76.能力凶器
夜明け前。
雲一つない空から灼熱の球体は消え、平野の芝はその冷たさを取り戻してきた。
湿度に妨げられていた風も届き、遠くの静かさを気づかせた。
わずかに揺れる無精髭を撫でる男、ブレイブ。
彼はそっと目を細めて向こう見ていた。兵士に囲まれた輪の中、白馬の聖騎士に見下されて、倒れている女騎士を。
「助けに行かないんだ?」
「まぁ邪魔してもいいんだけどな――ん? いたのか」
横からの声に真っすぐ振り向いて疑問を浮かべた後にわざとらしくその下に視線をやったブレイブ。
そこには頬を膨らまし、ブレイブの顔をじーっと覗き込む少年がいた。
「ハッパー、そんなに怒ってたら可愛い顔が台無しだぜ?」
「そういうのいいから!」
「そうだな、お前は男だったな。それはそうと何の用だ? 急用か?」
ほどけていた表情を変え、真っすぐ少年に聞くブレイブ。
一瞬ビクッっとして髪をしばらく触りモジモジとしたあと、首を横に素早く振って顔つきを固めた。
「寄り道ついでに警告。あんまり遊んでいるな、早く次の任務をしろって」
「そりゃあ、どうも」
「…………それだけ?」
「あ?」
人でなしと言わんばかりの目で睨まれるブレイブ。
目をパチパチさせて混乱していた。
「もういい! とにかくあんまりサボってるなよ!」
「はいはい、わかってるって」
「……」
「早くどっか行けよ」
「あっっっっそう!」
蟹股で地面を踏み荒らしながら去っていく少年。
不思議な奴だなとその背中をただ見ていたブレイブ。
「――!? な、なんだ?」
振り返るとブレイブと目が合ったハッパー。
驚くブレイブにへの字だった口が緩み、瞳を輝かせていた。
しかししばらくしてブレイブが向こうに顔を戻すと、ゆっくりと俯いて光は消えた。
「っておいおい!」
「――え?」
ブレイブは慌ててどっかに走り出す姿がハッパーの目に映っていた。
その向きの先にはわずかな銀色と高校生くらいの男の子。
「一体何がしたいんだろ?」
「おっと。そういえば言い忘れてた!」
「……なに?」
相変わらず忙しない様子で大声を出すブレイブ。
呆れながらもハッパーは言葉を待った。
「あのガキは和食作れるんだ。暇になったら食べさせてやるよ!」
そう言い放つとブレイブの姿は小さくなっていった。
「…………はぁ、私も味噌汁くらい作れるのに」
ハッパーは溜息をもう一度つき、颯爽とその場を去っていった。
鬱陶しい太陽が無くなったらなんだか蒸し暑い。
知らない間にブレイブさんもいなくなっているし、やっぱり無責任な人だ。
「やっぱり来ないほうが良かったのかな」
まっさらな砂の荒野の上に一人の青年、ロマーンはぽつんと歩いていた。
途方もなくどこかに行ったブレイブを探していた。
「もう数十分。僕はなんのためにここに……」
シユウの剣が奪われたのもミアさんが攫われてしまったのも、元をたどれば僕があの子たちにちゃんと向き合えていなかったから。
その責任でついてきたのに、僕は何もできてない。
「こんなんだから置いてかれたのかな……」
心が爛れていく。
僕は弱い。何もできない。
自分の責任を全うできない。戦えない。
「なんでだろ……」
なんで僕はこんなに――こんなに弱い。責任だなんて言ったのに足を引っ張るだけで、シユウについていけなかった。
「はぁ……」
僕の足も溶けているみたいで歩が進まない。
そういえばずっと歩いてばかりだ。かなり疲れてる。
でもそのくせに足音は仕方なく、無情にも響き渡っていた。
「…………ってどこにいるんだよ、あのオッサンは!!」
「どうも、こんにちは」
「――!?」
囁く声。とっさに僕は振り向いた。
「兵士?」
三人の聖兵士が横に並んでいる。
真ん中の微笑んでいる人が僕を話しかけてきたらしい。
「な、なんですか?」
「いえ、こんなところに武器も持たない若い子がいたら心配するものですよ」
「そ、そうですか」
不自然な笑顔だ。どこか胡散臭い。
こんな風に疑ってしまうのは僕が疲れているからなのかな。
「一人でなにをしていたんです?」
「いえ……迷子で」
「こんなところで迷子。変わった子だ、はっはっは!」
三人で笑いあげている。
あんまりよくわからない冷たい笑い声に僕は苦笑いしかできない。
「なんか君、震えているね。大丈夫?」
「え、ええ心配ないで――」
「そうだなぁ。こんなときはちょっと面白い話をしよう」
押し付けられているような感覚だ。
なんか勝手に話を進めている。それも笑ったまま。
「ある勇者は魔王を倒しに歩き出した。王様に言われて旅だった勇者だけど、特別な能力があるわけでも、いい武具も持ってない。もちろん魔剣なんてない。だけど仕事だから戦わないといけないんだ」
一体何の話だろう。
「それでなんとか魔王のところまで辿り着いたんだけど、やっぱり勝てそうにもなくて勇者は怖がって逃げちゃったんだ。あんな強い魔王、勝てるわけないって」
おとぎ話かな。
こっちの世界でも絵本があっていくつか読んだけど、こんなのしらない。
「だけど魔王に勝たないといけないってのは変わらなくて。どうしたものかなって。家族を喰わせるためには、さらに言えば出世するためには勝ったほうがいいし」
出世って勇者にそんな概念あるの。
やっぱり聞いたことないよ。
「あ、あの……もう大丈夫です」
「え?」
なんか話が長くなりそうだし逃げよう。さっさとブレイブさんと合流しないと。
この戦況で僕を心配かけてくれるこの人たちには悪いけど。
「いや、もう少しで面白いところなんだよ。聞いてきなよ」
「え、ええ……」
手首を引っ張ってきた。
なんか顔も少し怖い。
「勇者には守らないといけないものがある。だから魔王と戦うんだ。でも魔王には勝てそうにもない。だったらどうする? 君ならどうする?」
「え、ええっと……逃げま―」
「逃げられないとしたら?」
なんか強く掴んでくる。手首が痛い。
顔もなんか、目が、眼球が血走ってる。
「簡単なことだよ。勇者には大切な人がいる……」
「え、ええ」
迫りくる顔。僕は息を呑む。
「……でもそれは勇者だけじゃなかった。魔王もだった。もうわかっただろ?」
「え、え?」
一体何が言いたいんだ。わからない。
僕は手を強く引っ張るが、兵士はまったく離さない。
「おいおい、ここが一番面白いところなんだって」
「も、もういいです! 離してください!」
僕は叫んだ。嫌悪をはっきりと示した。
なのに兵士は変わらず手首を掴んだまま離さない。
「やめてください! 離して!」
ただ僕の叫び声一つだけが荒野に響く。
「魔王にも守りたい大切な人がいる。我々と同じように、これは愉快だ。これで魔王に勝てる」
どんなに振っても離れない。
「我々が魔王に勝つ方法それは……」
一体何なんだ。この人たちは。何が――。
「……人質だ」
「――いっ!?」
手が。後ろから。痛い、動けない。
まだ兵士がいたのか。
「まったく、どんだけ抵抗しても無駄だってのに。馬鹿な子だ」
「一体何をするつもりだ!」
「わかってないのか? お前は人質だ。あの太陽男のな」
人質? 太陽男?
僕がブレイブの人質だって言うのか。
「そんなことしても無駄だ! 離せ!」
「威勢がいいな。でもそうはいかないんだよ。アレを倒せば一気に名声が手に入るからな」
な、何を馬鹿なことを。
「さっきの戦いを見てなかったのか!」
「ああ、見てたさ。傷一つ付けられずに死んでいく聖騎士っていう形だけものをな」
話が通じない。
必死に抵抗しても腕が痛くなるだけで動けない。
なんでこうなるんだ。
「っ――無駄だ! そんなことしてもやられるだけ――!!」
刃が首に。
鼓動が一気に早くなる。心臓が飛び出そうだ。
息が荒れる。呼吸ができない。
「ちょっと喧しいな。いいから黙っていればいい」
やばいやばい。どうするどうする。
ああダメだなにもできない。嫌だ嫌だ。
「奴はどこにいるんだ?」
「……」
「おい! 答えろ!」
「わ、わからない!」
「はぁ?」
「本当に知らない!」
冷たい感触。刃が首を触る。
震えが止まらない。
「マジか。最悪だな、これ」
「とりあえず、あっちに行くか?」
「馬鹿か、わざわざエメリーヴェンの野郎に合流してどうする。むしろあっちが騒いでる間に見つけなきゃならないんだよ!」
声を荒げる兵士。
顔つきは獣のようで、その銀色の鎧は白く霞んでいた。
「くそ、探すぞ!」
拘束させられたまま、どつかれて足を前に出していく。
嫌だ嫌だ。その抵抗で動こうとしなければ刃が首を。
その瞬間、動こうとしない足を必死に押す。
「一体どこにいるんだ。あの太陽野郎!」
地面を蹴った兵士。
僕を拘束して数十分。まだブレイブは見つからない。
「おい、あれ見ろよ」
「ああ?」
平行な芝を動いていく銀。その先は屋敷だ。
ミアさんのいる屋敷だ。
聖兵たちが一斉に動き出したんだ。
「おい、嘘だろ。もう勝負着いたのかよ」
「ひょっとしたら太陽男はもう――」
「そんなわけあるか! そんなわけが……」
うな垂れている兵士。
僕は聖騎士の実力がよくわからないけど、ブレイブが倒されるだなんて想像できない。
「どうする? このままじゃ置いてかれるぞ」
「――っくそ!!」
兵士は剣を抜いた。
怒りで震えながら僕のほうを睨んでいる。
少し慣れていた感情を縛り付ける殺気――嘘だろ。
「や、やるのか?」
「ああ、もう時間がない!」
兵士が化け物のみたいな顔でこっちに寄って来る――殺される。
僕はあの剣で殺される。
「や、やめろ!」
「うるせえ! こうするしかねえんだよ!」
叩きつけられる咆哮は僕の何もかもを吹き飛ばした。
体が微塵も動かなくなり、声も出ない。
抵抗の意志すらも掻き消され、近づく鋭い刃を見るしかなかった。
――ああ、こんなことなら。
「せっかくのチャンスだったのによ……」
人とは思えない顔に涙の粒が下っている。
それなら殺さないでいいのに。
どうして僕は。
「なんで……」
どうしてこうなったんだ。
どうして僕は死ぬんだ。死んだんだ。
今度はちゃんと生きられるって思ってたのに。
「どうして……」
ブレイブについていったから僕はこうなったのか。
確かに僕はブレイブを信じていなかった。
でもその強さは確信して――違う。
「違う……」
ああ、僕は怖かったんだ。
責任とかじゃない。足手まといじゃない。
シユウを信じれなかったんだ。ついて行けば死ぬと思ってしまった。
なんて最低なんだ。
「ああ……」
振り上げられた刃。
なんで僕は殺される。こんな意味の分からない理由で。
どうして抵抗できない。受け入れているわけじゃないのに。
「なんで……」
ゆっくりと落ちてくる刃。
走馬灯が見えないのはどうして。
思い出せるほどのことがないからか。
僕は死ぬのか。
「……」
あの子たちを置いて僕は。
「……――!?」
身体が熱い。こんなの知らない。
「うぎゃあああああああああああああああああ!!」
悲鳴。まず一人。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」
さらに二人。
「な、なんだってんだこれ!?」
すぐに背を見せて逃げ出していく一人。
「一体何が?」
よく見えない。体が勝手に。
だんだん熱が引いていく。視界も色が戻っていく。
「あっ……」
僕は生きているのか。
血の流れがわかる。空気が肺に入る感覚がハッキリとある。
でもそれも次第に当たり前のように薄れていった。
だが体は動く。生きている。
「――おいおい、今の何だったんだ?」
「え?」
耳障りな興奮気味の声。ブレイブだ。
見向くと、剣を片手にちょうど兵士の頭を適当に投げたブレイブがいた。
俺を見て笑っている。なんなんだ。
「不機嫌そうに。さっきの凄かったぞ」
「さっきの?」
「おい、そこが見えないのか?」
剣で指し示すブレイブ。
その先には――白い顔して泡を吹いた三つの死体。その近くに赤く細長い根っこのようなものが生えている。
「……?」
なんかの植物か? 見たことない。
僕はそれに手を伸ばしていく。
「おいおい、触んないほうがいいぜ。毒だぞ、それ」
「毒?」
「すごいな、坊主。そんな能力があっただなんてよ」
高らかに笑うブレイブ。
理解できない。何が起こったか信じられない。
僕は何をした。僕がしたのか。
「おい見てみろよ。溶けだしたぞ」
死体が爛れていく。皮膚も肌も泡になって形を無くしていく。
真っ白の水たまりに変わった。まるで蕩けたアイスクリームだ。
「余韻に浸ってる中で申し訳ないけどよ、屋敷に軍隊向かってるから行ってくるわ」
「待てよ!」
「待たない。もう勝手にできるだろ?」
ブレイブは屋敷のほうへ行ってしまった。
来るのが遅いとか文句を少し言おうと思ったが、それどころじゃない。
僕は涎を拭いて走っていった。
朝から五千文字をアップしていく。
こんな人はなかなかいないな。
なかなかいないなかいないいなかいないか
はい、ふざけました。
今回はロマーンの能力覚醒をやりました。
有機物を生成する能力から有機系の毒物を作り出すことができるようになったよ。
ちなみにロマーンの出した毒植物のモデルはカエンタケ。
でもそこから実在しないものにしました。異世界にも存在しません。
ロマーンは自分で存在していない植物を作れるってことです。
これはチートだね。
しかし対価も何かしらあるので使いすぎは無理です。




