81.検知不能
そこそこ広い洋室、その真ん中に大きなふかふかのベッドが一つ。その他には重厚な机と無数の本棚。
誘拐犯の魔術師は机に頬杖をしていた。
「……はぁ」
ロアマトの子は椅子の上に縮こまり、半泣きで頬を赤らめ、こちらをじっと見ている。
そんな目で見られたところで意味はないだろうに。
「眠る気はないのか?」
「だから変なことするでしょ!」
「……はぁ?」
やはり子供は、いや女は面倒だ。話が通じない。
僕は予知夢の研究をしたいだけなのだが。
「もう一度言うぞ。僕は君に変なことはしないし、そもそもできはしない。君には自動で発動する防護魔術が施されている」
「じーっ……」
「話にならない」
こうなれば、止む負えないか。
僕はロアマトの子のほうへ近づいていく。
「ちょっと、こっちこないでください!」
どうしてそんなに怖がる。
これだから女という生き物は。
「こっちこな――なんです、これ?」
「見てわからないか、紙と鉛筆だ。紙に的中した予知夢とその夢を見た日付を書け」
「そ、そんなの覚えてないですよ!」
「だいたいの日付でいい。それとも数字か白暦がわからないか?」
「ち、違います……的中した予知夢なんてそんなに覚えてないです」
覚えてない――か。
そこまで予知夢の数が多いのか。あるいは記憶力がないのか。
「書けるだけでいい。書いておけ」
まったく、困った少女だ。
構っていたら時間がいくらあっても足りない。
「ちょっと、どこに行くんですか?」
「自室だ」
「え、ええ?」
なんだその馬鹿にしたような目つきは。
「ふん、逃げるなら勝手にしろ。もう追いはしない、まぁ逃げたところで無駄だと思うが」
「無駄って――私はもう捕まらないです」
そこまで説明しないといけないか。これだから無知者は。
「そうじゃない。ここに留まっておくほうが効率的だと言っているんだ――――あの女騎士が必ず、ここへ来るだろうからな」
ロアマトの子は俯いた。
なんなんだ。この少女は。元気になったと思ったら今度はまた泣き出して。
「ロアマトの子、能力を書くのは気が向いたらでいい。館の部屋も好きに使え、腹が減ったら食堂に行くといい、倉庫から肉を出してきてやる。あと暖炉は――」
「いきなりなんですか、気持ち悪いです」
ちょっと優しくすればこれか。
まぁいい。
「とにかく、もう外に出ようとするな。危険だからな」
僕はそう言い残し、短い廊下を移動した。
――まったく、あんな少女を誘拐するんじゃなかった。
僕は机に蝋燭を置き、椅子に座って首を寝かした。
だいぶ肩が凝っているようだ。
「まったく……」
あんなに疲れるとは思わなかった。
魔法器を探して町へ行って、あの剣を買い取るまでは良かったが、ロアマトの子を誘拐するなんてことはしないほうがよかった。
この頭脳でも、あの少女が館一か月分の食料を喰い果たすことは予想できなかった。これでは館に籠って研究する計画が台無しだ。
「はぁ……」
しかもあの少女、吹雪の中に飛び込もうとした。命をなげ捨てるようなものだ。
あの少女が死ねば、私があの女騎士に殺さねかねない。
どう考えてもあの少女を誘拐するべきではなかった。
「この好奇心も厄介なものだ」
「そうですね。でも今更悔やんでも遅いですよ」
「まぁそれはそうだ――が?」
ロアマトの子がドアから顔を覗かせている。
なにか悪戯めいた表情で。
「一体、なんのようだ?」
「なにって、暇なんです。この館、何にもないですし」
何もないだと?
この少女の目は節穴か。
世界各地から集めた学術書、歴史書、古代文書があり、なかなか手に入らない天体観測器、デカい天然風呂、地下にはカジノとバーもあるのに。
「正直、全然掃除されてなくて。それ以外ってほとんど本ばっかりだし」
「確かに掃除はしてなかったな。だが本があれば退屈しないはずだ」
「だいたい学術書ばっか、いいと思っても古代語で読めないです」
ああ言えばこう言うか。
こいつ、ここを旅館と勘違いしているのか。
優しくしたのも間違いだった。
「あ、でも探検家ラピッドの本とかあれば暇つぶせますね」
「……横暴な、これだからロアマトは」
椅子から腰をあげて蝋燭を持ち、また部屋の外へ。
「ついてこい、探検家などの本は別の場所だ」
「やっぱりあるんですね!」
少女はスキップしながらついてきた。
浮いている足音が廊下に響く。
――――たしかこの部屋だな。
ドアを開ければだいぶ綺麗に整っている。最後に掃除したのがいつかも思い出せない、まったく入ってなかったな。
「けっこう、こぢんまりしてますね」
「冒険家の本は読まなくなったからな」
「……面白いのに」
面白いか。
そうだな、たが世界は割と狭い。
冒険記などよりも気候と検知の魔術を学べば、だいたい想定がついて、どこになにがあるかわかるものだ。わざわざ読む必要はない。
「好きなのを読むといい。他では見かけない希少な本もあ――」
「うわー! 本当にこの本あったんだ! すごい!」
なんか違和感が薄れるな。
僕はこの子を誘拐したのに、なんでこの子は喜んでいるんだ。
まぁいいか。
「ロアマトの子、それもいいがこのドレクスラー航海記もおすすめだ。2000年前にはなかったはずの中央大陸のことが記されている」
「え? 聞いたことない本ですね。本物ですか?」
「ああ、ただ中身は真実か不明で、魔術的には異端とされてきた本だ。もしもこの内容が事実とすれば――」
「セントラル火山の噴火の周期が変わってくる。今でほとんど沈んでしまった中央大陸が、また広がる可能性もあるってことですよね!」
「ああ、そうだ。検知魔術での定説が覆ることになり、新しいことがわかるかもしれない。すれば今未解決の……いや、なんでもない」
この子にわかるはずもないか。
そもそもそんなあり得もしないことを調べるのはやめたんだ。
つい熱くなってしまった。
「地理と魔術って繋がってるんですね。不思議です」
「……そうか? 例えば今、外に降っている雪も魔術で説明がつくぞ」
「え、ロアマト様が人々の熱を定期的に鎮めることで、欲を抑えるためじゃないのですか?」
そういえばこの子はロアマトの子だった。
それがロアマト教のくだらない解釈か。
「ロアマトの子よ、魔術は宗教とは違い、実証のもとで結論を出している。そのロアマト様が実際にそんなことをしているところを確認し、証明できるか? できるわけがない。だからそんなことを――?」
少女がまた下を向いた。
なんかこれじゃ僕が悪いみたいじゃないか。
「リュードさん、教会は嫌いですか?」
「ああ、すまないが、嫌いだな」
「魔術を異端としているからですか?」
「それだけではないが……」
何か悲しい顔だ。
大抵、信者は僕に怒鳴ってくるものだが。
「悪かった。君に真実を言っても無意味だった」
「いいえ、気にしないでください。仕方ないことですから」
仕方のないことか。
少女にこんなことを言わせるとは、教会はやはりクソだ。
「でも私の本音は――――魔術にも興味があります」
なんなんだ。本当に僕を混乱させてくる。
ロアマトの子孫のくせに、その律を否定するとは。
「……ミア。この部屋の二つ隣、そこに初等魔術の本が置いてある。それだけ言っておく」
「は、はい」
まったく、時間の無駄だ。
一体僕は何のために少女を。
予知夢のことなどわかりそうもないではないか。
これじゃ、誘拐し損だ。
「もうコリゴリだ」
――それから数時間後。雪原は荒野に、銀の軍勢の行進。偽りの太陽。そして侵入者。
「この短時間でここまで庭を荒らされるとは」
太陽は消えたが、門の前で何故か聖兵と謎の人間二人が戦っている。
聖騎士二人は見かけなくなったが、やられたのか。さっき、あっちのほうに岩山が召喚されていたが、もうない。
「どうしてこうなるかな。ロアマトの子にそこまで価値があるのか」
今更教会側も必死になることはないだろうに。
まぁどうでもいいところではあるが。
「――――きゃあああああああああああああああああああああああ!」
なんだ今の悲鳴は。
ロアマトの子のいる部屋のほうからだ。
僕は廊下を走り出した。
「しかしおかしい」
侵入者二人はまだこの階の階段付近。
他に誰かいるのか。だとしてもなぜ検知できない。
――――いくつもの破裂音が廊下に響く。
開いたドア、あの部屋だ。
「――!」
切らした息の白の奥。
緑色の結界、少女の防護魔法か。
ロアマトの子が床に縮こまって耳を塞いでいる。無事みたいだ。
「おらおらおら!」
汚声とともにいくつかの破裂音が、僕の耳を抉ってくる。
なんだあれは、右手に持っている変な形状の、そこから何か出ている。魔剣の一種か?
出ている何かが結界に弾かれているが、何しているんだ。
「すげえな、何回攻撃してもまったく破壊できないじゃねえか。緑色の防護術? この女がロアマトの子で間違いなさそうだなぁ! っはっは!!」
笑いながら何回も何回も結界に向かって何かを放っている。
こいつ、アホなのか?
「――ん? あーん? なんだ?」
「……」
こいつ、魔力も音も検知できない。
何かおかしい。異質だ。
「その恰好、例の魔術師だ、なー?」
「例の魔術師?」
「おー、そうだそうだ、ロアマトの子を攫った謎の魔術師だ。あの女騎士からよく、攫えたな、すげえ、なー?」
気持ち悪い。
こいつの雰囲気、気味が悪いぞ。
「あー、どうするかな、あーでもめんどいわ。考えるのだるいわ、死ね――!」
穴が開いている。
武器の先にある穴を僕のほうに向け、その指を引いた。
轟く破裂音。僕は耳を塞がざるをえない。
これでは魔術を使え――なんだ?
「間抜けだ、間抜けだ、ヒィイイハアアアアアアアアアアアアア!」
胸に穴が。血が垂れて。
意味が分からない、何をされ……た。
「リュードさん!」
結構面白い能力作ったわ。
って前書いた気もする。
でも、この能力使ってる作者、絶対にいないと思うんだ。
だいぶ尖ってるので。




