82.まだ魔法は解けていない
朝日が顔を出す手前。
館の小さい部屋からは幾度も放たれる銃撃音と耳を突くような奇声が飛びぬけていた。
だが硝煙は立たず、弾丸は落ちていない。
それでもその狂人はまさしく狂ったように銃を発砲していた――――緑の円球の中に縮こまる少女に向かって。
「ああああああああああああああ! おもしれえええええええええええええええ! 何発撃ってもビクともしねえなぁああああああああああああ!……あ?」
狂人の足が赤い液体を踏んだ。
そこから出た波紋は血の元、倒れている男へぶつかった。
狂人はそれを改めて確認してさらに奇声を上げ、少女を守る結界へ激しく発砲した。
「なんて楽な仕事なんだなぁああああああ? 一発で誘拐犯倒れやがったぜぇえええええ! こんなの山賊でもできる仕事だなあああああああああああぁ?」
狂人の人差し指は忙しなくトリガーを引いていた。
何か変化を望むわけでもなく、ただ叫びながら弾丸を結界へ放ち続けていた。
「――あ?」
鳴り止まない無限の時間だったが、それは突然途切れた。
狂人の足元、波紋が波立っていた。
心臓を撃たれたはずの男がそこに立ち上がっていた。
「なんで生きてるんだぁあああああああ?」
――いちいち騒がないと気が済まないのか?
アホ面している発狂野郎でもわかるよう、僕は胸元にから穴の開いた魔術書を投げ捨てた。
発狂野郎はそれを見て顔を歪め、気持ち悪く歩いたあとに、その本を拾った。
「なんだぁ? これ? 穴が開いてやがるなぁあああ?」
理解できていないようだ、穴を何度も覗いている。
腹が立つ、こんな奴に僕は殺されかけたのか。
「ああ、腹が立つ……」
「ん? あぁん? な、なんだこれぇ?」
野郎の身体の周りを青い光粒粒が纏い、しだいにその光量も大きくなっていった。
驚いて体中を見回す野郎。少し笑っているところが気味悪い。
ただそれも最後だ。最後の狂笑みだろう、お前は――――今から爆発するからな。
「消え失せろ」
「な、なん――――!!」
纏った青は突如として赤色に変わり、その粒粒が爆裂し、さらに誘爆し、野郎は大きく爆発した。
炎に包まれた中で悶える影がそこに見えている。
「ち、しぶといな。もう一発喰らえ――!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!」
爆発魔術、炎系魔術の一つの進化系。
まともに喰らって生きてられる人間はいない。
「悶え苦しめばいい。ただ、その奇声は聞くに堪えない」
僕は燃える奇声を無視し、縮こまるロアマトの子のほうへ歩いていった。
一刻も早く、館を脱出しなければ。まだ敵がいるかもしれないからな。
「おい、もう大丈夫だ」
「……は、はい」
「立てるか?」
「だ、大丈夫です」
安全だというのに少女の結界は解けない。
これだけ強度なら多くの魔力量を消費しているはずだ。
無駄使いするのも体に悪いのだが――まだ怖がっているのだろう――結界を解けなくなっている。
「だが別に構わないか。少女が気絶しても僕の魔術で運べ――――!?」
「リュードさん! 後ろです!」
「いい湯加減だったぜえええええええええええええええええ!!」
何故だ。確かに爆裂魔術はヒットしたはず。なぜ、野郎が飛び掛かってきているんだ。
ありえない……こいつ、一体なんなんだ。
「喰らいやがりなぁああああああああああ!」
「っ――!」
野郎は僕にナイフを突き下ろそうとした。
僕はとっさに手甲を鉄に変化させ、盾にして弾いた。
本当なら盾を召喚したかったが、間に合わずに変質魔術になってしまった。
「ほえぇ? これが魔術か? 便利なもんだなぁああ?」
「臭い息を近づけるな」
「そうかぁ……じゃあそうするとするかなぁああああああああああああ!」
野郎は大声をあげた。耳を塞がなければならないほどの。
それに一瞬気を取られていた隙に野郎が目の前から姿を消した。
「どこ行った?」
何故か魔術探知が効かないから厄介だ――いや、危険だ。
ここは逃げるしかない。
「ロアマトの子! ついてこい!」
「は、はい……あれ?」
少女の腰が抜けている。最低な状況だ。
恐らく野郎の狙いは少女、僕が少女を置いて逃げれば奪われる。
とはいえこのままこの部屋に留まるのも危険すぎる。
「――!?」
爆発音、後ろからか。
僕は転がって避けた。
なんてことだ、さっき立っていたところの床には穴が開いている。まだ買ったばかりだというのに――いや、今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「次は避けられるかなぁああああああああああああ?」
爆発音が二つ。
真上と――真下?
僕はまた転がって避けた、避けるのは簡単だ。ただ引っかかる。
そうだ、天井と床から何かが飛んできた。そしてそこには野郎の姿は無かった――なんらかの魔法なのか?
「さぁさぁ、ここまではウォーミングアップ。これが本腰だぜぇえええええええええ!」
鼓膜が。とんでもない爆発音が……そこら中にあった。
ってことは囲まれている?
「さぁさぁ、どうするうううううううううううううう? 避けてみろよぉおおおおおおおおおお!」
いい気になりやがって。かなり得意げだ。
ただここは――――僕の屋敷だ。
「すでに魔術は発動している」
範囲は僕と少女を含む、半径1.5mの球の中。対象は僕と少女だけ。それ以外は今までと同じだ。
この区切り作業に時間を取られたが、野郎の攻撃が届くのには遅すぎる。
「なにぃ?」
眩き青い光とともに僕と少女は瞬間移動した。
恐らく野郎は取り残されたはずだ。
「え、何が起こって?」
ロビーか。少しズレたみたいだ。
野郎の気配はない。うまく巻けたようだな。気配と言っても勘だが。
ともかくこのまま屋敷の外へもう一度転移できればいい。
「設定してないから時間がかかるな――――!?」
頬を掠って何かが通っていった。
その方向の先には床――穴が開いている――ってことは!
「リュードさん、攻撃が!」
どうなっている。これはどういうことだ。そこら中の床に穴が開いていく。
もう野郎がこっちに移動したというのか? それとも野郎も転移させてしまったのか?
まったくわけがわからない。
「クソったれ!」
どこから攻撃が来てるのかわからない。
盾を召喚して防ごうと思ったが、盾も貫通するか?
威力がかなり上がってやがる。
「リュードさん! この中に走って!」
「いやしかし、弾かれるだけじゃ――――」
攻撃が腕を掠っていった。
少女の結界、どう考えても僕を中に入れるようにはできてないと思われるが、一か八かか。
このままハチの巣にされるのも気分が悪い。
僕は少女のほうへ走った。
「っく、喧しい攻撃だ!」
耳のすぐ横を通っていった。かなり高い音が過ぎていた。
恐ろしいものだ。僕の頭は少女の結界に対して、意味不明に希望を抱いている。なんのデータもなく、理論もなく。
「リュードさん!」
「ああ、わかってる!」
僕は少女へ向かって頭から飛び込んだ。
結界に弾かれないように祈ってしまいながらだ。
その祈りが届いたおかげだろうか。弾かれたのは野郎の攻撃だけで、僕は中へ入ることができた。
「それにしても周りが緑色だな。緑色の結界、珍しい」
「感心してる場合じゃないですけど、安心できたならよかったです。怪我治しますよ」
「あ、ああ」
時計は――4時46分か。
見えない攻撃の雨、結界の雨宿り。
僕はロアマトの少女の緑の光によって傷を癒された。
そしてしばらくして攻撃は止み、ロアマトの子の結界も消えていた。
「もう少しで治療終りますよ」
「……」
呑気していたが、やはり気になったのは今の攻撃だ。
見たところ野郎の奇声は聞こえない。野郎は近くにはいないようだ。
なのに攻撃はあった、なんの魔法なんだ。
「博識な僕にわからないことがあるわけがない」
「捻くれてる?」
「ん? 誰が捻くれていると? 僕は真実を述べているだけだ」
そう真実を言っているだけ。
真実は僕を裏切ることはない。僕の知識、魔術の理論は基本として絶対だ。
そう考えるとさっきの攻撃が新種の魔法としか思えない。
僕の知らない魔法……か。
「ふふふ……」
「リュードさん?」
「ふふふ……はっはっは! ここに僕の知らない魔法があるというのか! なんてことだ!」
「だ、大丈夫ですか? 頭を一応解毒しておきますか?」
「いいや、しなくていい。これは興味深い、実に興味深い! はっはっは!」
「――――大声出して、どうかしたのかぁ?」
野郎が階段の手すりに屈んで、上からこちらを見下している。
時計は――4時52分。野郎がここに来るまで6分。四階から走ってくるには早すぎるな。
「まったくさぁ、突然消えちまうんだもんなぁああああああ、ここまで走ってくるのに苦労したぜぇえええええええ?」
「ああ、そうか」
そういえば遠隔で屋敷の階段を破壊しておいたんだった。
ちょっと待てよ、余計に6分は早すぎる。
「ん?」
二階、ロビーまでの廊下の窓ガラスが割れているのが見える。
野郎は窓を割って下りてきたのか?
「まぁいいかぁああああ、魔術師さんよ、今度こそは逃がさないぜぇえええええええ!」
窓ガラスを割って下りてきた。
間違いなく野郎は転移系の移動を使っていない。非効率だ。
転移魔術を使うことはできないのなら、さきほどの攻撃が転移系の魔術によるものではないはずだ。
「リュードさん! 考えてる場合じゃないです! 武器が!」
野郎が武器の先端をこちらに構えている。その穴がこちらを向けられている。
だが僕はまだ考える、もう少しだ。もう少しなんだ。
転移魔術以外で遠隔から操作する。そんなことは可能なのか?
僕が転移した瞬間に場所を特定して攻撃方向を変えることができるのか?
それはあまりにも現実的じゃ無さすぎる。
「ということは!」
「馬鹿だなぁあああああああ! そのまま脳みそから吹き飛べやぁあああああああああ!」
爆発音。
それは野郎の構えた武器から、僕に向けられた武器の先端から。
こちらへ攻撃が飛んできている。ただ目には見えない。
だが確実に僕へ向かって、高速に何かしらが飛んできている。
「脳天目掛けて……か?」
僕はさっきまで野郎の言動と、武器の向きからその軌道を予想した。
だがこれは不確実でピンとこなかった。
ただいまは確実に予想できる自信がある。確信がある。
「まっすぐ野郎のほうからか」
一歩横へ歩いた。
すると穴は僕のいた床に空いた。穴の様子から斜め上から野郎の方向だ。
「ああ? 運が良かっただけだろぉ? おらおらぁあああああ!」
爆発音が三つ。
その方向は……前、左右だ。
僕は歩いて躱す。
「な、なんだと?」
狂人野郎がアホ面を浮かべた。
本当に驚くと大人しくなるようだ。
「嘘だろ? 俺の弾丸、見えねえはずだろ? そんな馬鹿なぁことあるのかぁ? この銃、ぶっこわれたかのかよ?」
「その武器――――銃というのか、そうかそうか」
「頷いてんじゃねえぞ! この魔術師がぁ!」
「――そうだ。僕は魔術師だ」
「あ? 何言ってやがる?」
「たがただの魔術師じゃない。天才だ。僕に解けない謎はないんだよ。ゆえに見えない攻撃――弾丸――の謎も解けた。もう効きはしないさ」
「そうかぁ? そうだったら、避けてみやがれよぉおおおおおおおおおおおお!」
いくつかの銃声。
音の方向はそこら中から。ただこれに関係はない。
僕がここで見るべきなのは音じゃない――風だ。
「風の探知魔術、これだ」
僕を中心とした周辺の空気に探知をかける。
そしてその空気の変動を観測する。
すると突然、空気の流れが大きく変化した――これが野郎の放った攻撃の正体だ。
「空気の攻撃、いや空気の弾丸か」
僕は軽く、尖った気流を躱した。
今回は床に穴が開かなかった。それでも躱せたのがわかるのは、野郎の歪んだ顔だった。
「証明完了。」
蓋を開けてみれば単純だった。
大したことなかったな。
こんな下らない玉手箱に興奮していただなんて恥ずかしい限りだ。
「ふふ――――は?」
僕の頬を耳を引き裂くほどの高音とともに弾丸が掠っていった。
頬が熱い。火傷しているのか?
おかしい、まだ風の探知は有効のはずだ。
「アホ面だなぁ? いい顔だ。わかった気になって、なんもわかってなかったんだよなぁあ? アホだな? アホだなぁああああああああああああああああああああ!」
奇声が止まない。
アレを黙らせたつもりなのだが。
ただ僕もおかしくなっている。
なぜなら、むしろ今はあの奇声に少しわくわくしてきているからだ。
まだ魔法は解けていなかったからだ。
小説家あるある~気づいたらめっちゃ文字数あった。
主人公どこ行った?




