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ノエル・ファンタジー  作者: 霜惣吹翠
【第二章】救う意味
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78.アーミングソード

ところどころ芝が丸く抜かれている平野。

その一つの丸にポタポタと小さな赤い点々が打たれている。

血まみれの左腕、それを強く押さえつけるソフィの鋭い目つきは、自分を馬の上から高らかに見下している聖騎士エメリーヴェンへ向けていた。

遠くでその様を見ている司教ロウエルは姿勢を固まらせていた。

「――らしく命乞いしてみせろ」

やっぱり聖職者は狡猾だわ。

強固な表情の口角がわずかに上がっている。騎士らしくって思っても本性が隠しきれていない。

「ずいぶんと顔色が悪いぞ」

青白いのはそっちでしょ。

その性格も病気にしか思えないわ。

「さて、武器を無くした賊よ。今度は拳で襲ってくるか?」

「ええ、そのつもりよ」

「滑稽だな。騎士の誇りも、女としても気品も捨て去ったか」

怒りで血が沸騰しそうだわ。

罵られるのには慣れているけど、こんな風にやられるのは耐えがたい。

あと少しであの首を斬り落とせたのに、どうしても運は味方しない。

「これだから……」

ソフィは砕けて捨てられた剣に細く呟いた。

その時エメリーヴェンは笑みを隠せなくなっていた。

手に持つ大槍を天に掲げた後、その矛先をソフィへ向けた。

「神がいるのなら貴様を笑っているだろう。そうやって残りの寿命を過ごすことも運命、だが我はここでその命に終止符を打つ」

「よくしゃべるわね」

まだ体は大丈夫。

傷は深いけど、もう数分なら戦える。

なのに、武器がない。周りは荒地、聖兵もいなくなった。

攻撃手段が――ない。

「……なんのつもりだ?」

奴の声に私は振り向いた。

そこにはエメリーヴェンに面と向かって立つロウエルがあった。

「いいのですか? シュバリーエルミエールの本領を知らないままでその命を取っても?

騎士道の真価がそこにあるかもしれませんよ」

「戯言を……やはりそっち側だったか司教、裏切者め」

「いやぁ、何を言っているんですか。あなたもそう変わらないでしょう?」

「我を馬鹿にしているのか?」

「馬鹿じゃないならわかるでしょう――!」

ロウエルは大きく右手を挙げた。

反射的にエメリーヴェンは距離をとり、防御の姿勢をとった。

しかし何も攻撃してこない。

「え?」

青い雨粒たちが空から。なにこれ。

優しく体にぶつかると肌をなぞって滴り落ちて消えた。

「回復とは――完全に教会と敵対すると言うのか!」

回復……あれ、左腕が治っている。

この雨ってそういうことだったのか。

あまりに自然すぎてわからなかった。

ってなんでロウエルがそんなことするのよ。

「教会とは敵対しませんよ」

「なんだと?」

「ここであなたの口を封じればいいのですから。そうですよね――ソフィ!」

ロウエルはそのローブの背中に手を差し入れると、取り出した何かをこっちに向かって放り投げた。

宙から落ちてくるそれは、音も立てず揺らぐことなく、雨を弾いてその輪郭を見せた。

「……剣?」

ボロボロの革の鞘に納められた剣。

私が手をかざすと剣の柄が吸い付くように収まった。

その瞬間だけ透き通る感覚が、手に上っていく血脈がそのまま剣まで辿るみたいなものがあった。

「なに……これ?」

「おや、わからないのですか。目か頭にまだ傷があるようですね」

「ムカつくわね」

鞘を握り、ゆっくりと剣を抜いていった。

刀身から迸る輝き、重量。

自分を疑ってしまうほどにいい感触だ。

さっきまでクソみたいな剣を握っていたせいか、持っていてすごくスッキリするわ。

「――もういいか?」

エメリーヴェンの顰め面が私を凝視していた。

傷も治った、武器も手に入った。ロウエルのおかげなのは嫌だけど。

私は腰をあげ、剣を構え、ロウエルを視線で追い払った。

「支援はいらないのですね。それはいいですけど、絶対に倒してくださいよ。こっちの地位、いや命も賭けたのですからね」

「だったら早く離れなさい。巻き込んで殺しちゃうかもしれないから」

「つい数分前まで死にそうになっていた人が言うセリフじゃないですけどねぇ……」

やれやれと首を振りながらロウエルは離れて行った。

ようやくこっちの本領を発揮できるのだから、邪魔されたくない。


――この剣を存分に味わいたい。


私は剣を両手で握りしめた。

「その自信。やはりそのアーミングソードは――ジローのものか?」

冷徹な目つきのエメリーヴェン、こちらを向くその槍先は震えている。

騎士の誇りからくる怒りか。くだらないわね。

「さぁ、わからないわ。でもすぐにわかるわ」

「解せない。解せないな――!!」

掲げられる槍、私の足元が光点滅しだす。

棘が現れる前に私はダッシュ、エメリーヴェンに突進していく。

「もう見飽きたわ」

「っぬ……」

探知は最強に違いない。けど、奴には弱点がある。

いや、この場合は私との相性が悪いというべきだ。

地面からの棘槍は簡単に避けられるし、空中だったら探知が効かない。

無理に攻めればカウンターで倒されるかもしれない。

だから奴は積極的に攻撃ができない、これがかなりの弱点。

「もはやこれしかないか――!」

私の間合いを読んで、一気に飛び掛かる距離になって、奴はその周りに棘の壁を作り出した。

それは巨大な立方体となり、奴はその中に閉じこもった。

完全に守りに入った?

「いや、違う」

足元が点滅してきた、一体何のつもり。

守るのか攻撃するのかわけわからないわ。

それにもう棘なんて効かない。

「逃げ場はないぞ」

「逃げ場……!?」

交差する光が目を眩まし、地面が急激に揺れ出した。

視界を奪うつもりか。ここは逃げた方がよさそう。

私は回れ右をしようと振り向いていく。

「こんなのばっかだわ」

後ろから隆起した棘が、凶暴な蛇が走ってくるように迫ってきている。

それだけじゃない、本当に危険なのは横だ。

私の両側、向こうまで棘がまっすぐ生えてきている。

「なにをするつもり……」

逃げ道は確かにない。

後ろからは棘、両サイドも棘槍。

地面を蹴ってこの領域から離れるか、このまま真っすぐ奴のいる棘の壁に突っ込むか。

そんなの無意味。ここは逃げるしかない。

「――?」

横にある棘槍の側面に足をつけ、私は飛んだ。

上から見ると余計に変だ。

エメリーヴェンへの真正面だけ道がある。それ以外は棘があった。

「まるでこれじゃ、攻撃して来いって言わんばかりの――え!?」

おかしい。なんで。

なんで目の前に棘がある。

棘槍がついた巨大な壁があるの。

「どこにそんな力が」

しかもこれ、両サイド。

私を飛ばせてこの壁に突き刺すつもりだったのか。

だけどそんなことしたら消耗も激しいはず。

「だったらこんなの蹴って突っ込んでや――?」

接地した足の感覚が変だ。

なんか滑って、力が入りにくい。

これなら遅くてもいいからすぐに移動した方が――違う、曲がっている。

この巨大壁、だんだん曲面になっていっている。

「っ――!!」

頭が下向きになる前に私は棘を蹴り、エメリーヴェンの閉じこもる立方体に飛んでいった。

その進路を曲がり捻じれた棘の壁が入り込んでくる。

でもギリギリ、ぶつからなかった。

「……」

奴のいる棘の立方体には辿りつける、捻じれる棘壁もちょっかいかけてくるだけみたいだし。判断力を鈍らせる魂胆か。

でもこのまま突っ込んでも棘に刺されるだけ。

逃げ場はない。

攻撃しないで逃げ回っても、いずれ棘壁が取り囲んでくる。

「こんな技を隠してただなんて……うんざりするわ」

攻撃しにくいのが弱点だって思っていたけど、これが最大の攻撃なわけか。

もう読みとかじゃなくて、単純な魔法の規模。

ずるいわ、だから魔法使いは嫌い。

「ああ、腹が立つわ!!」

立方体は目前、迷っている暇はない。

落下に伴って重くなっていく体。

その力の全てを剣に込める。

「ジロー、あんたを信じるわよ――!」

全身全霊の一斬り。

壁は割れ、崩れ、破片が飛び散る。

「……」

中は暗闇、奴の姿はそこにはない。

またその気配も。

「――そこだな!」

声は上。突き破った穴のほう。

私が振り返ると、すでにエメリーヴェンは槍を突き刺そうと構え、落下してきていた。

その尖端は的確に私をとらえていた。

「甘いわね。そんなの――!?」

なんか背筋が痺れる。

棘だ。棘が地面に待っている。

「ようやく、気づいたか。串刺しにしてくれる――確実にだ!!」

奴は黄金の盾を召喚した。その身は盾で守られている。

ただこれは防御のためだけじゃない、攻撃のためだ。

あの盾は、私を棘と槍で挟むためのものに違いない。

「無残に死ぬがいい!!」

「――っ」

背中には棘槍が、前には槍と黄金のシールドが迫ってきている。

完全に勝負をかけてきている。

まずい、このままじゃやられる。

「!?」

剣に何かあったった。

壁だ。立方体の壁だ。

私は剣を逆手に持って、壁に突き刺す。

それで止まることはないが、減速している。

地面までは距離がある、奴もまだ遠い。

「そうはさせるか!」

エメリーヴェンはその足元に棘を召喚し、蹴って加速した。

重力による加速に加え、棘の加速、凄まじい速さでソフィへ襲い掛かろうとしている。

「必死過ぎ、そんなに嫌いかしら!」

剣を壁から抜いたソフィ。

迫りくるエメリーヴェンに身構えた。

「ああ、そうだ!」

激突。

エメリーヴェンの槍とシールドがソフィを押さえつけ、落ちていく。

黄金と火花に映る刀剣が暗闇にあった。

「シュバリーエルミエール、その高貴な誇りはどこに行った? なぜ葬り去るのだ!」

「っっん!」

「貴公は偉大だった。輝かしき騎士であった。なのになぜだ? なぜ落ちぶれた!」

「煩いわね!」

激しい音と振動に空間が揺らいで震えている。

そのせいか、棘の立方体もその穴から綻びていっている。

「落ちぶれてなお、なぜ鍛冶王の剣を扱う。外道か!」

アーミングソードとシールドが鍔迫り合う。

エメリーヴェンの気迫にソフィは苦しげに耐えていた。

「その朽ち果てた貴様を地獄へ堕としてやろう!」

「…………だったら」

「だったら、なんだ?」

「――だったらこっちから堕ちてやるわ!」

ソフィはエメリーヴェンのシールドを剣で大きく弾いた。

それによってソフィは地面へ、その待ち構える棘へ、とてつもない速さで落下していく。

そしてすぐ鋭い棘槍がその背中へ。

「……みずから死を選ぶか――!?」

ソフィはエメリーヴェンを見上げて立っていた。

何事もなかったようにただ睨んでいた。

「なに?」

エメリーヴェンは困惑した、ただ冷静に見渡した。

その足元に棘はなく、ただの荒れた芝。

粉々になった岩がその周りに転がっている。

「……!?」

それは一つの答え。

ソフィは瞬時に体を回転させながら、棘を斬り裂いたのだ。

アーミングソードの強度がそうさせたのだ。

「一騎打ちよ……」

しゃがんでいくソフィ。

その足にすべての力を乗せていく。

それを見てすぐ、エメリーヴェンはシールドに全精力を注ごうとした。


――ただそれでは遅かった。


うなじに落ちた赤い雨粒。

すでにソフィはその頭上で剣を振り終えていた。

途切れた黄金盾の隙間から血が零れていく。

「なんて速さだ……」

そのままエメリーヴェンは失墜していった。

落ちる金星。

棘壁はすべて崩れた。


「頑固な刀剣だわ」

足が地面につくと、私はアーミングソードを鞘にしまった。

もうヘトヘト。

「やっと終わりましたね。ご苦労です」

「まだ息があるみたい」

あの高さから落ちて斬られても生きているなんて。

どれだけしぶといのよ。

「シールドのおかげみたいですね」

「そうね」

私は剣を抜き、倒れているエメリーヴェンに近づいていく。

致命傷に違いはない、ただ相手は回復持ちだろう。

トドメを刺さない限りは終わらない。

「シュバリーエルミエール……」

途切れ途切れの小さい声。

血を吐きながらエメリーヴェンは口を開いた。

「命を取るがいい。我は騎士だ。敗北した時点で、死ぬべき運命だ」

この期に及んでわざわざ。

黙って殺されればいいのに。

「ええ、お望み通り殺してあげるわよ」

私は剣を振り上げ、その首に狙いを定める。

騎士らしく全うさせてやるわ。

「――やめましょう」

「……なに?」

「だから命を奪うことはないと言っているのですよ」

真剣な顔で言い放つロウエル。

司教としての誠意?

一体、何を考えているのかわからない。

「彼は負けを認めたのです。殺す必要などないでしょう」

「いえ、また邪魔をしてくる可能性があるわ」

「それはないですよ。彼にもプライドがありますから、そんなこと言われなくてもわかっているでしょう?」

「まぁいいわ」

私は剣を収めた。

このまま生かしおいても私は困らないし、どうだっていい。

「じゃあ、私は行くわよ」

「……待ってください。これをあげますよ」

ロウエルがなにかの瓶を投げた。

青い液体が煌めいて入っている。

「なにこれ?」

「回復薬です。その疲労を癒しておいたほうがいいですよ」

「……いらないわ。ミアがいるから」

私は投げ返した。

ロウエルはそれを受け取ると気味悪くニヤついた。

どういう感情かわからないから恐ろしい。

「もう追って来ないようにしてよ」

「ええ、そうなるといいですね」

煮えない返答に呆れて嫌気が差した。

だから私は一目散に走ってそこを去った。

屋敷まで遠いわ。


いろいろエメリーヴェンを倒す方法を考えたが、最後にはノリで決めてしまった。

何というか、もう早くエメリーヴェンを倒したくて仕方なかった。

でもコイツ、派手な技がない。

いまいちにしかならない。

能力に主義なんてないし、もっとちゃんと能力考えるべきだった。


という反省。


もうここからソフィは最強キャラに台頭します。

探知効かない、最速、だいたい回避できる。

あれ、強すぎじゃねえか?

チートしてるやん。

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