70.何ために助ける
足並みが揃わない奴らだ。
歩きにくいと喘ぐばかりで、死にそうな顔してるのに鎧も脱ごうとしない。
こいつらは馬鹿じゃないのか。
「シユウ、あの赤い毛なんだろうね?」
「隊長とかだろ」
俺とロイバは今、軍勢の中にいる。
どうしてこうなった。
改めて思い返す。
ストラーダ港町から少し遠い雪原。ではなく平野。
攫われたミアを助けるために、俺たちは平野の先にある屋敷を目指していた。
しかしそこには約600の聖兵があった。
しかもその先頭には上位聖騎士とかいうのもいるらしい。
そんな状況に絶望する暇もなく、さらに聖騎士が現れたんだ。
作戦も立たないまま、とにかく進んでいった。逃げることもできなかった。
「それで……」
「ソフィとも逸れたんだよね。だから仕方なく軍勢に身を隠すことになったと」
「ああ、そうだった」
何故か突然ロウエルが俺たちを襲ってきて、ソフィがその場を引き受け、残った俺とロイバが屋敷を目指していくことになった。
「そして仕方なく軍勢に潜んで隠れることに……ならないよな、普通」
「あれ、理解してなかったのかい? 広い平野を二人だけで歩いたら怪しまれるじゃん?」
「ああ、なるほ―いや、俺たちが見つかったらいけないのは、この兵士たちだぞ?」
「……トウダイモトクラシってやつだよ」
深刻そうに言うが、お前の頭のほうが深刻だろ。
俺たちは聖兵たちの恰好をして忍んでいるわけではない。
ロイバの謎の能力か、技で見つかっていないのだ。
今までの経験からむしろ狭いところのほうが隠れやすいらしい。
「そうに決まってるよ。物陰ないのに隠れられるわけないよ?」
「さっきから心を読むな」
「それよりもここからだよ」
そう言いながらスキップし、入り組んだ兵士の間をロイバは潜っていった。
目立っているはずなのに、疲れ果てている兵士の目には映らないようだ。
「不思議なもんだな」
俺にだけ見えているであるロイバの背中を追って、暑苦しい隙間に体を捻じ込んでいく。
異常な数のせいで、ぶつかっても気づかれない。
「おい、後ろのほうで山賊が暴れてるって」
「そうらしいな、対処してる部隊が羨ましいぜ」
嘘をつくな。相手はクソ強い変人のオッサンと無慈悲すぎる女騎士だぞ。
盲目の兵士たちの横腹を肘で抉りながら前に進んでいく。
「昨日の晩飯、まず過ぎたよな」
「忘れてたのに、あのシチューのことを思い出させるなよ」
「……吐き気が―!」
ロイバの姿が二人の兵士の肩に隠れた。
閉ざされた道を、口を塞ぐ兵士を押して開く。
少し後ろで騒いでいるが、気にしない。
「シユウ、あともう少しってところだよ。ほら」
ロイバが示したのは風に大きく広がる高級な生地の旗。
喰われそうなほど、あの旗は巨大だったんだ。
「―なんでだ。たった一人の女の子のために、俺たちが死ぬような思いしないといけないんだよ」
俺はあたりを見回す。
どいつもこいつも俯いて顔が見えない。
その言動に答える相手もいないからわからない。
「しょうがないだろう。世間がそうしろって言うから」
溜息と喘ぎ声に耳が塞がるのに、どうしてはっきりと聞こえる。
「だとしても敵地にこの人数だぞ」
熱気と僅かな銀の反射に目が遮られる。
まだ日が昇っていないのに眩しく喧しいのが腹立つ。
「ダメだ。落ち着け」
イラついている場合じゃない。
こんなことしてるときだって、ミアが危険かもしれないだろ。
「あれ?」
ロイバがいない。
いつの間にか前に進んでいたのか。
さっきよりもギュウギュウなのにどうやって。
「―あんな女の子なんていなくても、何も変わらないのにな」
見つけた。
前も見ないで戯言ばかり喚く、ただの鎧の塊を手で押して横切り、皴まみれの腐れ顔に拳を振りかざす。
「この野郎、ふざけ―」
「大変だ! 山賊が軍勢に紛れてるぞ!」
どこからか響いた大声に握り拳は空を切った。
下ばかりに顔を向けていた奴らが、一斉に声のほうを見上げた。
周りの奴もみんな上向いてる。俺のことじゃないのか。
胸を撫でおろした。
「―ってことはロイバか!」
肩を抉るように誰かがぶつかってきた。
見つかってないのに痛いのは嫌だ。
俺はソイツにガンを飛ばそうと振り返った。
「やっほー! シユウ、何してんのさ?」
「……お前がな―」
ロイバが純粋な顔したまま、口を手で塞いできた。
「ほら、大声出しちゃだめだよ。ぶつかってもある程度はわからないけど、声は目立つから」
「わ、わかってるって」
しかしさっきのお前だろ。見つかってんじゃねえか。
説得力はないが、これ以上ロイバに正論を言われたくないから受け入れよう。甘んじて。
「なら行くよ。もう少しでスッキリしたところに出るから」
見飽きた兵士の背中から逃げるように、俺は必死にロイバの後ろをついて行った。
あんなデカい旗なんて怖くない。
まったく、気持ちが悪いそよ風だ。
この野蛮な森にも区域があるらしい。なんだこの整列は。
後ろの方は顔色悪くして倒れそうって嘆いているのに、この先頭近くはどいつもこいつも涼しい顔して黙っていやがる。
地面の悪さに対する歩き方もわかってるし、後ろに合わせてゆったりと歩いている。
足取りにまったく迷いがない。
「てかよく見つかってないな」
「まぁ、前しか見てないし。整っていてもこれくらいじゃ、僕の技は無効化できないさ」
決め顔を飛ばすロイバ。
なんか真面目にここの気持ち悪さに唸っているのが馬鹿みたいだ。
「さっさと、前に行くぞ」
「ちょっと待って」
千切れそうなほどに手を引っ張って、俺を後ろに戻したロイバ。
珍しく真剣な顔して考えている様子だ。
「どうした?」
「いや、先頭から抜けたら見つかるじゃん」
ロイバはそう言いながら目をパチパチさせた。
そ、それくらいわかってたし。
「ここは軍勢が屋敷の近くに行くまで待機しよう」
「いや、ダメだ」
即座の否定にロイバは硬直した。
頭を優しく叩いて歩かせる。
「俺たちはこいつらよりも先にミアを助けないとダメだ。それじゃ遅すぎる」
「そうだったね。でも……」
ロイバは列の向こう、一番前に目を向けた。
塔のような旗の棒、その隣で馬に乗っている異様な鎧騎士。
「絶対に見つかっちゃうんだよね」
「くそ」
あの鎧騎士が高位聖騎士なんだろう。
佇まいが違いすぎる。体に無駄な力が入っていないように見える。
だからと言って隙だらけでも無く、強固さをどこかに感じる。
「ん? なんか話してるな」
「そうだね。少しだけ前行ってみるよ」
「お、おい」
俺には行くなと止めたくせに。
まぁいいか。
朝でも構わない。
出来立てを。




