「……」

「ちぇ、そんな怖い目しないでもいいのによ」

クソ、飲みたい。

凄く飲みたい。

戦いが終わった後の一杯がほしい。

もうずっと飲んでない。

「だから未成年だろうが!」

「さっきからミセイネンってなんなんだい?」

「……酔っ払いの戯言だろ」

「だれが酔っ払いだって?」

ヤバい。脱ぎだした。

この髭野郎、まともじゃない。酒を飲ませるとダメになるタイプだ――――いや、飲まなくてもダメなんだが。

「……着なさい」

「え? 来い?」

「……服を着なさい」

「なんだ? 俺のムキムキボディに見惚れたのか~?」

「服を着ろって言ってるのよ」

ギラッとした目に調子に乗っていた髭野郎は縮まり服を着だした。

だれもお前の裸に興味なんてない。まったく、これだから酔っ払いは――――ふぅ。

「さ、寒くなってきたな……あれ?」

「なんだこの酒、変な味だな」

「っておい! 何飲んでんだよ!」

何というか――――味が無い。酔っぱらうためだけの酒って感じ。

こんな不味いのどこで手に入れたんだよ。

「いらね」

「おい! 薪にするな!」

燃えがる焚火はまるでキャンプファイヤー。

すごく温かい。もう全部入れてやろう――――すでにロイバとソフィが全部くべてた。

「あああああああああ! せっかく手に入れたのに!」

ちょうど寒くなってきたからいい薪になったな。

こんなのどうせ酒じゃないんだし、なにをそんな悲しむ。髭のそんな安い涙じゃ、この炎はまったく消火できない。

「火加減なんて太陽剣でどうにもなるっていうのに! くそ!」

「うるさいわ」

「……」

あの太陽剣で作られた炎でもソフィの威圧なら、一瞬で消えてなくなりそうだ。

髭野郎はしょんぼりと三角座りした。いい気味だな。

ついでにあの髭も剃ってやろうか?――――俺は魔剣ボルティセを手に取った。

「あれ坊主、その魔剣はなんだ?」

「これは俺の魔剣だ」

「あー盗まれたやつか」

事実だけどこいつに言われると腹が立つな。

やっぱりこのクソ髭を剃ってやりたい。

「いや、待てよ。それ……お前のじゃないだろ」

髭はわりと真面目な顔つきで、俺にだけ聞こえるように小声で言った。

俺のじゃない――――そうか。確かにこれは貰ったものだった。もともとあの変な箱の中に入ってたんだっけ。

そういえばあの箱をムールハット学院に届けるのが俺の仕事だったんだ。これって開封済みでもいいのだろうか。

「お前……開けちまったんだな。あー」

ブレイブは馬鹿にしたような感じでわざとらしく溜息をついた。

もしかしてダメだったのか!? いや、そんなわけないよな……。

「あーこれはヤバいなー」

「ほんとうか?」

「あー本当だーこれはまずい」

どうしよう。

これじゃ、仕事失敗だ。

だけど開けちゃダメなんて言われなかったし、開けなかったら死んでたし。

「……はっはっは! 冗談冗談! 全然大丈夫だ!」

「な、なんだよ」

「そのままでいいからしっかり運んでけよ!」

よかった。どうなるかと思った。

この髭野郎、弄びやがって。寝てる間に全身脱毛してやる。

「――――ちょっとミアさん! つまみ食いしないでください!」

「がぶがぶがぶ!」

いきなり、ロマーンの困惑の声が飛んできた。

ミア、手伝うとか言ってつまみ食いするためだったのか。

どんだけ腹減ってんだよ。お前寝てただけだろうが。

「――――ミアさん! みんなの分のお肉を食べようとしないでください! また作り直さないといけなくなりますから!」

「ガガガガガ!」

ちょっと待て。料理遅いなと思ったらミアが俺たちの分を喰ってたのか。

あの暴食巫女め。急いで止に行かないと!――――あれ?

「ハナセ!」

ソフィがミアを担いでいた。

まだまだ喰らおうと抵抗するミアだが、ソフィはまったく平気だった。

呆れた様子でソフィは料理ができるまで、暴れるミアを捕まえていた。


今回で二章が終わる予定だったけど、もう一話かかるわ。

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