83.予想外
時間は遅く進む。この明け方は長く感じる。
買ったばかりの屋敷のロビーは穴まみれとなり、狂人は僕に殺意を向けている。後ろにいるロアマトの子にはなんの目もない。
僕は狂い笑う貧相に階段から見下ろされていた。
「……今まで多くの人間を殺してきたんだけどな、だいたいは何の力もない雑魚だったんだよぉな。でもあんたは一味違いそうだ。魔術師は初めてじゃない、でもあんたはちょっと違う匂いがする。そんな感じだ」
「突然、まともになってどうした? 気味が悪い」
「そうだろぉ? そうだよなぁ。そうだよなぁあああああああああああ――!」
叫び声とともに階段にいた狂人野郎が消えた。
焦るな、空気を探知しろ。
「――そこか!」
「よくわかったな!」
天井、真上。狂人野郎は天井を蹴り、素早くナイフで攻撃してこようとしている。
かなり速い。身体能力もイカれている。
盾の召喚も手の変質化も間に合わない。だが、これならどうだ。
「メーコス!」
「な?」
50cmの転移。瞬間移動。
野郎の攻撃は空ぶった。そこを攻撃しようと思ったが、思いのほか、野郎の動きは早い。
すぐにまた消えた。
「――おもしれぇえええええ、技だなぁああああああ?」
背筋を撫でるような空気の流れ。後ろか!
「銃弾!?」
「引っかかったなぁあああああああああ!」
すでに野郎は脇の下にいるだと。
嘘だ。まったく反応なんてなかった。
馬鹿な、どうなってやがる――風? 窓が開いている……風に乗ったのか!?
「喉掻っ捌いてやるぜええええええええええええ!」
「っ――!」
振り上げられていくナイフ。本当に喉元を縦に裂くつもりだ。
だったらいける――転移魔術、後方3cm。
「メー……コス!」
「あ? マジか」
ナイフの先端はわずかに触れなかった。
さすがに今のは確信があったのだろう。外したことに戸惑い、とっさに狂人野郎は距離を取ろうとした。
本当にギリギリだった、危なかった――が、安心はしない。
「ヒュドール!」
「は?」
水の魔術、ヒュドール。水の玉が狂人野郎へ飛んでいった。
狂人野郎は正面から玉を受け、壁まで飛んで激突した。
野郎は驚いているだろう。なんで魔術を発動してさらにすぐ魔術が使えたんだってな。
魔法は連続で発動できない。ただそれは普通の規模ならだ。
たかが3cmの瞬間移動なら同時で発動できる――この天才の僕なら。
「まぁ、教えはしないが」
「さ、さすがだぜぇえ。やっぱりただの魔術師じゃないようだなぁ。くそったれが」
水滴が床に落ちている。
狂人野郎は顰め面をし、濡れた服を脱ぎ捨てて裸になった。
「汚い服を捨てるな」
「知るかよぉおおおおおおおおおお!」
また消えた。相変わらず速い。
目にも止まらぬ速さだ。
「ただ――もう見切った」
上を向くとちょうど、野郎は膝を曲げ、こちらに狙いを定めていた。
ただ遅い。すでに僕は構えている。
目を見開く狂人野郎、その顔から落ちた水の粒が――青く光る手のひらに落ちた。
「そうか、水滴!」
「ご名答――エクリクシィ!」
青い光は赤に変わり、熱を帯びた。
それらはまとまり、一つの灼熱の玉に変貌した。
爆発の炎玉が天井に吊るされた狂人へ解き放たれた。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお! あちぃいいいいいいいいいいいいいいい!」
爆裂の衝撃波。炎の中で悶える影。
避ける暇もなかっただろう。
「いい断末魔だ」
水の魔術はその威力のためでも、動きを鈍らせるためでもない。体に水滴をつけることで、水滴を探知できるようにした。水の探知、そのための魔術だった。
「我ながら天才的だったな……」
上で叫ぶ狂い声を置いて、僕は少女の元へ歩いた。
また腰を抜かして床に座りこけている。
「待たせた。狂人を倒したぞ」
「な、なんか変です」
「変?」
天井で燃える炎を見上げたまま、少女は小さくつぶやいた。
こちらからしてみれば人が死ぬさまをまじまじと見つめている少女のほうが変だ。
「また腰を抜かしたのか? まだ侵入者がいるかもしれない」
「そ、そうなんでしょうか? 確かにいや、でも……」
「ん? どうした?」
それにしてもずっと燃えている。
脂ののった人間か。狂人ならあり得るか?
「さすがロアマトの子だ――なぁああああああああああああああああああああ?」
「は?」
「リュードさん!」
痛い。脇腹が。
声が真後ろから。
おいおい、そんなことあるのか?
「策士策に溺れる? ってやつだろぉおおおおお? あ、違うか?」
「どう……なってる?」
「魔術の天才? そうだな。そうだ、お前は確かに凄いやつかもな。だがお前は――――俺とは違う人種だ」
まったくわからない。何が間違っていた?
確かに水の探知はかかっていた。
今だって、こいつの体には水滴が落ちている。
だのに、なぜだ。
「お前は違う人種。持っている能力が違いすぎる。とはいっても俺の能力は貧弱だけどな」
ナイフが抜かれた。
ひんやりとした床だ。
「だが能力って言うのは相性なんだよ。そっちの人種じゃ、俺には敵わない。そんな能力だったわけ……へへ、ひゃひゃはあああああああああああああああああああ!」
能力? 人種?
やはり馬鹿の言うことはよくわからない。
「じゃあ、ロアマトの子、頂くとするかなぁ?」
クソ野郎が怯える少女に近づいていく。
少女は結界を張っていない。さっきので完全に魔力が尽きたのか。
「あ、あ……」
「大人しくしろよぉ? 殺しはしないからなぁあああああああああああああああああ!」
なんでこういうときだけ、結界が発動しない。
ロアマトはどこまでいっても、クソだ。
ほんと、誘拐した僕が言うのもなんだが――――世話が焼ける。
「あ?」
少女の周りに青き風が吹き荒れ、近くのものを遠ざけようとする。
クソ野郎は立っているだけで動けなくなっている。
そして風は少女を囲う。
「まさか、この魔術師、何やってやがる? おい?」
「このまま、お前に連れていかれるのは――美しくない」
「はぁあ?」
さぁ、飛んでいけ。
少女はそのまま風の中に薄れていった。
あとは他のやつらに任せてもらえ。
「……マジかよ? どこ行ったんだ? どこ行ったんだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
あー、やっちまった。
本当ならリュードがこの敵倒す予定だったんだけど、倒せなかった。
どう考えても倒せないほうがいいと感じた。
ということであっちサイドに戻ります。




