57.また魔剣盗まれた!
泥と変わらないと思っていた雪、この町に降れば景色を彩る美しいものに変わっていく。
漆黒の街灯、青い屋根、クリーム色の時計塔を薄く白く染め、外観を引き立てている。
だからこの少し滑る道路にも寛容になれるのだろう。
「って酒飲みたかったんだが」
「だから観光じゃないって言っているでしょ」
やっぱり寒い。
ソフィのせいで余計に酒が飲みたくなってきた。
そう思って酒場の前で立ち止まることはない、あの凄まじい目つきで睨まれるからだ。
「これで三つ目か……」
通り過ぎた酒場と睨まれた数だけが残る。
今頃ミアたちはなにやってんだろう。
絶対、ロイバは酒飲んでる。
「くそ、またなんで俺が!」
「なんか言った?」
「……」
殺気を感じ、俺は目を逸らす。
路地裏は真っ暗だった。
その衝撃でこの悩みは吹き飛ばされ、涙が凍るくらい寒くなってきた。
「早く行くわよ」
あの真っ暗な雪は酒で溶けるのだろうか。
滑る地面を踏みしめて俺はソフィについていく。
その腰にはキズだらけの鞘、その中に欠けた剣身が入っている。
「アーミングソードか……」
かなり古い剣だ。
この前の戦闘でほぼ壊れてしまったらしい。
今こうやって歩いているのも、剣を買い替えるためだ。
って俺ついて行かなくてもいいだろ。
「何、さっきからジロジロ見て」
「いや、剣見てたんだって!」
「……?」
「アーミングソードって珍しいだろ?」
「……そうね」
危なかった。
もう少しであの刃で斬り裂かれるところだった。
てかなんであんなに尖ってるんだよ。
「……」
ソフィがなんか剣持ってぼーっとしている。
寂しそうな顔して。
「どうした?」
「なんでもないわ」
武器屋の屋台が並ぶ商店街がすぐそこに見えている。
剣をしまい、ソフィは歩いていく。
「ちょっと待ってよ!」
いきなり何なんだ。
これだからソフィと一緒は嫌なんだよ。
「アーミングソードって、ジローさんに教わったの?」
「え、あ、ああ」
また突然。
鍛冶屋で働いているとき、ジジイがめっちゃくちゃ言ってたな。
「ロングソードよりもアーミングソードのほうが優れてるに決まってんだろ!」って。
ほとんどの騎士がロングソードを使うようになったのに、アーミングソードを持った美人騎士が来たって興奮してたな。
一か月くらい前のことだけど、ずいぶん前に感じる。
「ジローさんにこの剣の修理を何回もしてもらったのよ。細かいところまで完璧に直してくれたわ」
「……そうだったのか」
ジジイが言ってたのはソフィのことだったんだな。
何となくわかってたけど。
「だいたい10年くらい使われているもので、割と乱暴な騎士だろうとジジイは―って10年?」
「ええ、新米のときに配給されたものよ」
同じ剣をこんなに長い期間使って壊れなかったのも凄いが、他の剣に乗り換えようとか思わないものなのか。
「そこまで大事なら修理に出せばいいんじゃないのか?」
「鍛冶の経験あるならわかるでしょ。時間がかかりすぎるし、そもそもこれは修理不可能のレベルだわ」
そんなこと言われてもだいたい三日だし、そもそもジジイは直せないものなんてないって感じだったぞ。
「それにプライドで使い続けたわけじゃないのよ。ただ使いやすかっただけ」
「嘘だ。そんなわけがない」
「なんで嘘つく必要があるのよ」
嘘ならなぜ哀しそうにその剣を見ているんだ。
それにジジイはそのアーミングソードには魂が宿っているとまで言っていた。
「修理する時間ならあるだろ、急ぐ旅じゃない。だから―」
「何言っているの。あなたはそうかもしれないけど、私もミアもそうじゃないわ」
「それは……ジジイの遺作だぞ」
「だったら何よ。使えなくなった武器はただのガラクタでしょ」
なんでそんなことが言える。
真実でも俺たちは武器に魂込めていた。
ジジイは絶対そうだった。
「そこまで思い入れがあるなら、あげるわ。」
「……」
今までとは違う嫌味ったらしさ。
このアーミングソードにどれだけの信念が込められているとおもってる。
それをどうして軽蔑できるんだよ。
渡されてもこの剣のことを一番知っているのはソフィだってのに。
「やっぱり重いだけでしょ―」
「触るな!」
お前はこの剣のことがわかっていない。
この剣は実際以上の重みがある。
俺にもわからないけど、このことだけはわかっている。
「……前々から言っておきたいことがあるわ」
「なんだよ」
「ジローさんを殺した奴は今もどこかで生きている。なのにあなたは何しているの、なんでなんとも思わないでいられるの?」
「そんなわけないだろ!」
「だったらそのガラクタを捨てなさい。邪魔なだけでしょ」
またガラクタって言いやがった。
ジジイを殺した奴なんて憎んでいるに決まってるだろ。
でもだからってジジイの作ったものがガラクタになるわけがない。
「そんなこともできない臆病者が、一人前に戦おうとしているんじゃないわよ。しかもそのくだらない魔剣で」
「……何も知らないくせに」
いつものようにソフィは俺を貶した。
そして武器の屋台のほうへ行ってしまった。
犯人はお前らだろ。
「おっと、ごめんよ」
「……くそ」
お前ら異世界生まれが俺たちを炙り出して殺してる。
転生者の能力を恐れてだ。
あんなことを言えるから何もしていない人を平気で殺ろせるんだろ。
この魔剣だって本当は怖がって―!?
「ない!?」
腰に下げていた魔剣が無くなっている。
嘘だろ。
「あれは!?」
さっきぶつかった子供か。
担いでいるの俺の魔剣じゃねえか。
「おいガキ! 待ちやが―っ!」
ボロ服のガキは真っ暗な裏路地に平気で入っていく。
俺もその後を追っていく。
あのガキ、足速い。
「まさかスリに会うだなんて。しかも魔剣かよ」
魔剣を盗まれるのは二回目だが、今回は目の前で取られたから余計腹立つ。
しかも笑いながら、うきうきして逃げてやがる。
「ほらほら遅いよ、おっさん!」
「だれがおっさんだ!」
裏路地は臭い、暗い、入り組んでいる。
ゴミも多いし、糞だって落ちてるし。
しかもそこで寝ている老人とか、薬やってる子供までいる。
「ほらこっちこっち!」
「舐めやがって!」
ああ走りにくい。
防寒着が分厚くて動きにくいのもそうだけど、やっぱり剣が重い。
ソフィ、見た目に反してゴリラすぎだろ。
「ほらほら、逃げちゃうよ~?」
「はぁ…はぁ……くそ……」
止まって手を振って待ってやがる。
傷だらけの腕が良く見えるな。
「待てやああああああああああ!」
「おっと、にっげろい!」
くそ、全然追いつけない。
これが若さなのか。
滑るし入り組んだ暗い裏路地を全力で走っていける元気。
だけど俺だって魔剣を盗まれるわけにはいかない。
あれが無ければ、俺はジジイの仇を討てない。
「なにしているの?」
「はぁ…はぁ……?」
上からソフィが降ってきた。
平気な顔している。
「なにって……あいつだよ、あいつに魔剣盗まれたんだよ!」
「こっちこっち!」
「待てえええええええええええええええええ!」
「……はぁ?」
ああムカつく。
なにやってんだ。
前盗まれたときから俺は何も学ばなかったのかよ。
「くそ!」
「……はぇ? なんで?」
「……この子がどうかしたの?」
あれだけ走って全然追いつかなかったのに、瞬く間にソフィが抑え込んでいた。
やっぱり化け物だ。
「ちょ、放してよ、おばさん!」
「今なんて言ったのかしら?」
「痛い痛い!!」
やはり若さか。
俺でもおばさんまでは言ったことない。
「ってあれ? ない」
このガキ、俺の魔剣を持ってないぞ。
あれ、そんな馬鹿な。
「そうよ。この餓鬼、何も持ってないわよ」
「いや、そんなわけ」
確かにさっきまでは持ってたはず。
もしかしてこいつ、シュロムか。
何かしらの能力を使ったのか。
「ほら、放してよ! 僕は無実! あのおっさんが勝手に追ってきたんだよ!」
「……」
目を細め、俺を睨んでくるソフィ。
疑ってんのか。
「ほら、放してっ―痛い!」
「本当のことを言った方がいいわよ」
「痛っ―だから嘘なんてついてないって!」
ソフィが子供の腕を捻じっていく。
あれはかなり痛いぞ。
「あいつがそんな嘘つくわけないでしょ、それに尋問すれば答えは出るわ」
「何この人、怖い―痛っ!」
さっきまでの憎さがだんだん薄れてきた。
もはや同情している。
「無駄に耐えれば、この腕をへし折るわよ」
「っえ、そんなことしないよね―痛い痛い!」
「……そういうことね」
いきなり子供放して、ソフィは走り出した。
その方向を悔しい顔して涙流しながら、子供は見ている。
「って追わないと!」
どうしてソフィがあそこまでするのかよくわからない。
俺の魔剣が無くても問題はないはずだ。
これこそソフィにとって時間の無駄だろ。
暗闇の裏路地をその足音を頼りに全力で走っていく。
ストラーダ港編の話を考えるにあたって、魔剣が盗まれることは後付けでした。
つまりはフラグ的なやつ。
次回はミアとロイバのほうに行きます。




