69.雪の無い雪原を走る
雪無き雪原を進む聖なる兵士たち。
掲げたいくつもの旗と銀色のヘルメットを見て、敵のいる屋敷に向かっている。
しかしその集団にも僅かな外れ者はいるようだ。その兵士はあたりをキョロキョロしたと思ったら、闇の薄れてきた空を見上げた。
そして気づく、後方からの眩き光とそれが南から昇ってきたものだと。
「おい、前を向いて歩け!」
馬に乗り、頭に赤毛を立たせた兵隊長の大声が兵士の顔面に浴びせられた。
しかし兵士は足を止めた。
その様子に兵隊長は顔をしかめたが、兵士のどこか気味の悪い顔がはっきり見えると、再び声は出そうとした声は喉の手前で止まった。
「どうした?」
「太陽って西から昇るんでしたよね?」
「いや、東だが」
ゆっくり後ろを指さす兵士の顔は小麦色に照らされていた。
異様な光景に兵隊長も後ろを振り向くと、周囲の兵士たちも引っ張られるようにそうした。
「なんだあれは?」
頭の後ろに伝わる温かさと静けさに他の隊の兵士たちも後ろを見向いた。
その怯え、歓喜、睨む顔もすべて光は照らしていた。
ただ一人を除いては。
「敵は前だ。幻惑に戯れるな」
その声は遠く離れている後尾まで響いて聞こえた。
冷めついた風に乗って聞こえた断固たる宣言に、再び兵士たちは前に歩き出した。
細い木の上でたたずむ、茶色い髭、白い鎧の男。
煩わしく輝く剣に目を背けず、閉じるわけでもなく、地面に飛び降りた。
やはり鎧には黄金の円環が刻まれている。聖騎士だ。
「最低ね」
「何がだ?」
額に手を当てるソフィに笑って返すブレイブ。
いいからその眩しいのをしまえよ。
「あれって、上位聖騎士っぽいよね。おじいさんだし」
「年齢で決めつけるはよくないですよ」
ロイバの予想は恐らく当たっているだろう。
ロマーンが年齢でって言ったけど、それだけじゃない。ソフィの顔が明らかに険しくなっているから間違いない。
「心遣いどうも。拙僧はヴィヴール=ヴィヴーレ。聖騎士では第七聖騎士を授かっております」
丁寧にお辞儀をしながら名乗る茶色髭の男。
そんなに気遣ってくれるなら見逃してほしいところだ。
「お前のせいだからな。どうすんだよ」
「まぁまぁ。そんなに怖がってんなって」
知ったかぶるなよ。
出鼻がくじかれ、作戦も立てられてないのに、てかお前のせいで。なのにブレイブは顎髭を掻きながら目の前にいる聖騎士じゃなくて、そっぽ向いてやがる。
「とにかく今は、撤退するわよ。私とこいつで時間稼ぐから―」
「その必要はねぇな」
ブレイブはあっちを向いたまま活き活きと言い放った。
誰のせいでこうなったと思ってんだ。
「いい加減に―」
「そうだろ、聖騎士のおっさん?」
ゆっくりと振り向きながら、ブレイブは茶髭の聖騎士に鋭い視線をぶつけた。
茶髭の聖騎士は気味の悪い眼光に威圧される様子はなく、ただ首を振った。
「いい度胸ですな、拙僧と一人で戦うつもりのようだ。いいでしょう」
「じゃあそういうことだ。ほら、ガキたちはあっちに行けよ」
手で追い払うってブレイブは言った。
言われなくてもそうしようと思ってたぞ。
「気に食わないけど。仕方ないわ、行くわよ」
「そうだね、シユウたちも早く離れないと追いつかれるよ」
「そうだな」
ソフィとロイバを追って俺も走り出した。
あんなに威張ってたくせに、屋敷から一番遠いところにいるとは、最悪だ。
「おーい、聞こえてるぞ。だれがすぐに負けるだって?」
うざったい声と光を気にせず、俺たちは屋敷に向かっていった。
ようやくブレイブと離れられる。
「はぁ……ロマーン、ここは喜ぶべきところだな―あれ?」
「どうしたんだい、シユウ?」
「ロマーンがいない」
俺は痛いほど眩しい光のほうを振り返る。
そこにはブレイブと言い争っているロマーンがいた。
「なにやってるんだ、あれ?」
「早くしなさい!」
「あ、ああ」
ブレイブと一緒なら大丈夫だろう。
なんでこっちにこなかったのかが、ちょっと引っかかるけど。
ミアが捕まっている屋敷へ、三人で走っていく。
ああ、足が取られる。
だれかのせいで地面がぬかるんで堪らない。
向かう先、遠くにある銀の森は一向は止まっているようだ。
あの聖兵共がまったく進んでいないのも、このおかげか。
「なんか余計に腹が立つな」
「遅い、さっさとしないと置いてくわよ」
汗もかいていないソフィの表情がぼんやりと見える。
いつものようにニヤニヤして、こっちを振り向くロイバも。
「ほらほら。ミアちゃんがひどい目に合ってるかもしれないよ」
どんなに気持ちが強くても地面は地面なんだよ。
言われただけで速く走れるならとっくにそうしてる。
「もしかしてシユウ、怖いの?」
「うわ! 突然、隣に来るな!」
瞬きした間にわざわざ移動したのか。
なんなんだその余裕は。
「姉貴に置いてかれるよー?」
憎たらしい声が前に遠く。
「いいのー?」
感情を逆なでする声が一気に耳元へ。
うろちょろするな。自慢するな。あっちに行け。
いや、行くな、どうせ戻ってるだろ。
「なんでお前は疲れないんだよ」
「なんでって、姉貴の真似したらすぐにできたよ?」
ソフィの歩き方を覚えたってことか。
だったら俺も試してみるか。
「ってどこに行った?」
「ついに置いてかれちゃったね」
なぜ笑っている。
俺はその引き裂きたい顔に剣を振り回すが、ひらりと躱された。
ロイバの足場の悪さも感じない身のこなしは、陽気に踊るピエロのようだ。
「まぁどちらにしても真っすぐだろうし、大丈夫だよ」
「そう……はぁはぁ……だな……はぁ……」
余計に疲れただけ。
ロイバはまったく息も切らしてないのが許せない。
「おい、どうやったら楽に走るんだ?」
「うーん? 教えてほしいなら普通、敬語だよね?」
「……どうしたら楽に走れるか教えてください」
「うーん?? まずは詫びないと。今まで僕を雑に扱ったこととか?」
「……いままで雑に扱って申し訳なかったです。楽に走る方法を教えてください」
「うーん??? ロイバ先生、教えてくださいじゃないのぉ?」
ああ、もうどうでもよくなってきた。
とにかくこいつを殴り飛ばさないとどうにもならない。
ドヤ顔して見下すロイバに剣で狙いを澄ます。
「わかったよ。冗談だって、こうやって走ればいいんだよ」
目にも止まらぬ速さで駆け抜けていくロイバ。
その先にあったのが銀の帯だと気づいて、俺はわかった。
「あいつ……逃げやがった!!」
あの野郎。あれだけ言わせといて逃げるとは。
絶対にあいつだけは殺す。
怒りを込めた拳を振って、俺はその忌々しい後姿を追った。
非常にゆっくりと進む聖兵の群れ。
たびたび足を止める兵に槍をぶつける赤毛の兵士が、目を凝らせばギリギリ見える。
膨れた顔のおかげで楽に聖兵を見ていられるロイバはいいな。
「すごいよ。遠くが良く見えるよ!」
「……」
ロイバのあの面白い顔に笑わずに、顰め面できるソフィは異常だな。
でも確かに気を抜きすぎるのはよくないか。
「やっほー!」
「おい」
俺たちは荒野を真っすぐ進む聖兵から離れ、大回りして走っている。
聖兵たちは地面に苦戦してるから、回って行ってもこっちのほうが先に屋敷にたどり着けるのだ。
運が良いのか悪いのか。
「それにしても、どうして兵士たちの一番前までゆっくりしているんだろうね。聖騎士クラスなら、ぬかるみなんて余裕だよね?」
「……俺もそこが引っかかってたんだ」
そもそもミアを取り戻すだけで、なんであんなに数を集めてんだ。
何を考えてるかわからない。
「無駄なこと考えているなら急ぐわよ」
別に無駄なことじゃないだろ。
もしかしたら何かの罠かもしれないだろ。
「―おい!?」
「止まって」
ソフィが突然足を止まった。
でも俺はそんな急に止まれない。
「うわ!」
体中がジメジメする。気持ち悪い。
柔らかいおかげで怪我はないけど、臭い。
「盛大に転びましたけど、大丈夫でしょうか?」
耳が必死に拒絶する声に、俺は顔を見上げた。
目に優しくない豪華な柄のスカート、変な紋章が描かれた服の胸部、そして相変わらずニヤニヤとしている中年の顔。
「この人だれ?」
「ああ、申し遅れました。私の名はロアマト教会、第二司教のロウエルです。以後お見知りお―っぶふ……」
ロイバの酷い顔に口を覆ったロウエル。
初対面の人にそれは失礼でしょうよ、司教さん。
俺がその真っ白なローブを掴んで立ち上がると、笑いは止んだ。
「どういうことかしら?」
「……はい。まぁいろいろと忙しいもので。なにせ誰かさんがロアマトの子を誘拐するものですから、私までここに呼ばれてしまったのですよ」
なんで煽ってくるんだ。
少し豪華な衣装を着てるだけでいい気になりやがって。
「お前がやらせ―!?」
目の前を茶色い何かが掠めて通った。
その後に見えたのは、ニヤついているロウエルとその手にある大きい杖。
「状況がわかっていないようですね。周りを観なさい」
どこを見回しても銀色の鎧がある。
これは一体どういうことだ。
「邪魔するなら容赦しないわ」
「またまた辛辣な。久々なんですからお手柔らかに」
ロウエル、戦うつもりなのか。
何が目的なんだよ。
「ねえシユウ。」
「なんだよ、ゆっくり話してる時間はな―」
「この人だれ?」
……耳も殴ってたっけ。
なんかロイバの顔がふざけてる感じじゃない。
「司教だからって甘く見てはいけませんよ。戦いの心得はあります。油断したらすぐに死んでしまいますよ」
「そんな風には見えないけど、今は仕方ないわね」
ソフィは目にも止まらぬ速さで何人かの兵を殴り飛ばし、その武器を奪った。
そして俺とロイバのほうを見て、槍を向けた。
「え、え?」
「後ろ。行きなさい」
倒れた兵士で道が空いていた。
あんな挑発にソフィは乗るのか。というかそれはそれでロウエルが気の毒だが。
「いや、全然気の毒じゃないな。自業自得だろ。行くぞ、ロイバ!」
「あ、うん。なんかよくわからないけど」
走り去っていくシユウとロイバの背中をまじまじと見つめるロウエル。
彼らの進む先に兵はなく、追う兵もない。
そこにいるすべての兵は、第二司教を司教を睨んでいるソフィに武器を握っていた。
遅くなってしまった。
わりと今回はだいぶ文芸だろう。
ゆくゆくは。




