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ノエル・ファンタジー  作者: 霜惣吹翠
【第二章】救う意味
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77.光の一閃

まだ夜の肌寒さが残る時間。

旗を掲げて平野を駆けていく銀の兵士たち。その足の向こうには屋敷がある。

自身から離れて行く様子を聖騎士エメリーヴェンは白馬にただ乗って眺めていた。

「なぜあなたはここに残ってるんですか?」

「司教……それはどういう意味だ?」

「いえ、特別な意味はありませんよ。早く屋敷に行かないとミアが危ないですから」

第二司教ロウエルは微笑みながらエメリーヴェンに答えた。

エメリーヴェンはむすっとした顔でじーっとその顔色を睨んでいた。

「司教、いやロウエル、何を考えている」

「ええ? なんのことでしょうか?」

「とぼけるな。勝手に部隊を動かしたと思ったらシュバリーエルミエールと剣を交えるとは、頭がおかしい」

真っ当な意見にも関わらず、ロウエルは上の空。

さらにエメリーヴェンの顔は曇る。

「さぁ、早く屋敷へ向かいましょう。相手は何人いるかもわからない、ミアを助け出さないと危険ですよ」

「……貴様、馬鹿にしているのか? 屋敷にいるのは四人だ。ミア様と魔術師風情、そして先ほど貴様が逃がしていた二人」

わざとらしく首を傾げたロウエル。

その感情を逆なでする態度にエメリーヴェンは怒りで震え始めている。

「なんだ? 何が疑問だ? 言ってみろ」

「いえ、最終的に二人を通したのはあなただったという勘違いでしたよ。そんな目をしないでくださいよ、怖い怖い。それよりも早く行きましょうよ」

変わらず煽ってくるロウエルに、はみ出しそうだった感情を抑え込むことが馬鹿らしくなったエメリーヴェンは、むしろ冷静になっていた。

「もういい。黙っていろ」

「はい、じゃあ行きましょうか」

どこか気味の悪い笑みに違和感を覚えながらも、エメリーヴェンは白馬の頭の向きを屋敷のほうへ合わした。

「……ん?」

「どうしたんですか? 早くしないと」

「――さっきから煩いわ。ロウエル」

定まりのない喘ぐような息の音。それを辿ると、血まみれのソフィがいた。

生臭い鮮血の泥だまりにふらつく足を立たせたソフィ。

その顔は今にも倒れそうなほど血色が悪く、視線も定まっていない。

「山賊よ。トドメを刺されたいのか? 違うのなら正直に寝るがいい。見逃してやろう」

ソフィに顔も向けずにそう言い放ち、エメリーヴェンは馬の腹を押そうとした。

しかし馬は歩こうとしない。岩のように重くなって動かない。

「ロウエル……約束はまだ覚えているかしら」

「約束って何のことですかね……?」

ロウエルはそう言いつつも颯爽とエメリーヴェンから離れた。

その後にバレないように大きくため息をついた。

「ああ、これだから早く立ち去りたかったのですが」

エメリーヴェンにとてつもない殺気を飛ばすソフィ。

それを少し遠くから見て、ロウエルは背中を掻いて苦笑いした。

「我が馬を足止めするほどの殺気。瀕死にもかかわらず、まだ戦おうとする執拗さ。

興味深い」

エメリーヴェンは芝に足をつけた。

ソフィのほうへ向いてその大槍を再び手に持った。


――――ああ……ムカつく。


本当に気分が悪いわ。

ここまで体が重いのに、目の前にいるコイツがまだ無傷なのが気に入らない。

「賊よ。なぜそこまでしてロアマトの子を手にしたい?」

汗に混じった血が頬を通っていった。

視界も色が無くなってきたし、早く決着をつけないと。

「……なんで」

一歩も動けない。

なんで。なんで。

まったく納得いかないわ。

「こんな負け方は――ん″!」

地面を蹴ろうとしたソフィだったが、ふらつく足に体勢を崩し、膝をついた。

息は荒く乱れ、呼吸しているだけで精一杯だった。

「……やはり騎士は死んでも騎士ということか、まだ誰かのために戦おうなど。いいだろう」

エメリーヴェンはゆっくりと槍をソフィに向けると、その先から金色の光の粒粒がそっとソフィのほうへ飛んで行った。

「我は高貴なる騎士だ。ゆえにシュバリーエルミエール、貴公を山賊呼ばわりした非礼を詫びよう」

この感覚、回復か。

体が軽くなって、視界も晴れてきた。

敵を回復させるなんてなんのつもり。

「そんな怖い目を。安心したまえ、毒などない……もういいだろう」

エメリーヴェンは槍を下ろしてしまい、ゆっくりと白馬の腹を撫でてその緊張を解いた。

馬がしばらく落ち着いて、その手綱を握った。

「待ちなさい!」

「失望させてくれるな、シュバリーエルミエール。貴公は敗北した。騎士ならば認めるがいい。いくぞ、司――」

エメリーヴェンが横を向いた瞬間、そこには鬼の如きソフィの斬撃があった。

鈍重な一撃が迫る中、エメリーヴェンは驚く様子もなく、黄金色にした手をかざして受け止める。

「貴様……なんのつもりだ?」

「そっちこそ何様よ? わざわざ動けるようにして」

黄金の盾に拮抗する銀の剣。

冷たい視線が熱気籠るソフィを貫いていくが、怯むことはなかった。

むしろさらにソフィの意気は滾っていた。

「名誉だ。騎士としての慈悲だ。貴様が騎士道を全うするものとして認めたうえで、その命を生かしたのだ」

「そんなのいらないわ!」

「なんだと?」

「だから私はもう騎士なんかじゃないって言っているのよ!!」

ソフィは足蹴りをエメリーヴェンの顔面に飛ばそうとした。

それに気づき、剣を受け止めている手を押してソフィを払いのけた。

「もう一度だけ忠告する。貴様は我に敗北した。次も同じだ。その命を惜しんで生きるべきだ」

「煩いわ!」

間髪入れず、着地してすぐ、ソフィは距離を詰め、別の角度から斬りかかる。

二度の警告を容易く無視されたエメリーヴェンの顔には、溜まっていた憤りが現れ始めていた。

「我の思い違いだったか!」

エメリーヴェンは真後ろの宙、そこから直進してくるソフィに手をかざした。

するとその進行方向とその周りに棘が出現した。

それぞれの位置はバラけているが、その尖端全てがソフィのほうを向いており、ソフィが来るのを待っている。

「――またか!」

私を的確に待ち構える棘がある。

地面から飛ぶ瞬間、奴は私をまったく見ていなかったし、距離だってかなり近くて探知なんて間に合わないはず。

なのに今、私の前には棘槍の壁がある。

ウニをひっくり返したような棘が設置されている。

「うざったいわね!」

私は体の向きを変え、宙に浮いている棘の一つの側面を蹴った。

着地した瞬間に奴は私のほうをギョロりと見た。

その顔は悪魔みたいに醜い。さっきまでの澄ました顔がいい具合に崩れているわ。

「騎士の誇りのためではないようだな。ロアマトの子を攫ったのは!」

……ありえないことだわ。

やっぱり何度攻撃しても、奴は私がどこから来るかわかっている。

探知がいくら優れていても、棘とかの魔法を使いながら同時にだなんて、負担が大きすぎて不可能なはずなのに。

でもどう考えてもそのキャパシティを超えて、探知されているとしか捉えられない。

意味が分からないわ、これだから魔法使う系は嫌い。

「――答えろ、シュバリーエルミエール!」

考えても仕方ないって納得しようとしたときに、ちょうど奴の大声が響いて私の思考を一瞬だけ止めてきた。

「貴様ほどの騎士がなんのために、その誇りまで捨ててまで、ロアマトの子を求める!」

本当にイライラするわ。

どいつもこいつも正義ぶっているだけで、何にもわかってない。

「……騎士の誇りなんて、そんな幻想、とうの昔に捨てたわ。私はお前を死んでも殺す、それだけよ!」

「賊に身を染めたか! いいだろう。ならば貴様に無残な死を与えてやろう!」

私は奴を中心に横へ走り出し、その視界から出た。

奴は私のほうを見ることもなく、大槍を上に掲げた。

「やっぱりか」

足元がピリついてきたと思ったら、光り出した。

また地面から棘槍が現れるみたいね。

「――!!」

私は横に飛んで躱した。

すると着地してすぐ、その足場にも棘が現れようとしていた。

「どうしても面倒すぎるわ」

このままずっと避けてばかりは癪に障るけど、今攻めたところで返り討ちに合うだけ。

冷静に奴を分析するしかない。

「っ――逃げてばかりか!」

距離はそこそこある。

それでも奴の攻撃手段は棘槍だけ。遠距離はない。

ああやって感情を露わにしているのは、まったく棘槍が効いてないからだ。

それなら馬を走らせて攻撃してくればいいのにしてこない。

近接なら私のスピードに敵わないってことか。

「……っく――!」

適度な距離を取って、いつでも奴へ斬りかかれるようにする。

奴は警戒して魔法を使い、負担が増える。

そこから隙を狙いたいけど、奴も最低限の魔法、棘槍しかしてこない。

こっちの体力だって無限じゃないし、我慢比べなんて勝ち目がない。

今だって高精度の探知をしながら棘を出しているくらいの相手に、体力で勝れると思えない。そこが知れない。

「小癪なやつだ!」

さっきまでは奴の使う魔法を探知から攻撃のほうへ寄せさせて、そこを突く作戦だった。

それであれだけ攻撃魔法を使わせたのに、カウンターされた。

結局、探知されていたみたいだった。

魔法に限りがないとしか思えない。

「なんで――!!」

奴の槍棘の出るペースが遅れて、私は奴に向かって一直線に走り、強く地面を蹴って飛び掛かった。

その瞬間に奴は馬の向きを私のほうへピッタリと合わせた。慌てる様もなく。

「気色悪いわ」

悪い判断じゃなかったはず。でも奴の探知能力の前じゃ、攻撃こそが最大の隙にされる。

奴の探知能力は間違いなく、無制限。どんなに速くても、奴に追えないものはない。

その事実が今も私を突き刺そうと待っている。

「そんなのわかっているわよ――!」

目の前に現れた棘壁に私はさきと同じく、蹴って避けるしかない。

攻撃する隙が無い。

私は棘槍の側面を蹴って飛んだ。

「やはりそうくると思っていた」

「――!?」

飛んだ瞬間。その宙の先に棘槍が現れた。

その尖端が私を待ち構えていた。

避ける方向も手の中だなんてありえない、このスピードの中でそこまで予測できるなんて――避けられない!

「!?――いっ!!」

左腕が千切れそう。でも今のは……。

「うっ!!」

地面が固く弾んで、その振動で裂けそうな左腕が取れそうだ。

でも倒れている場合じゃない。次の攻撃が来る。

「!?」

――宙に棘が四本ある。

「そこか――!」

馬の向きがソフィへ。

エメリーヴェンが槍を掲げて彼女を狙う。

痺れ、薄黄金に点滅する地面。そこへ落ちた彼女の血は輝かず、晦濁のままだった。

「串刺しにしてくれる!!」

激昂するエメリーヴェン。激しく光り出している足元。

しかしてソフィは膝をつけたまま、下を向いていた。

周りの光景など気にせず、ただその表情はニヤついていた。

「ああ、そういうことだったのね――!!」

棘が現れると同時に真上に飛んだソフィ。

そのまま落下しながら体の向きをエメリーヴェンに合わせ、棘の面を強く蹴って飛んでいった。

「来るようだな! 今度こそその身を引き裂いてやろう!」

激しく動く空気の中、千切れそうになるソフィの左腕。

その行く先にはやはり、棘の壁が口を開いて待っていた。

しかしもはやこれにソフィは驚くことはない。憤ることもない。

「ここからよ」

ソフィは同じくして足を構え、棘を蹴っていく。

ただそれはまったく同じではない――加速していた。

空中で彼女は棘を踏み台にして、その速さを上げた。

「――そうね」

やはりその方向の先にも棘が待ち構えている。

それもさっきほどよりも的確にソフィを狙っていた――はずだった。

ソフィはすでにその側面に向かっていた。

「あなたのそれは読みでしかない」

ソフィが棘壁を避けられる方向は四つ。

その全てに配置された棘の中、一つだけにソフィは走る。

その戦略は見事でも、正確ではなかった。ゆえに先程はソフィの左腕を負傷させるだけで、命は取れなかった。

だが今回は、それを修正した配置だった。そのはずだった。

しかし、ソフィはそれを読んだうえで飛んでいた。

修正されて設置される棘の側面をあらかじめ狙って飛んでいたのだ。それも加速した中で。

「――!!」

ソフィはまた飛んだ。加速した。

その先、棘はあった。

ただそれは――ソフィのほうを向いてはいなかった。

エメリーヴェンの予想外の進路だった。

「見つけたわよ」

私はその棘の面に足をつき、加速に押されて屈んでいく。

ここは奴の真後ろ上。そのアホなうなじが見えている。

そして首を横に回して、私を探す馬鹿な様子も。

「――あなたの探知は最強だわ」

どんなに素早く動いても、裏を読もうとしても意味がない。

全ての攻撃を先読みしているみたい。

だからどんな策をもってしても敵わない、認めるわ。

「でもそれは地面だけ。空中じゃ、あなたは探知できない、その槍のせいで……過信したわね」

剣を両手で握りしめる。

「だけどそれも……」

大きく屈んでいき、体中に力が満ちる。

「やめさせてあげるわ――!!」

全てが揃った。

その足に溜められた力を爆裂させ、土台は崩れ去った。

肌を擦れるはずの風圧も、音も蹴散らされ、まさしく光の如く速さ。

ソフィの刃はそのうなじに一直線に向い、斬り込んでいく。


――!!!


「嘘……」

飛び散る銀色の破片。

剣は粉々に折れ、エメリーヴェンの首に届かず、その手甲を砕けたのだった。

「天罰か。いや、不備だ。そうだろう……シュバリーエルミエール?」

それは直感だった。偶然だった。

何の予想もなかった。

ただふと、無意識に体を守っていたのだ。

「不遇だな。女よ――!!」

ソフィは槍で殴られ、地面に激突した。

その手には柄だけになった剣。

彼女の力には耐えられなかった銀の剣だった。

「……」

その悔しそうな顔を静かに見下す一人の男がいた。

小さく倒れたソフィをただ見つめたあと、地平線に日が昇らないことを確認していた。

そして小さく呟いた。

「やはりここに賭けるしかないですか……」


ふぅ。

どうしても背中がもたれる。

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