62.内心に潜む魔女
目を閉じているのに真っ暗ではない。
だからと言って何かが見えているわけでもない。
体が動かせないし、痛みもない。
もう死んでいるのか。
感覚的にも近いし。
「ミア、やはり君はアホのようだね」
「どの口が言ってるんですか」
近くに聞こえるミアの声に疑問を思いながら目を開ける。
足元で頭を抱えてしゃがんでいるミアがいた。
向こうにいるエースに小声で言い返している。
「そいつはミアを攫った女の仲間だ。なぜ庇う?」
「だったらなんで私に構わず雷を使うんですか」
あっちにいるソフィの肌が緑色になっている。
大丈夫か。だけどいつも通りにイライラしてるし、具合が悪いわけじゃないのか。
「だってミアはこれくらいじゃ死しなないことを知ってるからね。そいつは驚いているようだけど」
聖騎士エース。相変わらず態度がデカいやつ。
アイツの顔色も緑色だな。
「平然としているエースは嫌いです」
「えっ……」
あれ、落ち込んでる。ざまあみやがれ。
だけどミア、こういうことは小刻みに震えながら言うのではなく、はっきりと言うべきだぞ。
「あれ?」
「怪我はないですか?」
ミアの肌の色が普通だ。
というかミアだけ肌色だよな。
「……ミア、そういう話をしているわけじゃない。山賊に肩入れするということの意味が分かってるのか?」
「シユウとソフィは山賊じゃないです。それに防護結界は故意じゃできないです」
防護結界だと。
そうか。周りが緑色に見えるのは、俺とミアが防護結界に囲まれているからなのか。
さっきの雷をこれで防いだのか。
「……知っている。だからこそ、今のミアの行為は意図的に反逆しているということだ!」
「―!? シユウ避けてください!」
なんかミア慌ててるな。
「防護結界あるし、大丈夫なんだろ?」
「あれは貫かれます!」
そうか、あれは結界を貫通するのか。
「え?」
「だから避けてください!」
そんなこと言われてもまだ動けない。
エースが俺のほう睨みながらなんかブツブツ言ってるし。
「悪たる山賊よ。神の鉄槌を受けろ!」
黄金色に輝くエースの手。
それがこっちに向けられていく。
「まじかよ」
音も立てず放たれた光の点。
その眩しさが威力を証明しているのに、体は震えない。
「シユウ、避けて!」
震えるミアの叫び声が強く頭の中に響くけど、頭は揺れない。
てかこれはそもそも動けても躱せる速さじゃないだろ。
「シユウ!」
光が迫ってきている、決して大きくはない。
しかし目を潰すほどの輝きがある。そしてそれは近づくにつれ、だんだん強くなっている。
「最悪だ」
何回も死にそうになって全部嫌だった。
これは今までの中で一番……無様だ。
アイツに殺されることも気に食わない。
「……本当に最悪だわ」
「!?」
一転、真っ暗になった。
だけどそれは目の前だけで、そこには光輝く後ろ姿の輪郭が写っている。
あれはソフィの影だ。
余りの暗さ。今は夜じゃないと勘違いさせてくる。
そしてその影も闇に紛れて静かに消えていった。
「やっぱりただの電気だったわね」
「ソフィ。愚かだ。また逆らうつもりか」
何が起こったのかわからない。
でも助かったみたいだ。
危なかった……。
雪原の奥、海を見渡す暗い灯台。
その展望台に彼らはいた。
拳を握りしめる聖騎士エース、その真向に立つ騎士ソフィ。
宙に浮いているシユウ、シユウに抱き着いて泣いているミア。
それを見て笑いをこらえているロイバ、周りに倒れている聖兵士に戸惑うロマーン。
そしてその風景を本の向こうから眺めている魔術師の青年。
「だ、だだ、大丈、夫ですか?」
ミアが半泣きで掴んでくる。雷苦手なのか。
「服が濡れるから離―うわああ! 痛っ!」
突然、落下した。
地面硬すぎるだろ。
でもようやっと動けるようになった。
「なるほど、銀の剣を避雷針に。あの女騎士、なかなかやるな」
あっちで本を片手にクソ魔術師がなんか言ってる。
避雷針? なんだったっけ、それ。
ソフィの前に床に刺さってる半ば溶けた剣のことなのか。
なるほどわからん。
「この前逃げたくせに、よくもそんなに堂々としていられる。ソフィ、剣をしまったほうがいいと忠告しておこう」
「ガキ、舐めるのも大概にしたほうがいいわ」
あっちに倒れている兵士。装備からしてエースの手下の聖兵だろう。
ソフィの持っている剣はそいつらから剥ぎ取ったものか。
「減らず口を。いいだろう、今度こそ神に屈服させてやろう」
「ああ、そう―!」
あのソフィの前でも自信たっぷりなエース。
すでにその背後に回ったソフィは剣を振りかざしていた。
「無駄なことを。」
表情を少しも変えず、エースはその攻撃を剣で受け止めた。
あんなに速く動いたのになんで読まれてるんだ。
「そうか。確かロアマトの騎士とかは探知する魔術を用いれるのだったな」
またクソ魔術師が。
でも疑問が解けた。エースもミアと同じような探知を使えるのか。
それでソフィの動きを察知していたから受け止められたわけだ。
「そこの魔術師、探知は魔術ではない。聖術だ」
「はいはい。そうだな、聖なる騎士さん」
「よそ見している場合かしら―!」
ソフィが瞬く間にエースの死角に回り、攻撃をしていく。
だがそのすべては簡単に止められた。
探知が優れてるにしてもあの速さに完全対応できるものなのか。
「姉貴完全に見切られちゃってるね。それにいつもより動きが遅いね」
「そうだな―ってうわ!」
「ロイバ、いつの間に来たんですか。気持ち悪いです」
「ミアちゃん、もう泣かないでいいの?」
「殴りますよ」
ロイバが言う通り、ソフィのスピードが遅い。
それでもかなり速いはずだけど。
一体どうしたんだ。
「ソフィさん凄いですね。こんなに滑る床なのに、転ばずあんな速さで」
「ロマーン、そういうことだったのか」
「え、シユウ君。どういうことです?」
言われてみれば床が結構滑る。
ここは雪原地帯の灯台の展望台。外から入った雪が床で溶けた後、凍ってるんだ。
ソフィがスピード出せないのはこの理由からか。
「皮肉にもまえと同じ状況。ソフィ、なぜ戦う。前と同じように勝ち目はないはずだ」
「なら、そう思っていなさい―!」
勢いよくソフィはエースに斬りかかるが容易く躱された。
これではエースの挑発に乗っているだけだ。
「無駄だとわからないのか?」
「勝ってから言いなさい。それこそ無駄よ」
「そうか。ならば勝負を決めよう」
エースはソフィから距離を取り、剣を天高く掲げ出した。
その傷のない清らかな刃が光り出し、雷を宿していく。
「ソフィ、あれが来ます!」
「わかっているわ……大丈夫」
あれってなんだよとミアのほうを振り向いたとき、ロイバの顔があった。
それで思い出した。あれはこの前、ヲーリア港でソフィがエースと戦った時のやつだ。
「助けに行きます!」
「やめなよ、どうにもならないさ」
「でも……」
「行かなくていい。無意味だ」
ソフィのあの顔は。
「……ロイバさん、本当にいいんですか?」
「それよりも退路を考えておいてよ」
「はぁ?」
もしかしてロイバ、逃げるつもりなのか。
なんで退路なんだよ。
「ソフィ、地獄に送ってやる。この神雷の刃で」
「ああ、そう」
黄金色に輝き、唸りをあげる剣を掲げるエース。その前には呪いじみた凄まじい殺気を纏って構えているソフィ。
「喰らえ、魔女め!」
「―!」
だからこそ聖騎士エースは躊躇うことなく大きく振り下した。
それに合わせて騎士ソフィは真っ向から突っ込んでいく。
ソフィのスピードは人並みを遥かに超えたものである。
だがそれは雷の前ではあまりにも平凡過ぎた。
一直線に道を辿る神雷。その軌跡はソフィを離さず掴んでいく。
「なんだって!?」
しかしそれはソフィにとっても平凡過ぎていた。
運も意思もない道は容易に予想できたのだ。
またエースはその自負がゆえに、自分の放った光の眩しさに、隠れたソフィを暴けなかったのである。
「終わりよ」
すでにソフィの間合い、エースに剣は振り上げられていく。
そこには顔つきの違う確信めいたソフィの面があった。
「―いける!?」
だがエースは間に合える。
どこかにあった隙間に、あるいは感覚的な感情に、エースの探知は作動していたのだ。
そこには歯を食いしばりながら躱していくエースがあった。
「……魔女め」
エースはすかさず聖騎士の剣をソフィに向け、振り下ろそうと剣を構えていく。
ソフィは攻撃の反動がゆえに振り終えていない。
すなわち斬られる。
「こんなものね」
「―!?」
それは真実を欺いた。
信仰を惑わせ、修練も妄動に変える。
ソフィの剣は方向を変え、振りかぶるエースの胴に向かっていく。
攻撃はまだ始まっていなかった。
エースが避けるということを読んだうえでのフェイント。
すなわちこの瞬間、エースにとって彼女は本当の魔女になっていたのだ。
「っ―!!」
ソフィの銀の刃には傷だらけだった。
そのせいか鎧を完全には斬れず、エースは吹き飛ばされていく。
「切れ味が悪いわ」
「……ソフィ、そうか。さすがシュバリエルミエール。光を惑わすか」
シュバリエルミエール。閃光の騎士だっけ。
アイツ、だいぶ弱っているな。
「く、そもそもお前らはロアマトの反逆者。神を愚弄している悪魔だ」
「はぁ……うるさいわね。神とか悪魔とか」
聖騎士だからだ。
だが聖騎士だって騎士のはずだ。
なんか黄色く光ったその手が腹に当たってる。
回復のために時間稼ぎに話すのは騎士らしいか疑問だ。
「我が使命を邪魔するか。いや、そもそもミアもミアだ。ロアマトの律を忘れたのか、悪に加担するのは反逆だ」
「……ソフィたちは悪じゃないです。だからロアマトの律には触れてません」
静まった薄暗い空間にミアの小声とさざ波の音が響く。
「悪じゃない……そこまでミアは馬鹿だったのか」
「ちょっとエース、それはどういうことですか!」
なんとなくアイツの気持ちがわかるかもしれない。いや、自分が悪人だとか思ってるわけじゃないけど。
「ミア、君は誘拐されたんだ。この女に。これがどういうことかわかってるのか」
「……」
「君はロアマトの子だ。ロアマトの血を引く、聖なる子なんだ。君が誘拐されることでどれほどの人が不安がると思って―」
「なるほど。そういうことだったのか」
「ミア!」
引っ張られるようにミアがクソ魔術師のほうへ。
魔剣を使ったのか。
「貴様。何をするつもりだ」
「何って? この子、ロアマトの子なんだろ。だったらやることは一つ。僕は根っからの魔術師だからな」
「待て!」
ミアを担いで灯台から飛び降りやがった。
何のつもりだ。正気じゃないだろ。
って普通に生きてるし。この高さだぞ。
「シユウ、追うよ!」
「ああ、わかってる!」
「ちょっと、僕も行きます! 待ってください!」
あのクソ魔術師。一体何者なんだよ。
魔剣を取られて、ミアも誘拐して。
気に食わない。
時間なんてもう関係ない。
出したいときに出す。
出したいものを出す。
それだけ。
次回はまた新キャラが出ます(たぶん)




