85.狂人乱舞
7階建てのビルくらいの高さにある天井、青色の壁と床。
宙に静止したままの無数の本棚と一つの扉。
ナイフを握ったままの停止したロイバ、それを狂い笑いながら俺を睨むシュロム。
「俺様の能力は――――非転生者の時空を操る能力。言い換えれば、俺様に勝てる非転生者は存在しない。止まっているのは俺たちじゃない、こいつらだ」
確かに、俺とコイツ以外の全ての動きが止まっている。
今までいろんなシュロムを見てきたけど、こんな変な能力は初めてだ。時間とかに干渉するなんて。
あと説明されてもよくわからないのも。
「あれれ? 震えてるじゃないか~。俺様が怖いのかなぁ~?」
気味の悪く笑いながらこっちに歩いてくる。
静かに響くあの足音も気持ち悪い。
「おーい、そんなに怖がるなよ? 俺たちは同じ転生者なんだ――」
「来るな!」
俺は魔法のポーチから小槍を取り出し、その先を狂人に向けた。
しかしまったく狂人はビビっていない。それどころかさらに笑い出している。
「なんだ? 俺様と戦うつもりか? いや、むしろ逆だよな~戦うことが怖いから威嚇してるんだろ~? 斧の先、震えてるよ~?」
「だったらやってやる――!」
間合いに入ったところで、その首目掛けて小槍を突き下ろした――つもりだった。
何故か小槍はまだ、上を向いたままだった。
「一体どうして――――!?」
「おいおい、槍ってそんな風に扱うもんじゃないんだよ?」
少し遅れてやってきた生温かさが右手首に。小槍を持つ手が狂人に掴まれていた。
まったく動きが見えなかった、どうなってんだよ。
「ふああははは~」
ゲスな顔が近づいてくる。臭い息が顔にぶつかってくる。
まずい、逃げられない。
どんなに右手を振っても、振り払えない。なんでだ、別に手首は痛くない、握力があるわけじゃないのに。
「さぁさぁ、どうする? どうする?」
「放せ!」
「ふは! 面白いねぇ~その顔! もっと虐めてやろうか――――あ?」
狂人は突然黙って固まり、手を放した。
狂人の服がじわじわと赤く滲んでいる。辿ってくとそれは右肩から――ナイフが真っすぐ突き刺さっている。
「さっきから刺してくださいって感じだったから、刺してあげたよ」
ロイバが狂人の背後に立っていた、止まってたはずのロイバが狂人の背後からナイフを刺していた!
「そうか、もう切れていたのかぁ。そうか、そうか!」
狂人は背後にいるロイバ目掛けて、左拳を振り回した。
しかしロイバはふわりと上に躱し、俺の隣へ着地した。
「ふぅ……」
宙に浮いている本棚が漂っている。
アイツのさっきの反応、気づいてなかったよな。
「シユウ、あのシュロム何者なの? 気づいたら僕の背後にいたし」
「アイツは非転せ……ロイバの動きを止められるみたいなんだ」
「え? どういうこと?」
説明しにくい。
ロイバに非転生者なんて言ったら俺が転生者だってバレる。。
もしもロイバにバレたら――――牢獄、怒りに満ちた目――――殺される。
「なんで僕だけ? ってことはシユウは動けるってことかい?」
「いや、違う、あれは……」
どうする。どうすればいい。
「どうしたんだい?」
「……なんでもない」
「シユウ?」
顔を覗こうとするロイバから目を逸らした。
「シユウ、アイツはヤバいってわかるよね? なんか知ってるなら教えてくれよ」
「何も……知らない」
「え?」
嫌だ。嫌だ。死に……たくない。
「でもさっきシユウもアイツと一緒に――」
「違う」
「え? でも僕は確かに――」
「違うって言ってんだろ!」
俺の怒鳴るとロイバの表情は固まった。
「あれ? もしかして俺様の能力のこと黙っていてくれるのかぁ? まぁわかったところでどうしようもないんだけどなぁ!」
その通りだ。ロイバにはわからない。
それにそもそも、わかったところで勝てるわけがないんだ。
「ロイバ、俺たちじゃアイツには勝てない。だからミアを連れて逃げる」
「でも能力の謎がわかれば――」
「わからないって言っただろ」
「……わかったよ。じゃあ少しでいいから時間稼いでよ!」
ロイバは気配を消し、どこかへ移動した。
狂人のシュロムは一回だけあっちを向いた。恐らくそこをロイバが移動したと見抜いたのだろう。やっぱりロイバの気配消しも効かないみたいだ。
「なんだ? 作戦か?」
「ああ、そうだ」
「だいたい予想はつく――――俺様から逃げようってことだろ?」
「そうかもしれないな」
「そうか。どちらでも無意味だけどなぁ!」
部屋を漂っていた本棚が静止した。狂人のシュロムの能力が発動したか。
ロイバは……上だ。前かがみで空中に止まっていた。
その背中には眠ったミアを抱えている。
「なんだ?」
おかしい、かなり速くロイバに、天井に近づいている。俺は動いてないのに。
「浮いているのか?」
「その通り」
気味悪くニヤつくを狂人のシュロムも立ったまま宙に浮いている。
俺とコイツだけ、天井に向かって移動している。これもコイツの能力なのか。
「エレベーターの中にいるみたいだろ~? 懐かしいよな~。このまま、屋上にいるお姫様を攫って行くかな~」
最悪だ。狂人のちょうど真上にロイバがいる。
どうにかしないと――――宙に浮いているせいで足がつかない。動けない。
クソ、コイツから逃げるなんてできるわけなかったのか。
「いや、まだだ!」
俺は小槍を奴に投げつけた。
「無駄だなぁ」
「な!?」
小槍はすぐに止まった。
奴にまったく届かず、俺の目の前で静止した。
しかもなんか俺、少し前に回転している。
なんでそうなるんだよ。
「さて、じゃあ頂こうかな~!」
奴のすぐ上にミアがいる。
どうする。どうしたら動ける。
このままじゃ――――いや、そうか!
「ようやっとこのクソみたいな仕事が終わ―――――なぬ!?」
「もらったぞ!」
狂人のシュロムの間抜けな顔を見下しながら、俺はミアを抱えた。
いい気味だな。
「そうか。さっきの小槍を足場にして飛んだのか。して慣性に気づいたか」
その通り。
細い足場だったが、なんとか飛べた。慣性ってのはよくわからないけど。
「痛い!」
天井が痛い。そういえばブレーキが無かったな。
でもミアはなんとかアイツの手に渡らなかった。
「あ?」
ミアが重い。それになんか地面が近づいてきて――浮くのが止まったのか!
って床が遠いのだが。この高さはヤバい。死ぬ高さだ。
「まったく、世話が焼けるよ!」
「ロイ――――ヴァ!?」
ロイバの強力なタックルを喰らい、俺はミアと共に本棚に激突して転がった。
「ちょっと強すぎだろ」
「ファインプレーって褒めるところだよ。それよりも――」
かなり高いところに来た。
狂人のシュロムは一番下、真顔でこちらを見上げている。
ここからどうするか。逃げるにしても退路は奴の後ろにある。あの穴が出口だ。
「ねぇ、アイツ襲って来ないね」
「ああ、そうだな」
「さっき僕達が喧嘩してるときも見てるだけだったし」
「……ああ、そうだな」
そういえばそうだった。ロイバの攻撃が奴に当たったとき、予想外な感じだった。
今だって能力を使って来ない。
やっぱりアイツにはクールタイムがあるのか?
能力を連発できないような感じがする。
「だからってどれくらいのクールタイムなのかわからないな」
「……」
ロイバの顔が珍しく強張っている。じーっと狂人のシュロムを見つめたまま。
「……シユウ、僕に策がある」
「なんだよ」
「僕が囮になるよ」
「は?」
ロイバが囮になる? そんなのできるわけないだろ。
あの狂人の能力は非転生者の動きを止める能力なんだ。
「無理だ」
「いいや、やらせてもらうよ」
「なんでだよ!」
「それはこっちのセリフさ。君はハッキリと無理って言った。その理由だって教えてくれないんだろ? それか他の策があるのかい?」
久々に正論を言われた。しかも怒ってやがる。
ロイバが正論言うとムカつくな。
言い返してやりたいけど、今はそれどころじゃない。
「わかった。俺はミアを担いで、部屋の外に出ればいいんだな?」
「ああ、僕が合図したらそうして――!」
ロイバは軽く飛びながら狂人のシュロムのいる床まで降りていった。
一体、策ってなんだよ。
ロイバはゆっくりとシュロムのほうへ向かって行った。
詳しいところまで気にしたら負けです。
この作品はファンタジーなので、異世界なので。




