74.黄金のプリズム
灼熱の炎の球体、その足元。
雪が溶けて泥まみれになった雪原は、再び召喚された小太陽によってマグマ色の砂地に変わり果てていた。
そこに三人。にやけている髭面のおっさん、その後ろの枯れ果てた木から顔を出している少年、顔を真っ赤にして息を荒げて汗を拭う茶髭の老いた聖騎士の男。
「いいかげん、そのむさ苦しい鎧を脱がないと死んじまうぜ?」
「黙れ。浅ましき男」
「はぁ、どいつもこいつも辛辣なもんだ。そうは思わねえか坊主!」
「……思いません」
警告した後、口笛吹いて見つめるブレイブ。
対してヴィヴィールは重い鎧にこもる熱気に喘ぎながらも、凄い目つきでブレイブを睨んでいる。
「さてさて、次はどんな攻撃をしてくるんだ?」
「っく……そ……太陽にやられるわけには……」
太陽剣ソレーユ。ブレイブが手に持っている魔剣により、オレンジ色になった空気。
それはブレイブにとって美しく寛大であっても、ヴィヴィールにとっては醜さと苦しみの象徴たるものだった。
くすんでいる白い重鎧、傷だらけの大剣、ヴィヴィールは灼熱の前に動けなくなっていた。
ただその場にいるだけで体力を貪られる環境で険しくなる表情に汗が流れるばかりである。
「このまま煮えて死んでいきたいのか? つまらない爺さんだな。もうちょっと俺を楽しませたらどうだ?」
「……ふざけよって、愚者め」
「なんだよ、口だけか?」
「相変わらず馬鹿みたいなオッサンだ―っひぃ!?」
突然のヴィヴィールの鋭い視線に木の陰へ身を隠すロマーン。
それでも汗だくの聖騎士はまだ見ていた。
「おいおいもしかして爺さん、坊主が涼しい顔しているからって羨ましいのか?」
「黙っていろ―!!」
そう叫んで汗を拭くと地面を蹴り飛ばし、顔が引きつっているロマーンに飛び掛かっていくヴィヴィール。
「どけぃ―!!」
「うわぁ!」
「……なぜだ?」
ドロドロ流れていく汗は止まらず、まったく息も整わない。
鎧の中に立ち回る邪気もまったく晴れずにむさ苦しい。
その血走った顔でブレイブに振り向いた。
「残念だが、俺の太陽は場所によらない……とは言わねえが、熱を受ける対象は選べるもんだから、その木にはなんの仕掛けもないぜ」
「なんだと……」
「おいおい、信じられないって感じだな? だったら証明してやるよ」
ブレイブの意味ありげな笑みが漂う水蒸気の中でもよく見えていた。
しかしそれはすぐに歪んで見えなくなった。
「―ああああああああああああああああああ!!」
悶え苦しみ叫び喚く男の声が辺りを埋め尽くす。
それを聞いてブレイブは口を手で覆っていた。
「あついあつすぎるぅううううううううううううううううう!!」
「ふはぁ! そうだっただろ? 熱いだろ? あっはっはっは!」
地面に転がりながらも情けなく声をあげていてもヴィヴィールは鎧を脱ぐつもりはない。
ただ耐え切れなくなっているはずなのに、その隙に殺されてもおかしくないはずなのに。
「馬鹿げてるなぁ! まぁどうしたって爺さんじゃ俺には勝てないんだけどな!」
「やっぱり外道だ。このおっさん……」
地獄とは場所ではなく人であるとロマーンは絶句していた。
「くそう、くそう……こんなはずでは……こんなはずでは―!!!」
歯を噛みしめ、獣のような動きでブレイブに襲い掛かるヴィヴィール。
大剣を振りかぶり、ブレイブをおおきく斬りつける。
何回も何回も。理性など関係なく感情のままに。
何度も何度も、むちゃくちゃに斬りつける。
「満足したか?」
「ぅう……」
冷徹な声、ヴィヴィールは凍りつくように止まった。
無我夢中で斬りつけていた。それゆえに目の前にあるものも忘れていた。
そこにあったのは真っ赤なカーテン。
「何度やっても結果は変わらない。それが世の常だ」
その向こうに声はあった。
現実に気づいてヴィヴィールは冷や汗をかいた。
それは額、頬、首をつたり、下ろした手を通っていく。
だがもう大剣には辿りつかない。
「武器が無くなっちまったな。カーテンは何もかもを溶かす、さっき確かめたはずだぜ?」
柄だけになって軽くなったのに、ヴィヴィールはその重さにまったく動けなくなっていた。
もはや熱さも感じない。通り越した感覚が隙間風の如く涼しくもあるのか、先ほどよりも表情もやわらいでいる。
「爺さんがどんなロアマトの術を使おうが俺には―太陽の力には勝てない」
「……」
「沈黙か。信仰者は都合がいいこった―」
「ヴィヴィール様を守れ! 攻撃しろ!」
無数の槍がまるで雨のように降り注ぐ。
それらが落ちる前に矢の大群もそこへ突っ込んでいった。
「ブレイブさん!」
砂煙に覆われる一帯。
晴れてくると金色の光がだんだん見え始めていた。
また地面で銀色に輝く水たまりも。
「わけわかんない奴らだ。味方もろとも攻撃してくるだなんてな」
「なんだあれは!?」
「ああ、もうそういうのいいから―ってなんだこの金色の膜は!?」
黄金の球の中に無傷のヴィヴィールが立ち尽くしていた。
その辺りには槍と矢がいくつも落ちている。
「なんで今のが効かないんだ!?」
「ど、どうしますか隊長!」
「撃て、矢を放て! あと雷だ。神雷を準備しろ!」
ざわざわしている声。
ほとんど何もなかった砂地が銀色の光に塗りつぶされている。
「まじか、援軍かよ」
「ブレイブさん! この数は―」
「わかってる。ほぼ全ての聖兵だろ? 無茶するな、こいつらも……だったらこうしてみるか―!」
ヴィヴィールを守る結界へ太陽剣を振り下ろすブレイブ。
しかし容易く弾かれる。
「かってえ!? まじかよ」
「よし今だ! 槍と矢を放て!」
「おいおい、またかよ」
空に現れる銀色の巨大な雲。
それがだんだん近づいて鋭い鳴き声も耳を塞ぎたくなるほどに迫る。
やがて引き裂くような音を響かせ、また砂煙の山が現れた。
「しゃらくせえ!!」
一面を覆う悶々たる灰色の煙の中に小さい火花が一つ。すぐさま砂は火の雨に変わり、一気に地面へ降り注いだ。
辺りを突き刺す槍も矢も灼熱たる砂粒に溶け、一帯は灰銀に塗られた。
「なんだこれは……」
「あいつ、いかれてるぞ」
「た、隊長!」
「あ……」
静まり返った砂漠。延々と燃え盛る太陽。
一瞬にして起こった現象、その張本人がこちらを睨んでいる。
何もかもを疑ってしまう中、ただ指揮官も一つ理解した。
「た、退避だ! 退避だ!!」
「でもエメリーベン様が―」
「かまわん! 撤退する! すぐに撤退だ!」
その掛け声は響き渡り、軍勢は回れ右をして走り始めた。
銀色の壁は砂ぼこりに薄れていく。
「だったら最初から来るなよ。めんどうな」
「ああ、本当にめんどうだ。あやつらは―!!」
血飛沫が舞った。
鉄の拳にはその血痕。
「ジジイ……蘇ったのかよ」
「意外としぶといのだな」
頭から流れる血を拭いた手を見つめるブレイブ。
ヴィヴィールは黄金の結界の中で小さく笑った。
「おい、一発殴ったくらいで嬉しいのか?」
「そんなことはない。ただこの拳に付いた血がお主の運命を見せてくれたものでな」
「ボケてんのか」
ブレイブは手を額に当てるとそこから蒸気が出てきた。そうして顔をしかめながら火傷で血を止めると体に太陽のカーテン、守りを固めた。
「そろそろ息の根を止めてやるよ」
「ほう、お主にそれができるのかね?」
「あ?」
「気づかんか?」
平然としているヴィヴィール。
黄金の球体の中で余裕の表情である。
「ロアマトの魔法ってのは太陽も守れるのかよ」
「この強度ならでは。奴らは臆病者よ、自分たちの安全よりも拙僧の―聖騎士の命を優先するのだから」
砂ぼこりも晴れ、何もなくなった砂漠の向こうを見つめるヴィヴィール。
ただそれを見てもブレイブはどうとも思わず、和む爺さんを睨んだ。
「そうだな。その魔法はジジイの身を守れるかもしれない。そうだとして、どうやって俺に攻撃する?」
「ふん、甘く見るなよ若造」
黄金の守りの中、ヴィヴィールは静かに目を瞑った。
何も言わずに口だけを動かしている。
「念仏かよ」
「知っておるか、聖術とは祈りが起源だと」
「あ?」
「その言葉の意味と願い、感情を重ねて唱えるのだ。すると奇跡が起こる、神に祈りが届くのだ」
ヴィヴィールの目は輝きだした。
両手を握り何もない空を見上げると、ハッとした。
その後に笑いながらブレイブを見た。
「貴様の力はあらゆる攻撃を溶かすのだな?」
「ああ、何も効かないね。この太陽のカーテンの前に一度も攻撃は喰らったことはない」
「そうか。それが太陽の力か、はっはっは!」
突然笑い声をあげる老人にブレイブは困惑を通り越して苛立っていた。
塞いだ額の傷からわずかに血が滴り始めていた。
「何が言いたいんだ、ジジイ!」
「……なに、一つ確かめてみようじゃないか」
唸り始め、黄金の閃光を放つ天空。
すぐにブレイブは太陽剣を空に漂う小太陽に掲げた。
「さぁ確かめようぞ、ロアマトの力は太陽を貫くことを!!!」
吹き荒れる風に砂は舞わず、しかし光の粒が空へ昇る。
天空まで粒が届くとさらに煌めき、いくつもの鋭い鳴き声をあげる。
何度かそれを繰り返すうちに光は強まり、音も大きく。
「往け!!」
ヴィヴィールが手を大きく広げ、そう唱えると天空に集まった金色の雲は張り裂けんばかりの音とともに眩い斬撃を放った。
ブレイブから見てそれは迫りくる黄金の十字架だった。
遠くから見る兵士たちにとっては三日月の形のようであった。
「おいおい、まじかよ。嘘だろ!」
「己の愚かさを思い知るがよい……」
確かに落ちてくる十字架。辺りは金色に照らされる。
肌にぶつかるその光に気味悪さにブレイブはわかってしまった―あれは太陽の力では防げないと。
「くそ! こんなところで―!!」
十字架は加速することなく、一定のスピードでゆっくりと落下していく。
だがそれは外目だけで、ブレイブにぶつかってくる光の痛みは確かに強くなっていた。
「くそ! くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
太陽には溶かせない絶叫が響き渡ると老聖騎士は仄かに笑い、見定めた。
その結末を。
「今、黄金の斬撃が愚かな若者の真上、その頭上に近づいている。あらゆる過ちに対して後悔の叫びをあげている。これこそが拙僧が望んでいた光景……―なぬ、馬鹿な!?」
一筋の真っ白な光線が静かにその古びた鎧を貫いた。
心臓は止まり、祈りもなくなった。
ゆえに黄金の十字架はわずかにその頭を掠るだけで無情にも消え去った。
眩しき金色の光景が薄れていく。またその意識も。
「そうか……そうだったのか……」
ヴィヴィールはブレイブが握る太陽剣、そこから伸びている細い光の筋を見つめていた。
その色は黄金であった。
それだけを確認して男は倒れた。
「ふぅ……死ぬかと思ったぜ……」
汗まみれの酷い顔。
ヴィヴィールが倒れてもなお、太陽剣を握りしめ光線を放ち続けているブレイブ。
「何を守ってるんだかな。馬鹿馬鹿しいぜ、本当にな」
黄金の結界は未だに消えず、その中にただ安らかに死んでいる爺さんを見ていた。
灼熱に漂う太陽の下。その血は蒸発しない。
一体いつからこのシリーズは文芸になった。
まぁいいか。




