75.攻撃こそ最大の弱点
薄青い芝の上。激しくなびいている二つの巨大な旗、数百の騎士。
彼らの瞳には、荒れ果てた砂漠の天からゆっくりと落ちていく三日月が映っていた。
走って行けば届くところにある神々しき現象はその心を吸い込んでいく。
騎士の誰もがそのように黄金の光景を見上げる中、その光にできた影で睨みあう二人がいた。
突き刺すような気を放ちながら銀の剣を握るソフィ。白馬から眉一つ動かさずに見下ろすエメリーベン、背中には槍を背負ったまま。
互いに瞬きもしない。
「あなたは見ないのね」
「あのようなものに目を奪われるほど自信が無いわけでない。そして我はそうでなければない、それこそが人を導くものの役目だ」
エメリーベンの真っすぐな瞳にソフィは目を逸らしたくても逸らせずに、ただ殺気を強めていた。
「……」
ロウエルはそれらの光景を少し遠くから後ろに手を組んで眺め、いつもの笑いは失われていた。
「―!?」
ふたたび白く眩い太陽が見え始め、兵士たちは我を取り戻し絶句した。
そうして震え、エメリーベンのほうを見つめた。
「やっぱり聖職者様が言うことはよくわからないわ」
「我の考え、貴様らが理解できなくて当然だ。賊風情が求めるな」
「誰もあんたのことなんて求めてないわ―!」
ソフィは地面を大きく屈んだ。
その瞬間にエメリーベンは大槍を構え、目を閉じた。
目にも止まらぬ凄まじい速度でソフィは斬りかかった。
「そうだろう」
「っ―!?」
金色の膜、その向こうからエメリーベンが睨んでいる。
ロウエルも使っていた防護の聖術。
剣とともにソフィは弾かれ、後ろに着地した。
「……ありえないわ」
歯を食いしばり、エメリーベンの冷徹な顔を見つめるソフィ。
また軽く足で地面を踏んでいた。
「どうした、これは驚くことではない。貴様の最高速度でも我の読みは上だったのだ。なにも可笑しくはない」
「……」
―あれは確かに全速力だったはず。体感でもそうだし、地面も少しぬかるんではいるけど影響はない程度。
だったらなぜ防がれた。どんなに優れた探知でもあの速さには対応できないはず……いや、対応できてなかった。
斬りかかる前まで、私がアイツの真ん前にいたとき、アイツはまだ防護を発動してなかった。私には気づいてなかった。
なのになんで斬れなかった。あそこからどうして防御された……。
「どうしたのだ、睨んでばかりで襲って来ないのか。恐れているのか?」
「冷静なのよ。あんたとは違ってね」
白馬がわずかに揺れるのに合わせて、ソフィの顔に眩しい光がぶつかっている。
あまりの喧しさにソフィはエメリーベンが手に持っている銀の大槍を手で隠した。
しかしそうした瞬間にその不満げな顔は晴れた。
「その槍、魔剣かしら」
「……賊でも見る目はあるようだな。しかしこれは聖器、宿しているのは聖なる力だ」
エメリーベンはその眩い槍を天へ掲げ、冷たい視線をぶつける。
「名は地の大槍。その通りに地を支配する力を持つ」
「……気色悪いわ」
「わざわざ紹介したのに理解できていないようだ―ならば見せてやろう、その力を!」
エメリーベンは槍を振り下ろした。
その先がソフィのほうへ指すと同時にその足元が揺れた。
「なによ、これ」
ソフィはすぐにその場を離れようとしたが振動は強く、地面を蹴る前に膝をついた。
「本当に足を奪うのが好きね」
「シュバリーエルミエール、その俊足は驚異。まともな戦術だ」
「そう?」
揺れが止んでソフィが立とうとした瞬間、周辺がピリピリと鳴り響きながら金色に点滅しだした。
しかもその音はだんだん激しくなっている。
「―まずいわ!」
「また力任せな戦術に価値などない。身を持ってわからせてやろう―!」
足が痺れてきて動きが鈍ってくる。だがその間も地面は激しく点滅していた。
その中、ソフィは地面を大きく蹴ろうとしゃがみ込んでいく。
「いっ―!?」
足元にツンとした痛み。
それがさらに強くなり、何か鋭いものが足を抉ろうとしていた。
「っっ―!!」
それに刺される前に、ソフィは地面を全力で蹴った。
足が少し引っかかりながらも大きく横へ飛んだ。
「しくじったか」
飛んでいるソフィを目で追いながら馬の向きを変えるエメリーベン。
ソフィが着地する前に馬はそこを向いていた。
「賊……今ので分かっただろう、あれが地の大槍の力だ」
―あれは棘? いや、槍みたい。
斜めに伸びた棘槍は互いに突き刺しあい、その尖端は貫通している。
そこを紫の根が飛び回っている。たぶん雷の属性。
つまり地の大槍の力は、金色の雷棘を地面から突き刺す能力?
「でもそれならなんでさっき防御された?」
「だからさっきも言った通り。貴様の速さなど我々にとって大したことないのだ。十分に探知できるのだ」
無表情に言い放ったエメリーベン。
それに対してソフィは鼻で笑った。
「お前はそこまで強くないわ」
「そうか。しかして貴様が我に傷一つ付けられない事実は変わらない―!!」
白馬からソフィを見下し、地の大槍を天に掲げたエメリーベン。
するとすぐにソフィの周辺、その地面が酔わされるほどに金色に激しく点滅し、目を潰す強い光と鋭い電撃音が出た。
そしてまもなく雷棘がソフィへ襲い掛かった。
「もうわかりきってるわ」
棘が現れる前にソフィは軽く横へ飛んだ。
それと同時に雷が落ちる速さで出てきた棘槍はソフィを捕らえられず、ただその場に残ったのは鍾乳洞に生えた鋭い石灰岩のようであった。
「安心できると思うな」
着地する寸前、エメリーベンの冷徹な声がソフィに届く。それは宙を落ちるソフィを凍らせ、さらに動けなくさせた。
「―っ!?」
その鈍くなった体の足元から直感の電撃が走る、すぐにソフィは真下を確認した。
雷棘。こちらへ心なく迫り寄る槍々。
「一度起こったことと同じことがまた起こるとは限らない。愚かであるがゆえに」
煽る言葉がソフィの頭を殴る。
その意味が考えなくてもわかってしまうからさらに動きは揺らぐ。
だがそれは思考からくる行動。ソフィの直感はむしろ冴えわたっていた。
「―!」
エメリーベンは目を見開いた。
確かにソフィは棘槍に落ちていたはずなのにその身体が触れた瞬間、大きく後方へ飛んだのだ。
「まずい」
無表情に着地しようとするソフィ、エメリーベンは馬の腹を蹴った。
急いでその距離を埋める。
しかし間に合わない。ソフィの足は地面に触れ、そのまま屈んでいく。
「ならば仕方ないか!」
エメリーベンの体の周りを白みがかった金の粒が纏い始めた。
だんだん色が濃くなり、エメリーベンの姿が金色に隠されていく。
「なんだと?」
漂っていた光は消すエメリーベン。
その視線の先には首を振った後、真っすぐこちらへ走りだしたソフィがあった。
「一体何が狙いだ―!」
困惑しながらもエメリーベンは大槍を天に向け、走るソフィの周囲足元を金色に点滅させる。
―雷棘が来る。そんなのわかっているわ。
わかっているから直感なんていらない、そっちのほうが危険。
それに感に頼って記憶ないだなんて納得いかない。
「納得いかないわ―!」
その点滅と足音を合せ、ソフィは幅跳びのように屈んでエメリーベンのほうへ大きく飛び出した。その後方、遥か後ろには置き去りにされた雷棘があった。
「―もらったわ」
遠くを見ているエメリーベン。すでにソフィが近くまで迫っているのに、飛んだことにも気づいておらず、身を守る動きもしていない。
ソフィは両手で剣を振りかぶっていく。
「探知する分の力を雷棘に使ったから……か?」
その瞬間、エメリーベンの冷徹な目がピタリと斬りかかろうとするソフィを捕らえた。
でももう遅い。気づいていても身を守っていないエメリーベンにソフィは迷わず剣を振り下ろした。
「―!?」
だが剣は届かない。
エメリーベンの姿は見えなくなった、棘の山に隠された―地面から生えてきた棘槍をエメリーベンは盾にしたのだ。
「っっ! 気に食わないわ!」
このままじゃ壁に激突する。
ソフィは剣を握りしめ、棘槍を蹴って後退した。
―距離があった。アイツの首を斬るまでの時間が長すぎて、身を守らせてしまった。
でもそれは探知できてなかった証拠。
「だったら―!」
着地と同時にまた走り出したソフィ。
真っすぐエメリーベンに向かって行く。
「体力だけはあるようだ。苦しむ時間が増えるな―!」
点滅する足元。
ソフィはタイミングを合わせて横へ飛び、範囲外へ逃れる。
「―!」
「やっぱりこうなるわね」
その姿を目で追われていることに気づくソフィ。
それで下を見れば、すでに着地点が点滅していた。しかも先ほどより速い。
着地する前に棘槍でソフィを仕留めるつもりのようだ。もう雷棘は迫っていた。
「なんてことないわ!」
直感は働かなかった。働かせなかった。
それはその答えをソフィがたった数秒前に見つけたからである。
ソフィは棘と棘の隙間から棘の側面に足をつけ、踏み台にして飛んで回避した。
「すばしっこい……―!」
「―!」
「……―!」
「遅いわ―!」
その着地点を狙っては同じように避けられるエメリーベン。
だんだんとソフィに余裕気になってきたのは、エメリーベンのほうへ真っすぐ進んでいるのではなく、エメリーベンから見て右斜めに飛んでいるからであった。
「―っ……小賢しい―!」
わざわざ馬の向きを変えなければならないため右へ機敏に動くソフィに合わず、ついにはその足が地面についてしまうほど遅れていた。
また徐々にソフィが接近してきていた。
「もう少しでいい距離……―!」
「来させるか―!?」
右へ右へ来ていたソフィが急激に速度をあげて逆の左へ。
突然方向転換に右へ慣れてしまっていたエメリーベンは大きく置いてかれた。
一気にソフィは近づいていく。
「引っかかったみたいね―!」
「調子に乗るな、賊めが―!」
点滅する足元。ソフィは走るテンポを合わせる。
タイミングを読み、棘が出てくる瞬間に少し上に飛んだ。
そして下を向き、空中で体の向きを変えながら棘の側面を踏もうとしていた。
「―!?」
ソフィから見て左側と前方、棘の壁があった。
巨大な棘がソフィの飛ぼうとした方向を塞いでいた。
「そうね―!」
ソフィはキッパリと右へ飛んだ。
エメリーベンはそのまま一気に右を向き、大槍をかざした。
「賊風情が―!!」
ソフィが着地する前に、すでに壁は召喚された。
しかもそれは着地点よりもだいぶ前のほう、このままでは壁に激突する。
「だったら―」
ソフィは目の前に現れた壁を蹴ろうと体の向きを変えていく。
しかしその瞬間、新たに壁が現れた。それも左右と後方。
完全にソフィを取り囲もうとしていた。
「舐めないでほしいわ―!」
前方の壁を蹴り、空中で体の向きを変え、後方だった壁を蹴った。
そしてソフィは壁の隙間を大きく飛び抜けていった。
「探知も距離も効かないわ―!」
そこはすでに射程圏内。
十分にソフィの速さが発揮される領域であり状況。
ソフィは体の向きをエメリーベンに向けながら着地する。
「―!!」
地面はまったく痺れない。
ソフィはエメリーベンの横面を捉え、最大出力で飛び掛かった。
その銀の剣が光に反射して煌めく光線となっていく。
「今度こそもらったわ!」
向こうを見たままのエメリーベンが前、剣を振りかぶるソフィ。
もう棘も防護も発動できない。
完全に勝負は決した、とソフィは自負していた―エメリーベンの顔がこちらへ向くまでは。
「待っていた、この瞬間を―!!」
「嘘―でしょ?」
立ちはだかったのは宙に広がる棘の森。
全ての棘槍がソフィ側へ向いて串刺しにするのを待っている。
「攻撃こそ最大の弱点」
ソフィは止まれない。
ただ棘の森へ突入するしかなかった。
ああ、やってしまった。
強い敵を作ってしまった。それも転生者でもないのに。
ちょっとこれ、どうやって勝つんだよ。




