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ノエル・ファンタジー  作者: 霜惣吹翠
【第二章】救う意味
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89.タイムオーバー

カーテンからわずかにはみ出ているオレンジ色の光が暗く感じるのは、その光が逆さまになったこの廊下の床を染めているからだろう。

「って黄昏てる余裕はないだろ」

地面はこんなにも硬かったのか。さすがに左腕や肋骨がダメになっていて全然進まない。

それだけじゃない。体力もキツイ。

「フヒヒヒヒヒヒィイイイイイイイイ!」

後ろのほうから狂人の鳴き声が。もう少しでロビーに着くというのに間に合わないか。

「どこか隠れる場所は……」

この屋敷はひっくり返っていて、俺は今天井を歩いている。だからどこの部屋のドアも上に付けられているから届かない。

背中で眠っているミアを置いて行けば、俺は浮いて届くが――――そんなことはできない。

「ここは戦うしかな――!?」

「その通り!」

すぐ左に現れた呼吸に振り向いた――――そこにはこちらへ迫る蹴りが。

俺は避けることはできず、顔面から蹴り飛ばされた。

「うっ!」

俺は勢いのまま転がった。

ミアが上に乗って重い。

「あれ?」

屋敷の入り口が、デカい扉がくっ付いている。ここはロビーか。

あそこまで行けば逃げ切れる!

「どうした?」

扉を遮るように狂人はプカプカと浮いて現れた。

こちらを見下ろし、気持ち悪い笑みを浮かべている。

「……」

もうゴールはすぐそこなのに。

こうなったら奴と戦うか?無理だ、勝てる気がしない。

そもそも浮いている敵にどうやって攻撃するんだよ。

「……」

「どうした? 来ないのか?」

さっきやったみたいに奴にぶっ飛ばされて外へ――――はもうできないのか。ミアに重さがあるから落下するよな。

「……」

「万事休す。やっと理解したか? 鼻から勝ち目なんてない、そう言っただろう~?」

クソ、なんにもできないのか、俺は。

ここまで来て、あと少しなのに、もう少しで逃げ切れるのに。

また前と同じように敵を前にして何もできないのかよ。

「……」

「ド素人――――魔剣が無ければ何もできない。能力が無ければ何もできない。ド素人。それこそが……お前たちの正体だ」

狂人は俺を見つめながら、どこか哀しげにそう言った。目も逸らしたくなる言葉にどうも言えないでいる俺を見下ろしながら。

「……ああ」

まったく反論できない。特にこの狂人の前では。

俺が奴に叩きのめされるのは別に奴が特別な力を持っていたからじゃない。転生による能力での差じゃない――――奴の技に俺は負けているんだ。

ソフィも使う気配読み、ロイバが得意とした気配消し、あとは身のこなしと戦闘経験だろう。

どれも転生によって与えられる力じゃない。

ああ、残酷なまでにも――――俺は何もできないのか。

「…………一つ聞いてもいいか?」

「なんだ?」

「なんで能力以外の力、技を身に着けたんだ?」

凍った時間に声が響く。

奴は少しして真顔になり、口を開いた。

「僕の能力は非転生者に特化している。相手のほとんどは非転生者だ。その上で技が必要だった。非転生者にも強き存在がいるからだ」

「信じられないな」

「そうだろう。僕も信じられなかった。だがあいつ等は簡単に俺たちを殺せる」

非転生者で狂人に勝てる奴がいるのか。

そんなものが本当にいるとは思えない。

「いや、いるかもしれないな!」

「ん?」

――――響き渡る笑い声。

狂人ではない。狂人はむしろ困惑している。笑っているのはシユウだった。

「そうか、そうだったのか!」

「おかしくなっ――――!?」

有るはずの無い灯が辺りを照らす。

それは狂人の背後。その床に確かに立っている、血まみれで体中に穴が開いた魔術師によるものだった。

「なん――――!?」

「時間切れだ」

狂人の能力は非転生者の時空を操る。ただそれには時間制限があった。

あの隠し部屋でも時間制限はあったが、狂人はそこに鈍感であった。ここに来てこの鈍感さが尾を引っ張り――――狂人は今ちょうどタイムオーバーしたことに気づけなかった。

「な、な!?」

灯はやがて火の玉へ変わり、炎の大球へ膨らむ。

盛り出るフレアも肌を焦がすほどの熱もさらに強くなっていく。

狂人の汗が垂れる――――狂人は頭から床へ落下し始めた。

「はぁ…はぁ…喰らえ!」

巨大な火の玉は正確に狂人のほうへ向かって行く。

狂人は身動きが取れない。空中を落ちているために避けられない。

そしてスパン。数十分も能力を使ったからそのスパンは長い。能力も使えない。

無慈悲な火球はうろたえる狂人へ飛んでいく。

「うわああああああああああああああああああああああああ――――なんてな!」

火球は曲がった。

狂人を目の前にして怖がったのか、自分から通り過ぎた。

一瞬だけ狂人は力を使った。狂人はいざというときのためにわずかな時間だけ能力を使えるように力を残していたのだ。

「やった!」

狂人は歓喜した。

瀕死の魔術師の最後の攻撃、切り札を完全に躱したためだ。

しかしその勝利の歓喜はすぐに崩れた――――絶望するべきはずの魔術師がむしろ笑い、確信めいた目つきをしていたからだ。

「なんだ?」

その視線はさらに狂人の後ろ。わかっていたはずの気配――――暴風を纏う剣を振り下ろそうとしていたシユウだった。

このときになって狂人は理解した。先ほどの火球はシユウへ魔剣を投げるためのカモフラージュであったのを――――またその命の終わりを。

「もらった!」

強烈な渦は暴風を引き起こして纏い、床に落ちていた狂人を浮かばせ巻き込み、その研ぎ澄まされた刃は狂人の身体を容赦なく真っ二つに斬り裂いた。

「っっぐうっはああああああ!」

風は止み、断末魔が館に響く。

咲き乱れた血液は燃えたカーテンから覗く朝日によって照らされていた。

「いっだ!」

――床が痛すぎる。だけど今の一撃でやっただろ。

床に転がった狂人は微動だにしていない。やったようだ。

「!?――――いっで!」

空から落ちてきたミアが腹に。

トドメさす気か。

「はぁ……なんとかなった……」

「安心しているところ悪いが、急いで外に出た方がいい」

「は?」

魔術師は足を引きずったまま館の大きいドアを押している。

外に出た方がいい? 何を言っているんだ、もう狂人は倒しただろ。

「!?」

地面が大きく揺れている。地震か?

だんだんと揺れは大きくなり、そこら中からバリバリと音が鳴り出した。

「なにが――――」

「おい、急げ! 崩れるぞ!」

崩れるだって?

ここに来てなんでだよ。ってそんなこと思っている場合じゃない。外に出ないと――――あれ、身体に力が入らない。

「嘘だろ……」

せっかくミアをここまで連れてきたのに、狂人も倒したのに、最後の最後で満身創痍で動けない。

「っ!?」

シャンデリアが地面に落ち、ガラスが飛んできた。

さらに揺れは強くなり、ついに壁にひびが入り出した。

もう持たない。わかっているのに動けない。

それになんかだんだん瞼も自然と閉じて――――。

「ああ……」

光が差す、眩しい扉の先。手を伸ばしても届かない。

ミアの重さも感じなくなってきた。

この感覚、久々だな。

「あ……」


主人公補正発動!

屈辱的だねぇ。

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