67.高級料理店とアラサー
山盛りの味噌を指で掬い、じっと見つめる髭面のオッサン。
臭いを嗅ぎ、指でこねた後、オッサンは舌でそれを舐めた。
シンクに逆さまで入れられた大きな鍋が、その背後に見えている。
「やっぱり味噌だな」
「だからそうだって言ったでしょう……」
オッサンに溜息をつくロマーンに、俺もやれやれと首を振った。
それにアホ面をするオッサンは、また茶色く大きな塊に手を伸ばした。
今度はワシ掴みでかぶりついてる。
「この人、何者なんですか?」
「お前が拾ってきたんだろ」
「そうですけど、こんな変人だとは」
俺はしつこく止めたんだ。
でもそれは変態だからじゃなく、危険だからだ。
だがその事実も覆ってしまうほど、目の前にいる髭面は気色悪い。
「助けないほうが良かったかもしれない」
「おい坊主、それは酷いだろ」
手のひらを舐め回しながら言われても説得力はない。
いいから早く追い出したい。
「凄いなこれ。味噌なんて久々すぎて泣けてきたぞ!」
「それ全部あげるから帰ってください」
「そんなこと言うなよ。これでもまだまだ腹ペコなんだからさ」
「豚汁あれだけ食ったのに、まだ食べるつもりかよ」
あの神々しくも悪魔じみた太陽を出していたのが、こんなふざけたオッサンだとは。
殺されるかもしれないと怯えていた時間を返せ。
「次はそうだな……味噌ラーメンとか作ってくれよ」
「作りません」
「そうか。じゃあ味噌煮でもいいぞ」
「はぁ……」
椅子に座り、箸をそれぞれ左右の手で握りながら堂々としているオッサン。
あれほど優しいロマーンが目も合わせないで嫌味ったらしい顔をしている。意外にも行儀の悪い人には厳しいらしい。
「おいおい。味噌料理が食べられるなんてこの店しかないんだから、早くしろよ。あと日本酒も出せるなら頼むわ」
日本酒は俺もちょっと興味あるな。
ロマーン、手を合わせてくれないか。
「……そんな目を輝かせて。シユウまでアホになったんですか」
「い、一緒にするな! こんなオッサンと」
「オッサン!? そんな老けて見えてんの!?」
慌ててないで鏡を見ろよオッサン。
「もう元気そうですし、こいつ追い出しましょうか」
「そうだな。こんなのと関わってる場合じゃない」
「お、おい、坊主ども、放せって」
自分の感覚よりもオッサンが外に向かっていると感じるのは、ロマーンのせいだろう。
いつも穏やかなのに、嘘みたいな顔してるぞ。
「放せって、坊主ども。お腹を空かしたお兄さんを虐めるのは非人道的だろ?」
「鯖を読まないでください」
「読んでねえよ! これでもピチピチの27歳だ!」
「アラサーじゃねえか」
「おいガキ、それは言い過ぎだぞ!」
こんなに元気なら問題ない。
外は極寒だけど、半裸のオッサンでもどうにかなるだろう。
「お前ら、本当にいいのか?」
「いいです」
「後悔するぞ?」
「しねえよ」
「いや、するな。俺にはわかる」
「早く、出てってください」
「待て待てって!」
開いた扉の縁を必死に掴んで抗っているアラサー髭男。
俺は手で押し込み、ロマーンは足蹴りをオッサンのスネに連発。
「おいおい、寒いって。死んじまうよ」
「知らん」
「いや、まさか本気じゃないよな?」
「……」
「無言で蹴るのやめろって!」
なかなかしぶといな。
俺も蹴りに移行するか。
「おい、やめろ。やめろよぉ!」
「シユウは足首を狙ってください」
「わかった」
「やめろって。足ばっか狙うのズルいぞ!」
「これは効いてるな」
楽しくなってきた。
あーなんかこのオッサンを甚振るの楽しくなってきた。
「おい、本当にやめた方がいいぞ。これでも俺は偉い人だからな」
「シユウ、この人知ってますか?」
「知らん」
「痛い! 蹴るな蹴るな!」
躊躇わずに髭面を蹴っている俺とロマーン。
こいつが偉い人なら世の末だ。
でもなんかオッサンが必死にポケットを漁っているな。
「あった、あった! ほれ!」
黄色い和服のお爺さんの真似しているのか。
そうやって堂々と見せつけてきたのはペンダント。なにかのシンボルがあるが、溶けているみたいでよくわからない。
「え、坊主ども。ここは驚くところだぞ」
「……」
「おい、蹴るな! お前らは転生者じゃないのか!?」
冷たい風が外から吹き込んでくるなか、髭面のオッサンは大声でそう言った。
俺は目が覚めて、足を止めた。ロマーンはそのまま蹴り続けていた。
だが俺を二度見して、ロマーンも蹴るのをやめた。
「ふぅ、ようやくわかってくれたか。もしかして坊主たちはここに来たばっかか?」
そのペンダントをしまいながら椅子に座ったオッサン。
俺は出口の扉を閉めた。
ロマーンは爪楊枝を召喚し、足を組んで座るブレイブに渡した。
机の上に置かれているネックレス、爛れた碧い翼の紋章を見つめた。
髭面のオッサンの名はブレイブ。
世界の国々に排除されている転生者が抗うための組織、イデアールの幹部。厳密には第一分団長、戦闘に特化した分団のリーダー。
簡単に言えばイデアールで最も強い転生者だということらしい。
「こんな人が最強の転生者だなんてありえないです」
「おい、それはどういう意味だ。コック」
ロマーンも転生者だった。
気づいたらこの世界で暮らしていたと言っていた。元々は高校生らしく、病気で亡くなったみたいだ。
能力は有機物を召喚するもの、その数には制限がないらしい。
「まさか僕と同じ境遇の人がたくさんいただなんて……」
「厳密には違う。コックの場合は魂だけが転生してやがるってことだからな。レアだ」
転生には二つのタイプがあり、一つは死んだときの姿のままの転生、もう一つは魂だけ転生して、この世界の住人の体を乗っ取ってしまうものだ。
「そうですよね……」
ロマーンが暗い顔している。
突然のことにいろいろと悩んでいるだろう。
「……あの、本当に転生者たちは殺されているんで―」
「俺たちはこの世界じゃ差別されている、見つかれば暗殺だ!」
俺は咄嗟に声をロマーンに叫び飛ばした。
「で、でもそこがよくわからないです。ブレイブさんがあれだけの強大な力を持っているのに、転生者たちが自由になれないだなんて。それに……」
ロマーンの言うこともわかる。
太陽を作り出す力がありながら、敵わない敵なんているわけがない。
あの力があれば、世界の国々も力でねじ伏せれるはずだ。
だが実際に爺さんは殺された。何も悪いことはしていないのに、転生者だからって殺されたんだ。
「あー、そこらへんの説明めんどうだから、ガキがしとけ」
耳を掻きながら欠伸するオッサンの言葉なんて聞こえない。
どんだけ呑気なんだよ。
「まじか、それでもうちの一員かよ」
嫌な先輩というのは異世界にもいるらしい。
ブレイブは摘まんだ爪楊枝を、指先から出した炎で灰にして息を吹きかけた。
「いいか、こんなに強い俺でも決して勝てない奴が六人くらいいる。そいつらの顔も名前も知らないがな」
「おおよその人数までわかってるのに、なんで名前すらわからないんです?」
「お、お、おいおい、知識まったくないのかぁ?」
笑いをこらえているとはいえ、平気でブレイブに鋭い眼光を飛ばすロマーンは知識じゃなくて、感覚がずれていると思う。
「もういいです。こんなクソ野郎なんて放っておいて、ミアさんを探しましょう」
「あ、ああ」
席を立ち、照明を消しに行ったロマーン。
話が終わったし、外も静かだ。ミアを探しに行くなら今しかない。
てかソフィはまだ戻ってこないのか。
「ミアって……お前の彼女か? 逃げられたんだろ?」
そろそろこのオッサンは殴ってもいい気がする。
「違う。彼女じゃないし、攫われたんだ」
「そうか。あと気になってたんだけどさ……お前の能力ってなんだ?」
なぜニヤついている。
馬鹿にしやがって、昔の俺ならお前なんてすぐに倒せたんだぞ。
「よし、当ててやるよ。盗まれたんだろ、魔剣。そうだろ?」
「…………そうだよ」
「まじかよ、とんだ馬鹿野郎がいるんだな!」
俺は咄嗟に耳を塞ぐが、ブレイブは笑うのではなく普通に驚いていた。
むしろ笑ってくれた方がよかった。
「ってことはお前ら二人じゃどうにもならないって感じだな。手伝ってやるよ」
お腹を撫でながら立ち上がったブレイブ。
呑気に俺に手を差し伸ばすが、俺はその手を払った。
「これは俺たちの問題だ。あんたは関係ない」
シャンデリアの照明も消え、真っ暗になった店内。
ブレイブは迷わず、入り口の扉へ歩き出した。
「敵はだれだ?」
「だから助け入らないって言っただろ」
「そんなにイキるなよ坊主。俺がいないとたぶん死ぬだけだぞ」
このオッサンが正論を言うと腹が立つ。
扉を開くと少し外は青く、まだまだ凍えるほど寒い風が吹いている。
「敵は魔術師です」
「おい!」
「シユウ、ここはブレイブさんの手を借りましょう。嫌なのはわかるよ。でも実際に相手は魔術に長けています。それでなくても僕らには武器がないですし」
お腹が満たされたせいだろう。反論の余地もない。
やっぱり魔剣がなきゃ、どうにもならないのか。
「おい、もたもたすんな。坊主ども」
「……」
真っすぐブレイブのいる外に走っていくロマーンの陰。
今はミアを助けなきゃならない、この冷たさが無くなる前に。
その影を踏んで歩き出した。
想像していたものが、勝手に意味合いを持つこともある。
そこに矛盾はあるのだろうか。
それも美しいと言えればいいのだけど。




